c h e c k e r e d  f l a g .
 ○ハジメマシテ   ○オエビ   ○ノベル   ○ダイアリー
1981年10月06日(火) ブラック・コーヒー。

ブラック・コーヒー

「甘々のミルクコーヒーが好きじゃなかったっけ」
テーブルに置かれている二つのコーヒーの色が同じな事になんとなく違和感を感じて、そう呟いた。
「…変わったの」
少しの間をおいてからの答えには、どこか、「つっこんでくんなよ」という匂いが感じられる。
視線を泳がせる松本。そう、そこを逃しては、面白くない。
「へぇ?」
「…なんですか」
案の定、口調が変わった。それと同時に甦る記憶がひとつ。
「いや別に。そういえば随分前に、なんかそういう宣言されたなぁって思い出しまして」
自分でも意地の悪い言い方だと思った。
松本の顔から、さっと血の気が引くのがわかる。
思い出されたくないんだろう。数年前の堂々と全身から「翔くんスキ」光線を出していた自分を。
そんな様子が面白くて、どうやっていじめてやろうかな。
なんて事を考えながらカップをソーサーに置くと、チン、と、小気味の良い音がした。

あれは何年前のことだっただろうか。
今と同じ、いや、控え室だか…ホテルのラウンジだか…どこだったかなんて忘れてしまったけど。
あの時もそう、ふたりでコーヒーを飲んでいた。

「翔くん、砂糖入れないの?」
透明の小瓶から角砂糖を取ってから、松本は小首をかしげてそう自分に聞いてきた。
「あ、俺、ブラック」
片手で軽くそれを制止して、真っ黒なコーヒーを一口飲む。
「うそー。すっげぇ」
「何が」
感動したように俺とコーヒーカップを行き来する松本の視線を、正直うざったいと思った。
「ブラックコーヒーって、なんかオットナーなイメージ」
瞳をきらめかせる松本。
アホ臭い。コーヒーごときでオトナもコドモもあるか。
そう言いたくなったが、そんな自分も相当子供だと思い直し、無言でコーヒーを啜った。
読んでいた雑誌に視線を落とし、まだ此方の様子を伺ってる松本には気付かないフリをする。
「苦くない?」
「オトナだね」
そんな言葉を繰り返している松本の足を、軽く蹴った。
「うるせぇよ」
一瞥すると、やっと静かになる。
と、途端松本はわざとらしく頬を膨らませて、無言で真っ黒のままのコーヒーを一気飲みした。
あまりに唐突な行動に、その姿から目が放せない。
最後の一滴まで飲み干してから、松本は嬉しそうに空のコーヒーカップを掲げて微笑んだ。
「翔くんの真似」

その行動と発言に確実にひいたことだけは覚えている。
が、まさかその「真似」を今でも継続していたとは、思いもよらない事実だった。
そういえばあれ以来、松本はコーヒーを飲む時いつも言っていたかもしれない。
「これがオトナの味ってヤツ?」
「翔くんに一歩近づけた気がする」
嬉々とした声をあげながら苦そうにブラックコーヒーを啜る松本を思い出すだけで、肩が震えた。
今の松本からでは想像も出来ないくらいに粋なことをしてくれたではないか。

「成長したねぇ」
今、目の前でブラックコーヒーを飲んでるのは誰なのだろう。
あの日の可愛かった…そして少しうざったい位に自分を慕っていた松本は、もういないけれど。
何も変わっていない。自分も、こいつも。
「るせーよ」
少しバツが悪そうに悪態をつくその姿も、今は余裕で受け止められる。
最初は正直戸惑った。あまりの成長の速度に。
けれどそう、思い返してみれば、何も変わってなかった。自分と松本の関係は、何も。
成長したのは自分か?
ふっと自嘲の笑みを浮かべて、自分と松本の間に置かれている角砂糖の小瓶に手を伸ばした。

「じゃぁオレも、松本の真似しようかな」
は?と松本が目を見開いた瞬間。
「潤くん、砂糖入れないの?」
スプーンに角砂糖をのせて、わざとらしいくらい甘い瞳で見つめ返してやる。
勿論、あの時松本がしたように、小首をかしげるというオプション付きで。
松本は一瞬かっと顔を赤くして、目を逸らした。
「ホント、むかつく人だよね」
頭がこんがらがって、いつもみたいな毒が返せないことも知っている。
オレは小さく笑って、松本が控えめに差し出したカップに角砂糖をひとつ、落とした。

甘い甘い、ブラックコーヒー。

DiaryINDEXpastwill
saiko |MAIL