ケイケイの映画日記
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2008年01月10日(木) 「アフター・ウェディング」




「ある愛の風景」で、その力量を堪能させてもらった、スザンネ・ビア監督の作品。この二本は、抱き合わせで公開のようです。なかなか理解しにくいはずの実業家ヨルゲンの心情をしっかりと描いて、骨格以外の枝葉の部分まで、しっかりと味わう事の出来る作品になっています。

インドの孤児の救済支援を仕事にしているデンマーク人ヤコブ(マッツ・ミケルセン)。そこへデンマーク人の実業家ヨルゲン(ロルフ・ラッセゴード)から、巨額の支援金の話が舞い込みます。条件は直接ヤコブに会って話を聞きたいとの事。久し振りにヤコブは帰国します。帰国翌日、彼の娘アナ(スティーネ・フイッシャー・クリステンセン)の結婚式に招待されて、出席します。そこにはヤコブの昔の恋人だったヘレネ(シセ・バネット・クヌッセン)の姿が。彼女はヨルゲンの妻でした。結婚式のスピーチで、父ヨルゲンを実の父ではないが、心から愛していると語るアナ。アナの実父は、ヤコブだったのです。事前にヨルゲンから何も聞いていなかったヤコブとヘレナは、困惑します。

「ある愛の風景」に続き、家族の絆のお話です。今回は血の繋がりの決して断ち切れぬ濃さと、育ての親子の深い愛情がモチーフになっています。ヨルゲンの行動には、ある秘密が隠されています。それは男女入れ替え生息する階級も違いますが、数年前観たある映画に似ています。その映画は私はもう全然ダメで、主人公の身勝手さにかなり怒ったもんですが、今回のヨルゲンには、とても説得力がありました。

彼はその秘密の為、ヤコブをデンマークに呼び寄せたのです。一見妻の昔の恋人に嫉妬しているように見えますが、それはヘレネやアナのためだけではなく、ヘレネとの間に生まれた双子の男の子のためでもあります。ヨルゲンのその心こそ、血の繋がらないアナを、自分の子供と分け隔てなく愛した証しのように感じるのです。

ヤコブは若い頃は呑んだくれのヤク中と表現されますが、ヒッピーのようだったのではないかと思います。ケンカ別れした直後、アナの妊娠がわかったヘレネ。自分だけインドから帰国したが、きっと後を追ってくれると思っていたと語り、ヤコブはヘレネが戻ってくると思っていたと語ります。よくある若き男女の意地の張り合いが、ヤコブにアナの存在すら知る事を許しませんでした。

援助金の条件が自分がインドへ戻らずデンマークに留まることだと聞くと、ヤコブは激こうします。金で買われるようなことは自尊心が許さなかったでしょう。しかし自分を待つ多くの子供たちを思う気持ちが、彼の心に変化をもたらせます。そのきっかけを作るのは、心配事を持ち込む実の娘のアナです。アナを通じて、ヤコブはインドに残した子供たちにも思いを馳せたのでしょう。「子ども」を思う愛が、「父親」に意地を捨てさせたのです。

私が素晴らしいと感じたのは、ヨルゲンとヤコブを通じて、血の繋がりと育ての情と、両方子供を思う親の誠の愛として、説得力を持って肯定して描いていることです。どちらが子供にとって本当の親なのかと議論になることもありますが、私は不毛だと思います。「自分の子供」を心から愛する人が親なのです。

私はヨルゲンの秘密には早いうちから気づいていましたので、わからないヘレネに違和感がありました。夫の秘密がわかってからも、自分を責める事のない彼女。もちろん彼女に罪はないのですが、夫にこういう行動を取られたら、私なら自分の存在意義にまで想いが及び、深く傷つくと思ったからです。

しかし自分の誕生パーティで、「妻は自分にとって、朝であり昼であり夜だ。空であり海である」と語るヨルゲンに気付かされました。共に人生を歩むパートナーであるとの深い思いが伝わってきます。これを日本の御主人方に言わせたら、「妻は空気や水のようなもの」でしょう。ともに歩むのではなく「あって当たり前の存在」ということです。要するに対等の関係ではないのですね。

その実夫は、妻には母のような振る舞って欲しいと願うのですね。妻も知らず知らずにその役割を担ってしまう。もちろん例外もありますが、そういう心が、若い時は夫優位、中年以降は妻が優位の関係を築いてしまうので、いつまでたっても本当の意味での対等なパートナーとしての関係が築けないのだなぁと、痛感しました。

私がそんな感慨を持っている時に、スクリーンは取り乱してヘレネにすがるヨルゲンを映します。演じるラッセゴードの渾身の演技もあり、彼が長きに秘密を明かさなかったのも、これも夫や父親としての立派な美学だなぁと、違和感も疑問も吹き飛んでしまいました。

出演者は皆がとても印象深いです。ラッセゴードは、札びらで人の頬を叩くような、高慢さを見せながら、徐々に家族に対する愛や自らの孤独を滲ます姿に、とても心打たれました。ヨルゲンがヤコブに望んだことこそ、お金では得られない愛を、彼が知っている証だと思います。ラッセゴードは、スウェーデンの人で、「太陽の誘い」という作品で、40過ぎの文盲で童貞の無垢な農夫を好演していた人です。この作品もとっても情感豊かな秀作なので、未見の方は是非どうぞ。

大好きなマッツ・ミケルセンは、今回私の好きな「優柔不断で誠実なインテリ男」の役で、華やかな場に気後れと疎外感を感じる場面、自分の怒りを素直に表現する場面や葛藤など、私的にとても堪能出来ました。私はあまり俳優で作品を観ることはないのですが、彼の次回作は絶対観ようと思っています。

今回も頭から尻尾まで、ビア監督を味わい尽くしました。私は「ある愛の風景」の方が好きですが、この作品もとても気に入りました。次の公開作はハリウッド作品で今春公開だそう。とても楽しみです。




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