ケイケイの映画日記
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2007年08月09日(木) 「怪談」




昔は夏と言うと、テレビのドラマや映画枠では、盛んに古典のホラーを放送していたものですが、エアコンの普及か現実の方が数段怖い事が多くなったためか、最近ではとんとお目にかかりません。この作品の原作は三遊亭園朝の「真景累ケ淵」で、原作は未読なのですが、昔にドラマの一時間枠では観たことがあります。「怪談」というタイトルの割には全然怖くないのがネックですが、年増女の情念と、それに翻弄される優柔不断な優男を描いたと観れば、まずまずの出来。物足りない箇所もあるんですが、まずはこじんまりと上品にまとまっています。

江戸は深川。富本(浄瑠璃の流派)の師匠豊志賀(黒木瞳)は、若く美しい煙草売りの新吉(尾上菊之助)と、深い仲になります。しかし二人は、親からの因縁を引きずる間柄だとは知りません。身持ちが堅いのが評判だった豊志賀が、若い男に入れ上げていると噂になり、弟子は何人も辞めて行きます。それでもますます新吉に溺れる豊志賀。そんな豊志賀を見かねた新吉は、自分から別れを切り出すのですが・・・。

前半は豊志賀と新吉の出会いから別れまでを描いています。黒木瞳は大丈夫かな?と思っていましたが、なかなかどうして、息子ほどの若い男に身も心も溺れていく中年女の、浅ましさと哀しさをかなり上手く演じていました。変に若作りをせず、美しいけれど老いも隠せぬ年齢だと、画面でもきちんと映しているので、新吉に色目を使う若い弟子のお久(井上真央)に、恥も外聞もなく当たリ散らす姿は、みっともないとも可哀想とも感じさせます。

ただこんなに黒木瞳が好演しているのに、新吉との濡れ場や看病されている場面で、イマイチ濃密な雰囲気が漂いません。体が結ばれる前の逢瀬の場面は、しっとりとしてこれからの二人の展開を予想させるに十分だったのに、結ばれても同じ調子では、その後新吉が年増女の深情けにいやけが差す心情が、あまり浮かびません。それは恨み骨髄の遺書を残した豊志賀の心情に対しても、同じことが言えます。

父宗悦に捨てられたと思い込み、妹お園(木村多江)と二人苦労して生きてきた男嫌いの豊志賀が、新吉にはあっという間に惚れぬいたのは、宗悦の引き合わせだったのかも。宗悦の位牌が安置してある仏間で二人が結ばれたのは、そう感じさせました。幸薄かった娘を幸せにしてくれたら、宗悦は恨みは忘れるつもりだったのかも。

新吉のもう別れたい、いや俺がいなきゃぁ、この女は・・・という感覚は、誠実や優しさと、優柔不断は紙一重と感じさせ、何ともリアリティがありました。以降新吉のこの揺れる感覚は、後半の呪われた場面でも炸裂します。しかしこの優柔不断は、菊之助が演じることにより色気につながり、、男の魅力の一つに思えるのです。「何でそんなに奇麗なの?」というお久のセリフもありますが、菊之助は美形ではありませんが、この作品では大変美しく憂いがありました。新吉はいつもいつも悩みを抱えているから、そう見えるのでしょう。菊之助の役の解釈は、ドンピシャだったと思います。

怨霊となった豊志賀が出てくるシーンは、奇麗に登場させ過ぎで、ちっとも怖くありません。せっかく累ケ淵まで迷い込んで来たのですから、新吉の大立ち回りの時には、宗悦の怨霊もどこかで出した方が、繋がりとしては良かった気がします。

出演者は総じて良かったです。木村多江は本当に時代劇によく合うし、麻生久美子も、お累の心の移り変わりを上手に演じていました。しかし火傷の跡は、もう少しおどろおどろしくした方が、夫新吉が不実になっていっても、なおすがるお累の心情を、雄弁に掘り下げると思います。井上真央は頑張っていましたが、少々明る過ぎ。もう少し薄倖そうな若い子の方が良かったと思います。お賤役の瀬戸朝香は、私は前々から彼女はこういう仇っぽい性悪女が似合うと思っていたので、嬉しくなりました。彼女はセリフ回しに少々難ありですが、深紅の口紅と口もとのほくろが色っぽく、難を補っていました。ただお賤と新吉は、脅す脅されるだけではなく関係も持たせた方が、複雑に人間関係が絡んで、より「恨み」というものの業の深さが浮き上がったかと思います。

ラストはちょっとしたカタルシスは感じますが、CGは使わずそのままでやれば良かったと思います。物足りない点もたくさんですが、長尺の原作もほどよく脚色しており、出演者の好演もあって、そこそこ観て良かったとは思える作品には仕上がっていました。


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