ケイケイの映画日記
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2004年11月07日(日) 「血と骨」(1)

冒頭朝鮮半島から出稼ぎにくる船に乗った人々を映す映像が流れ、薄汚い鶴橋の蒲鉾工場の描写から始まる原作のとの違いに、これは梁石日ではなく、崔洋一の「血と骨」なのだとすぐ思いました。あの長尺の原作のどこを拾い、どこを捨てるか、一気に期待は膨らみました。何せ原作・脚本・監督と、全て在日の三位一体の攻撃です。それがここまで落胆しようとは。

主人公・金俊平は、極道でも裸足で逃げ出すような凶暴な男です。並外れた大きな大きな体、気に入らなければ暴れてカタをつけ、気に入った女は強姦しても手に入れるのに、妻子を養う気持ちは皆無、たとえどんな理不尽な願望であっても、なんとしても叶えてしまう。加えて吝嗇。無頼・粗野という表現では、あまりに軽い人物です。

原作は約80年前に日本に渡ってきてからの、在日の歴史にも多く触れていますが、それは大幅に割愛。怪物のような金俊平の半生を描写することに徹しています。それは良いのです。しかし金俊平が得体の知れない怪物ではなく、ただの暴力的な男にしか見えません。原作では数々の彼の理不尽な蛮行の影に、この男の不器用さと孤独が透けて見えます。幾人かの愛人に向ける愛情に比べ、尽くし続ける妻を虐げる姿の後ろにも、一番懐に抱かれたかったはずの妻の、自分に対する心の底からの愛がないことを、敏感に感じ取る彼の寂しさも感じられます。でも映画では息子の正雄が言う、「頭のおかしいオッサンや」。これしか感じられません。

この作品は、金俊平を理解も共感も出来なくてよいが、何故こういう人間になったのか興味を持ったり、哀れを感じる事が出来なければ、成り立つ話ではありません。ビート・たけしは評判も上々ですが、私には一世の持つ生きる事に対しての迫力と執念、したたかさが表現仕切れているとは、思いませんでした。

妻・英姫の扱いもあまりに軽すぎ。映画では経済的力もなく、夫の理不尽な暴力に耐え忍んで神頼みで乗り切ろうとする、ただただ哀れな妻としか映りません。原作では、飲み屋・行商・闇市、果てはヒロポンの製造にも手を染める、たくましい生活力です。それはやり手というのではなく、自分からお金を搾り取っていく夫とひたすら子供を養うため、という健気な理由からです。

何故離婚しないのかというと、逃げ切れる相手ではない言うのもありますが、一度婚家を飛び出し私生児を産んだ英姫は、帰れる家がありません。当時離婚した女は家の恥とされ、二度と実家には戻れない境遇でした。それと夫のいない子供を抱えて女は、韓国人社会では大変軽く見られ、これまた蔑視の対象です。たとえ名前だけの夫であっても、自分のため子供達のため、我慢して耐えた方が良いの彼女の判断があったはずです。

しかしこの演出では、彼女も持つ一世の女性の根性も感じられず、事情のわからない日本の方では、不可思議に思っても仕方ありません。ここは臨近所と独特な濃密な付き合い方をする、韓国人社会を丁寧描き、長老格の人やオカミさんたちに、彼女の立場を語ってもらえば良かったのではないかと思います。

「血は母より、骨は父より受け継ぐ。」という韓国の言い伝えが、タイトルの由来。これからは、どんなに業の深い汚い血であっても、その血から逃げ切れることは出来ない、そういう意味があるように思います。それを一番表現するはずの長男・正雄の、自分の血に対する葛藤の描写が希薄。暴力は暴力で対抗する場面の果ての息子からの縁切り宣言では、彼に対する共感も薄らぎます。

今日はもう一度ざっと原作を読み返したのですが、私が一番腹が立った、自殺した俊平の娘・花子の通夜で、喪主の花子の夫が、遺体のそばで麻雀をする場面は、やはり原作ではありませんでした。確かに韓国人・朝鮮人の冠婚葬祭はどんちゃん騒ぎになるきらいがあり、遺体とは別の部屋で宴会のようになる通夜もありますが、年若い妻に先立たれた夫である人が、通夜の席で遺体の横で麻雀をするなどどいう蛮行は、聞いたことがありません。確かに在日社会は昔々の本国の価値観をひきづるきらいがあり、一世の男性の頭には、女はボロ雑巾くらいの感覚があるかも知れませんが、花子も夫も二世の設定です。誤解を与えるような表現はやめていただきたい。

事情を知らない日本の方が観れば、こんなに韓国の女は可哀相で男はひどいのかと思われてしまいます。確かに夫から理不尽な目にあった一世の女性は多いですが、大半はよく尽くしますが、気の強い人が多く、なぶられものだけで一生を終えた人は少ないと思います。

原作を読んだ時、ここまでではありませんが、やはり破天荒に生きた私の父、そして夫から聞く舅が重なりました。映画の俊平からそれは全く感じませんでした。一緒に観た夫も「あかんかったな。」と、概ね同意見。これが日本の人が作った作品であったなら、私もこれほど落胆はしなかったと思います。同じ血の通った人たちが作った作品で、これほど原作からの取捨選択、膨らまし方・しぼまし方にギャップがあるとは思いませんでした。ただしこれに書いたことは、完全に私の個人的な感想です。この作品は是非、他の方の感想を読んでみたいです。


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