ケイケイの映画日記
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2006年03月03日(金) 「クラッシュ」

本年度アカデミー賞、作品・監督・助演男優(マット・ディロン)・脚本賞候補作品。監督は「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本を書いたポール・ハギスで、脚本も担当している初監督作品です。オスカーノミニーの発表がある前から、ハギスの監督という事で、注目していました。あらゆる人種の渦巻くアメリカの縮図を、群像劇の手法で表現しています。細かい注文はあるのですが、深く苦い作品ながら、息を呑むほど素晴らしいシーンが随所に見られ、私は好きな作品です。

黒人刑事グラハム(ドン・チードル)は、仕事に人種差別を持ち込まない人ですが、母と弟に問題を抱えています。恋人のリアはヒスパニックの同僚です。有能な検事夫妻(ブレンダン・フレイザーとサンドラ・ブロック)は夫婦仲がしっくりいかず、険悪なムードの時に、二人組みの若い黒人の強盗に車を盗まれます。ペルシャ人の雑貨商は、アラブ人と間違われ店を襲われたのを機に、銃を買おうとしますが、そこでもアラブ人と間違われ侮辱されます。父を気遣うアメリカ生まれの娘ドリ。新米巡査ハンセン(ライアン・フィリップ)は、コンビを組むベテラン巡査のライアン(マット・ディロン)が、人種差別主義者なので憂鬱。今日も裕福な黒人夫婦キャメロンとクリスティン(テレンス・ハワードとサンディ・ニュートン)を、罪も無いのにライアンがいたぶるのを見るのが辛いです。検事の家の鍵を変えにいった職人(マイケル・ペーニャ)は、仕事に誠実な職人であり、家庭では良き夫・父であるのに、タトゥーのあるいかつい黒人であるというだけで、検事夫人から侮辱的な言葉を投げかけられます。

この一見どこも繋がらないお話が、複雑に絡み合っていきます。一つ一つのエピソードはどれも興味深いです。中国人女性が、リアを刑事だと知らずに不法滞在呼ばわりするのは、自分に市民権があるからでしょう。「英語が喋れないの?」と問われ、マイノリティーの人々が怒りまくって「話せるさ!」と答えるたり、「自分はアメリカ人だ!」と必要以上に主張するのは、昨日今日来た人間といっしょにされては困るという意地でしょう。しかしその意地には、昨日今日来た、同じマイノリティを見下げる心が潜んでいます。

黒人としてはハイクラスに位置するように思えるグラハムやキャメロン、ハンセンの上司も、職場での差別や黒人蔑視の目を感じながら、言いたい事をお腹が膨らむほど飲み込んで生きています。グラハムやキャメロンは違うんだよ、普通のニガーとは。君たちは別さ。悪気のない目で彼らを見る白人達は、そういう態度を取られるのが、何より彼らを傷つけるのがわからないのです。母や妻は、そんな息子や夫が黒人としての誇りを捨てたと言い放ちます。救いがたいやるせなさは、彼らにかける言葉も失うほどです。

猛烈な人種差別主義者のライアンですが、彼がそうなった経緯も語られます。それは社会制度の犠牲ともいう理由で、怒りの矛先が黒人に向かったのがわかります。差別から一歩前進したように思えることが矛盾をはらみ、新たな差別心を煽っているのです。人種差別だけではなく、白人の恵まれない層にも目を向けています。ライアン演じるマット・ディロンは確かに白眉の演技です。嫌悪感を抱かせる初登場シーンから、土壇場での彼の警察官としての行動は、徐々にライアンの真実の姿を映し、説得力のある演技とともに強い印象を残します。個人的に彼は好きなので、今回のような役で復活はとても嬉しいです。

一番感動的だったのは、鍵職人の娘の透明マントのお話。一番胸が締め付けられ、大泣きに泣きました。愛のある魔法のような出来事は、父を「守りたかった」二人の娘によって見せてもらいました。二人の父→男、二人の娘→女ということは偶然ではなく、夫や息子をなじる母や妻は現在とみなし、未来から差別をなくす鍵は、新しい時代を生きる、母性という育む力を持つ彼女達に委ねる部分が多いのだと、私は解釈しました。もし息子なら、決してあの銃弾は選ばないと思いますから。

コクのある演出で、行間を読ませる心に残るシーンが多いのに、何故か全体を見回すと少し物足りない印象です。これは時間に関係があります。2時間足らずでは、短すぎます。後30分長く描き込めば、一つ一つのエピソードは、ぐんと輝きを増すかと思います。それとエリート検事夫妻のお話はいらないと思います。黒人・マイノリティ・恵まれない白人たちの苦悩からみると、彼らの悩みなどぜいたくなものにしか思えず、しらける思いがしました。それと見落としかもしれませんが、あのペルシャ雑貨商は、何故ドアごと取り替えるのを、あんなに拒んだのでしょう?お金の問題だけでは、少し説得力に欠けると思います。

ライアンがハンセンに語る、「お前は何もわかっちゃいない」という言葉が、重たくのしかかります。そして冒頭チンピラ強盗の片割れが、「外見で判断しない女がいるか?」という言葉が蘇ります。これは女だけではなく、男もそう。人は皆そうだということです。

希望と絶望が入り混じったようなラストも、作品の雰囲気に大変合っていました。完成度という点では、少し物足りませんが、力のこもった秀作であることは間違いありません。とても好きな作品だと書かせてもらいます。




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