このような事件が起きて、
母親の名を呼びながら
逃げまどう子供の恐怖を思うと
息ができないほど怒りをおぼえるし、
我が子になぞらえば、
おそらく、時代錯誤と云われようと
仇討ちすら考える。

ただ、
私には、
精神病を煩った母がいる。

ひとくくりにするなら、
この男と同じ、「精神病患者」

天気のよい昼下がりの居間。

憔悴した母の目に
この男を扱ったワイドショーが映る。

「精神病者であろうと罰するべきなのです」
感情をあらわに訴えるコメンテーター。
おそらく国民総意の感情。
皆、この代弁者の言葉に胸の痞がおりたであろう。

そして代弁者の声を聞く母。

「私も、こんなことするようになる?」
すがるような不安げな目で訊ねる。

胸がえぐられるようなこの問いに

「大丈夫、こいつは分裂病者だから、
母さんはぜんぜん別な病気だから、
それにもうすぐ治るんだから」

動揺を隠し、決してどもらないよう
滑舌を気にしながら答える。

けれど、
俯いてしまう母。

ブラウン管の向こう側で
なんら臆することのないコメンテーターを睨んでしまう。

「これ以上おれの家族を傷つけないでくれ。」

「公共の電波を使い
『自分は正義』と疑わないその顔で
お前は悪びれもせず人を傷つけているではないか。
包丁と、人をも刺す力のある言葉に、違いはあるのか?」


だが、
届かない私の声で中傷されたこのコメンテーターにだって、
このコメンテーターを愛する家族がいる。

今思えば
母を励まそうとして分裂病者を傷つけている。

私は自分の置かれた立場でしか想像できない。
私はごく親しい人間しか想像できない。
私は想像すると無口になる。
そして、
あらゆる人間を想像できるようになったそのときは、
一言も発せられなくなるのだろう。


哀しい事件は、さまざまな立場の人間に、哀しさしか残さない。

 


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