ケイケイの映画日記
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2024年11月04日(月) |
「2度目のはなればなれ」 |
老いても意気軒高で、長らくの間、映画ファンを楽しませてくれた、マイケル・ケインの引退作品。人生の黄昏時、円熟した年輪を投影させた、包容力に満ちた柔らかい光に、しみじみと魅了されました。とてもとても素晴らしい作品です。こちらも長きに渡って活躍した妻役の、グレンダ・ジャクソンの遺作でもあります。監督はオリヴァー・パーカー。驚きの実話が元の作品です。
2014年の夏。老人ホームに暮らす90歳のバーナード(マイケル・ケイン)とレネ(グレンダ・ジャクソン)夫妻。バーナードはかつて出征した、フランスのノルマンディーでの70周年の記念式典の予約に間に合わず、渡航を諦めていました。しかしレネが後押しし、密かにホームを脱出。一人で彼の地へ旅立つ事に。事情を知らないホームでは大騒動に。無事フランスに渡ったと確認後、この大脱走を、警察官がSNSに発信した事を機に、バーナードは一躍時の人に。バーナードはある事を心に秘めて、ノルマンディーに渡ったのでした。
若い頃は役柄同様、なかなかの色男だったケイン。修行の甲斐あってか、老境に入っても上品な色気があり、軽妙洒脱で素敵な老紳士ぶりです。そのイメージを踏襲した今回のバーナードも、お茶目で愛想が良いだけではなく、思慮深い聡明さも感じさせ、好人物なのが判ります。
生涯をかけて愛したレネにも言えなかったバーナードの悔恨。それがノルマンディーにはありました。少々毒舌家ですが、こちらも聡明で若い職員たちにも慕われているレネ。自分の人生は、もう長くないと悟っている。バーナードの心の澱は、レネの澱でもあったのでしょう。だからこそ、自分の生死を確約できない中、出征に次ぐ、2度目のはなればなれに、夫を送り出したと感じました。
船中から何くれとなくバーナードの世話をしてくれた老人、若い帰還兵が、それぞれの理由で心を病み、アルコール依存症になっているのが、痛ましい。前線に出るのは若い人たちです。生き残っても、生涯を戦争によって縛られる。彼らに助言し、縛られた縄から解放しようとするバーナード。彼が依存症にならなかったのは、レネが居たからだと思います。若かりし頃の回想シーンは、二人の強固な絆を浮き上がらせるのに、とても効果的だったと思います。
ノルマンディーで、上陸時に参戦していたという元ドイツ兵と出会うバーナード。言葉にならない思いを噛み締め、敵味方として戦った二人が生き残り、涙ながらに握手する場面が、今思い出しても涙が出ます。長い人生をかけた、静寂の中での二人の和解は、老いているからこその感動と、神々しさを感じました。
老境の夫婦愛、反戦の心と共に、私がバーナードとレネを見て感じ入ったのは、老いて介護して貰う立場になったとて、誰かに勇気を与えたり、人生のアドバイスを与えたり出来るという事です。老人が放つ言葉には、人生の裏付けがあるので、若い人の言葉より、重みがあります。他者を励まし、滋養を与えるこの夫婦に、とても感銘を受け、老境に入る私自身も、希望を与えて貰いました。
夫婦愛、真摯な反戦の心を、暖かなユーモアで包みます。そして老境の道標を示してくれる作品です。ケインの集大成として、敬意を持って、お祝いの言葉とお礼を言いたくなる作品。引退後は悠々自適で、どうぞ長生きして余生を楽しんで下さい。グレンダにも、心からご冥福を祈ります。二人とも、ありがとうございました。
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