損己利己
 ドラマを見て居たら腕の震えが止まら無くなつた。
 ドラマに登場した、自分の子供の交際相手に親の職業・學歴を問ふ、大人の存在が因だ。

 僕には僕に告白をしてきた男性の母親に同樣の質問を受けた事があつた。
 あの時の僕は「御兩親は何をなさつてますか?何處の大學をお出になりました?御父樣の御實家はどちらですの?」と、息子の交際相手であらうと(相手にとつて)思はれる僕自身の人柄も何も知らうとはせず、僕の親の職業・學歴・家柄ばかりを問ひ質した失禮な中年女性に、母の現在の職業や己の母と父がかつて籍を置いた事のある大學名や僕の父母の在所が如何に名の知られた舊家であるかを、僕の知る限り擧げ連ねて相手が僕を見下げやうとする試みを悉く挫かうと身構へてゐた。
 僕は自分の母や父の學歴が質問相手の女性より高い事も母の家柄が其の女性のものよりも世間では高く評價される類いのものである事も、全て承知の上で僕に屈辱感を味あわせんと彼女が賣つてきた喧譁を買つてゐた。彼女の訊問が僕の親に關する事柄だけで無く僕の學歴・偏差値に及んでも、僕は言葉を選んで僕が彼女の息子よりも學歴・偏差値共に上位に屬してゐる事を淡々と告げてついには彼女を默らせた。

 あの時も、後ろ手に組んだ僕の兩手は震えてゐた。若しかしたら震えてゐたのは手では無く僕の身體全體であつたかも知れ無い。
 嗚呼、あの時僕は唇を笑みの形に固めてこそ居たけれど、虚しくて哀しくて泣き出したかつたのだ。
 彼女の息子が僕に關わらうとしたのは彼が手に出來無かつたブランド性のある學歴を僕が手にして居たからだといふ事も、己の家柄や親の學歴がある種の人間の目にはブランドとして映る事も、其のブランド性が如何に薄つぺらで果敢無く虚しいものであるかも、全て判つていながら其のブランドを翳して相手を追ひ詰めんとした己が虚しくて堪らなかつた。

 あの頃の僕は己の魂を擦り減らさんと行動選擇をし、己の選擇を未來の僕はきつと諦念しながらも後悔すると思つてゐた。
 さう、今の僕は後悔してゐる。でも、十代の僕の時間はまう取り戻せ無い。
2003年08月20日(水)


 喪氣
 誰にでも年に一日くらいはあると思ふ。どうしても平常を保つ事が出來無い程に重い過去があつた日が。
 其れは戀人が死んだ日であつたり、友人を見捨てた日であつたり、親を殺した日であつたり、恩人を裏切つた日であるかも知れ無い。
 兔に角、ある程度歳を重ねた人には其の過去の重さに押し潰されてしまひさうな思ひ出のある日が誰でも一日くらいはあると思ふ。
2003年08月19日(火)


 事與願違
 無言で共に時間と空間を共有出來る人が欲しくて堪ら無い時期があつた。
 今だつてさうだ。
 一日の内數時間、二十四時間の内たつた二・三時間だが、意識して己を保たぬと氣付けば涙で頬が濡れてゐる事がある。
 たつた二・三時間の事なのだ。無意識の内に泣く前に他者と接觸してしまへば遣り過せる。

 集中して他との關りに意識を向ける樣に心掛け、過去を反芻してしまふ己を抑えておかう。
 思ひ出さうとしても思ひ出せず、それでも何故か僕を哀しませる僕の思ひ出達。それらを僕は掘り起こすべきでは無いのだ。
2003年08月11日(月)
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