日記...マママ

 

 

ぼやかし - 2002年01月31日(木)


自分の欠点を直視しすぎると痛い。
あまりにつらくて身動きが取れなくなってしまう。

だから、欠点を直したいときには真正面から立ち向かおうとせず、微妙に視点をずらし、視界の片端に収めておく程度にする。
そうすると、欠点を自覚しつつもつらさに負けず、少しずつではあるが改善しようという気持ちになれる。

そういうぼやかし方を会得してきたことが、最近の私の成長だ。

あくまで現実的に、かつ真剣に欠点を直したいと思うのならばこそ、そういう方法もひとつの手だろう。

心のバランスを崩す人には、そういうところが不器用な人もいるんだろう。
私は基本的に、不器用で誠実な人間が大好きで、そういう人が不器用ゆえに苦しんでいる姿を見ると、自分のことのようにつらくなる。

そんな人に、この視点のずらし方を教えてあげられたらよいのに、と思うこともある。
しかし前は、心理カウンセラーとはそういう仕事だと思っていたのだが、それは大きな間違いであろう。

大学のころにちょっとだけお世話になったことがあるけれど、心理カウンセラーは何かを「教える」仕事ではなく、「聞く」仕事である。
結局、自分で気づかないと解決の糸口にはならない。
やる気がないのにいくら周りが話して聞かせてもしょうがないのだ。
だから、まず聞くことに力を注がなくてはいけない仕事なのだ。

「教えてあげよう」という姿勢は傲慢であり、一方的であり、結局解決にはならない。「聞く」ことってとても大事だ。

なんともとりとめのない日記になってしまった。
明日は車を運転して県境の市まで行かなくてはいけないので、同乗者を殺してしまわないように、そろそろ寝らなん。


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シーバジ - 2002年01月28日(月)

会社から帰るとすごくおなかが空いてて、郵便受けに差し込んであったピザを注文するという暴挙に出てしまった。

これはあれやね。
社員旅行でいいもんばっか食いすぎて、胃がちょっとの空腹にも耐えられなくなってるのね。
だって北陸の蟹はマジでおいしかったよ。
食べ放題のやつは、やはり食べ放題だけあって、まあ・・こんなもんか、って感じだったけど(でもうまかった)、お土産に買ってきた極太の長いやつは、身が締まってて、もうすごくおいしかったです。
ああ。やらしい。

そんなわけでシーフードバジルとチキンとドリンクのセットを頼んだ。
ピザを頼むときは、必ず自分が前バイトしていた系列の店にする。
だって、実際そこが一番おいしくて安いんだもん。

そしたら、デリバリの人がコーラを忘れてきた。
「今からすぐに店に取りに帰ります」って言ってたんだけど、今日はあまりに寒くて、会社から帰る時だって自分の部屋までの数十メートルすら歩きたくない気分だった。
で、これがまたデリバリの人も寒そうにしてるわけよね。
がたがた震えて、まめっとらんし。

なので、「あ、じゃあコーラはいいですよ」という言葉が出てきたのは、人間としての心を多少なりとも持っているならごく当然のことだったろうと思う。

いや、それは言いすぎ。普通「わかりました」っておとなしく待っとくよね。
まあでも、とにかく断ったのね。

ちなみにコーラはセットに含まれてはいるんだが、伝票には0円で記載される。つまるところ、単なるおまけである。それを知ってるので断ったのだが、デリバリとしても、はいそうですかと帰るわけにもいかず、寒い玄関先でしばし押し問答。

結局、私があんまりしつこく断るので、デリバリも一応納得して帰って行った。

その後、急に不安になった。
自分がバイトしていたころ、いやーな客がいたのだ。
こっちは絶対に間違えていないはずなのに、ピザをあらかた食べてしまった後に、「オーダーミスだったからもう一度持って来い」と言い張るおっさんがいた。
どう見ても自分の髪の毛やろう、と思われる髪の毛がパッケージに入っているのを見せつけながら「もう一枚持って来い」と言い張るヤンキーがいた。

私はそんな客じゃない。
難癖つけて後になって絡んでくるような、そんなたちの悪い客じゃないんだ。
それをわかってほしい。

気がつけば携帯を握っていた。
「あのう、さっきピザを頼んだものなんですけど、配達の方がコーラを忘れてきたそうで、すぐに持ってくるっておっしゃってたんですけど、それならいいですから、って断ったので、ほんとに持ってこなくていいですので」

そこまで一気にしゃべると、やっぱり受付の人は
「大変申し訳ございません。すぐにお持ちします!」
と言った。

「いえ、もういいので、ほんとに大丈夫です。セットの料金もこんなシステムになってるし。寒いのに何度も行き来させると申し訳ないですから」

と、同じような押し問答を繰り返した結果、一応受付の人も納得してくれた。

今考えると、別に電話はしなくてもよかった気がする。



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市役所の一日 - 2002年01月21日(月)

仕事で、片道2時間半かかる自治体に外出した。
そこの市役所がお客さんなのだが、そこが雰囲気が良くて見事にいい人ばかりなのである。

まず仕事の内容についてだけど、私が新人で、業務のことをあんまりわかってないということを見越して話をしてくださる。(まあ、そうせんと実際話が進まんのだけどね・・)
訪問頭のお茶はもちろん、おやつタイムのコーヒーも必ず出してくださる。
そして今日は、お昼ご飯までご馳走になってしまった。

作業が予定時間よりだいぶ早く終わり、同行していた先輩の別の仕事が終わるのを待っていた。
その数時間を今思い返してみると、ここ数日で感じていた爆発寸前のストレスがいつの間にかすっきり解消された心理状態ですごしていた気がする。
そんなに焦ることもなく、追い詰められることもなく、ゆっくり冷静に、次に自分のやるべき仕事を考えることができた。

行きの車の中では職場のこととかで愚痴りすぎてぐったりしていた私たちも、帰りの車の中では何だか生き生きしていた。
それは、市役所でいろんな人の思いやりとか良識に触れられたからなのかな、と思った。

ありふれた、ちょっとした思いやりでさえ、こんなにうれしいなんて・・
やばいよね。今の私・・




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他人の日記 - 2002年01月20日(日)

あっちゃこっちゃの日記サイトをふらふらと回っていましたが、椎名林檎の文体の真似をしている人って多いね。

ああいう文体は頭が良くないと書けないだろうし、確かにそれなりの知性を感じるし面白いんだけどね。
違うのは、救いがないことだろうか。

真似している人の日記は、単にマイナスのエネルギーを詩的に吐き出しているだけなのかも、と思った。
それで本人がすっきりするのなら別にいいんだが、読んだほうは何だかくらーい気持ちが残ってしまいます。

椎名林檎の歌詞は、後に残るものはこんな、暗いだけのいやーなものでもない。一見暗いしどろどろですが、聞き終わってみると、どこかに、カタルシスとか強い意志とかを感じさせる陽性のエネルギーが残っていると思うのです。真似っ子さんの文章を読んで初めて気がついたことなんですが。
やっぱりそういうところがプロは違うのかな。


大学生の日記を読むと、大学時代の不安定な自分を思い出した。
自分がどこに向かっているのかわからなかったし(まあ今もよくわからんが)、だらだらモラトリアムを過ごしていた期間は、とても宙ぶらりんで孤独で寂しかったけど、ぬくぬくとしていて幸せだったと思う。

今は今で、めっちゃいい彼氏はおるし、よい友達にも恵まれ、すごく幸せだけど。
ただ仕事がね。
忙しすぎです。
あとプレッシャーにつぶされそうです。早く納品終わらないかなあ・・。



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やっぱ、かっこつけてるだけでした。 - 2002年01月18日(金)

仕事の愚痴は言葉にしないでおこう、とか書いた矢先に、上司の怠慢のおかげで私が休日出勤までする羽目になってることで完全に切れてて(もちろん上司はフル休み)、昨日は帰ってくるなり彼氏にマシンガンのようにそのいきさつとかを熱く語っていた。
ああ。ごめんよ。
解決しようのない愚痴を聞くのは大嫌いだと知っているのに。

休日出勤ほどストレスになるものはない。
なのでほどほどにして帰ってやろうと思います。
上司がそんな態度なら私もそんな態度でいこう。
最近、何か得意げに話しかけれても「は?そんなの意味ないですよ」とかいう感じで敵意むき出しで話しているので、そのうちどっか飛ばされるかも。まあ、それはそれで願ったりかなったりやけどね。
あんな人のもとで、長くは働きたくないな。ほんと。


一度言葉にしてしまうと、やっぱり何かに負けたような気がする。
わかりやすいところで「自分に負けた」という気がする。
そして、今まで耐えてきたものが堰を切ってきりなくあふれてくる。これが嫌。話せば人の悪口ばかり出てくる醜い人間になってしまう。
でも、ほかの先輩方や同期が、私がきついのをよくわかって下さってて、いろいろ助けてもらえるから、がんばれる。
あんな上司なんて早くリストラされてしまえと思うけど、親身になって話を聞いてくださる周りの人たちにいらん世話を焼かせたくないので、がんばって業務を覚えようと思う。

そんな今日は23歳の誕生日でした。
彼氏と二人で、小さなホールケーキをがっついた。
なのに、今奴は友達に呼び出されてどっか行ってます。
おーい。誕生日なのに・・

ま、いいけどね。





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意地意地 - 2002年01月09日(水)

最近ここに、今仕事がどんなにだるいかを延々と書こうとしてやめる。
書いてしまったら、それに負けてしまいそうで嫌なのだ。
言葉の力は不思議だと思う。
言葉にすると、本当にそうなってしまうのだ。
だから書かない。言葉にしない。
自分の中で、なんとなく、もやもやと不安や不満や憂鬱さを漂わせておく。

彼氏に愚痴ることはよくあるけど。つうか毎日だけど。
それは、なぜか大丈夫。
負けた気がしない。

この大変さは、期間限定だと知っている。
だから耐えられる。耐えられるなら言葉にして変に重みをつけたくない。
あやふやな重さのままでごまかしておこう。

それもひとつの方法だ。



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「ありがとう」と「ごめんね」 - 2002年01月04日(金)


最近思ったことなのだけど、相手に対して本当は申し訳なく思っていないときに「ごめんね」と言っちゃいけないと思う。
あと、本当は感謝していないときに「ありがとう」と言っちゃいけないと思う。

人に理解してほしいと思うのなら、そういう嘘をついちゃ駄目だ。ちゃんと正直な正当な自己主張をして、私という人間をわかってほしい。
その結果、嫌われても、それはそれで仕方ないと思う。

仕事でお客さんと話しているときでさえ、それはある程度当てはまると思う。
新人研修のとき「お給料とは誰からもらうものだと思いますか」という質問が投げかけられたことがあって、私は社長だと思ったのだけど、解答は「お客様」だった。確かにそうだ。

そのときの目から鱗な気持ちをどこかで覚えていれば、お客さんと話しているときにも自然と「ありがとうございます」「申し訳ありません」という言葉が出てくるのだ。お客さんと話すということはとても有機的なことから始まるのだな、と思う。




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楽しい記憶 - 2002年01月01日(火)

今年の目標は、「楽しい思い出をたくさんつくること」にしよう。

もともと「思い出作り」という言葉は、いま現在の自分を何かの手段としてとらえているということで好きではないのだけど、楽しい思い出がたくさんあるときは、嫌なことがあってもなんとかなりそうな気分になる。そういう未来への活力として、楽しい思い出をたくさん持つことはとてもよいことだと思った。

今の自分が未来の自分の手段になるのは嫌だ。
それでは、今の自分が気の毒な気がする。
が、今の自分を積み重ねることで未来の自分ができてゆくのだとすれば、それはとても気持ちのよいことだと思った。それは口で言うほど簡単なことではないが、今このときを大切に、周囲に振り回されずに、大きなことも小さなことも、今の自分の気持ちに正直に動き、今の自分を「未来への恐怖と不安」から解放してやることが、今年の私の目標だ。

あと、休みの日にあんまりぐうたら過ごすのももったいなくなってきた。
休みの日に動ける程度の体力と気力を残して働くことも、目標のひとつにしたい。

寿退社する先輩の後釜として、なんかよくわからない仕事が回ってきて、今ものすごく不安なのだけど、それも自己管理能力を磨くよいチャンスなのかもしれない。
そんな前向きな心を忘れずに。これも大事。

ちょっと欲張りすぎかもしれないね。



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