ケイケイの映画日記
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2004年09月05日(日) |
「デビルズ・バックボーン」 |
大阪では昨日から封切りのこの作品を、アメリカ村のパラダイス・スクエアまで観に行ってきました。本当はレディースデーに観たかったのですが、ここでは1週間しかせず、その後はあまり好きでない映画館に引き継がれるので、大急ぎで観てきました。メキシコ出身でハリウッドに招かれて、「ミミック」「ブレイド2」などを監督したギルレモ・デル・トロが監督で、スペインの作品です。
時代は1930年代の内戦が勃発していたスペイン。人里離れた孤児院に、内戦のため親が亡くなったカルロスが新しく入って来ました。そこには内戦のため足を失った義足の女性院長、科学者にして詩人の老教師カザレス、孤児院出身で最近戻ってきて子供達の世話をするハシントと言う若い男性、同じくここの出身で若い女性教師・コンチッタ、幼いと形容出来る年から思春期までの男の子ばかりの孤児がいました。ここにきてすぐ、カルロスは幽霊を見ます。そしてその幽霊は、この孤児院にまつわる忌まわしい出来事に関係していました。
義足の女性、ラム酒漬けの胎児、「犬神家の一族」の佐清のような幽霊の少年の顔などなど、猟奇的な味付けに期待して観に行きましたが、良い意味で裏切られました。ホラーと言うより奥行きのある人間ドラマが展開されています。
カルロスが孤児院に入ってから受ける、他の孤児からの仲間入りのためのイジメのような洗礼も、独りで生き抜いていくための力をつける、通過儀式に思えました。そして年に似合わぬ男としての戦う心を芽生えさせる少年達の描き方に深みがあり、子供から少年に移り変わる成長を力強く見せてくれます。
義足の院長は、心は同年代のカザレスと深くつながっているのに、元教え子であったハシントと肉体関係があります。もう女性として枯れても良い頃の彼女は、もし足を失っていなければ、ハシントとそういう関係にはならなかったのではないでしょうか?義足をつける痛みは心の痛みに通じ、失ったものへの無念さを、自然と卒業できるはずの女性の性にしがみつく事で、自分の思考から失くしてしまおう、そんな風に見えました。演じるマリサ・パラデスはスペインの映画界の重鎮で、厳しいが慈悲深い表の部分と、アンバランスな心とをくっきり演じ分け印象に残ります。
でも一番印象に残ったのは、ハシントを演じるエドゥワルド・ノリエガ。「バニラ・スカイ」のリメイク元の「オープン・ユア・アイズ」の彼しか観た事がなかったのですが、やさぐれて粗暴ながら、その裏にある複雑で哀しい心を上手に表現して好演でした。彼がただの悪役にならなかった事が、この物語の輪郭をはっきりさせていました。 声高に主張してはいませんが、上記に書いた物の奥には、この内戦がなければ彼らは今の彼らだろうか?そんな反戦の心も受け取れました。
デビルズ・バックボーンとは、奇形の背骨を持つと言う事だそうです。生まれくる事の出来なかったその背骨を持つ胎児を漬けたラム酒は、強壮剤として売っていると映画では描かれます。その酒を劇中で飲むのは、教養があり子供達を最後まで守ろうとするカザレスです。内戦で一儲けしようとする下卑た輩でなく、カザレスに飲ませたと言う事に、戦争で失われたたくさんの命の分まで、この孤児たちの未来に託したい、私はそう受け取りました。
ホラーとしては肩透かしですが、薄気味悪く小汚い風景を映すのに、なかなか格調高く味わい深い作品です。上映はすぐ終わってしまいそうですが、ビデオ化の折など、どうぞご覧下さい。
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