代わりはいくらでもいるもの - 2010年07月27日(火) 婚活をしよう、と思い立って二ヶ月、今日仕事帰りの車の中で、ようやく自分にとっての落としどころというか着地点らしきものが見えた。 夫を探そうとするからやる気が出ないのだ。 理屈で説明できない好きとか嫌いとかそういうエモーショナルなものより先に、仕事とか生活スタイルとか長男か次男かとかで人を選ぶから、疲れるのだ。 そういう要素で人を選んだ結果「このへんで手を打っとくか」的な結婚をしたくはないんだなわたしは、ということに気付いた。 周囲から釣り合いがとれて見えるかどうかは別として、まず自分の中で「好き、大好き、愛してる!!」と心底思える人とでないと、多分やる気が出ないのだ。 すごく当たり前のことのように思えるが、まあとにかく今日そのことに気付いた。 したがって、わたしは夫ではなく恋人を探すべきなんだ。 そんで、もう息もできないぐらいにめっちゃ好きな人と結婚したい。 うん。 そのへんだな。 今までのこの違和感の原因は。 まあ、絵に描いたような負け犬アラサーの高望みです。 一応それはわかってます。 とにかくこれまで知り合った人の中には、夫にはなってくれそうでも、好きになれそうな人がいなかった。 意外にわたしは男性の好みにはうるさかったみたいだ。 いや、好みにうるさいと言うべきなのか何なのか、恋に落ちるまでの沸点が上がりまくっているのを感じる。 つうか基本的にやる気がない。 何が言いたいのかよくわからない。 多分高望みしすぎているんだと思う。 - シンプルに考えたいがままならないと思うのは思い込みか - 2010年07月26日(月) とりあえず火の国まつりをいっしょに見に行く人もいない夏。 いいよ一人で浴衣着て行くから。 この年になるとナンパもされないけどな! オーネットは八月十三日以降に休会の申し込みをするのが効率的だということで話がまとまり、早くその日が来るのを待つばかりだ。 とにかく早く家を出たいんだが、ひとり暮らしはわたしにとって何かとよろしくないことが多い。 だから旦那さんになってくれる人は必要なのだ。 5月からの婚活でつながりができた人もいるにはいるんだけど、なんと言うか、やる気が出ない。 今更ながらだが、人と人とが出会うのにこういう広義の出会い系サービスを使うのって実はすごく不自然なことなのよね。カウンセラーがカウンセリングをするのが不自然なのと同じように不自然だ。本当は、間に何かしら人と人とをつなぐ要素があって、その結果出会ったり相談に乗ってもらったりするんだと思う。 出会いそのものが目的になった時点で何かがおかしくなる。 まあ、コミュニケーション能力の低さをそうやってごまかしているだけなのかもしれませんが。 - それでいいじゃない - 2010年07月19日(月) レディースデーのクレアワイカルシネマズにて、借りぐらしのアリエッティと踊る大捜査線を観る。 アリエッティは意外におもしろかった。 猫の恩返しやゲド戦記と比べると、今回のはよかったと思う。 アリエッティの一家のつましい生活ぶり、角砂糖ひとかけらとティッシュ一枚を獲得するための手間と苦労をこれでもかと言わんばかりに事細かに描写してみせることで、時間をかけてゆっくりと観る側の主観を壊してゆく。アリエッティは芯が強くて聡明な女の子だけれど非力だ。これでもかと言わんばかりに非力だ。翔君もそういうふうに描かれている。与えられた環境の中でしか生きることができない。自分の力で人生を切り開いていくには、あまりに無力で幼い。序盤で出てくるリアルで豪奢なドールハウス、ここにアリエッティ一家が迎えられてハッピーエンドとなるはずなのであろう、普通のお話ならば。結局それは叶わないまま、アリエッティたちは藪家を立ち去ることになる。人間と小人たちとの間にあるひとつの軋轢を協力して乗り越えることができた翔君とアリエッティは、しかしそれでも、それぞれの生きる世界そのものを踏み越えることはできず、互いの心に芽生えた絆を確かめ合って、そして別れる。あえてハッピーエンドにしないところが憎い。もののけ姫もナウシカも「共存への希望と可能性」をほのめかして終わっているけれども、アリエッティは「共存のために踏み越えてはならないライン」をくっきりと提示して幕を閉じている。生きる世界が違うものたちが心を通わせることはできても、同じ世界で生活をともにすることはできないのだ、と、超えられない断絶を伝えている。いいメッセージだと思う。逆説的な気もするけれども、そういった一種の諦観というか悟りというか、そういうのは生きる力の源のひとつとなりうるように思う。 かなり露骨に駿作品へのリスペクトを混ぜ込んであるのもよかった。 巨大虫、王蟲、ねこバス、たぬき、魚。 ラピュタはあれか、卵をのせたパン?違うよね…。 ラピュタだけがわかんなかったですけど。 あとこれは、翔君のイケメンぶりを堪能すべき映画だと思った。 翔君の表情のアップがあまりに多く、ある種のあざとささえ感じた。 まあでもこの人なら、駿亡き後ジブリの看板をしょってたつ人になれるのではないか、というように思った。 踊る大捜査線。 おもしろかったけど、意外におもしろくなかった。 いや、おもしろかったけどさ。 だいぶ粗が目立ってきたというか…。 ドラマとか今までの映画だと、保身に回る上司とか経費の無駄遣いとか、官僚化した組織ならではの矛盾や非効率が「さもありなん」なギリギリのリアリティで描かれていた気がするのだけど、今回はそのへんの描写がだいぶ雑だったんではないかと思った。「あー、あるある」とニヤリとさせられるより「いくらなんでもそりゃないだろう」と突っ込みが先に立ってしまうような場面が目立った。 すみれさんとの夫婦漫才はよかったです。 - 雑感 - 2010年07月13日(火) ・先日の土曜お見合いをしたのだけど、相手がちょっと自分としてはだめなタイプの方だったので、落胆してぶらぶらと街中をうろついていた。 上通り側から下通り側へスクランブル交差点を渡ろうとしたのだけれども折りしも雨が降ったりやんだりの不安定な天気で傘を持たずに出かけたわたしは、降り始めた雨に濡れないように小走りに渡ったのだけど、同じように全力ダッシュで鶴屋前まで駆け抜けた親子連れを見て。 若いお父さんに5歳と3歳というところの息子二人、なにしろ全力ダッシュだったので三人とも息が上がっている。 で、ぜいぜい言いながら 兄「にんむかんりょうであります!!」 弟「ありまう!」 父「うむ!まことにごくろうであった!」 兄「ちょっと、えーと、たいへんだったであります!」 弟「あーまー!(しゃべれてない)」 父「うむ、えらかったぞ!」 ああああああああああああもうそれ何ごっこしてんだよおおおおちょおおおおおおもううう楽しそうだなああああああああああああああああああ なんかしらんが、お見合いで失敗して落胆してる自分がすっごい惨めに感じた。 ・働きマンを久々に読む。 仕事に打ち込みすぎていろんなものを失ってしまった働きマン松方弘子なのであるが、失ってしまったという自覚はあるわけで、仕事ってなんだろーなーわたしって何のために働いてるんだろうなーってあああああああああその気持ちわかるぞわかりすぎるぞヒロおおおおおおおおおおおおお!!!! 婚活してても仕事ありきだとうまくいかないんだよ!!たいてい仕事でつまづくんだよ!!いや確かに性格的な相性とか他の要因ももちろんあるんだけどさあ、仕事なんだよ!!!!仕事がわたしの足を引っ張ってるんだよ!!わたし何のために働いてるんだよ!そりゃ食うためだよ!仕事楽しいよ!!でも結婚もしなきゃいけないんだよ!!でもそしたらいい人がいても嫁にもらってくれないんだよ!!どーすんのこれ!!!仕事してても嫁にもらっていいよって言ってくれる人は今度はわたしが好きになれないんだよ!!!なにこのねじれ現象!!!国会か!!!高望みなのか?仕事を辞める覚悟で婚活すればなんとかなるのか?どうなんだよ!?いや婚活初めてまだ数ヶ月なので、そりゃそんな簡単に見つかるわけはないよねーと思いますが、婚活はドラクエっぽいんだよ!目の前に現れる男性を次から次へと切っては捨て、切っては捨て、機械的に処理していくのとかもうしんどいんだってば!!!相手は人間なんだよ、ドラクエのモンスターじゃないんだよ!!!そりゃデータのやり取りの段階で切るんならお互い後腐れも何もないが、一度会って食事にも行ってそれから断るのってすごいエネルギーが要るんだよ!!なんでかっていうと断り慣れてないから要領が悪いなのか何なのかしらんが粘着されるんだよ!!切れられたりしつこく言い寄られたりいろいろ変な人がいるんだよ!!そのたびに結婚相談所の人を介して話を収めてもらうとかなんだよわたしそんなに悪いことしてるの??そりゃ相手が舞い上がっちゃうのはわかるよ、今まで女性に縁がなかった人なんだろうなあって思うよ、だからまあ気持ちはわかるんだよ、わかるんだけど、もうこればっかりはどうしようもないじゃない!かんべんしてよ!!もうこわいよ!婚活こわい!!ていうかオーネット怖い!!(言っちゃった!)なんであんな変な人ばっかり紹介されるの?わたしが変だから?早く退会したい、早くやめたい…。よし今から電話しよう。 ・ - 落ちてそののち - 2010年07月12日(月) 昼間は超絶不調であった。 なにせ化粧水すらつけていない完全すっぴんで一日行動したぐらいすべてがむなしく面倒な日だった。 母の教室へ仕事に行く途中、スーパーで飲むヨーグルトを買った。 ストローを刺そうするのに指先に力が入らず、結局飲むのを断念した。 そのぐらいやればできるでしょ、弱ってるふりとかしないの。 本気出せば何とかなるでしょ。 と心の声が聞こえたが、いや、もう本気出すのがしんどい、と返答をして飲むヨーグルトはそのまま車内に放置しておいた。 そうやって不調を一度認めてしまうとかえって楽になった気がした。 教室に入るなり、満面の笑みでR君が話しかけてきた。 「あとちょっとでポイントがたまる!!」 ポイントとは、宿題を全部してくるごとに1点たまるもので、30点たまるごとにえんぴつとかメモ帳などの小さな景品と交換できる。 母が最近始めた新制度、わりと効果はあると思う。 なにしろR君の笑顔が一点の曇りもない輝きに満ちたもので、子どもは癒しだ、今日彼らにきっと癒される、とその瞬間にわたしは救いを得た。 と言いつつも基本は低調でうだうだしていたのだが、夜、予想外に仕事が集中してあわあわしていたときに、ふっと浮上するのを感じた。 あまり焦らなくてもいいよね。 まあ、ぼちぼち、気持ちを固めながら、前に進んでいけばいいのだよ。 多分。 いやまあ不安は不安よ。 でもまあ、きっと何とかなるよ。きっと。 - 平板化について - 2010年07月11日(日) 悲しいことがあっても泣くことができず、感情が発散されずに内にこもる。 泣いているときはすごいカタルシスで泣き終わったら大分すっきりするはずなのだけど、最近それをしないでただやり過ごすようになっている。 結果として表情がでこぼこせずに平らになってゆく。 あー今我ながらすごい無表情だなあ、と鏡を見なくてもわかるぐらい魂の抜けたような顔つきを時折している。 返す返す思うのだが、陽一君と別れてから、わたしはひとりでちゃんと泣いていないのだ。 泣く暇がない。 ドラマとか映画をきっかけにして涙腺をゆるくしてやればそのままなしくずしになんとかなるんだろうけれど、見てもぼーっとしていて頭に入ってこないのでむずかしい。 ゲゲゲの女房は毎日見ている。 文枝さんはすてきだなあ、と思う。 そのくらいの感じだ。 自民党が大勝したのも、へー、ぐらいのもので正直どうでもいい。 投票も行かなかったし。 まあ冷静に考えると仕方のないことだったのだろうと思う。 どうもここ最近、仕事が足かせになって身動きが取れてない。 人生設計とは食い扶持のことで、仕事を手放してはいけない。 そうよ。まったくその通りだと思う。 優しい人は生きづらく、強い人は優しくない。 確かにそりゃそうだ。 人生そんなもんだ。 ということは、強くて優しい人を求めている私はとてつもなく高望みをしているということだ。 いやー。 やはり慣れないことはするもんじゃない。 どうにも現実が見えてなくて困る。 そんな人おりゃーせんわなあ。 優しい人はたくさんおる。 けれど優しいだけでは生きていけないので、わたしは婚活を始めたのだった。 そうすると今度は強い人がわたしの前に現れる。 強い人は優しくないので、いっしょにはなれない。 ということで、わたしはわたしの人生を生きていくしかないのであった。 -
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