ケイケイの映画日記
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ポール・バーホーベン先生の新作。数年前某サイトで、「バーホーベンの作品は、週末に家族で観ている」と書き、変態扱いから「見上げた母だ」とのお褒めの言葉まで、たくさ賜ったワタクシ。その昔「グレート・ハンティング」や「悪魔のいけにえ」を家族で観に行った氏素性は伊達じゃないわよ。「先生」と書くには、もちろん大好きなわけで、今回故郷オランダにどういう形で錦を飾るか、ものすごーく楽しみにしていました。結果大満足!
第二次大戦中、ドイツ占領下のオランダ。ユダヤ人歌手のラヘル(カリス・ファン・ハウテン)はナチスの手によって家族を失います。一人生き残った彼女は復讐を誓い、オランダのレジスタンスに参加。髪をブロンドの染め、名もエリスと変え、ドイツ軍の将校ムンツェ(セバスチャン・コッホ)に色仕掛けで取り入るように、命令が下ります。しかし暖かなムンツェの人間性に触れ、次第にエリスはムンツェを本気で愛するようになります。
ブラックブックとは、戦時中にレジスタンスとドイツ軍との間を取り持った公証人が持っていた、記録をメモした実在の物だそうです。現在は紛失したそうですが、そのブラックブックを元に想像して作ったのが本作です。オランダでは大戦中のレジスタンスの活躍は英雄視されており、この作品のように、レジスタンスの中の人間の寝返りや裏切りなど描かれたことがなく、センセーショナルな話題になったとか。
バーホーベンらしい残虐な殺戮の様子や、ヒロインがアンダーヘアーまでブロンドに染めたり、糞尿まみれになったり、チフスに罹ったように見せかけるメイクなど、期待の悪趣味も健在です。ナチスの酒池肉林の様子は、過去のヨーロッパ作品ほど退廃的でもなく、バーホーベンっぽい妙な明るさがあります。家族の復讐だけに生きるヒロインの強さと、生きる上での必然的な苦悩や許されない愛も描かれ、盛りだくさん。そして昨今の戦争映画では必須条件の反戦の心もきちんと描かれています。
反戦を強く焼き付けるのは、意外にもナチスの残虐さではなく、戦時下においての人間の心に取り付く弱さを、綿密に描いていることです。裏切った人間の残した数々の台詞は、観た後で思い起こしてみると、深い悔恨が滲んでいます。監督は裏切った人に情けをかけているのですね。対するナチスには、ムンツェの人間としての豊かさを描く公平さも見せる反面、極悪人の将校も見せ場たっぷりで、観客が溜飲を下げる場面も用意し、さすがオランダ出身の監督です。
終戦となり、今まで我慢していたオランダ人の怒りが爆発、ナチスよりだった人々を血祭りにあげる様子は、勝者の論理だと思います。客観的に観ればそんなことをすれば、ナチスと同じじゃないかと思いますが、彼等の行動も理解出来なくはない。その感情は映画でも織り込まれていました。「お前たちのしていることは、ナチス以下だ!」との台詞を用意していたバーホーベンは、とっても偉いと思います。偉いだけで済まさないところも、さすがバーホーベン(意味深)。
「簡単に人を信用するな」「俺が医者というのは忘れろ」、チョコレートのお話などなど、前半何気なく交わされた会話は、全て伏線となり筋の重要なポイントなります。前に助かったのだから今度だってと思うと死んだり、意外な人物が現れて敵になったり観方になったりと、最後の最後までハラハラさせるサスペンスフルな脚本も、とても楽しめます。
最初から最後まで出ずっぱりのカリスは大奮闘です。この作品で自身3度めのオランダ映画祭の主演女優賞を獲得。明るい気品を感じさせる人なので、少々ビッチな演出も下品にならず、健全な色気を感じさ、今までナチスを描く作品に出てきた退廃的なヨーロッパ美女とは、少し毛色が違っていたのが印象的です。バーホーベン作品のヒロインって、意外と健康的な人も多いんですよね(根性は悪かったりするが)。容姿も大変美しく、私はとても気に入りました。彼女の次回作も是非観たいです。
エリスの同僚女性ダニーの「いつも笑ってたら、こうなったの」という言葉がすごく印象的でした。お酒を飲んで、おいしいものを食べて、歌って踊って、セックスして、人間は楽しいことだけを考えて生きていたら、戦争なんて起こらないと、この能天気で気のいい女性を使って、監督は言いたいのでしょうか?戦争によって数奇な運命を辿り安定した今があっても、尚憂いの残る横顔を見せるラヘルとは、対照的でした。
本当に面白いです。私の観たテアトル梅田は木曜日の初回から超満員。次の回も長蛇の列でした。日本には馴染みのない俳優さんばっかりですが、太鼓判でお薦めです。どうぞご覧下さいませ。
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