おてんきや日記
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2003年10月27日(月) メロン

最近の娘の好きな遊びの中に「お店やさんごっこ」がある。
特によく登場しているのは「くだものやさん」。
「いらっしゃい、いらっしゃ〜い。きょうはブドウが安いよ〜!」
と、なりきって遊んでいる姿を見た夫が、
「本物のくだものやさんを見に行こうか!」
と言い出した。

日々の買い物はほとんどスーパーで済ませてしまうので、
商店街にあるような「くだものやさん」「やおやさん」というものを
娘はあまり見る機会がない。
商店の威勢のよい掛け声と、目移りするほどに並ぶ新選な果物を見せてやるんだと
夫は知り合いの店でもある元祖「くだものやさん」に娘を連れて出掛けていった。

果物がいっぱい並ぶ店先で、夫は娘にどれがいいかと聞いた。
きょうは娘の選んだ果物を買ってやろうと思っていたらしい。
娘は店の少し奥を指さして言った。
「メロン!」
え!? メロン?
よりによってそんな……。
柿やナシや、せいぜいブドウぐらいを想像していた夫は困ってしまった。
よりによってそんな、高級果物を選ばなくたっていいじゃないか……。

でも、娘の一声を聞きつけた店のおやじは、そそくさとメロンを持ってきた。
それは箱に入った本当に高級そうなメロンだった。
「これはうまいよ! 間違いない!」
とおやじ。
そりゃそうだろう。
箱には4,500円と値札が貼ってあった。
無理だ! これはちょっと無理。違うものにしてもらおう。
と思ったときに、
「きょう食べるんだろう? きょう食べるならこれは最高のメロンだよ。980円にしといてやるから持って行きな!」
えっ!? 4,500円が980円?
娘はもうすっかりその気になってはしゃいでいる。
よーし、じゃあ……
「これ、これください!」

2人はメロンを買って帰ってきた。
夫が小さいころからの知り合いの店だったこともあり、
果物のゼリーも数個おまけに付けてくれた。

その夜、メロンを食べた……。
おやじの言うとおり、それは無言になるほどのおいしさだった!
こんなに甘く、ジューシーなメロンは食べた記憶がない。
それほどおいしいものだった。

私や夫だったらきっと選ぶことのなかったものを、娘は選んだ。
おかげで、こんなにおいしいものを口にすることができた。
毎回とはいかないけれど、たまにはこんな贅沢も楽しいな〜と思わせてくれる出来事だった。


2003年10月12日(日) 一人の時間に考えたこと

3連休、夫と娘はキャンプに出かけていった。
私は、仕事を抱えていることと体調があまりよくないことから、今回はキャンセルして一人お留守番。

一人の時間をもてあまし、テレビをつけてみた。
ふだんはめったに見ることのないテレビドラマなんて見てしまった。

ストーリー自体は、ありがちな内容だったように思う。
保育園に通う5歳の娘を持つシングルマザーが、娘のためにと必死に仕事しようとすればするほど、
娘はお母さんとの距離を感じ、「私がいてはお母さんが一生懸命お仕事できない」と家を出ようとしてしまうお話だった。

不覚にも、この単純なストーリーで私は泣けてしまった。
自分の娘と、テレビの中の娘が重なってしまったのだ。
お母さんがお仕事に一生懸命になればなるほど……。
自分と重なってしまった。

仕事と家事に追われ、本当に娘とちゃんと向き合っていられてるのだろうか。
忙しがって、ちゃんと話しを聞いてあげられていないことはなかったのだろうか。
私が仕事をすることで、寂しい思いをさせていることはないのだろうか……。

仕事をしていても、忙しくても、
子供と向き合えていれば、子供はしっかりと親の背中を見て成長していく。
ドラマの中でも、そのような締めくくりになっていたと思うし、
私自身もそう考えている。

でも、毎日忙しく流れる時間の中で、
いつもいつもそう寛大な気持ちでいられるとも限らない。
疲れているときもあれば、イライラしているときもある。
そういう母親の気持ちを、子供は敏感にそして純粋にすべて感じている。

人間だから、そういうときもあるよね。
せめて、そんな自分に気がついて、「ごめんね」と抱きしめてあげよう。
そして、1日の中で少しの時間でも向き合ってお話しする時間をつくろう。
家事をしながらでも、耳を傾けることはできる。
大切なのは、私自身の心のゆとりなんだと思う。

たまにはテレビもいい。
家族のいない一人の時間、改めて自分のあり方について考えさせられた。
夫と娘が帰ってきたら、たくさんたくさんキャンプのお話を聞かせてもらおう。
そして、少し成長して帰ってくるであろう娘が、待ち遠しくなった。


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