ケイケイの映画日記
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2025年03月18日(火) |
「バッドランズ」(地獄の逃避行) |

かのテレンス・マリックのデビュー作です。日本では深夜放送で放送したきりで、今回が初公開。製作は1973年ですから、実に52年目にしての公開です。実話が元の無軌道な若者の殺人鬼の話が、ロードムービー的な情感が溢れる世界観で、とても不思議な作品です。
25歳の清掃員のキット(マーティン・シーン)。仕事帰りにバトンの練習中の15歳の少女ホリー(シシー・スペイセク)と出会います。程なく二人は恋仲に。しかし、ホリーの父親(ウォーレン・オーツ)は、流れ者のキットとの交際は反対します。駆け落ちしようと、ホリーの家に侵入したキットは、父親に見つかり、勢いでホリーの父親を射殺してしまいます。
ハンサムなキットは、ホリーからも逮捕された警官からも、ジェームズ・ディーンに似ていると言われる。顔だけの男かと言えば、そうでもなく、時々知的なセリフも言うし、駆け落ちなのに、ホリーに教科書も持たせます。「セックスが目当てではないとキットに言われ、嬉しかった」とホリーのナレーションが入りますが、二人が結ばれるのも心が高まってから。常にホリーを気遣い、レディとして、扱っています。
出自に恵まれないため、彼が持つ生来の気質の良さが活かされず、底辺でくすぶっていたのでしょう。「殺したい人間が二人いる」と、彼は言いますが、それは両親ではないかと、私は想像しました。育ちの良い女の子との交際は、セリフにもあったように、ホリーが初めてだったと思います。
これがホリーに恋した理由かと思っていたら、敬愛する映画友達が、「エデンの東」を表して、「いじけ男を立ち直らせる女の映画」と仰る。あー、ディーンに似ているが二回も出てくるのは、これかと思いました。キットはホリーの事を、底辺の自分を引き上げてくれる女性だと思ったんでしょう。
この容姿なら、年上の裕福な女を騙す事も出来たでしょうが、彼はそんな男妾のような事は良しとしない。あくまで女性を守る男として、成長したかったんでしょう。しかし哀しいかな、彼の年齢に見合うような女性は、底辺のキットは相手にしない。だから、10歳下でまだ子供のホリーだったんでしょう。愛する女性を得て、心の支えにしたかったんだな。
対するホリーも、地味で目立たぬ女の子。華やかさに憧れるものの、実際は退屈な毎日で、そんな自分を、飛び切りハンサムなディーンに似た、大人の男性が愛していると言う。夢中になるのも当然です。
殺人を重ねていくキットですが、狂気や恐ろしさ、殺伐とした感覚は全くなく、ただホリーとの日々を守りたいために、殺人を犯すように見える。自分をヒロイズムの対象に観ている。対するホリーは、もう元の日常には戻れない。疲弊する毎日に嫌気がさしてきて、キットへの愛情も薄らいでくる。25歳の男より15歳の少女の方が、夢から覚めるのが早いのです。そして、無情にもキットを切り捨てる。
捕まってからも、世間に知れ渡った事件の犯人として、有名人扱いのキット。ある意味、世間から注目を浴び、ホリーは関係ないと証言して守り、本望だったのかも。そして死刑。対するホリーは、自分を弁護して強引に執行猶予を勝ち取った弁護士の息子と結婚する。現実的で有益な、自分への落とし前です。男と女の成長の違いが、如実に表れているように思います。
シーンのハンサムぶりも破壊力がありますが、何と言ってもシシ―!当時23歳だったそうですが、話し方から立ち振る舞い、本当に15歳に見えます。ガーリーな服装が、本当に良く似合う。そばかすだらけで、美人とは言えない顔立ちながら、とても愛くるしく、妖精のようです。妖精だから、彼女の選択は一層辛辣に思えたのでしょう。
二人とも未熟ですが、頭が軽いように見えません。無知は罪ですが、未熟は本来罪じゃない。でも成熟が遅いのも、早すぎるのも、罪かもしれないと思いました。血生臭さは少なく、叙情的で牧歌的な味わいすらあります。本当に不思議な作品ですが、好きか嫌いかを問われれば、即答で好きと言える作品です。
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