ケイケイの映画日記
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2005年10月19日(水) |
「この胸いっぱいの愛を」 |
塩田明彦監督を始め、あの「黄泉がえり」を作ったスタッフが集結して作った感動作というのがこの作品。題名からして、さぁ泣け!と言う感じかな?と思いましたが、意外とサラサラしていてあざとくなく、もろもろの問題点もあるのですが、コンパクトにほどよくまとまり、私は素直に観て好きと言える作品です。のちほど文句はネタバレにて。
鈴谷比呂志(伊藤秀明)は、出張で小学高学年を過ごした北九州の門司に飛行機で訪れます。かつて過ごした祖母が営んでいた旅館の前にたたずむ彼の前を、何と20年前のヒロと呼ばれていた10歳の自分(富岡涼)が現れます。20年前にタイムスリップしてしまった比呂志は、同じく飛行機に乗ってタイムスリップしてしまった布川輝良(勝地涼)、臼井光男(宮藤官九郎)共々途方に暮れますが、皆それぞれ胸にしまっていたあることがありました。比呂志は自分の名を偽り、鈴谷旅館で働くようになり、昔の自分と同居することにします。そこへ現れたのは、かつて自分を可愛がってくれた和美(ミムラ)でした。和美はこののち、若くして死んでしまうのを、大人になった比呂志は知っていました。
伊藤秀明が良い良い!未見ですが「海猿」、ドラマの「白い巨塔」など、ナイーブながら芯は強い好青年役を持ち役としている彼ですが、この作品でも、ちょっと気弱な、真面目な好青年ぶりで思う存分持ち味を発揮しています。特別演技巧者ではない人ですが、爽やかな印象を作品から感じるのは、彼なればこそ。いつの間にか30歳になり、顔も以前よりシャープになった感じで、今後役の幅を広げて欲しい人です。後10年後の渋いオヤジになった時が楽しみです。出来れば山田優のような若いお嬢さんでなく、5つくらい年上の女性と付き合った方が、芸の肥やしになる気がするんですが〜。(余計なお世話)
他にも役者さんたちは皆好演で、ちょっと脚本の流れがおかしいかな?と思うところに来ても、まぁいいかーと受け流せたのは、役者さんたちの勘違いの熱演がなく、メリハリを利かせながら、小奇麗に演じていてくれたからだと思います。ミムラ、きれいになって上手になってます。ヒロ役の富岡君も子役のいやらしさのない好演でした。
でも一番上手いなぁと感心したのは倍賞千恵子。同じくタイムスリップした老婦人役だったのですが、ほんの僅かな登場時間しかなかったのに、印象は深く、きっちり泣かせてくれます。やっぱりモノが違うのだな。それは中村勘九郎もしかり。
人は自分では忘れよう、忘れたいと思っている心の荷物を、本当はどこかで下ろしたいのですね。昔を思い出すと、あの時今の自分なら違う対処があったろうと思うものです。それは後悔先に立たずじゃなくて、人間としての成長じゃないでしょうか?比呂志たちを見てそう思います。命に対しての思いも浮かび上がりますが、私は裏テーマは母親じゃないかと思います。でも謳い文句の大感動作っていうにはちょっと食い足りません。以下ネタバレです。
比呂志たちは簡単にいうと、飛行機事故で死んでしまっているのに、この世にやり残したことがあるので成仏出来ないということですね。メインは自分を可愛がってくれた和美に手術を受けさせ、命を救いたいという比呂志の思いなのですが、これがイマイチ盛り上がりません。ミムラの好演で、和美にはそれなりに感情移入出来ますが、何故頑なに手術を拒否するのか説明不足です。若いうちは自分の生きがいであるものを失っては、生きていけないと思うのは理解出来ますが、そんなに簡単に戦いもせず、人は死を冷静に迎えられるもんじゃありません。
和美は実の両親に死なれ、今は養父と二人暮らしみたいです。この作品は「いつか読書する日」のように、小説でいうところの行間を読む作風ではなく、全てセリフや設定で説明していました。東京の音大を出してもらっただけでもありがたいのに、手術で障害が残るため、養父に迷惑をかけられない、そんなセリフや思いを和美に吐露させるなりしても、作風にそぐわぬことはないと思います。
何故なら実の母親なら、息をしているだけでも娘には生きていて欲しかろうと思うはずで、娘もそれに応えるでしょう。母のいない和美、母と遠く離れて暮らすヒロ、二人は父ではなく母のいない寂しさが結びつけた二人だと思うからです。そうすることでレイプされての妊娠だったのに、「私が産みたいとか産みたくないとかじゃないの。もう動いているの。」という、自分の命と引き換えに輝良を産んだ母のセリフが、もっともっと輝こうというもの。たとえ死んだとしても、離れていようと、母親の願い、心を感じることは、子供に勇気を与えることだと思います。
それに反して輝良、臼井、老婦人のエピソードは、メインより説明も少ないのに、じわっと心に染みました。メインも説明口調をはぶいて、もうちょっと凝縮した方が良かったかもしれません。比呂志がヒロに渡した10か条も、結局何に役立ったかわからないし、はぶいても良かったように思います。
文句の最後はラスト。なんだありゃ!あんなラストにするなら、10か条の最後に「2006年1月の飛行機には乗るな」と書けばいいだろうが。生きている人間、死んでいる人間、若い時老いた時、みんなみんなでハッピーハッピーとは、だいぶ脱力しました。これがなけりゃ、もっと人様に推薦出来るのですが。障害にもめげず、比呂志の分まで生きる和美を映して終わってほしかったなぁ。
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