ケイケイの映画日記
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2025年12月07日(日) 「ナイトフラワー」




うちの三男が、「世界一のお父さんも、普通のお母さんに負ける」「お母さんが嫌いな子供くらい、可愛そうな者はない」と、良く言います。その事を噛み締めるような内容でした。物凄く愛しい作品です。監督は内田英治。

借金を抱え、関西から東京へ逃げてきたシングルマザーの夏希(北川景子)。仕事は三つ掛け持ちしているのに、ガスは止まり、日々の食事もまともに取れません。貧しさから、ひょんな事から手に入れた合成麻薬を売り、見咎められたヤクザに思い切り殴られます。そんな夏希を助けたのが、格闘家の多摩恵(森田望智)。用心棒役を勝って出た多摩恵と共に、二人はヤクの売人として、生き始めます。

夏希は愚かな母親です。ですが、そんな彼女を作品は断罪しない。その時々に、間違った選択をする彼女ですが、それは真実子供への愛情からです。その迸る想いは、母親として先輩である私にも強く響き、とても彼女を責められない。責められないどころか、抱きしめてあげられないのが、もどかしいくらいです。

スナック勤めでは、売り上げを上げるための飲み要員。パート先の工場では、言い寄る社長を撥ねつける。その合間にラブホの清掃。眠る間も惜しんで働いているのに、息子の好きな餃子も食べさせられない。私が感心したのは、こんなに別嬪さんなのに、自分の性を売らなかった事。「ママ、儲かる仕事見つけてん」「エッチな仕事と違うやろな」「そんなちゃうわ」。何気ない娘とのこの会話に、母親のとしての夏希の信念が伺えます。

娘が路上でヴァイオリンの授業代を稼ぐ姿を観た時の、夏希の表情が忘れられない。あれは自分の不甲斐無さより、娘にヴァイオリンを続けさせようと誓った顔です。児童手当を先払いして欲しいと、役所に頭を下げ、息子が保育園で他の園児に怪我をさせると、土下座して謝る。子供のために頭を下げ続ける彼女を観て、良いお母さんだと、胸が熱くなりました。

偶然の重なりで、彼女が子供のためにと犯罪に手を染めるまでの心情に、寄り添って描いています。あの日、路上に置き配していたお弁当が、「餃子弁当」でなかったら、夏希は盗んでいなかったと思います。

正直、美貌が一番の取り柄だと思っていた北川景子が、底辺の汚れ役の夏希を演じて、こんなに泣かせてくれるとは、びっくりでした。子供がいないシーンでも、常に母親である夏希を感じさせてくれました。

多摩恵は、貧乏ジムの経営の手助けに、デリヘル嬢をしています。常にがさつで、女性らしさは全くない多摩恵。性を売るのは一番遠いはずの彼女が、そうなるのは、夏希とは対照的です。ここに彼女の身の上の孤独を感じ、何よりも格闘家であることを、大切にしているのが解る。

お互いが人として惹かれ合い、四人が家族のようになっていく様子が、とても自然です。多摩恵は家庭に恵まれず「こんなのは苦手」と言いながら、四人で食卓を囲む様子が、とても暖かい。森田望智にもびっくり!彼女も綺麗な人ですが、男なのか女なのかもわからない様な、立ち振る舞いに品がなく、育ちも悪そうな多摩恵ですが、心の純粋さを全面に出して熱演しています。格闘シーンや練習シーンも相当練習したのだと思います。見応え充分な熱演でした。

新たな売人は要らないとい言っていた、元締めのサトウ(渋谷龍太)。彼がすごい存在感です。夏希が子供を育てたいからと言うと、「あんた、母ちゃんなの。そりゃ金が要るよね」と、許可します。彼はキーパーソンで、自分の手下の誰かれに、「母親はいるのか」と問いかけ、皆が皆、まともな母親はいない。サトウ自身もそうです。多摩恵も、彼女の幼馴染の海(佐久間大介)もそう。だから犯罪者になった、は違うと思います。でも、一様に母親はいないと言う彼らに、うちの三男の言葉が重なるのです。サトウの存在は、「母なる者」の存在を浮かび上がらせ、それは夏希に連なるのです。

夏希が愚かで愛しい母なら、みゆき(田中麗奈)は、愚かで哀しい母です。夏希の夫は妻子と借金を置いて出奔。みゆきの夫は医師らしく、裕福な様子ですが、妻子には無関心。子供から簡単に逃避する父親を登場させ、母親は何があっても、我が子を育てなければいけない責任感を、対照的な二人の母から、浮かび上がらせていたと思います。

ラストは観客に委ねています。私はあのラストは幻想だと思う。罪を犯せば罰は待っているものです。それがどんなに同情を誘うものであっても。子供が巻き込まれるのは哀しいですが、子供が小さい頃は、母子は一蓮托生、運命共同体です。だから子を持つ親は、子供のために、自分を律しないといけないのだと、私は思います。

正直、何故関西から東京へ逃げてきたのか?とか、渋川清彦演じる探偵が、みゆきの娘ではなく、何故夏希と多摩恵を追いかけてばかりなのか?とか、みゆきに「あんなもの」を渡して、足が着くと困るのはあんただろうがのオオボケかましたり、不可解なところはあります。でも夏希と多摩恵に免じて、そんな事は軽々問題なしです。

海は多摩恵が好きです。しかし、多摩恵が心底辛い時、彼女の肩を抱いてよしよしと慰めるのは、夏希でした。母親に甘えるように、夏希に泣きじゃくる多摩恵。その姿を観て、彼女に必要なのは、男の愛ではなく母親の愛なのだと悟る場面が、この作品の中で一番美しいと思いました。

私の父は五歳で母親を亡くし、腹違いの兄二人は、私の実母から所謂継子苛めをされて、育っています。私の育った家庭は常に不安定で、それなりに裕福なだけが取り柄の家。大人になった兄たちは、そんな実母に攻撃的でした。家庭を省みない父にも、理不尽に私や妹にも攻撃的な兄たちにも、私は大きな不満を持っていました。それが自分が家庭を持ち長男を生み、長男に自分の全てを捧げても良い感情に包まれた時、ふと、父や兄たちは、この母親の感情を知らずに育ったのだと、とても哀れに思いました。私が父や兄たちへの蟠りが溶けた日です。

幼い子を抱えて、子育てに迷えるお母さんたちに、是非観て欲しい作品です。そして三男の言葉を送ります。「世界一のお父さんも、普通のお母さんに負ける」。それが母親です。



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