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ニュージーランド旅行記、合計180KB。
それを全部PCに打ちこんだおばかさんの戯れ言。
その一覧はトップページにあり。

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2002年07月31日(水) 最近の音楽に関してふたたび

ここのところ、またFMを聴く機会が増えている。

一時期のピークは過ぎたものの、未だに
EMINEM「WITHOUT ME」は頻繁にかかっているし、
SHAKIRA「UNDERNEATH YOUR CLOTHES」も頻度は高い。

そんな中、メチャメチャはまってしまっているのが

Vanessa Carlton「The Thousand Miles」

なのだ。
たぶん日本でもそれなりに売れていると思いますけど
このピアノラインが俺のストライクゾーンずばり!!で困ります。

あと、最近これはイイ!っていうのは
NESIAN MYSTIK(綴り違うかも、NZのラップグループ)「It's On」
Anika Moa(こちらもNZアーティスト)「Falling Love Again」
Kylie Minogue「Love at first sight」
Avril Lavigne「Complicated」
などなど。

俺は今まで洋楽に入り込むキッカケがつかめずに過ごしてきましたけど
やっぱりいいね!
これから日本に戻っても洋楽を聞きまくると思います。
けれどNZアーティストの曲が聞けなくなるのは少し寂しいな・・・。

コンピレーションアルバムを土産に買って帰るぞ。



   =今日の一言=

東京の最高気温36度という天気予報を見てうんざり娘


2002年07月30日(火) どうしても中国人を認められない理由

もう、俺の中国人嫌いは誰にも止められそうにない。

全世界の1/5を占める中国人が海外へと出てきたらどういうことになるか、
皆さんにとって想像に難くないでしょう。

何故海外に出てくる中国人を認められないか。それは当然、


局地的に集まっているからなんですよ。


確かにニュージーランドに集まる日本人もアホみたいに、腐るほどいますけど、
もう全土に溢れてしまっているから諦めもつきます。
「ニュージーランドに日本人がいない所はない」と。

けれど、中国人に関しては都心部にしかいないんです。
こちらの地名で言うなら
Auckland(オークランド)、Wellington(ウェリントン)、Christchurch(クライストチャーチ)、
Dunedin(ダニーデン)、Hamilton(ハミルトン)、Queenstown(クイーンズタウン)、Te Anau(テ・アナウ−観光地として)
あたり。ここ以外で中国人を見たことはありません。

つまり
中国人は海外に居るメリットが少ないわけです。
中国人は彼ら同士で何故か群がり、大抵は4人以上のグループで動く。
道路をふさぐ。母国語で喋りまくる。うるさい。邪魔。海外に居る価値無し。
帰れ。

と、こうなってしまうんです。
中国の人口のわずか0.1%がニュージーランドに来ただけで
およそ100万人が増える。すなわち人口30%増。お、恐ろしい…。

中国本土に居る人には申し訳ないんですけど、
俺自身今後中国に行くことはありえないでしょう。

李さんだけで1億人。


2002年07月29日(月) 湯たんぽサイコー

お久しぶりです。
ちょっとした旅を終え、今戻ってまいりました。
昨日泊まったところにはベッドに湯たんぽが置いてあり、
ものすごくゴキゲンなエイジであります。
これでニュージーランド全土の旅もひとまず完了。
新たな章の始まりとなりそうです。

が。
ここにきて、大問題となりつつあるのが

資金面

なんですよ。
あえてここに残金を書き記すようなことはしませんが、
丸々一年(11月半ば)までNZにいられるかといえばそれは無理な問題。

以前から述べているように、盆休み前後に帰国となる可能性が高いです。
ただ、それはこれから再び戻る俺の第二の故郷、Christchurchで
仕事を探さなければ(もしくは、見つからなければ)の話。
いよいよカウントダウンが近づきつつあるようです。

あーイヤだよー帰りたくないよー

でも花火見たいよー

でも一緒に見る人いないよー

プレステ版ドラクエ4やりたいよー

大阪梅田に出来たヨドバシカメラ見てみたいよー

暑いのやだよー


気持ち、五分五分。


2002年07月28日(日) やっぱり名前変えるの。

今月頭、ふと俺に合う名字が浮かびました。

新島

どうです?
ありえる名字だし、少しばかりニュージーランドと掛けてるんですけどね。
(ちなみにニュージーランドを無理矢理漢字にすると「新西蘭」)

『新島エイジ』発音すると少し変ですが、たぶん帰国してから改名すると思います。
予告して名前変えるってのも珍しいんじゃないか・・・?

かなり直感で思い付いたんで。
意見する人も皆無に近いだろう。


2002年07月24日(水) 長靴運命共同体

 今日のところは天気がもちそうなので、近辺の歩ける場所を探索することにする。北へ1.5kmほど歩くと何やら美術館のようなものがあるが、入場料を取るらしいのでカット。こんなことをしてるから大事なモノを見落としているような気がするけど。そのあとちょっとした森の中を歩こうと思ったけど、予想以上に地面がぬかるんでいるので行くのをやめた。ああ、一時期の「ひたすら歩いてやる!」という勢いはどこへ行ってしまったんだろうか?

 ここKerikeriにはVisitor Informationはないのだが、なぜかそれを案内する「i」マークが道についていた。その印をたどれば案内に着くのだけれど、結果目の前にあったのはなんと“図書室”だった。どうやらそこが旅行者への案内も受け持っているそうだ。ただ、そこに座っていたオバサンはほとんど旅の知識を知らなかった。あくまでも形だけやっている、という雰囲気だったな。

 別のBackpackersに寄り、例の果樹園の仕事探しをしに受付へ聞きに行くが、今のところはその宿に情報は入ってきていないとのこと。やっぱり今更仕事をさせてくれというのは相当無理があるらしい。仕方ない、Taurangaからずっと連れて来たこの重いゴム長靴はKerikeriで手放すことにしよう。たった一週間しか使わなかったけどありがとう、2ヶ月近くも俺のお荷物になってくれて…(皮肉)。

 宿に戻り、天気が良いので広い庭でくつろいでいると、一匹の猫が寄ってきた。名前は日本人の間ではタマと呼ばれているらしい。見た目はあんまり可愛くねーけど、なんとなく愛らしい。少し相手してやると、すぐにどこかへ行ってしまった。コミュニケーションの仕方がまずかったのか?

 オーナーが受付に来たころ、明日のバスを予約しに行く(宿の受付はいつでも開いているとは限らないのだ)。しかし明日木曜日はバスが運行されていないと言うのだ。俺がこれから乗ろうとしているバスは月・水・金曜日しか走っていないというのだ。次が金曜日で、その次は2日間を置いて月曜日まで運行なし…次の目的地はかなりの田舎だと聞いているのでそういうところで3泊もするのは少々気が重い。だからといってここで水曜日まで滞在して8泊するとなると、宿代がかなり浮くとはいえそれもどうかと思ってしまう。いずれにしてもバスが走っていないので、明日木曜日の夜もここに泊まらなくてはいけないということか。

 夜には、何やら団体客が集まり、キッチンのテーブルを占拠していた。今夜はずいぶん騒がしくなりそうな気がするな。さて明日は何しようか…無駄な一日にならなければいいけどな。


2002年07月23日(火) 親切な人に恵まれて

 Paihiaから、次は友達のススメでもあるKerikeriへ向かう。このNorthlandの旅はAucklandを起点にしたコースチケットを買ったけど、Kerikeriはこのコースから外れてしまうので別にバスを予約しないといけない。しかし、一旦Visitor Informationまで行き、そしてバスを待つのもバカバカしいので、中止していたはずのヒッチハイクをやってみるか…と思うが、外は昨日から引き続きとんでもない大雨だ!とてもじゃないけどヒッチハイクはやる気になれない。仕方ないからバスを予約するしかないな。

 朝、身支度を整えていると同じ部屋で泊まった男の人が「今日も雨だね」と話しかけてきたので「そうですね、───」と今日の俺の状況を説明した。すると「俺は今日レンタカーで来てるから、乗せてやれるぞ」と言うのだ。おっナイス!ということで朝10時に出発する約束をした。やっぱり車は早い、たったの30分でKerikeriに到着してしまった。ちなみに連れていってくれた男の人はMark(通称)、England出身で来週からはインドネシアを旅する、と話していた。彼にガソリン代くらい払おうとしたのだが、かたくなに断られてしまった。

 今日の宿はKerikeri YHA。この宿は日本人にとってゴキブリホイホイのような所だ、という噂を聞いた。「一度中に入りこんでしまうと吸い寄せられてしまい、なかなか抜け出せない」らしい。事実、1泊16$と特別安くはないのだが、1週間宿泊しようと思うと割引で80$になるのだ。そうすると1泊12$以下…!これはヤバイ。とりあえず2泊することにしたけど、1週間滞在の可能性もありえるぞ。フルーツピッキングなどをして働いている人もいれば、そうでない人も。そして、釣り人ケンさんと4回目の対面。彼とはなんと、Te Anau・Tauranga・NapierのいずれもYHAで会っているのだ。なんたる偶然。いやー参ったなー…って別に参る必要はどこにもないが。

 雨なので、昼間はひたすら本を読みまくり、夕方は買い物、そして夜は軽い散歩をする。夜には雨はあがっていて月がきれいに出ていた。夜21時ごろに開いている店はMcDonald'sだけだった。


2002年07月22日(月) 雨は休憩に最適

 朝から大雨だ。こういう天気だと何もやる気が出ない。ラウンジに置かれてある日本語の本を読んだり、引き続きDVDを見たり。一歩も外に出ずに夜を迎えてしまった。特に書く事もないけど、そういえば昼飯の余りをもらったな。Bobありがとう!客も今日は俺を含めても3人だけだしな。静かだ。


2002年07月21日(日) コピーはやっぱり違法です

 Whangareiは俺にとってそれほど興味がなかったので、次の町Paihiaパイヒアへ向かう。宿も多く、それらは海沿いに建てられているので景色も良いとの噂。

 俺は荷物を持ち歩くとき、大きなバックパック、小さなリュックサック、その他壊れやすい物を入れる為の手提げ袋という3点セットで旅をしている。バスに乗る時は、バックパックだけをトランクに預けて小リュックと手提げ袋はバス内に持ちこむのだが、今日も同様に乗ろうとしたら運転手に止められてしまった。「その袋もこっち入れて」と。──えっ!?そんなことを言われたのはNZでは初めてだったので戸惑ってしまった。

 おそらく、袋の中に食料が入っていたのが見えたからだろう(ちなみにポテトチップが2袋など)。「バスの中で食べるのはダメだから、ハイ入れた入れた」といった口調で、こわれやすいものばかりの袋も入れられてしまった(乾燥麺、パスタなどが入ってた)。さらに「小リュックも入れろ」などと言うので、俺は「これは本やら入ってて読むからダメだ」と断った。

 後でわかったのだが、この運転手が今までにない口うるささだったのは、Aucklandから乗りこんでいる中国人の3人グループのせいだった。彼らは平気な顔をしてバスの中でパンやら食事をとっていたようで、再三その運転手が注意していたようなのだ。当然地元の人たちには中国・日本・韓国あたりの人の区別なんかつくわけがないので俺もそのとばっちりを受けたわけだ。ちなみに、New Zealandではバス内での飲食は禁止されている。アルコールを飲む客がいたことが判明したらそれを乗せた運転手は何らかの罰則を受けることになっているらしい。俺は車の中でメシなんか食うか!食うとしたら小さいチョコレートくらいやね。って食うんやんけ。

 13時にPaihia到着したけれど、今日の宿は特に決めていない。次に行くところはKerikeriというここから北にある場所だと思うので、ヒッチハイクのことも考えて町の北側にある宿を選ぶことにした。Captain Bob's beachhouse。前まではTommy's B.P.という名前だったらしいのだが、オーナーが変わったので宿の名前も替えたということらしい。天気はそれほど悪くないので荷物を部屋に置き、Waitangiワイタンギという歩いて30分ほどで行けるところへ行き、NZの歴史に関わる展示をいくつか見てきた。

 夜、宿でテレビを見ているとビデオデッキの横にDVDプレイヤーも置かれているのに気付く。DVDのソフトを見ていると、"BANDITS"、"Mourin Rouge!"、"Mr.Bean"などが出てきたのだが、さらに調べると"Lord of the Rings"、"E.T.(特別編のほう)"、果ては"STAR WARS -episode 2-"までが置かれていた。──あれ?確か"Lord of the Rings"のビデオとDVDは8月6日発売の予定だからまだ市場に出回るはずがないし、"STAR WARS"なんてつい先月まで映画館で公開されてたのに?

 どうやらこれは先に述べたオーナーBobの嫁(愛人かも)がタイ人で、コピーが簡単に手に入るらしい。それをここに持ってきただけ、とのことだが…。で、"Lord of the Rings-fellowship of the Ring-"を英語の字幕つきで見たのだが、字幕が全然合っていない。HobbitsがHoppitになっていたり、ミスリル(軽金属)をMee threatとか意味不明だった。"STAR WARS"に至っては、DVDのくせにビデオよりも画質が悪いというとんでもないシロモノだった。どうも映画館で録画したもののようだった。

 このDVDプレイヤーはなかなか遊べそうだ。明日もう1泊するぞ。


2002年07月20日(土) バスパスのはず

 今日からさらに北へ向かう。今回は移動を全てバス利用にしてしまうということで、コースチケットを購入してしまった。これは、3ヶ月以内であれば決められたルートをどこで降りてもよい、という設定。

 例えるなら、大阪から東京までのバスチケットを購入して、3ヶ月以内に東京に辿りつけるように旅を進めていけばいい、という感じ。基本的に停留所はないのでどこで降りても構わない。

 しかしこのバスチケットでは、行きたい場所であるKerikeriケリケリとKaitaiaカイタイアという町には行けないので、また別口で券を買わないといけない。

 朝からのバスに乗る。俺の前の席に座った女性2人が日本人だったので、話している様子が耳に入ってきた。Aucklandにずっと滞在しているようで、窓から見える羊たちを「初めて見る」とか話していたし、こっちで彼氏がどーのこーのとかそんな話ばっかりしていた。日本でやってることと大して変わってないのと違う?と言ってやりたかったが、それは余計なお世話というもんだな。

 それはいいとして、今日の行き先はWhangareiファンガレイ。一応NorthlandというAucklandより北部地域の最大都市だ。けれど、英語で書かれたガイドブックを見るかぎりでもそれほど見どころはなさそうだ。いざ着いてみても、やはり特にすべき事は見つからない。ここには1泊だけして次へ向かおうと思う。

 夜のテレビでは"Forrest Gump"をやってるけど内容がよくわからないや。


2002年07月19日(金) 箱くらいくれよ

 昨日でNZ生活は丸8ヶ月が過ぎ、9ヶ月目に突入した。北島の旅の最中に余分な荷物がたくさん出来た。
・Taupoで撮ったバンジージャンプやスカイダイビングのビデオ
・ノート満載になった旅日記
・昨日購入したCD・山のパンフレット
などを入れた。全部で2kgになり輸送料は42$、微妙な額だ。

 これらの荷物を入れるための段ボールを近くの雑貨店(韓国人経営)へ取りに行ったのだけれど、その時の会話──

俺「Would you give me any card board boxes?」(何か段ボール箱をもらえませんか?)
店「What's that?」(何ですかそれ-card board box-は?)
俺「Like that.」(そんな感じのヤツです、と店に置かれたまだ中身の入ってる箱を指さす)
店「No...」(いいえ…)
俺「Really?You don't have that?」(えっ本当に?持ってないんですか?)
店「No. Sorry.」(ごめんよ、ないんだ)

などと言われてしまった。無いはずはないのだが、たぶん雑貨店の人は「段ボールを売っているのか」と解釈したのだと思われる。そういう説明をするのもわずらわしかったので話は終了。のちに一番近くにあった日本食を売ってる店からカルピス(CALPICOという)の箱をもらってきたので問題はなかった。

 本来なら今日あたりで昨日も綴った例の女性に会う予定だったけれど、メールアドレスしか知らないことを思い出して、電話番号を教えてもらうためにメールを出したが、その返事は今日チェックしても未だに来ていない。これはやっぱり次の機会になってしまうな、まったく予定通りにはいかないもんだ。


2002年07月18日(木) サポートのサポートが必要か

 前回は雨続きだったが、今回のAuckland滞在は晴れが続いている。今日は中心部から少し離れたNew Marketニューマーケットへ行く。しかしAucklandは100万人都市なので、2〜3km移動した程度では街の規模は全く変わらない。街を移動した意味はさほどなかったように思う。バスを利用したら前は1$だったらしいけど確認したら1.20$に値上げしてるしさー。帰りは歩いていくことにした。収穫はといえば、New Zealandオリジナルのコンピレーションアルバム(『100%HITS! Vol.6』)を買ったくらいかな。見てて欲しくなったやつといえば、Anika Moa『Thinking Room』、『NOW 10』(コンピレーション)、Shakira『Laundry Service』くらいかな。(先の2つは後日購入しました)

 その後、ワーキングホリデーのサポートセンターに寄って、4ヶ月ほど前に発売された少し古い日本の雑誌をもらう。そこのスタッフに「俺はこの先さらに北上したい」と伝えると「今の時期(冬)って何があるのかしらねえ」といった程度の反応しか得られなかった。おすすめの地域はどこかと聞くと、「どこもおすすめ!」とか言うし…そんな答えを求めて問うたのと違うわ!やっぱり自分なりに行き先を決めるしかなさそうだ。

 日本を離れる前から知り合いだった、Aucklandに住んでいるとある日本人の女の子が「こっちに来たら会って情報交換しよう!」と言っていたので、前日から返事のEメールを待っていたのだが、全く返事がないというのは何とも哀しいものがある。彼女と会うのは、次に戻ってきたときの楽しみにしておくか…。

 何やら、今ここでは“映画祭”が開催されているらしい。世界各国の作品が見られるらしく、日本からも3作品上映されている。

『All about Lily Chou-Chou』『Warm water under a Red bridge』『Metropolis』
どの映画のことか、わかるだろうか?順に、
『リリィ・シュシュのすべて』『赤い橋の下のぬるい水』『メトロポリス』のことだ。

 俺が見たいと思ったのは『リリィ・シュシュのすべて』。しかし、上映時間は今日の20:30だったのだがその情報を知ったのは21:00…今やないか!途中から見ても仕方ないので、日本に帰って見ることにしますか。また見るべき映画が増えてしまったではないか。


 全く違う話をするのだが…


 先日「モテそう」という意味での日記を綴ったのだけれど、今日インターネット上で俺と同じような内容の日記を書いている人がいた。このことに対しての反応は「言われるだけイイじゃないか」とか「(女性の)私でも『彼女いそう』とか結構言ってる」など、いろいろあった。確かにどちらの意見も理に叶っているが、本当に「言われるだけイイ」のだろうか?と。

 仮に相手にもしたくないような人なら、会話の糸口さえつかめないだろう。行為を持っている人なら果たして「モテそう」などと言うだろうか?もしも自分にとってそういう興味をひく女性がいたとして、決して「モテそう」などとは言わないはずだ。まだ「彼氏いるの?」とか聞く程度だ。どういう心理なのだろうか?もし次言われるようなことがあるなら、その人の真意を聞いてみたいものだ。

 で、もう一つの「彼女いそう」。俺は言われたことないけれど、これは少しニュアンスが違うように思える。このセリフは「彼女いるの?」と質問をするのではなく、個人的感想を言っていることにして、相手の反応を待っているのだ。これはむしろ言われてみたい言葉なのかもしれない。彼女がいるかいないかを問う。これは聞き逃せない言葉だと俺は思う。

 この『モテそう』論は、まだまだ展開の余地がありそうだ…。


2002年07月17日(水) わざわざ日本食買わずとも

 前に行こう行こうと思っていたが行けなかったAuckland Station(オークランド駅)まで行ってみる。話によると、駅舎といわれるものは既に買い取られたらしく、今はプラットフォームが存在するのみだ、と旅の途中に聞いた。行ってみると、見事なまでにプラットフォームしかない。これが本当に国の最大都市にある駅なのか?と憤慨させてしまうような作りだった。これでは電車に乗ってみようという気も失せてしまう。

 この街はNew Zealandの中でも一番日本人が多いので、日本食レストランや日本語サポートの店が多数ある。日本を出る前から情報として仕入れていた日本用雑貨のスーパーマーケットのような所へ足を運ぶ。懐かしい名前のお菓子や見たことのない新製品のカップラーメンなど、ありとあらゆる種類が所狭しと並べられていた。が、値段をみてがく然としてしまう。カップラーメンが4.80$、プリ○ツ3.80$、チョコレートパイ9.80$、シャンプー12.50$、ペットボトル入りお茶4.70$、一番安いベビー○ターラーメンが1.20$(1$=60円と考えてほしい)。

 えっ・・・?

 どれ一つとして買おうと思えるものがなかった。NZには600mlのペットボトル入り炭酸飲料が2$であるけれど、いつもは買わないくせにそれがずいぶん安いように思えてしまった。決して安いわけではないがそこの商品が高すぎるのだ。それでもこうやって広い面積の店を維持できているってことはそれだけ需要があるってことだよなあ??やっぱり日本人ってお金持ち〜♪何も買わないのも気が引けたので、カップラーメンを買うことにした。韓国製の2.25$。あら?日本食スーパーマーケットじゃなかったかしら…ホホホ。

 今日もYHAに泊まっているのだが、やはりというか当然というか日本人が多い。それと同時に他の国の人も多いから別に構わないけどな。明日はたまった写真やら現像するか。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本食はほどほどで良いと感じたそんな日の日記。↓


==(07/17)合う人合わない人==


昨日までは、ここAucklandから車で3時間ほど走ったところにある
Coromandel(コロマンデル)半島というところに滞在してたんですけど
そこの宿で、普段Aucklandで住んでいるという人に会いました。

3ヶ月近くそこに居るらしいんだけど、特別嫌に感じることはない、と。
話によると、バスで一時間くらい走る所にホームステイしているらしいんです
(それはもはや別の町だとかいうツッコミをした人、多数)。
でも、休みの日でヒマなときは中心部まで遊びに行っているそうな。

俺はAucklandの中心部しか見てないから、

「アジア人多いーうるせーくせー」(昨日と感想違う)

とか思ってますが、初めて着いた場所がここだったら、
印象はかなり変わってしまっているんだろうな、とふと思う。

とにかくなんか疲れます。
日本食を集めたスーパーみたいなところ行ったけど、
バカかおのれは!?と思わせるような値段ばかり。
でも需要があるんだよな・・・。恐ろしい話だ。

日清カップヌードル、5.50$。
日本円に換算すると、320円くらい。


・・・ガマンしよ。


2002年07月16日(火) ひとまずのゴールかも

 今いるところはCoromandel Peninsula(コロマンデル半島)。なのでCoromandelという町にも行こうと思っていたのだけれど、ここWhitiangaからCoromandelへ向かうバスは走っていないと宿のオーナーから聞いた。他にも見てみたい場所があったけど、どうしても乗り換えが多くてバス代が高くついてしまう。けれどそこまでこの周辺を見たいという執着心はないので、ひとまずAucklandに戻ることにする。

 昼過ぎにはAucklandに着き、2ヶ月前に泊まったところと同じ宿であるAuckland International YHAへ。ワーキングホリデーサポートの事務所に郵便物をためているのでそれをとりに行く。また街の中を歩いていると、インターネットが全体的に安くなっていることに気付く。1時間2$のお店がずいぶん増えたみたいだ。良いことではあるのかもしれないけれど、まあなんというか…いや、いい。また中国人の比率が増えているように思うのは気のせいだろうか?Aucklandの人口の半分が中国人になるのは時間の問題かもしれない。

 寄るは久々に日本食の店で牛丼なんぞを食するが、これがちっともおいしくない。自分で違うもん作ったほうがよっぽどマシだったな、チクショウ。


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安いネットカフェで更新した当時の日記がこれ。ろくなこと書いてねえ。↓


==(07/16)ニュージーランドに都会は必要なし==


なんだかんだで2ヶ月弱ぶりにAucklandに戻ってきましたエイジです。
やっぱりこの街の感想は

「うっせー!そしてきたねー!夜怖いー!中国人帰れー!」

です。鬱屈した生活なんですね、俺・・・。

久々に日本食レストランなんかにでも行って、
ラーメンでも食べようかなとか思っております。

誰かメシおごってくれ。そろそろ限界近いからな。
だからといって盆なんかに帰りたかねーよ。


2002年07月15日(月) 牛たちの横を歩きまくる

 雲一つない青空だ。Taupoあたりで続いていた曇り空がウソのようだ。今日もとことん動いてやるぞ。ここWhitiangaは海沿いの町で、少し湾に入り組んでいる。対岸にも小さな集落があり、小さなフェリーに乗り3〜4分ほどで対岸に着く。そこから10km以上先にあるHaheiの近くのCathedral Cove(カセドラル・コーブ)という不思議な形の岩を見ようと思う。

 まずはフェリー(というか屋根付きの小型ボート)に乗り、最初の4kmくらいは平気で進んでいたけど、ときどき通る車の速さにうんざりしてしまう。よってヒッチハイクに挑戦。意外にもあっさりつかまり、たかだか5kmほどなのだが、途中のわかれ道まで送ってもらった。Sueというおばあさんで、後部座席にはやたら動き回る一匹の白黒の犬がいた。

 次もあっさりつかまった。Julieという女性で、この人も後部座席に大きなレトリバー(だと思う)を乗せていて、目的地まであと2kmというところまで乗せてもらった。2km強、およそ40分ほど歩くと駐車場に辿り着いた。ここからまた30分歩くということで少し気分が滅入ったが、ここまで来て引き返すわけにはいかないのでさらに進む。

 きつい日差しの中を歩き続け、出発からおよそ2時間半後にようやくCathedral Coveに到着。う…美しい…。しかし、よくよく見ると岩の部分に落書き(彫り物)がなされている。日本語のそれは見当たらなかったけれど、なんとなくイヤな気分だった。シャワーのような小さな滝が2つあり、そこで軽く水浴びをして引き返す。Haheiの町にあった店でアイスクリームを買って上機嫌。歩きながら食べていて、アイスの棒がゴミになってしまったのだがゴミ箱が見つからなくて、とある家の玄関先に置いてあった家庭用のゴミ袋の中に無理矢理アイスの棒を押し込んだ。ポイ捨てするよりはマシでしょ?

 さて、帰りはだるいな…フェリー乗り場までバスが出ているらしいけど、値段を聞くと20$というので、却下!高すぎるよ。そのためヒッチハイクを試みる…が出来ない!!車が全く通らないのだ。途中2〜3台通ったけどそれは止まってくれず、行きで楽した5kmを歩き続ける。そしてようやく1台止まってくれた。地元の人で子供を連れていた。Kerryという母親とKane(Karn?)という息子。Kerryという名前を言うとその息子は「今日の晩ごはんはCurry(カレー)ね!」みたいなことを言っていた。どうやらKerryとCurryをかけていたらしいが、俺は理解するのにかなり時間がかかってしまった。子供は何を考えてんだか?

 そのままフェリー乗り場(正にFerry Landingという名の集落)まで乗せてもらい、無事生還。その後宿に戻ってからポテトチップス200gをあっさり完食。そんな自分が少しイヤ。そういえばこないだバンジージャンプした時に体重を測ったら3kg増えてたな…気をつけないと。


2002年07月14日(日) またしてもヒッチハイク大作戦

 もう1日この居心地の良いTe Aroha YHAに宿泊すると、3泊目の料金が少し割引になるそうなのだが、ここでやりたいなと思っていたことは大体やったし、次へ移動するかなと思う。しかし…俺が向かいたい方向には土日にバスが走っていないので、少々迷う。(よく考えたら、土日にバスが一本も走らないって日本じゃ考えられないがNZでは至極普通のことである)

 天気は昨日よりも更に良いのでヒッチハイクするには最適だが…。迷った挙句ヒッチハイクに挑むことにした。実はオーナーのHelenには「明日も泊まると思う、たぶん(probably)」と言っていた。なので、今日は泊まらないという置き手紙くらいしてくればよかったと少し後悔。

 とりあえずの目的地はCoromandel Peninsula(コロマンデル半島)。最低でも半島の付け根にある町で50kmほど離れたThamesテムズまでは行きたいところだ。10:40出発。ヒッチをすると決めた以上、町の端まで向かわなくてはいけない。中心部は時速50km制限なのでそれが解除され時速100kmになる場所まで歩くのだが、なかなかそこまで辿り着けないので、ある程度までで妥協してしまう。

 そこからヒッチを開始する。どうも車内を見ていると子連れが多い。待っていると、わずか10分後に一台のワゴン車が止まった。Terryという名の男で、途中のPaeroaパエロアまでは道が同じだと言うので、少しだけ迷ったが乗せてもらうことにした。アメリカのNew York州出身で、本当はNew Zealandの田舎で働くつもりだったのにAucklandで働いているらしい。今仕事中でこれからAucklandに戻るところだそうな。その後の行動を彼に伝えると、次のヒッチハイクをしやすいように町の端まで送ってくれた。ありがとう!

 そして次の車待ち。さらにヘンピなところなのでさらに車通りが減る。バックパックを背負ったまま車を待ち続け、15分ほど経って少し疲れたからと、背負ったまま正座をしてヒッチハイクしていると、するとどうだ!1台止まってくれたではないか!正座が効いたのか!?

 マオリの女性で、Thamesまで行くと言うので「俺もそこへ行きたかった」と言い、乗せてもらう。が…助手席にはチャイルドシートに乗せた赤ん坊、後ろの席には小学校低学年くらいの子供が2人。女性はチャイルドシートを後ろに移動して俺が助手席に。「本当にいいの?」と問うと「いいのいいの気にしない」といった感じで乗せてくれた。彼女の名は…忘れてしまった。確かKenyとかそんな感じだったかな?以前Rotoruaで会った女性と同様、彼女もマオリ語と英語を両方話せるらしい。今日で学校の冬休みが終わりなのだそうで、これからThamesの家に帰るつもりなんだとか、後の小学生は甥っ子なんだとか。どうりでヒッチハイクしてる最中に沢山子供連れの家族を見るわけだ。

 無事にThamesのVisitor Info.に着き、「ありがとう」と言うと、俺に貝殻のペンダントをくれた。Tongaトンガでのおみやげらしい。本当にありがとう!名前忘れちゃったけど…本当に失礼なヤツだな俺は!

 それからはバスでWhitiangaウィティアンガに移動することにした。バス代は27$。15:30発のバスしかなく、ここには12:30に着いたためまだ3時間近く余裕がある。近くのショッピングモールへ寄ったり、公園を歩く。ラグビー場があったのだが、先週の大雨でものすごい水溜りができていて、そこから写真を撮るとただの水溜りが湖みたいですごくキレイなものが撮れた。何やら小さい鉄道のようなものがあって、子供たちが集まっていたのでそこでもつい写真を撮る。

 その後、とあるBackpackersを見つけたのでVisitor's Bookを見せてもらおうと思い、受付に行くが閉まっていて誰もいない。仕方がないので勝手に入らせてもらい中を見てみるがそのノートはどうも見つけられない。その代わりにインターネットが出来るパソコンを見つけたので2$コインを入れてネットをしてみた。すると「Excuse me?」と声を掛けられた。何だ?と思い振り向くと、恰幅が良く、少ししかめっ面をしたオバサンが立っている。

「君はどこから来たの?」と聞かれたので
「Te Arohaからです」と俺が答えると
「ここに泊まるのかい?」と尋ねてくる。
「いえ…まだ決めてませんが」と言うと
「そのパソコンは泊まる人のためのものなんだけどね…まあいいわ」

といった雰囲気で言い去っていった。どうやらさっき入ったときには居なかったオーナーのようだ。そんな言われようをされたので、ネット接続の残り時間の居心地が悪いこと悪いこと…。いいじゃねえかこの金あんたらのだよ!と思ったが、注意書きをちゃんと読んでいなかった俺も少しまずかったかな、と思いながらそこを去った。

 バスの時間がきて、うたた寝状態であっという間にWhitianga到着。宿は日本人ばっかりだ。日曜の映画タイム、今日は何かと新聞のテレビ欄を見てみると、TV1も2も3も全く知らないものばかり。今日はおとなしく寝ることにするか。また栄養不足の日々が続いてるぞ、いかんなー。


2002年07月13日(土) 1,000mをなめるな

 すっきりした青空が広がっている。昨日、オーナーから近くに小高い山があるという話を聞いたので、この天気を見ては行かねばならぬ、Mt.Te Aroha!10時に宿を出発して、Visitor Informationで簡単な地図を買ったあとその横の出発地点から歩き始める。

 小さな間欠泉のある所から山道へ入り、歩きまくる。頂上まではおよそ2時間半かかる、と立て札には書いてあったが1時間50分ほどで山頂近くのテレビ塔へ。誰とも途中に会わなかったのは妙だったな。山頂まで行くと男女2人が写真などを撮りつつくつろいでいた。俺もお願いして一枚写真を撮ってもらった。自分自身が写るものっていうのはかなり久々かもしれない。

 かなり良い景色だ。950m前後と、1,000mも超えないということで大したことはないだろうと軽い気持ちで臨んだのだがなかなかのもんだ。さすがに雪景色をしたとおくの山々までは見えなかったけれど、先月行ったMt.Maunganuiはバッチリ。それにしても山頂はすこぶる風が強い。腕時計の温度計を見ると11度!うーむ、この場所でじっとしているのは風のせいもあってかなり寒いので移動。同じ道を戻るのはやはりシャクなので別の道を通る。3時間以上かかるし遠回りになるようだが、体力はもちそうなのでチャレンジ。

 雨は降らないものの、昨日まで大雨がふっていたせいで地面はグチャグチャだ。小道が小川に化けてしまっている所もあって、かなり歩きにくかった。2つほど炭坑跡地を通り、大きな滝をボーッと眺める。コースの残り1時間となったところの分岐を越えてからしばらく行くと、なぜかマウンテンバイクで走るためのコースに迷い込んでしまった。この時でも相当疲れていたのに、分岐路に出ると

「↑EASY Hard→」

とかワケのわからん標識に出くわすことになる。もうどうにもこうにもなので、道を無視してひたすら東へ東へと足を進めると、いつの間にかYHAの近くの道路にたどり着くことが出来た。

 それほど食べ物を準備していかなかったのでYHAに戻ってからはひと休み。夜近くになってインスタントくじやパンなどを買い出しに行き、戻ってからはVisitor's Bookの読み漁り。夜は、50年以上にもなるという古いレコードプレーヤーの中についてるラジオを聞いて一日終了。レコードって、味があるよなあ…。


2002年07月12日(金) 雨って本当、イヤですねぇ

 今日は丸1日かけた移動日。目的地はTe Arohaテ・アロハという少し田舎のところで、ここTaupoからバス一本では行けない場所だ。朝はまずHamilton(NZで4番目にでかい14万人都市・以前車に乗せてもらった人もここへ向かった)に移動する。

 Hamiltonには13:30に到着したが、次の乗るべきバスは17時まで来ないので3時間以上もここで過ごさないといけない。でかいバックパックを持っているのであまり遠くへ行くこともできない。近くに映画館があるので何か見ようかと訪れてみると、金曜日という週末もあってかすごい人の量だ。これは背中に荷物しょってうろちょろすることすらままならない。これはダメだ。予定を変更して2時間ほどインターネットをすることにする。

 ネットでいろいろ見ているうちに、今日本では「あいのり」というテレビ番組でニュージーランドが舞台になっているという話を思い出し、そこのサイトを見ると確かにニュージーランドの部分が放送されている。なんか不思議な気分だ。

 そうこうしているうちに時間はやってきて、Hamilton−Te Arohaへ向かうバスを待つ。来たバスは正に路線バスのそれだった。そこにバックパックを持ちこむ俺。なんか少し浮いてる気がするけどそんなことはどうでもいいや。Hamiltonには泊まらずにいて正解だった。見掛けるアジア人はほぼ全て中国人。お前らどれだけおるんじゃーと思いながら町中を歩いていた。

 Te Arohaには18:30に到着する。Hamiltonにいた頃から天気がぐずついていたけど、ここにきて大雨になってしまった。出発前には、運転手に「YHA前で降ろしてください」と頼んでいたけれど、降ろされたのはメインロード。運転手曰く「ここから5分ほどそこの道を上がっていけば着くよ」と言われてしまう。──この雨の中を歩けってか!!最寄りのところまで連れていってくれる雰囲気もなさそうなので、仕方なく雨の降った暗い道をとぼとぼ歩く。なんか、5月上旬のNelson Lakesでの歩き(05/01の日記参照)を思い出してしまった。途中、どこにあるのかわからなくなってしまったので民家の人を呼んで場所を聞き、ようやく到着することが出来た。

 宿に着いたが誰もいない。スーパーマーケットは近くにあることがわかったので先に30分ほど買い物に行き、そこから戻ると3人ほどいた。その後20時にオーナーのHelenがやってきた。さらに続いて4人のグループが集まった。このYHAは12人が泊まれるらしいのだが、今日は8人もいるということでこれはかなり多いということだそう。

 この宿はかなりいい雰囲気で、古いレコードデッキなんかも置いてあった。置いてあるレコードにはなぜか『春の海』(正月によく聴けるアレです)が入ったレコードもあり、俺はそれを聞いていた。懐かしいJapanese Musicだぜ!なんてな。

 Auckland出身という女の人と話をし始めると「New Zealandの住み具合はどうなのか?」という話になり、都心部の住みにくさはこっちも一緒でしょ、と言うのだ。確かにAucklandは、もともとのどかなNZから見ればかなり異色の雰囲気なので、住みにくさというのは一級品なのかもしれない。俺はAucklandの中心部しか見てないからなんともいえないけれど。

 明日と明後日はここでのんびりすることにしよう。


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Hamiltonで更新した日記がこちら。中身は上とほとんど同じ。↓


==(07/12)現在俺がいるニュージーランドを毎週テレビで見られる?==


こんちは。

先日複数の知人から聞いた話なんですが、
フジテレビの「あいのり」という、世界を旅しながらウソクサイ恋愛沙汰を
繰り広げて行く番組で、ちょうど今ニュージーランドが舞台になっているのだそうです。

番組の出演者とかその事情はどうでもいいのですが、
どういう風に紹介されているのか、というのがとても気になります。

今、俺はニュージーランド全土を旅行中で、彼らが訪れるような所は
俺自身多分行ってるはずです。

ただこちらで聞いた話によると、ロケは4月前後に行われていたらしく、
実際に見たという情報も、オークランドのバックパッカーズで
ピンクのワゴン車を見たとかその程度のもので、俺は一度たりとも見ませんでした。
(まあ当然かもしれないが)

もしその番組を見る機会があれば、
「あーヤツはこんな場所を旅しとるんだな」と
思ってやってください。

まあ所詮テレビなんで、かなり映像操作してるでしょうけどね。
旅をしてるのは事実でしょうから。


2002年07月11日(木) サルのように跳びまわれ

 昨日ほどではないものの、まずまずの天気が続く。今日の予定は、朝はひたすらのんびりして昼からは昨日少し見に行った"Rock'n Ropes"に行く。朝のうちは本屋に行ったり雑貨屋に行ったり、ネットつなげてEメールしたり、図書室に行ったりと時間をつぶした。

 昼になってから、昨日一緒に行動した二人と場所へ向かう。設備については昨日簡単に説明したので割愛するが、半日(3時間半)で59$払い、そこにある器材を使い放題にできるというわけだ。遊びは全部で10種類。文章ではうまく説明できないが、とにかく全てが高い所で行動するような感じで、電線工事してるような雰囲気とでもいえばいいだろうか…。(現地のサイトhttp://www.rocknropes.co.nz/もあるので参考まで。)

 時間的に全部制覇するのは無理なので簡単なやつから始め、後から難しいものを挑む。中でも印象が強かったのが、丸太の上を一切支えなしで10mほど歩くというもの。バランスを何度か崩すものの、意外に簡単だった。あくまでもそれは水平だったので、少しでも斜めだったらキツかったかも。

 そしてメインともいえる"Giant Swing(ジャイアントスイング)"。唯一名前がついていて、簡単にいえば巨大ブランコ。15mほどの高台に登り、そこからロープにつかまりジャンプして振り子のように振られるというものだ(説明が足りているだろうか?)。これが気持ち良かった。3時間以上休みなしに動き回ったのでとにかく疲れた。宿に戻って晩飯をとりながらビールを飲むと、これが非常にウマイ!何はともあれ俺のしたいことに応じてくれたタカシさんとジュンコさん、ありがとう。

 明日の移動のためにバスを予約する。いよいよ俺の旅行も終盤にさしかかってきた。


2002年07月10日(水) 最長日記だ、心せよ

 昨日と同様朝8時前に目覚めて外を見ると、地面は濡れているが雨が降っている様子はない。今日こそはスカイダイビングが出来るだろうと受付に聞きに行くと「9時半(ピックアップの時間)まで待ち遠しいでしょ」と言われた、確かにそうだ。

 朝食後、同じ宿で泊まってて俺と同様にスカイダイビングをする人と一緒に外で待つ。しかし10分経っても20分経っても迎えは来ない。どうなっているんだとまた宿の受付に聞きに行くと、どうやらお互いの連絡がうまくいっていなかったらしい。結局予定より30分遅れで迎えが来た。飛行場まで送ってもらい、入口で注意や体の状態などを聞かれてから、いよいよフライトとなる。

 しかし、インストラクターの数の都合上、たまたま俺が次の回にまわされてしまった。20分後…先に飛んだ人達が戻って来て、皆が皆「Very nice」とかそんな答えばかりが返ってくる。そして俺の番。専用の服に着替えて待ってみるも、インストラクターが来ない。しばらく待つと別のスタッフが「次の回にしてくれ」と言われてしまった。はぁ?なんで俺が2回も?と聞くと、俺担当のインストラクターが使うパラシュートが片付けスタッフのミスでうまく畳まれていないとの話。安全のためだから理解してほしい、といったニュアンスで言われてしまい、仕方なくまた25分ほど待つことになる。何をやってんだ俺は?

 そして三度目の正直、いよいよ俺の番。ハーネスをしっかり身に着け、セスナ(だと思う)に乗りこもうとしたらインストラクターに止められ、「君は一番最後に乗るんだ」と言うのだ。──ということは、この飛行機に乗る6人のうち、俺が1番手!?えぇーなんでぇ?待たせたお詫びにいち早く飛ばせてあげようという魂胆だろうかわからないが、いい迷惑だ。というのも、俺は飛行機から飛び降りる人がどんなふうに小さくなっていくかを見たかったからだ。1番手だとそれが見られないではないか!!乗り込んでしまった以上はこの狭い車内で順番変更するわけにもいかず、トップジャンパー(?)として行くことになる。

 時計をつけていないからよくわからないけど離陸してから15分くらいだろうか、インストラクターが窓を開放し、早速俺の番がまわってきた。ヒザを経てた状態で出口に立つと、物凄い風が俺を包む。12000ftということは、1ftが0.3mくらいなので3700mくらいの高さで立っていることになる。下を見ても、視界に入るのはあまりにも細い車道とバカデカいTaupo湖が見えるのみ。高さの感覚は完全にマヒしてしまっている。ひんやりした風を受けた後、車内のカメラにポーズを決め、タンデムなので自分のタイミングでは決められないからインストラクターが「3・2・1」と指示をしてついにジャンプ!

 いきなり一回転して遠ざかる飛行機が一瞬見えた。その後は腹を下に向けて海老反り状態。感じられることは、ひたすら風が強いことと思い通りに呼吸が出来ないこと。その事ばかりが気になってしまって、景色を楽しむ余裕は全くなかった。と、気付いた時にはパラシュートが開き、急激に身体が締め付けられた。45秒程度の自由落下時間があるらしいが、あっという間に終わってしまった感じだ。

 パラシュートが開いてからのおよそ4分間はゆっくりと景色を堪能することが出来る。ポケットに入れたカメラを出そうとするが思うように取り出せない。手から離れたら最後、二度と俺の手元に戻ってくることはないので慎重に出していたらずいぶん手間取ってしまった、あぁ時間が勿体無い。それに少しゴツイ手袋をはめていたので思うようにシャッターを押せない。「絶対に落としてはイケナイ」という思いから、大した写真も撮れなかった。

 カメラをしまうと、インストラクターが待ってましたと云わんばかりに突然パラシュートを回転させた。うぇ、気持ち悪い…けど、空中で“座っている”感覚は何とも不思議なもので、それが回転するとなるともう何が何やら。この不思議な浮遊時間が長続きすればいいなと思っていたけど、周りにいる他のジャンパーもどんどん下っていて、俺も6人中3番目に着陸した。

 一段落ついてから、機内で撮ったダイブ前の写真を見せてもらったのだが、自分で自分と判断できないくらいひどい顔の写真だった。これはとても買えない。次に地上で録っていた出発前と着陸後の様子を収めたビデオを見せてもらった。面白い出来なので買ってみた、15$。余談だが、自由落下している状態を映すビデオをお願いする場合、もう一人余分にダイブしなくてはいけないため149$という10倍の値段がかかる。同時にいた人は誰もそれをオーダーしていなかったので、飛び出す瞬間のビデオはなかったのだ、無念…。このビデオ、日本では見られないPAL方式だけどAucklandあたりに戻ってから日本で見られる形式に変更すればいいことだ。

 ちなみに、同じ飛行機に乗った人の中にアジア系の男がいたのだけれど、聞いてみるとEnglandで産まれ育ったというマレーシア人だった。どうりで英語が上手なはずだ。

 興奮冷めやらぬまま宿に戻ると、一昨日話をしたタカシさんとジュンコさんに会っていきさつを説明していたら、ふと、バンジージャンプがしたくなった。本当にふとした瞬間だ。彼らは車を持っているということなので俺が「バンジーしに行こう」と誘うと「見るだけね」ということで一緒に行くことになった。

 場所に着くと、丁度女性が跳ぶところだった。が、両手を上げたきり動かない。硬直してしまったのだろうかというくらい動かなかった。おそらく、怖くてどうすることも出来ない状態だったんだろう。2・3分後にようやくその女性が跳んだのだが、橋の先の出っぱりでじっとしているほうがよほど怖いと俺は思うけどな。

 そんな状況も見物しつつ、ジャンプと写真を申し込みして、2人ほど跳ぶのを待った。このジャンプ台の下は川が流れているのだが、前の2人はこの寒いのに上半身までずぶ濡れになっていた。俺は手くらいが水に浸かればいいやと思っていたので「手だけ、手だけでいいからね!!」と係員に念を押してゴムの長さを調節してもらった。係員の一人の女性は日本語を少し勉強していて、時々変な日本語でコミュニケーションを仕掛けてくる。何やらワケわからん会話をしていたように思う。

 何やら前の人の跳び方が悪かったみたいで準備に戸惑っていたらしい。そしていよいよ時間に。引きつった顔でカメラに写り、そしてためらいもなく一気にジャンプ。おーっ3ヶ月ぶりだ、この感覚!一気に水面へ手を伸ばすと・・・届かない。手が水面につかないままハネ返ってしまった、濡れないようにと念を押しすぎたか?足にゴムをつけているので、逆さま状態でシャツもはだけて腹丸だし状態になってしまって少し寒い。ボートにすくわれて(掬われて?)ようやく頭に血の上った感覚から抜け出せた。

 ボートの係員にも「きみは日本人か?」と聞かれて「チリモツモレバヤマトナル(塵も積もれば山となる)」などと突然言い出す。思わず大笑いしてしまった。なんでそんな言葉知っとるんじゃ!しかもちゃんと意味も知ってたし、恐るべし…。

 オフィスへ戻ると完成したビデオを見るかと聞かれ、それを見るとジャンプ前のワケのわからない会話からジャンプしてぶら下がりで腹出し状態まで一部始終が映し出されていた。「これは買わなきゃ損だよ」と同行したジュンコさんに言われ20$で購入。NTSC方式(日本式)に変換するサービスがあるらしいのでそれをお願いした後に、スカイダイビングのビデオがPAL方式(欧米式)のままだったことを思い出し、そのビデオテープも変換出来ないものかと頼んでみた。

 するとある係員が「20$追加」だというが、別の人がこうこうしたほうがいいかと早口で言う。よくわからなかったので「何が20$なの?」と尋ねると「この、今撮ったバンジービデオの次にダイビングの様子を追加ダビングして1本にまとめてはどうだ?」という提案らしい。確かにいい方法だが、それが20$なのか?と改めて聞きなおすと12$だというのだ。はぁ!?1本にまとめるほうが安いんかい…。改めてダビング方法を確認してから値段を聞くと、12$と答えた人は席を外してしまったので別の係員が、今度は「5$」とぬかす。何だかもうワケがわからんのでそれで了解してダビングが完了するのを待っていると、12$と言った係員が戻ってきて「これ、タダでやってあげるから出来あがるまで外の様子でも見てなさいよ」というようなことを言い出す始末。最初20$だと言っていたことが、値下げ交渉もせずにタダになってしまった。想定外のことだったから値段も決まっていなかったのだろうけど、毎度聞くたびに値段が違うのには戸惑いを隠せなかった。これからは値段を聞いてもうかつにOKとは言えないな。

 その後、Taupo中心部から車で10分ほど行ったところにCrazy Catzというどこかできいたことのあるような名前の屋外の遊び場所へ行く。そこの"Rock'n Ropes"というところが高い所に備え付けた丸太やワイヤーをハーネスにつなげたロープだけで渡るという単純明快なアトラクション。その中でも、10mほど登った丸太の上から空中ブランコの如くジャンプして棒に捕まるというのが一番気になった。けれど今日はギャラリーも少ないし時間的にも中途半端なので明日してみるかということで落ち着いた。

 町に戻って、水曜日だからとMcDonald'sに酔ってMcChicken(マックチキン・ハンバーガーにでかいチキンナゲットがはさまったような感じ)のSUPER COMBO(ポテト多め)、5.55$を払って食す。いやはや、なんとも充実した一日を過ごせた。支払った金は最大級だが…。


2002年07月09日(火) 晴れても出来ない

 朝8時前に起きて空を眺めると、晴れ間はかろうじて見えるが雲の動きがかなり速い。朝食をとって、9時に受付で「迎えのバスは来るか」と尋ねると、「現時点では風が強すぎて飛行機を飛ばせないから迎えは来ない」とのこと。次のチャンス、14時に改めて予約をし直す。朝のうちに再び町中を歩きまわる。やはり行ってしまうのは中心部にある図書館。古い新聞を斜め読みするなどしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 宿に戻って過去のVisitor's Bookを読み漁る。14時になる前に再び受付に状況を聞きに行くと「ダメ」というお返事が。こ、これは…俺を引き止めて宿代をせしめるための手段か?と思ったが俺は明日にでもここを離れてもいいのでそんな事は無意味だ。天気が悪いのだろうか?雨は決して降りそうな様子はないのに…。仕方ない、スカイダイビングは明日に延期だ。外は晴れがちなのでLake Taupoのほとりに行ってしばらくの間ボーっとする。日本じゃ絶対こんな事出来ないよなあ、なんて幸せなんだろう。

 夕方、買い物ついでに久々にインスタントくじを買って、7$当たり。その後換金ついでにもう一度買うとさらに5$当たり。6$分買って12$当たってしまった。おーー。スカイダイビングが出来なかったけれどまあヨシとしよう。



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そんな感じでクジを当てたときに書いた日記がこれ。↓


==(07/09)"Instant Kiwi"にハマる奴==


インスタント・キウイとは言っても
キーウイフルーツが手軽に出来るワケではありません。

そう、それは日本で言うインスタントくじであります。

ニュージーランドでは1枚単位で購入することが出来て、
しかも時期限定ということがなく、いつでも買うことが可能。
種類も豊富で、1$の単純にスクラッチを削って当たりを確認するものから
5$払って長い時間ゲームを楽しめるものがあったりと。

で、俺がその中で一番ハマっているのが
3$で売られている"Super Crossword"。

これが面白いんですよ。既に出来上がったクロスワードパズルがあって、
アルファベットが記入されてます。
それぞれのアルファベットの上に削る部分があって(文字は見える)、
自分が削れるアルファベットが20個あって、それぞれの文字を削る。
そして3つ以上単語が出来上がれば当たり、というシステム
(こうやって説明してもさっぱりどういうモノか掴めない人は多そうだ(泣)自分の文章力を恨む。)

昨日は天気も良くなかったのでそのクジを久々に買ったら、7$当たり。
そしてそれを換金ついでにまた買ったらそれも5$当たり。
こんなの初めて・・・。

ということで、今日スカイダイビングは出来ませんでしたが、
ちょっぴりゴキゲンなエイジでした。

やっぱり寒い。いい加減手袋買えよ俺。


2002年07月08日(月) Taupoは隠れ温泉街

 朝起きて、朝食をこしらえていると昨日一緒にテレビ映画を見てたおじさんが旅行の話をしだした。彼は日本に旅行に来たことがあるらしく、「日本のものは何でも高くて、カップメンを食べてたよ、種類も多かったしね」とか、昨日の映画の話で「俺も7,000m級の山を登ったことがあるけど、ありゃひどい(気まずい)映画だね」とか言っていた。アメリカの人で、俺の英語を上手だと誉めてくれた。ほうほう…この程度でいいのか…。


 その後、荷物も整理して朝早いシャトルバスで北島屈指の観光地Taupoタウポに移動する。北に50km程度しか離れていないので、1時間ほどで到着してしまう。宿に到着したのが11時。天気もよくなってきているので、ここから3〜4kmほど離れたHuka Fallを見に行く。途中の道で見つけたTaupo Bungy(バンジー)で俺のアドレナリンが3ヶ月ぶりに吹き出てくる。しかしガマン。

 その後ひたすら道を進んで途中に温泉の涌き出る川を見てから50分後滝に到着。それにしてもすごい滝の放水量と、すごい観光客の数だ。しかもタイミングのせいか、中国人だらけ。NZの国に言っておいたほうがいいのかもしれないけど、観光事業やらで中国に手を出したのは運の尽きのように俺は思う。だって中国10億人以上、NZ380万人。中国人全体のわずか0.3%がNZに来ただけで人口倍増だぜ…倍増っていうか、人口の半分近くが中国人になるんだぜ、怖い…。まあそんな変なことを考えながら「中国人帰れ」とかぼやきつつ、引き続き先へ進もうとしたがさらに2時間かかるらしいのでここで引き返すことにする。同じ道はいやなので車道を使う。

 宿に戻ると同時にここへ来た目的の一つ、スカイダイビングの予約を行う。しかし先週から1週間ほど雨が続いていたので、晴れ待ちの客が多いという。明日の天気もどうなるかわからないので、朝一番のピックアップを予約することにした。その後買い物がてら町並みを歩きまわり、宿に戻る。

 YHA系列の宿だが、何やら日本人が多い。もうNZの宿では日本人を見ないことはまずないと思っていたので、3日間National ParkとTurangiで日本人(というか日本語が通じる人)と会わない時は少し戸惑ったけど、ここで何人か見て安心するような。でもやっぱり会うならよその国の人がいいな、と少し複雑な気分だった。ここでExchangeの仕事をしているタカシさんとジュンコさんに会って割と長い間話をしていた。

 夕食後、少しヒマになったので今まで訪れた宿の数を調べてみることにした。3月28日のOamaruから今日のTaupoまで、実に41の宿で泊まったことになっている(そのうちYHA系列は19)。このペースだ50はイケそうな気がする。さて、明日はスカイダイビングがあるから早めに寝るぞ。


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興奮状態で更新した日記。↓


==(07/08)NZで一番大きな湖、Taupo==


さて、北島旅行もおよそ2/3を過ぎた感じです。
現在俺のいるところは

Taupo。

ここはNZ北島のほぼ中心部といってもいい、Lake Taupoをかまえる
小さな町。人口はおよそ3万人くらいかな。

ここでやるべき事は、湖でのマス釣り、バンジージャンプ、スカイダイビング、
その他アクティビティ(その他でゴメン知らないんよ)。

俺は釣りには興味ないし、バンジージャンプは南島のQueenstownで
3回もやったし、ここでやる事は当然

Sky Diving!!

しかし、値段を聞いて仰天する。
12000ft(フィート、5000mくらいか?よく知らん)からのダイビングで199$。
まあ日本円に換算するとおよそ12,000円くらいなんだけど、
どうもメチャ高いように感じてしまう。恐ろしい金銭感覚だ。

そして先週はずーっと雨続きだったので、待ち客がかなり多いらしく
混雑するとのこと。うーむ、明日は晴れらしいのだが
どうなることだろうか。高いトコロは怖くないけど、
バンジージャンプの怖さとは別だろうからな。

死なない程度にお金払ってやってきます。


2002年07月07日(日) 『Vertical Limit』はNZロケ

 一日中大雨だ。どうなっているんだろう?オーナーに聞いてみても、「今年の雨は多すぎる」って言うくらいだから異常なんだと思いたい。ということで、何もする事がない。Turangi周辺には幾つか短めの遊歩道があるらしいのだが、こう雨続きではやる気も削がれてしまうというものだ。

 テレビでもよくわからん番組やってるし、通信販売の番組では毎回毎回「Absolutely FREE!!」とか言いまくってるし。なーもせんうちに夕方が来てしまった。晩飯を作る気力も失せてしまい、2日続けてfish'n'chipsと相成ってしまう。けど、ここの魚とポテト美味いんだよー。店の名前は"Grand Central Fry"。こんな小さい町でも少し行列が出来るくらいで、確かにイケる。もう一日ここに泊まるとするなら、3日連続でポテト食ってたかもしれないな。

 日曜日の映画タイム、今日は『Dr.Dolittle(ドクタードリトル)』がTV2で20:30からあるのだが、この宿はSKY Moviesという別のチャンネルが見られるので『Vertical Limit(バーティカルリミット)』を見ることにする。今日は6人しか泊まっていないようで、番組選択権は俺にあった。

 これは一度日本でも見たことがあって、内容がわかる分言葉が聞き取れるかなーと思ったけれど、何せ1年半以上も前でほとんど覚えてなくて、ダメダメで終了。

 やっぱりこの映画無理がありすぎます。あんなすごいガケのところの壁に向かってジャンプしたら、岩壁に当たった時の衝撃はハンパではないはずなのに。


2002年07月06日(土) ジグソーの一日

 ここNational Parkでは何もする事がない。あるとすれば、町(集落といったほうが正しいか)の周辺を見て歩いて、近くのCafeでコーヒーをいただくくらい。昨日からの雨は一向に止む気配がないので、外に出るのは本当に億劫だ。ということで、夕方にバスが来るまでのあいだ、ラウンジに置いてあるジグソーパズルに挑戦する。バスの出発は16:30なので6時間以上もパズルに費やせるのだが、それは果たして贅沢と言えるシロモノなのだろうか?

 750ピースのものがあったのでそれを選ぶ。広い庭の中にぽつんと建つ家が写った風景画で、異常に同じ色が多いのでコレは困難をきわめそうだ。食べ物がないから異様に腹が減る。ずっと持ち歩いてる食パンも食い尽くしちゃったしなー。“Ski FM”というこの地方ならではとも言えるヒネリなしの名前のFM局から最近の曲がかかってくるけど、誰の何という曲かが全くわからない。曲の最初に言うことがほとんどで、最後に言ってもらったとしても聞き取れない場合が多いので、よって曲名とアーティスト名を知るのはテレビでプロモーションビデオを見るときくらい。未だにNZシンガーの"Anika Moa"と"Bic Runga"の区別がついてない。ダメダメ。

 そういえば、日本ではテレビでほとんどP.V.が流れてないな。どうしてだろう?テレビ局も少しくらい手抜きしたっていいのに。むしろ、そういう作品を俺は見たい。日本の歌手はせっかくビデオ作っても見てくれる人が少ないんじゃないかな?あ、ビデオテープ(かDVD)として売るのか…。

 休憩を挟みながら、なんとかパズルの4割方が出来あがった。しかし時間切れだ、仕方ない、ここまでだ。このままテーブルに放置して宿を離れることにする。しかし誰かが続きをやってくれるかは、はなはだ疑問だが。

 16:30にバスが来て、およそ東に50km離れたTurangiトゥランギへ向かう(バス代は15$)。あらかじめ予約していた宿であるExtreme B.P.に17:30に着いて、食料を買うために急いで閉店前のスーパーマーケットへ買い出しに行き、その足で近くにあったfish'n'chipsの店でいつものようにfish、1/2chips、そしてspring rollを注文。おっ、なかなかウマイじゃないか!

 今日は土曜日だけど、テレビ映画が流れていた。タイトルはうろ覚えなんだけど"Muppet in space"とかだったかな?『セサミストリート』あたりに出てきそうな人形たちが出てくるそれは、非常にわかりやすいないようだった。

 この宿は評判が高いことを聞いていたのだけど、広いラウンジでかなり居心地がいい。いい気分で眠れそうだ。


2002年07月05日(金) すごい車に乗せてもらったな

 久々にきれいな朝だ、しかし外は寒い。今日でWanganuiを脱出して次の土地を目指す。天気の良さを利用してヒッチハイクを2ヶ月半ぶりにやってみようと試みる。Backpackersから500mほど離れたヒッチハイクには丁度いい場所を見つける。

 途中にあった店からもらってきた段ボール紙に目的地を書きこむ。1文字が10cm(それ以上かも)くらいの大きさで書きこまないと運転手に見てもらえない。書き込んだ地名は『National Park』。そう、National Parkという地名なのだ。だからといってこの町が国立公園のど真ん中にあるのかといえばそうではなく、限りなく端に近い。理屈の通じない地名なんて山ほどあるのでどうでもいいことだが。そこは、今いるWanganuiから北へ120kmほど進んだ所。

 午前10時からヒッチハイク開始。最初の5台はほとんど無視に近かった。まあ始めはこんなモンだとひたすらThumbing(親指上げ)。マオリ系の人たちはなぜか反対方向の車線を指差すのだが、どういう意味なんだろうか?「今すぐ帰りな」とでも言われているのだろうか。

 時間にしておよそ1時間半後、ようやく1台の車が止まった。60歳前後のオジサンで、「6km先の次の集落まで送ってあげる、そのほうが車が引っかかりやすくなる」と言うのだ。とても迷う。6km移動するとなると、先に進むしか方法はなくなる。4時間ほどヒッチハイクチャレンジしてそれで駄目だったらまたWanganuiの宿に戻ろうかという考えもあったし。でも…もし移動したところでヒッチが駄目だったとしたらまた6kmを逆方向にヒッチすればいいんだから、と思い、6km移動の意見を呑んだ。

 そのオジサンは次で降ろすという場所に住んでいる(集落の名前はUpokongaroウポコンガロ)。そこで植木鉢や食器など様々な陶器造りをしているんだそうな。広い家が持てて嬉しいよ、と言っていた。少し話しているうちにあっという間に到着。そして降ろしてもらったところで改めてヒッチハイク開始。

 するとなんと2台目が止まった。さっきのオジサンの言うとおり、簡単に車がつかまった。止まってくれた車には女性が乗っていた。だけど、彼女はびっくりするほど荷物の詰まった84年製5ドアに乗っている。後部座席は倒されトランクと一体化していて余す所なくぎっしりといろんな荷物(ギターや着替え・遊び道具など)が詰まり、助手席は荷物のせいで一番前まで席がつめられていて、そこにはなぜか鳥カゴが。

 俺の目的地を説明すると、彼女はここからおよそ300km離れたHamiltonハミルトンに行くというので、俺が行きたいところは途中に通るから乗せてあげられるという。しかし…こんな荷物満載の車のどこに乗れというのだ?とりあえずバックパック類は後部のスキマに積んだが、バックミラーが使用不可になった。

 そして俺は…?──どうやら鳥カゴを抱えて乗ってくれ、ということらしい。実際に乗り込んでみると、足元にまで何か置かれていて、とても足を伸ばして座れる状態ではない。そして足をたたんで座ると、前まで座席が出てきているせいで頭がフロントガラスに当たる勢いだ。とてもシートベルトは着けられない。かなり苦しい状態で出発する。鳥カゴには実験用によく使われているようなラットが入っていて、鼻をひくひくさせながら俺を見ていた。大丈夫、殺しはしないから・・・。

 乗せてもらった彼女の名はPickie(たぶんこんな感じ)、Dunedin生まれのニュージーランド人でこの冬休み中に旅行をしているようだ。昨日は車の中で寝たということなので、さっきバックパックを入れた空間は彼女が寝る場所だったようだ。寝る前にはある宿のシャワールームを勝手に使ったとか。おいおい、やめとけよそれは…。

 無理な体勢で車に乗っていたため、30分ほどして気分が悪くなってしまう。外の空気を吸いながら、「鳥カゴ(ラット)持ちはキビシイ」ということでそれを無理矢理トランクに入れてもらった。それでも足場は苦しかったが…。

 山間をひたすら進み急なカーブで気分が悪くなりながらも、2時間ほどで目的地のNational Parkに到着する。ここはVisitor Informationもないので、車を降りた場所から一番近くにあったHoward's B.P.で落ち着くことにした。ラウンジも大きめだし、暖炉もかなりイイ感じでジグソーパズルもいっぱい置いてあった。

 14時前に宿に着いたが、誰もいない。オーナー曰く、ほぼ全員がスキーに行っているそうだ。車での無理な体勢を続けてずいぶん着かれたので休む。ここにはスーパーマーケットすら無いので今日は晩飯抜きで終わらせよう。夜になるとスキー帰りの客がたくさんいて、どうも中国系の家族連れがいる。ガキンチョもいるけど発音のいい英語を話す。産まれてからずっとNZにいるらしい。

 昼から降り続いている雨が止む様子は全くない、むしろ強くなっている状態だ。明日はバス移動だが16:30出発で、半日近くも何もないここで待つのはだるいな。


2002年07月04日(木) ガイドブックには載らない日本人基地

 改めてこの辺(Wanganui周辺)一帯のパンフレットを見ていると、姉妹都市の建物があることに気がついた。しかも日本との繋がりだ。これは行かなくてはと思い、朝から出掛ける。その姉妹都市の名前は「長泉町」…どこの町だろうか。まずはそのFriendship Centre(交流センター)に行く。しかし…思いっきり一軒家だ。

 裏口に回ってみると、一人日本人のおばさんが部屋にいることがガラス越しにわかるが、外に俺がいることを向こうは気付いていない様子。仕方がないのでガラス戸を軽くコンと叩いて気付いてもらう。

 どうやらこのセンターで住んでる人らしく、その後主人も現れた。50歳前後だろうか?今は夫婦でいて、2年毎の交代制で長泉町の人が切り盛りしているという。で、その長泉町というのは静岡県東側の町。お互いに年に何回かその町の学生だったり大人だったりが行き来してるそうで。日本のことを伝えるために特別に作った茶室を見せてもらった。久しぶりに畳の匂いを嗅いだように思う。

 その後「ゆっくりしてって下さいよ」という言葉に甘え、お茶とお菓子をいただいた。ワーキングホリデーを終えてからの生活はどうする、とか、観光でこんな所に来る人はほとんどいない、とか何やかんやと話していたら2時間近く経っていた。いつまでもいるわけにもいかないので切り上げる。八百屋のバイトやファームの仕事もあるかもしれないという話だったが、時期がわからないという返事だった。やっぱりな…。

 町へ出て、『SPIRIT-Stallion of the Cimmarron-』というドリームワークスの馬アニメ映画を見る(日本では2003年度以降に公開予定)。びっくりするくらいセリフの少ない映画で映像を見ているだけでほとんど理解することが出来た。それなりに面白い内容だったし良かった。

 夜は、またRyoichiと置いてあるギターで何を弾くでもなく、とにかくジャカジャカと。そんな一日の終わりを過ごす。



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真冬の7月に更新した日記はこちら。↓



==(07/04)ただいま最高気温14度==


ひたすら寒いです。

最近はあまりに書くことが多すぎて、いざネット接続した時に
果たして何を書いて良いやらわからなくなってしまうんです。

まあそんな中、近頃頻繁に思う事は

「花火が見たい」

ということでございます。
ただ、日本の夏は果てしなく気温が上がり、そして湿度も高く、
タオル無しではやってられませんという状態。
特に大阪、京都あたりは最悪・・・

思い出しただけでゾッとします。

ダメだ。
やっぱり計画立ててないと何も書けないや。


2002年07月03日(水) Wanganuiのすっきりしない状態

 どうにもはっきりしない天気が続く。昨日他の人から聞いた、この町にある小高い丘に立つ塔に登ってみることにする。高台に行くためにエレベーターが使えるらしいのだが、その「エレベーター」という言葉が妙に気になった。実際そこまで歩いていくと、確かにそれは「エレベーター」以外の何物でもなかった。けれど別に階段も用意されていて、それに乗るためには1$かかるようで、その1$をケチってしまった。

 階段を上りきったところに塔があったのだが、その塔の最上部に上ることも可能なようだ。かなり高め。階段の段数を数えると163段だった(間違いかもしれないが)。丘の下からの階段を全て合わせると300段はゆうに超えているはず。最上階に着くととてつもない風が吹きつける。同じ時間に上ってきた子供たちはキャッキャッと騒いでいた。とりあえず写真だけとって下りる。また雨が降ってきたので図書館で雨宿りをしてそのまま戻る。

 今日も晩飯にチャーハンを作ったが、評価は60点。ごはんが柔らかすぎるのでダメダメだ。


2002年07月02日(火) 日本てのは本当は温かい国のはず

 昨日の天気予報通り朝から雨が降り続いているのでヒッチハイクはやめにして、バスを利用する。バスの時間を確認すると、15:15発とのこと。予約した時はまだ9時過ぎだったので、およそ6時間ほどこの小さな町で時間をつぶさなければならない。

 とりあえず雨が止むのを待って、10時にVisitor Info.まで移動。そこの受付でバックパックを預かってもらう。隣に図書室があって、軽く内部を見回していたら、つい足を止めてしまった。それほど大きな図書室でもないのに、明らかにふさわしくない巨大な“ひな壇”が飾られていたのだ。注意書きがあって「Minori Lions Club(みのり?ライオンズクラブ)」から送られたものらしいが、“おひなさま”と書きたいはずなのに“OHINASANA”・・・「おひなさ」と書かれていた。

 みのり?その名前は初めて聞くけど、どうやってこんな大きなひな壇を運んだかはともかくとして、何故こんなものがこんな小さな町の図書室にあるのか?どうしても知りたくなってしまった。けれど冬休みということもあってか、図書室の従業員の人たちは子供たちの相手をしてて手が離せない様子だ。

 もう一度Visitor Info.に戻って詳細を聞いてみる。俺のつたない英語力でわかったことは、ここStratford Lions Clubのメンバーの一人が日本を旅行した際に、東京から2時間ほど車で北に行ったところにある“Minori”という町か村かのLions Clubを訪問したという、それがおよそ8年前。それ以来、Minoriの町とStratfordの交流が続いているらしく、それぞれの町民がお互いの町を訪問することがあるのだとか(後日そこの役所に問い合わせて確認済み)。

 それでその縁から2000年にこの町に大きなひな壇をプレゼントした…俺の解釈が正しければそういうことになる。経緯を聞いて改めて感じたことは、日本のガイドブックなんかには絶対載らないような町にもしっかり日本との繋がりがあるのはすごいな、と。なんか感激してしまった。

 その後近くの本屋でハガキを買って、再び図書室に戻り日本に向けての手紙を数枚書いていると

「日本のドコから来ますか?」

という不思議な日本語が聞こえてきた。何だ?と思い横を向くと、さっきから横に座っていた女の人(明らかに日本人ではない)が俺に話しかけてきたのだと理解した。その変な質問に答える前に
俺は「え、日本語喋れるんですか?」と聞き返してしまった。
「はい、少し…」と答えを聞いて、この人は日本語を勉強している最中なんだろうな、とか思いつつさっきの質問
俺「あ、大阪です」
「私行ったことないなー」
俺「日本に行ったことあるんですか?」
「はい、3回ほどね」

いやーあ驚いた。この地で2度も日本との接点を得ることが出来ようとは。色々話を聞いてると、彼女はKatrinaという名前で、日本では“りな”と呼ばれていたそうだ。群馬の川(名前忘れた)でラフティングを教えているとのこと。日本の友達の喋りを覚えているから少し変な日本語だけど、充分会話できるくらいのレベル。けど本格的に勉強してないから文字はほとんど読めないらしい。不思議な感じだ。日本の文字は難しいんだろう。発音が全然違うのに「わ」「れ」「ね」とか「め」「あ」「ぬ」が似ていたりするし。彼女はシンガポール・イギリスなどなど英語圏の国にはいくつか行ったことがあるらしいが、「言葉がそのまま使えるからつまんない」と言っていた。俺の発想だと、一つの言葉でいろんな国に行けるから便利なのに、なんて思ってしまうけどな。そんな感じで彼女としばらく15分くらい話しこんでいた。

 昼飯だといって彼女が出ていったあと、俺も外へ出る。朝から降っていた雨は完全にあがっていた。ここStratfordの地名の由来は、Stratford-upon-Avonというイギリス内の2〜3万人くらいの小都市からきていて、Shakespearシェークスピアの出身地らしい。なぜその名前をとったのかはわからなかったけれど、この町の通り(street)の名前が著作の出演者の名前にちなんでいるのだ。これはLonely Planetのガイドブックに載っていた情報なのだが、ここに来たもう一つの目的がそれらをカメラに収めることだった。

 昨日泊まったところがあった通りの名前が“Romeo Street”。それならば、この近くに必ず“Juliet Street”もあるはずだと思い、昨日Visitor Info.でもらった地図を見てみると確かに存在していた。Romeo St.が横に、Juliet St.が縦に走っているのだが、意図しているのかどうかは知らないがその2つのstreetは互いに行き止まりになっていて、交差することはない。なかなかシャレているじゃないか。余談だが、この町の中心を通る道の名前は“Broad Way”。

 そういう場所を写真に収めているうち、バスの時間が来てしまった。宿のオーナーはそれほど愛想が良くなかったが今日会った人たちは皆親切でうれしかった。昨日通ってきた道をバスで引き返し、Wanganuiへ到着。近くの"Tamara Backpackers"に宿泊。

 昼間歩きまくって疲れてしまったのでスーパーマーケットに買い出しにも行かず、ごはんと具なしラーメンで晩ごはん終了。一緒の部屋にいたRyoichiはこの宿の掃除を手伝っているらしいのだがどうやらギターを持ってきているようなので少し演奏させてもらって音楽話で盛り上がった。明日も雨か…頼むからスッキリと晴れてもらいたいものだ。


2002年07月01日(月) July Chill(寒い7月)

 Wellingtonには実質3日しか滞在しなかった。もう少しいても良かったかな、と思ったけれど早いところ次の目的地へと向かいたいから脱出、といったところかな。

 で、その次の目的地というのはここから北上したところにあるStratfordストラットフォード。は?どこだそれ?とNew Zealandに行った経験がある人でもそう思うかもしれないような場所。Lonely Planetのガイドブックによると、人口1万人弱の町でバックパッカーズは2軒あり、富士山の形に似たMt.Taranaki(タラナキ山・Egmontとも呼ばれる)に最も近い町だとある。地球の○き方には載っていない。

 ちなみに、この周辺一帯の中心となる場所はこのStratfordから更に北へ進んだNew Plymouthニュープリマスという人口5万人の町。しかし今後の行動予定としてはNew Plymouthまで行ったとしてもバスの都合上また南下しないといけないので、それなら小さな町でも泊まる場所さえ確保できれば問題ないから途中の町であるStratfordに決めた、というわけ。まあバス代にすれば46$と52$で6$しか変わらないんだけどね、気分の問題さ。

 Wellingtonを10時に発ち、長いバス旅を経て16時前に到着する。Stratford Visitor Informationで地図を見せてもらうと様子が変だ。ここVisitor Info.の近くにあるはずの宿が無いのだ。

「近くにBackpackersがあると聞きましたが…」と係員に尋ねると
「ここが移動したの。Backpackersは南に15分ほど歩くわね」と返された。
そう来たか。指図通り15分ほど歩いて今日の宿"Taranaki Accommodation Lodge"に到着。

 とりあえず受付を済ませてMt.Taranakiを探す。あれか?と思ったそれは確かに左右対称の山だったが思いっきり雲にかぶってしまっていて、どうもこれでは写真に収めても仕方がないかもしれない。明日早起きするかな、寒いけれど…。

 少し町を歩いたけれど、ここは基本的生活には不自由しない所だな、と感じた。スーパーマーケットはあるし、一通りの銀行支店もある。さすがにThe WAREHOUSEはなかったけれどね。

 夜、テレビで天気予報を見ると"July Chill"という表示があった。7月の寒さという意味だ。確かに寒い。明日は小雨か・・・。ヒッチハイクを久々に挑戦しようと思っていたのにな。Mt.Taranakiの写真も撮れないし、うまいこといかないな。今日の晩飯はPalmarston Northでバスの休憩の途中で買って来た韓国カップラーメンで終わり。他の客がいなくてメチャ寂しいので21:30に就寝。


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