Land of Riches


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 2003年04月30日(水)   天変地異という名のイレギュラー 

萌くんと浩太王子はU-18辞退なんですね…楽しみにしてたのに。

突如発表された(勝手に今月下旬だと思ってました、U-20は)練習試合のお陰で
あれやこれやとネットで調べまくって、疲れました。正直、もう若くないので
つい無茶はしたくないと思ってしまいます。たとえば、名古屋から東京への
夜行バスひとつをとっても、3列独立シートと2×2シートでは1200円ほど違うのですが、
後者を選ぶのにためらってしまったり。この合宿がなかったら、GWの東京行きは
帰りも新幹線(ぷらっとこだま)の予定でした。東名ライナーに差し替えですよ。
東名ライナーは予約ができないので、八重洲南口で並ぶ覚悟はできてます。
あと、世間の大きな流れとは逆方向とは言え、GWの高速道路を走るのですから…。

ぶっちゃけてしまうと、自分の中ではU-20>U-18>U-22>フル代表のようです。


 2003年04月29日(火)   live for the moment 

(どどどん どんどんどん)ながた!み・つ・る!
(どどどん どんどんどん)ながた!み・つ・る!

永田コールやらせて下さい(笑)レイソルの応援では滅多なことでは個人コールなくて、
2試合続けて永田コールは試合前のスタメン全員コールでしかしてないんですが(苦笑)
前節と違って、今日の永田さんは良かったんですよ!(声大)やらせて下さいよぉ!

静岡ダービーで惨状を呈したものの、前節サンガ戦に完勝したエスパルス。
どれくらい立て直したのかと楽しみにしていたのですが―どうやらサンガが大崩壊した
(今日、松本さんが先発なんて知らなかった…しかもあの結果(号泣))だけのようです。
レイソルの先制点はCKからのオウンゴール。無様な取られ方をしてしまったエスパルスは
自ら瓦解の道へと突き進み、ラフプレーを連発します。そして、いまだに良さが全く理解できない
レイソルの助っ人(外国籍選手は文字通りの即戦力であるべきであって、彼らを
育てるために預かるのは筋違いだと私は考えています)マルシオに森岡さんがなぎ倒され、
絶好調玉田さんのゴールが生まれてしまいました。決してレイソルのしているサッカーが
良いとは思いません。少しずつ上向いているとは感じますけど。それ以前に、やはり、
エスパルスが良くないです。存在しない中盤(レイソルは選手独自の判断でなのか、
わずかながらできつつあります。それでも、大野さんのキープ力を生かす方法を
見つけるのは大変そうですが)に意味をなさない両翼。鶴見さんは身体の大きさ以外、
魅力を感じませんし、自慢のサイドアタッカーも上がれないのでは…後半から投入された
アレックスが、さして守備のうまくない光輝さんに抑え込まれるのには切なくなりました。

MDPで静岡メディアがレイソルの静岡出身者の多さをやけに主張してましたけど、
実際、今日の客層は明らかに瑞穂と違っていて、たとえば、すぐ近くにどう見ても
光輝さんの身内がいらっしゃたり…スタメンの半数以上が静岡出身、特に守備陣は
全員静岡人なんですね、レイソルは。そして、永田さんはかつてオレンジを着ていたわけで。

そのMDPではOptaデータをもとに注目のマッチアップが紹介されてるんですけど、
市川vs平山を「サイドアタックのスペシャリスト同士の対決は絶対に面白いはず」と
紹介していて、そうか、それが“正しい”見方なのかと(一体私はこの二人を
どういう風に認識しているんだ…(微苦笑)思いながら、このサイドを中心に見てました。
前半の二人の立ち位置が、まさに両チームの力関係でした。自陣深く引く市川さん、
センターラインあたりに陣取る平山さん。平山さんは前方へ行けば行くほど
持ち味が発揮され、市川さんは前後どこでも平均的に良さが出せる選手とはいえ、
マッチアップと呼ぶような場面もほとんどなく(DFとしては市川さんの方が上、
しかしアタックで市川さんは平山さんを突破できず)、正直、右の翼はその光を
失ってしまったのかな、とかなりへこんでます。そして、レイソルのDFラインが高いと
指摘しているのもMDPですが、それを作っているのは、彼、ですよねぇ。

ガチンコ勝負には強くない永田さんですが、アンジョンファンは同じアジア人ですし、
テクニシャン相手にはやれるんだと見せてくれました。実際、最も抑えられなかったのは
鶴見さんの強引な来襲だったり(苦笑)そして、普通のDFなら大きく蹴り出してしまうところで
すっと*足元に収めて*まるで初めからマイボールだったかのごとくビルドアップしていく、
また、その繰り出すフィードが絶妙としか言いようのない最前線のある箇所へ落ちる、
そんな「良い永田充」が見られて、私は満足です。大満足です。これもMDPの受け売りですが、
決して体躯の良くはない薩川さんとのコンビは、悪くないかもしれません、今後のためには。
ようやくメンバーの固定されてきたレイソルはDFの連携も取れてきましたが、
警告の累積がたまってきているだけに、誰かが抜けた時にどうなるかは不安ではあります。

攻撃は…うーん、マルシオはいりません(苦笑)玉田さんが絶好調で助かります。
平山さんと増田さんも、好調を維持していますね。は、短い…(^^;

貴章さんは最後の時間稼ぎでしかなかったのですが、だからといって、試合終了後、
勝利の余韻に浸る先輩がた(抱き合ったりして本当に嬉しそうだった…)を横目に
さっさとセンターサークルに戻るのはどうかと思いましたよ。永田さんと一緒にね!(笑)
引き揚げる時も二人だけ最後尾でやたら離れてましたし、仲がいいのはよく分かったから、
少しは先輩たちと打ち解けなさい、って本気で思ってしまいましたよ(苦笑)

今日の結論は、大野敏隆はやはり柏サポーターに愛されている、ということで。

本山さんの復活ゴールに喜んでみたり、松本さんの虐殺に泣いてみたり、
一喜一憂の休日―目先の快楽、刹那の幸福を求めてさすらう現在の生活が
決して正しいとは思ってませんし、いつまでも続けられないのは分かっています。
それでも、私はスタジアムへ行きたいのです。引き寄せられるように。


 2003年04月28日(月)   それでもSENOBYを愛飲する深井正樹 

服部さんがSBSの上田朋子アナとゴールインだそうで。お幸せに♪

本屋へ行くとよく思うのですが、活字中毒の窘め方として、一生かかっても
この世の書物は読破できない、という紛れもない真実を諭す方法があります。
深遠なる智を綴った書物の山あれど、一人の人間が読める量など知れているのです。
どんな熱心な読書家であろうと。それだけ智の領域は広く、人は不完全なのです。
そして、あらゆる分野に精通するのが不可能であるからこそ、他者の存在が必要なのです。
一個体が完璧だったら、他人はいりません。それは、寂しいじゃないですか。
自分にないものを他人に求める―私の場合、これは幼い頃からの本能的傾向のようです。
むしろ、自分に近いものを嫌いますから。少しだけ自分とずれた、すなわち共有しうる部分、
共感できる感情を有している人が、私にとって一番ありがたい(=有難い)友なのです。

昇平さん代表復帰おめでとうございます。明日は会えないんですね…(微笑)


 2003年04月27日(日)   笠間 de お散歩 

今年も躑躅が美しい季節になりました。

羽田さんの帰りを待っているのは自分だけ―なんて、自意識過剰もいいところです。
14番のユニフォームやシャツも持っていないくせに。私は、醜いです、本当に。

選挙へ行ってこい、と親(父親の誕生日は覚えていたのに、母親のは忘れてしまいました…。
父の日・母の日は嫌でも意識させられますが、人間にとって一番大切な日は誕生日だと
常々思ってますので)に半ば脅迫されて投票してきましたが、誰が立候補しているか
投票所へ行くまで知らず、昨夜、夕食後に母と交わした地元の裏話だけで記入する
名前を決めるぐらいなら、こんな権利行使しない方がマシ、ある種の濫用だと思いました。

いい加減な、無責任な自己表示が許されたら、真剣に一票を投じた人に失礼ではないですか?

TVを全くといっていいほど見ず(スポーツニュースすら見逃す場合多々)新聞も読まない、
そんな自分は、世間から完全に取り残されています。そもそも、J1リーグ全体の動向、
たとえば順位なんかも分かってませんから。毎日8時間、古臭い機械の子守りを繰り返す、
外との接触が皆無(チェーンの店からかかってくる電話は、外とは言い辛い…) な
時間を過ごしている自分が嫌になります。収入額上、いつまでも今の仕事を続けては
絶対にいられないのは分かっていて、次へのアクションも起こさねばと思いつつ、
観戦費用捻出のための自転車操業として、単純作業へ従事しているのです。

選挙権を持たなかった頃の方が、選挙公報もしっかり読んで、入れたい候補者を
きちんと持ってました。まさに、あの頃嫌っていた、ダメな大人になってしまったのです。
大人になることは感受性を失うこと、全くもって同意です。悲しすぎますけど。
幼い頃は、大人になったら、なんでも自分でできる、すごい人になると思っていたのに。

せめて、1日30分以上かけて毎朝、朝刊を読んでいた子供時代ほどとは言わないまでも、
ちゃんと読んだと自分で納得できるだけの時間をかけて、新聞を読むゆとり(時間は無論、
精神的余裕も)が欲しいです。このままでは、もっとダメなオバサンになってしまいます。

2週間前に借りてきた5冊のうち2冊しか読破できなくて、また借りてきたんですが、
帰りに本屋へ寄ったら、徳間デュアルへ“引っ越した”真・イズミの1巻を見つけました。
2月のU-20磐田合宿で、私と同年齢のKさんと、止まってしまった日々を振り返っていたのが
つい昨日のような、でも懐かしくあるのですが、確かに私があの手の文庫を年相応に
愛読していた頃に出ていたシリーズはほとんど完結してなくて(e.g.藤本ひとみの銀バラ。
例外はスニーカー文庫のヴァルガーぐらいかな…あれもネオの方は自分から手を出すのを
やめてしまったのですが)続刊を待っているうちに、不釣り合いな大人になってしまったのです。
作中人物はほとんど年をとってないのに。ショーゴはまだ19歳ですよ。

「普通の人」とは違うものに接して育ってきたとはいえ、ある程度は年齢相応の
“カルチャー”にも触れてきたわけで、モラトリアムが終わり、多種多様の年齢の
人々と交際する現在は、そんな話題で自分の生まれた年代を実感するのです。
自分の知らないことを知っている人、ものの見方が違う人と話すのは楽しいですが、
(それでも、ある程度の共感がないと話は合わないのですけれど)ズレはズレです。

…でも、私は、スクールウォーズがラグビーの話とは知ってますが、見たことないですよ?(苦笑)

いい加減に昨日の話もしないといけません。レイソル。まさかアンブロのキャリーバッグを
引きずって(このバッグは今年から支給だそうで、道理で小綺麗だったわけだ)
スーツで遠征へ来ているとは思いませんでした。髪の色が変でなかったら(笑)
一介のビジネスマンですよ。ちょっとたたえている雰囲気が違うとはいえ。

アウレリオ監督の考えは理解できません。個人の才能を最大限に発揮することイコール
約束事なしのサッカー…次に何が起こるか全く読めない、それは本来なら見ていて
楽しいサッカーのはずなのですが、感じるのは選手の戸惑いだけで、スペクタクルとは
程遠かったです。永田さんがマイボールにする、それを一番前へ蹴り出す、
受けた前線のドリブラーたちが個人能力でDFをかわした時のみチャンスとなる、
(今の玉田さんは好調なので、ゴールとして結実したわけです)
ばかばかしいですよ。平山さんや光輝さんに守備で尽力させるのも。
平山さん、あんなにすごい左足を持っているのに。永田さんはゴールの起点と
なったとはいえ、凡ミスを繰り返し、見ていて頭が痛くなりました。
このままでは、彼はダメになってしまう…永田さんがレギュラーだからこその
贅沢な心配なのは分かっているのですが。そして、貴章さんはまだ使えるレベルにないと
主張しているのに、貴章さんを出せと願ってしまう、マルシオのダメっぷり。

選手交代の仕方といい、監督からは責任転嫁のにおいをひしひしと感じました。
明神さんと下平さんが守備でそれなりの力を持っているから、攻守のバランスが
崩れた今のフォーメーションでもどうにかなっているという印象です。
永田さんは負担かかっているのは分かるんですけど、奪った後につなぐことが
デフォルトになり過ぎていて、クリアが小さくて、敵にさらわれてまたピンチ、なんて
場面が何度もありました。今のレイソルのサッカーは、彼が好きなものとは全く違うのです。

そして、終了の笛が鳴る前にロッカーへ消えようとした大野さんには、なんとも言えない
気分になりました。ゴール裏には少女からおばさまに至るまで幅広い年代の平山ファンがいて
びっくりしたのですが、でも、やっぱり柏のサポーターは大野さんが好きなんだと
スタメン発表の時に感じましたから。レイソルはどこへ行くんでしょう。
少なくとも、私には、見ていておもしろいものではないです、あれ。

29日は立て直してきたらしいエスパルスにむしろ注目です。昇平さん♪


 2003年04月25日(金)   剣の舞 

最近、忘れ物が多いです。もう若くないです(自爆)
携帯を家に置き忘れたり、せっかく書いたハガキを会社へ置いてきたり…

部長宅の近所に、グラン下部組織所属のU-16代表級GK(誰か知らない)の家があるようです。
御近所付き合いがあるらしく、選手の親の苦労話をたまに聞きます。
選抜チーム海外遠征の費用自己負担はきついですよね…
他にも、ごくまれにレプリカを着て勤務している人がいたり(レアルの黒やら
ユーヴェのトレーニングウェアで歩いている)変な所です。
私もコスタリカ戦の日は上着の下に代表ユニ着てましたが、それは単にハンガーがないから(吐血)

哲学書は、心に余裕がある時に読むべきです。今は公私とも(微苦笑)忙しくて
読んでいても、文字が認識できません。なにせ、哲学書は用語が難しいですから。
にしても、私の通勤電車嫌いは永久に直らない気がします。見知らぬ人の中に埋もれる地獄。

笑うことを忘れてしまいました。笑う、それは本来一人ではできないこと。
心から思いっきり笑ったことがあるでしょうか? 自問して悲しくなります。

何かから逃げるように、追い立てられるように、私はスタジアムへ通うのです。


 2003年04月23日(水)   昔話なんて嫌いだし、するもんじゃない 

2000年の2ndステージ最終戦のスコアレスドローを、柏サポーターはよく覚えていても、
鹿島サポーターはあまり覚えていないと思います…決して自分が特殊なのではなく。

思い出して引っ張り出してみたサカマガ、斬新な表紙と当時評判だった横向きの写真も
(柳沢さんと本山さんが抱き合っているシーン)すっかり記憶から失われ、
むしろ、アジアユース決勝の記事に切なくなった方を覚えていたのです。
実際、そこには誕生日にもらった羽田さんのサインが入っています。
この時、サカダイのフォーメーションについて聞いたんだな、なんて思い出しました。

柏との決戦といえば、ナビスコカップの決勝とごちゃごちゃになっているぐらいです。
2000年の鹿島は結果として3冠王者でしたが、今ではどの記憶も薄くなってます。
確か、当時は世間とは逆にナビ>リーグ>天皇杯の順に重みがあると言っていたような。

すがって生きるのが嫌で、むしろ忘れようとしている、熱狂的な日々。
今、半券を見直してみたら、2ndステージはエスパルス戦しか見てないですよ。
(当時は市川さんをウオッチの対象としてなかったのも、今となっては変な気分)
11月8日。これだけは日付まで覚えてます。帰り、のぞみの切符を無駄にしたのまで。

試合後もいつも淡々としてますね―私はそう言われるフットボールフリークに
「成り下がって」しまったのです。傍目から見れば、成長なのかもしれません。
今は、バカみたいにいろんなチームの試合へ行って、プレーそのものを堪能してますから。
でも、霞ませたり浸ったりしている記憶の中の自分は、確かに病のように
“羽田憲司”へ溺れていて、視野が通常以上に狭くなり親しい人を傷つけもしたけれど、
それでも、あの頃の方が幸福―充たされていたような気がするのです。
今は、空しさを穴埋めするために、気が狂ったように遠征を繰り返しているのです…。
昨年の反動なのも否定できませんが。自分でも自分が愚かだと感じつつ。

何が言いたかったんでしょう、私。でも、今は泣きたい気分なんです。
アジアユースの記事にいる彼らは、今とは全く違う顔をした子供。
もう彼らは子供じゃありません。ぐんと成長してくれたのは嬉しいんです。

…私の純粋なサッカーファンとしての人生は、フランス大会(厳密にはその予選)で
終わってしまったのかもしれません。その後の日々は、ただ、失われたものの
代わりを求めては、あれこれと胸の穴に入れてみて、ふさがった気になったり、
やっぱり違うと悲しくなってみたりの繰り返しに過ぎない気がしてきました。

そうか、そして私は週末、永田充を見に行くのですね………。

2003.4.24wrote


 2003年04月22日(火)   衝撃 

トークショーの代金4000円の内訳は結局、最後の最後まで分からなくて
(3人の携帯ストラップをプレゼントしてくれるんだと知ってたら、試合前にショップで
迷わず20番を買っていたのに…落選者用イヤーブック&BLUE LABELに関しては、
聡太さんが私に弁当箱をくれたのを恨むのは筋違いなので、何も言えませんけれど(微苦笑))
食事でバッチリもとを取るつもりでした。でも、出てきたのはパスタの山やら
サンドイッチの束やら。カーボローディングの必要などない私は、しょうがないので
メロンとイチゴを食べ続けてました。食べるものがなくて困っている人も結構いました。

…選手が一人ずつ紹介されて入ってきたのですが、手術明けの聡太さんに冠せられた
どんな形容詞も空しく響いた、その響きさえ忘れてしまうような衝撃が待っていました。
入ってきた聡太さんは、ものすごく暗い顔をしていたのです。そして、第一声は
さらりと「そっとしておいて下さい」。冗談にしてもきつすぎるのですが、
彼のためにサッカーから遠ざかった展開となった(あ、平山さんがサッカー以外に
さして情熱を燃やさない人らしいのも大きいか…)トークにおいて、何を振られても
ひたすらサッカーへの渇望を訴え、自虐を繰り返す聡太さんに、私はただ泣くのをこらえ、
逃げ出したくなるのを抑えるだけになってしまいました。一つ一つを思い出すと
また画面が見えなくなってしまいそうなのでしませんが、外に出してもらえないから
チームの雰囲気は分からない、歩けるようになったばかりだからマイブームは歩くこと、
一番したいのはサッカー、筋トレぐらいしかしていない…枚挙にいとまがないんですが。

平山さんがトークを極度に苦手としているため、隣の聡太さんがフォローするという展開は
出席者が明らかになった時点で予想されていたことですが、俊太さん一人がかろうじて
営業になりうるテンション(現地では聡太さんに圧倒されていて全く気づけませんでしたが、
平山さんもサンガ戦でひびの入った肋骨を再び傷めた直後だったため、何度も
胸を押さえていたそうです)でした。細かいネタ、何も覚えてません。ぼんやりと、
先月はじめの、U-20トリオのトークショーはまだマシだった、なんて思ってました。

聡太さんがグチるのは、知ってたんです、知識としては。でも、私の知っている
中澤聡太は、いつも強気で、明るくて、大きな声を出している人だから、
そんな聡太さんを見たことのない私にとっては、とてつもないショックでした。

アジアユース前、重苦しい合宿で叫び続けた聡太さんに一目惚れしたのですが、
聡太さんは(たとえば角田さんのように)強いからああだったのではなく、
常に感情をストレートに表現するタイプだっただけなんです。TPOなんて関係なく。
私が聡太さんをますます好きになったのは、2年前のツーロンの頃、客観的には
正しくはないと、今となっては判断しうる「想い」、すなわち、戻ってくるかどうか
定かではなかったキャプテン羽田憲司の復帰を全面的に信じること…私ができなかったことを
やすやすとやってのけた、そんなところだったのです。つまり、素直な感情表現が。
だから、聡太さんが落ち込んだらどうなるかだって、容易に想像すべきだったんです。

消えてしまった笑顔の重みを痛感しながら(昨夏に会った時だって、ランニングしか
できてなかったら、笑ってはなかったよ…)打ちひしがれる私に届いたのは、ラスト、
サポーターへのメッセージを、と言われて、このまま終わるんじゃ悔しすぎるんで、の後に
飛び出してきた「末永く見守って下さい」という言葉でした。これが誤用かどうかは
置いておいて、自虐オンパレードの末のこの一言は、ここまで口にした全ての言葉が
やはり本音なのでは(聡太さんは自称ギャグ専だけど、昔から真顔で意味不明のことを
さらりと言うので、本気なのか冗談なのか区別がつかないんです)と思わせるものが
ありました。だって、この最後の一言だけ、すごい真剣な顔をしていたから。

チームが勝って盛りあがる中に入れない苦しみ、それを私はつくづくと感じています。
…長い長い時を経て、これだけが、私と彼の共有する感情だなんて。

3人のうち1人しかサインもらえないから、持ってない平山さんのところへ行こうとして、
でも、聡太さんの前にできた“空気”に逆らえなくて、声もかけたくて、行きました。
なんで私は羽田さんを待っていると口にしたんでしょう。いくらフロントへの敵意で
胸がいっぱいになって(この時はとても感情的かつ感傷的だったけど、落ち着いた今は
平山さんのコンディションを含めて、やはりフロントへの強い反発心を覚えます)
平静さを失っていたとはいえ、手術明けの、ついさっきステージで心細さを
“吐露”した人へ、他人の話をして、他人の復活に対して太鼓判を押してもらう
(羽田さんも帰ってきますよね、という言葉に、聡太さんは深く頷いたのでした)という
愚かな、愚かすぎる行為を取った自分が、恨めしくて。結論としては、ピアノで
過ごした時間は全て抹消したいと。だから、もらったものも全部引き出しへしまいこんで。
お弁当箱もストラップも。この後届く予定になっている記念写真も封を切らないでしょう。

BLUE LABEL、U-20のページ少ないのに(でも角田サマは素敵)買うのはもったいない、と
思っていたら、ライター浅田さんが五輪代表の歴史と称して、西村ジャパンの
プレイバックをしてくれたので、その写真があまりに切なくて、心苦しくて、
本屋の棚の前で、誇張でもなんでもなく、左手にそれを持ったまま固まってしまいました。

コノカリハゼッタイニカエス―あの時の願いは、もう抱くことすら恐ろしくて。

…本当は聡太さんが口にした言葉を、全て伝えたいと思うのです。そうしなければ、と
理性は私に言うのです。でも、それをしたら、私の心は壊れてしまうでしょう。
これでも、岡林さん・智仁さん以来、選手の帰りを待つのには慣れている私なのですが。

聡太さんは何度も質問の答えを探しました。いつもの彼なら、そんなことはしないでしょう。
何もできない身だから、何も答えられない、そんな透明の鎖がピアノにあったんです。

あのトークショー以来、私は、自分が声に出したりタイプしたりしている言葉が
本当に外へ出すべきものなのか、自信が持てずに、ずっとおろおろしています。
2年前、私は羽田さんの負傷に全てを見失い、少なくないものを傷つけました。
今、胸にうずく想いを本当に共有できる相手がこの世にいないのは、分かってるんです。
だから、ちょっとでもシェアしうる相手(つまり聡太さん)へ無理を強いて。

…昨夜、1日分書きあげねばと思いつつ眠気に屈しました。日曜の夜からそう、
口では起きてなきゃと思いつつ、本当は睡眠が記憶を攪拌してくれるのを望んでるんです。
あの時間をなかったことにするために。本当は経験は消せないのだけれど、
忘れることはできるから。私は…“私は”羽田さんや聡太さんから逃げることができるから。
でも、自分の人生からは逃げ出せません、誰もが。

ああ、何を書いているんでしょう。ただ、これでも、日ごとに聡太さんの言葉を
冗談抜きで忘れつつあるのは事実です。望んだ通りに。私は幸福なのか不幸なのか…。

もう、こんなの、嫌です。


 2003年04月21日(月)   切断 

2003年4月20日―とてもとても長い一日。

aiが鹿島で企画して、好評(?)で何度も行われている試合後トークショー。
今度は柏が手を挙げました。平山・中澤・永井と人選もこだわって。
発売日に東京で(そう、あの時、日立台へ行ったんですよ、私)申し込んで、
すぐに当たって。応募者がいないなんて噂もあったけど、結局落選者も出るイベントで。

なんで応募しようと思ったのかな…平山智規という選手に興味があったのは
否定しませんが。私、彼を定義する言葉を、彼のイメージを持ってなかったですから。
(テクニカルなゴールを含め、90分見た結果得たイメージが「まともになった尾亦」なのは
合っているのか間違っているのか…。悪魔の左足、あれが彼の武器なのか、と)

でも本当は、鹿の一日店長と同じです。こんな動機付けがなければ、遠征する踏ん切りが
なかなかつかないものです、アウェーの民は。宇野沢さんの執念のつま先ゴールが
いまだに鮮明な昨年の最終戦、なぜ行ったか正確な答えを出し辛いあの試合で、
私が本当に見たかったもの、聞きたかったもの、それを欲していたのです、心から。

何か勘違いされているようですけど。
「ディフェンダー、ながたみつる!(オイ!)背番号20」
11月の終わり、日立台で心底夢見た幻聴を、この耳で聞いた瞬間の私の想いなんて、
分かってもらおうとしても分かってもらえないものとは承知ですから。
黄色の背番号20、それは追いかけても追いかけても届かなかった幻影。

「ながたっみっつっるっ!」や「やのきしょお!」コールだけじゃなくて、
柏の応援なんて何も知りません。だって、いつもアウェーのゴール裏に座っていたから。
ALなんて、冒険だった…ホームのゴール裏は座れないから、そこは座って見たい
結構熱い人の集う場所。コールリーダーがバックも煽って―あいにく、セレッソの
CK(つまり至近距離でブーイングする機会)は、ほとんどなかったのですが。

生き急いでいると言われるほど、毎節観戦予定を組んでいる私。色々なチームを
見ることでサッカー観は変わりつつあって…同じJ1といえど、クラブによって
クオリティが天と地ほど違うのを痛感しています。鹿島や磐田はハイレベルで、
柏はそうではありません。ただ、西村さん率いるセレッソは、最近ディフェンスの鑑賞を
楽しんでいる私には目を覆いたくなるような有り様(守備をしている選手の守備動作が
守備になっていない、と書いても言い過ぎな気がしない…)で、個人能力頼みの柏は
それよりマシだったりして―何もしないまま去っていった嘉人さんに複雑でした。

で、やっとお目にかかれた黄色の20番。戦術上、不得手なマーカーをやらされ、
ヘッド競り負け(あれでも大分できるようになったと思ってしまうのは甘さなのかな)やら
スライディング失敗やら、彼なりに苦手な部分を頑張っているばかり見せつけられ、
本来の良さが全く出せない現実にうんざりしながら、それでも、猫の目スタメンに怯えて
買えずにいた瑞穂の試合のチケットを購入する決意ができました。
エコパは、ホームのエスパルスがこれまた最悪なので、まだ迷っているんですけど。

角田誠という規格外CBを眺めて暮らしているから、正直、今の永田充をどう評価していいのか
(置かれている立場込みで)分からないんですけど、でも、やっぱり、好きだから。

もう一人、目が離せない人がいました。一番前の矢野貴章さん。
どう考えてもプロの身体ではないのに、身長だけは一人前だから使われている人。
足が長すぎてうまく使えないのも百も承知、せめて身体を作らせる時間を
与えてほしいと願いつつ、出た以上は結果を出してと祈って、祈り続けて。

ことごとく潰されボールを失い、それでも懸命に考えてポストであり続けようとする
(柏にもう一人いるブラジル人のポストは、この日出場停止だったのですが、
貴章と違って周りの存在を考えません)貴章さんと、プロのパフォーマンスではない
彼を非難し続けるサポーター(このリアクションは当然だと思うので、悲しいのですが、
言い返すことはできません)を見ていて、とにかく目に見える答え=ゴールが欲しいと
心から思って、何度も空を切る貴章さんのヘディングを眺めていて。

だから、左から入ったクロスに合って、それがネットに吸い込まれた時は、
とてもとても、とても嬉しかったですよ。なんだか、母親みたいな気分でした(笑)

平山さんの左足が炸裂して、試合が壊れて、最後には柏DFも壊れてしまったけど、
肋骨が折れても、宇野沢さんが空回りしても、応援が本当に少ししか分からなくても、
小雨が冷たくても、なんだか嬉しくて、幸せで、楽しくて、興奮して。

すっかりSBとなってしまった光輝さんの守備を見て、早稲田時代のプレーメーカーぶりを
思い出して切なくなりながら(平山さんの守備もダメなりに全力なのが伝わってきて
見ていて痛い)貴章さんや永田さんの学生最後の試合を見ているのを思い起こしたり、
絡み合う縁の怖さを思い知りながら、永田さんアシストに気づかずにいたり、そんな90分。

貴章さんがインタビューで、サポーターへ一言と言われ、「いつも怒られてたんで」なんて
開口一番に口にして「怒ってないぞー!」なんて声がゴール裏から飛んだのを
微笑ましく聞いたりして(こんなこと言う人初めてですよ…ふふふ)いた、
でも、幸福な時間はこれで終わりだったのです。唐突に時は巡って。

…以下、22日付へ続く。


 2003年04月19日(土)   田舎は嫌いじゃないけど僻地は嫌い 

名前は変わってもクロネコヤマト>>>>>日本郵政公社のまま。
今、郵便局はやたらサービスがいいと母は言ってますけど、どうなんでしょう。

前々から―ジュビラーになった、イコール名波さんがジュビロへ入った頃から
行きたいと切望していた静岡ダービーへ行ってきました。観客数32000強。
これでも少ない(エコパで前に会った時は5万を超えた…今回はジュビロ10位
エスパルス15位というのが良くなかったらしい)部類に入るそうなのですが。

一応エスパルスのホームながら、愛野駅南には、いつものようにジュビロの
オフィシャルショップが出店していて、そのしたたかさにビックリ。
確かに大井川より西はジュビロの管轄になっているのですが(苦笑)

エコパの正面でどちらのゴール裏へ行くか真剣に迷ってしまって、
冗談抜きで行ったり来たりを繰り返し―こんな経験、今までありません。
今回エコパへ行こうと思ったのは清水の無残な散り方が気がかりだったからですが、
そもそも私はジュビラー…のはず(弱気) さんざん葛藤した私を
結局アウェー側2階席へ引きずり込んだのは、連れのぽんちゃんでしたよ(微鬱)

清水のMDPは質が高いから買うのはいいとして、キャプテンマークを巻いて
サポーターの子供たちとタッチする市川さんの背中に負けてイヤーブックまで買いながら
帰りに雨へ濡らした私。傘が無用の長物で終わらなかったのは救いだったのかしら?
MDPではローカルメディアの人間が清水の勝利スコアを予想するのが通例なんですけど、
スクールのコーチという予想外の道を進み、ついにこの春からはラジオ番組の
パーソナリティとなってしまった興津さんがそこへ加わっていたのに、あんぐり。
ジュビロの要注意選手として俊哉先輩の名前を挙げていたのは、さすがですが。

俊哉さんは本当にダービーに強いです。先制点の時、すごく喜んでました。
とにかく磐田の猛攻が続き、ここは興津さんの予想通りだったにしろ、
(後半の序盤はまさしくハーフコートサッカーでした)清水の守備はボロボロのままで、
むしろ2-0というスコアで終わったのが不思議なくらいです。ジュビロに関しては、
助っ人は助っ人たるべきと思ったのと、遼一さんが、伝え聞いてはいましたけど
どんどんFW化していることぐらいですか、あとは。DFラインをオフサイドすれすれで
抜いていくモーションが中山隊長そのものだった時は、感嘆してしまいましたよ。
隊長と組むと、誰でもああなっていくのかしら…でも男性サポが18番を着る4年目を
迎えた遼一さんを見て、成岡さんや菊地さんもじっくり育ってほしいと心底思いました。

で、清水なんですけど。開幕戦の時は選手の配置がおかしい(例:森岡さん右SB)だけだと
思っていたのですが…なんですかあれは。やりたいサッカーがさっぱり分かりません。
ボールポゼッションで相手を圧倒するジュビロに対してエスパルスが繰り出す攻撃は
カウンターなのですが、中盤をすっ飛ばして(そもそも今年のエスパルスの中盤は
組み方がイレギュラー気味で…以下後述)速攻を仕掛けた割には前線のドリブラーが
ボールをこねくりまわしたり、サイドアタックをするのかと思いきや、そうでもなかったり。

もともとの布陣がFWの層をいかした(?)前がかりで、しかも二列目がサイドへ開いた結果、
ミッドフィールドはボランチの二人だけ。しかも、ここに展開力のある人間がいないことで
ゲームメイクができず、かといってなぜか中盤でプレスが効いてるわけでもなく
後ろへ膨大な負担がかかり、代表クラスを並べながらDFラインは不安定だったりして。
市川さんは1ヶ月以上の離脱明けなのはあるにしろ、攻守に渡って目を覆いたくなる
パフォーマンスで、切なくなりました。彼があんなものじゃないことは、
誰もが知ってますから。今日は杉山浩太さんの起用で、中盤からオフェンスに対して
好影響があるのかと思ったんですけど、俊哉さんへ果敢に挑んだ守りはともかく、
攻めるメソッドとしては活用されず…今のエスパルスには合わないのではと思いました。
そもそも「今のエスパルス」が理解できないので、この感想は間違っているのですが。

こんなところでしょうか。明日は名駅8時発のぷらっとこだまを取ってしまったので、
眠気に苛まれながらも、とりあえず書き上げてしまいました。明日は雨か…。


 2003年04月18日(金)   自分で定義できるもの・できないもの 

ラッセル『幸福論』は、久々に大当たりの本です。鬱がひどかった頃(つまり、
このLRができた当時)に出会ってたら人生変わっていたかもしれないって思うぐらいに。
鬱の根本原因はヒトの力では解決不可能なので、私はいまだに、あの頃ほどではないにしろ
憂鬱に苛まれるのですが、それへの対処法すら、この本は教示してくれています。

もっとも、他に哲学書ばかり借りてきている私は、ある意味救いようのないバカなのですが。

某・偏差値の高い掲示板へ一度書き込んで、恥かしくて消してしまいましたが、
私は青木さんをCBではなくボランチで使うべきだと思ってます。理由は一点、
青木さんの守備は見ていて楽しくないからです。こう書くと語弊がありますね。
彼を見ていて快いと感じる瞬間はフィードの軌跡、その残像へ酔う刹那であって、
決してディフェンス時のモーションではないから、です。

その点、U-20のCBたちは「非CB時でも、寄せの鋭さ―自分が取りに行くと決めた
ボールに対する第一歩の踏み出しに感嘆させられる菊地」に「CBが備えるべき
あらゆる要素を高水準で備え、中でも攻め上がってきた相手をタッチラインへ
追い込み、持たせたまま割らせる一連の動作が非常に美しい角田」そして
「守備における視野の広さ―自己と味方、敵の配置から最善の守備を算出する
能力に秀でた永田」と守りを見ているだけで萌えられる(笑)人たちばかりですから。

実際、冗談でも誇張でもなく、角田さん個人のモーションと、3バックの連携
(手島さんの良さをやっと分かってきた、とも言いますね)だけを堪能するために、
今季あれほど私はサンガを見に行っているのです。口では松井さんと称しながら。
U-22の面々も、細かく動作を見る習慣をつけたら、私的評価は激変するかもしれません。
今の段階では、昇平さんなんかは安心して見られないですから(苦笑)

…そして、守備を見る楽しさを教えてくれたのは羽田さんだという事実は、永遠に揺るぎません。


 2003年04月17日(木)   人生は旅 

アルビレックスの背番号32をこの目で見たいと思いつつ、願いつつ。
7月(?)の新潟国際は行きたいですね。5月末かもしれないU-20は行きたいけど無理そう。
ツーロンですか…そしてU-22は今月28日から。29日のJには出ないということですか。

この世のほとんどの人(私を含めて)は自分が正しいと無意識に思ってます。
電車でぶつかった要因が客観的にどちらとも言い難かったとしても、必ず相手が
ぶつけて来たと感じてしまう、どこか本能的でもある感覚。拭い難いものです。

週末は静岡ダービーと乱戦確実(?!)な日立台へ行きます。ご飯を食べに(違)
aiが昨秋からの宿願であるレイソルのU-20カルテットでアミーゴをやってくれるそうで。
これ、秋には実現しないって笑われたのに、変わるものですよ。貴章さんまで入って。


 2003年04月14日(月)   男には自分の世界がある 

部長が新潟出張の土産に柿チョコという微妙な食べ物(口に入れた時は甘いのに、
最後は辛いという、チョココーティングした柿の種)を買ってきたんですけど、
新潟の飲み屋に私とそっくりな店員がいたそうで。平塚近辺の東海道線車内やら
千葉の某スタジアムやら、似ている人がいたとよく言われるんですけど、一体
私に似ている人はこの世に何人いるのやら…絶対3人以上いますって…。

昨日は豊田へ行ってきました。昨年の天皇杯準決勝で絶望しかけた鹿島でしたが、
細かくボールをつなぎ、固く守り(ただし、最近角田さんを中心に守備の鑑賞に
凝っている私には、がっちりボールを自陣から吐き出せど、それが味方へつながらない
ただのクリアであるのは我慢できなくなっている模様。30代DFラインへ、成長なんて
求める方が酷なのかもしれませんが。彼らはずっとああやってゴールを守ってきたのですから)
何より、感情移入という理屈では論じられない点において、鹿島は他クラブとは
明らかに違う(=なんだかんだ言って、鹿島と磐田だけは別格なのは、磐田へ
行く機会が増えた今年、よく感じていることです)のが分かってしまったのです。
今年はU-20の選手を求めていろいろ見ていますが、積み上げてきた時間の前では
刹那の熱情も霞んでしまうのです。スタジアムでユニフォームを着られるチームは…。

それはさておき、昨日の試合を語るなら(原竜太さんの勢いあふれる彼らしい大奮闘も
見逃せないのですが)深井正樹という一語に集約されてしまうのです。開始直後から
ベンチに座っていられず、ずっと動き続けた深井さんと、フリーで迎えたチャンスを
みすみす無駄にするFW陣。長く駒大のエースとして君臨し、ベンチなんて経験は
久しくないだろう深井さんの心境やいかに。とにかく深井さんは四六時中動いてました。
ベンチ横で正座をされた時には、どうしようかと思いました。彼が投入されるまでの
経緯(一度呼ばれてもまた戻されたり)も、いたく既視感をあおってくれました。
ゴール裏のレプリカの背番号が、いつしか5と30だらけになっている現実。

やっと投入された深井さんはドリブルを駆使し、近くに座っていたグラサポを
唸らせていました。フットボーラーを身長で判断しないでほしいです…本当に。
1失点に泣きましたが、選手も言っていた通り、内容は(ゴール前での個人的な
決定力を除いて)悪くなかったですし、満足して帰れました。深井さんは試合後、
審判団やグランの選手に次々と握手を求め、ゴール裏でもネットの左側に右側と
二回も深々と頭を下げて。ファンのためにサッカーをすると言いきった、小さな背中。

…また、鹿島の試合を見に行こうと思いましたよ。それで十分じゃないですか。


 2003年04月11日(金)   愚者は経験から学ぶ 

先月に引き続き、また携帯のweb通信料がひどい額に…このまま働き続ける限り、
稼ぎをどぶへ捨てるような無駄を続けるような気がして、非常に鬱です。

薬物療法では、絶対に治らない憂鬱。違う、憂鬱は絶対に治らない。

ポルトガル来日中止やワールドユース開催を帰りに寄ったローソンで知るような生活なんですが。
半端な買い食いも止めないと…金もなくなるし太るし家のご飯は食べられないし。
お陰様でTHE DOGはもうコンプリートです。ダメすぎ。

生まれてからテントを張ったことをあるのが国立の前だけというのも、どうなのかしら。
あらゆる経験が今の私を育んだのは認めますが。


 2003年04月10日(木)   策略 

マーキングのマニュアルをコピーしている時に、ふと思い起こしてみて、自分が既に
代表ユニを5着も(1着は強奪した物とはいえ)持っているのに愕然としました。
なんだかんだで、ほとんどモデルチェンジのたびに買っていたり…adidasはお得意様ですが、
それにしてもはめられているようで気分はよくないです(苦笑)しかし、今回の白は
初めて背ネームを入れる気にならなかった(誰かの名前を入れると、その人のサインしか
入れられないのが嫌だった)というあたり、私のサッカー観は変化したようです。

大熊さんU-18監督就任ですか。道理で高校ばかり見て回っているわけだ…。


 2003年04月09日(水)   警鐘 

瑞穂で冷たい風に吹かれて死に掛けた日に貼るもんじゃない、と最初は思った
「足爽快シート」があまりにも気持ちよくて、くせになりそうです(笑)

角田サマは今日も素敵でしたが、田原さんや町田さん(噂には聞いてましたけど、
背はさして高くないのに、跳躍力があるから、まるで宙に浮いてヘディングしてるように
見えました)が見られてよかったです。黒部さんに松井さんを欠いては、攻めの形を
なかなか作れないのは仕方ないのかも。コ・ジョンスはまだ機能しませんし…。
酒井さんがカップ戦要員と化しているのが、悲しくてしょうがないです。

もともとジョージアのレーチェは好きなんですけど、THE DOGのキーホルダーは反則です。
知恵の輪まで集めたり、オマケに弱すぎて、オマケで机が埋まってしまいそうな私ですが、
THE DOG(CATは多分集めないと思います…多分(弱気))6種類のうち、もう2つゲットしました。
マクドナルドのバリューセットetc.は泣く泣く我慢したのに。ううう。ラブラトールが好き…。


 2003年04月08日(火)   思い込み 

久々のLRです。書こう書こうと思ってはいても、キーを叩く気力がなくて遅くなりました。
以前はこのLRへ文を書き散らすことで、鬱積した思いを晴らしていたんですけど、
今はどうやら違う発散法を確立した模様…お付き合いしていただいている方々には
ご迷惑をかけておりますけれど(笑)常日頃、必要とされている感覚に乏しい私にとって、
たとえ黒い点の集合体である文字の羅列のみによる―互いの顔も名前も知らない関係でも、
欲せられていること、感謝されていることは、とてもとても嬉しいんです。

で、ここ最近、何をしているかといえば、単純作業(確かに、地道な作業に対する
耐性は人並み以上と自負しているけど、それを履歴書へ書いてしまったばっかりに
一日中印刷機の子守りをしたり、スタンプを押し続けたり、キーパンチをしたりなんて
チームの中でも最悪レベルの作業ばかり続けて、相当消耗しています。そうそう、
この過程で私は音に対する耐性が異常に低いことも発覚。掃除機もダメ、選挙カーもダメ、
電車の過剰なアナウンスもダメです、そういえば)の合間を縫って、角田誠サマの
追っかけをしているのが正直なところで。明日も退勤後に瑞穂へ向かいますが、
開幕戦以来3戦連続サンガ、その間にあったU-22だって「角田がいなかったら豊田市駅から
走らなかった(注:タクシー乗り場を探す手間を惜しんでダッシュを選択。この疲労が
どっときて壊れてしまったのが前回のLRです。代表ユニ姿で走ったから視線も集めて…)」とまで
言い切ってます。ストッパーをしてもリベロをしても、もはやありとあらゆる場面で
見応えのあるパフォーマンスをして下さる角田サマ。タッチラインへの追い込み、
DFラインコントロール、フィード、攻撃参加、コーチング、とにかく枚挙にいとまがありません。

よりによってトラブルが発生し、残業してキックオフに間に合わなかったコスタリカ戦ですが、
林さんの危険な飛び出し(苦笑。角田サマは彼を全然信用してないので、ポジションが
かぶぶりまくってました)以外の見せ場は全部見られました。この代表の面々といえば、
昔あれだけ追い回した、ある意味懐かしい奴らなのですが、久々に彼らを見て、
その成長を実感したというか―伝家の宝刀を炸裂させた阿部勇樹さん、守備でその存在を
強く示した森崎和幸さん、鋭いフィードを何本も繰り出した青木さんetc.
「あれから2年」―遼一vs那須のマッチアップの際にAさんの発した言葉ですが、
それを実感したと共に、彼らの良さ(彼らは谷間と酷評されてきただけに、世間の
視線が集まる機会には分かりやすい結果を出さなければならないのです)をフルに
引き出せない指揮官への不満を強く感じました。青木さんと角田さんは一つのミスで
全ての好プレーを無駄にしてしまったわけですが、試合後、鬼の形相で誰も寄せ付けず
見る者をひどく心配させた角田サマは、なんと、この夜は熟睡だったそうで…(^^;


「遼一の出番まだかなあ?」

Sさん撮影、豊スタ2Fのフェンスにかじりついて
U-22の試合を見つめるポンペイ。
待ち受けにしてます(^^)
やぶは、青木さんのパフォーマンスに
SBS以来という腕章巻きもしました。




角田サマを心配するあまり(U-22合宿が宮崎になったために余ってしまった18切符の
消化も兼ねて)日曜はウイングへ行ってきました。ウイングは初めてだったので、
某所にてアクセスマップを出していただいたのですが(大感謝!)そこに「清盛橋」なる
地名を発見して、そもそも神戸を今の姿にしたのは相国様…もとい、平清盛と思い出したのです。
神戸は一の谷(平家物語)に湊川(太平記)と中世の大きな合戦にゆかりのある土地なのです。


生田神社は縁結びの神様なんでしょうか?
ちょうど結婚式と遭遇しました。お幸せに。
神殿の後ろに見えるのが、いわゆる「生田の森」。
一の谷で知盛・重衡兄弟が陣取った森の名残です。
今回悔やまれるのは、知章の墓参りができなかったこと。
そもそもウイングのある「和田岬」だって、
平家が逃げ源氏が追う際の目印となっていた岬なのです。



清盛橋と大輪田橋の間にある清盛塚の像。
もちろんお金置いてきましたよ。
清盛は福原京を愛し、大輪田泊を造りましたが、
ここから兵庫津→神戸港の歴史は始まったわけで、
清盛がいなかったらヴィッセルは「勝利の船」では
間違いなくなかったはずです。そう思うと感慨深いです。



神戸市は図書館の分館さえ*岐阜と違って*
蔵書が充実していて羨ましかったのですが、
郷土資料の棚の大半は阪神大震災関係でした。
こけら落としの記念映像まで、最初はあの火災…。
ウイングはピッチも近くビジョンも見やすいですが、
上だけ空いた体育館のような圧迫感もありました。



そんなこんなで観光もしつつ、試合も楽しんだ(黒部さんの負傷があったからとはいえ
田原さんのプレーを長く見れて嬉しかったです。あまりに動かないので、ただでさえ
すごい関西圏名物のヤジが凄まじかったですが。あれでも昔に比べたら…)のですが、
手島さんの代わりに3バック中央へ君臨した角田サマへ惚れ惚れする幸せな時間も、
後半の途中に松井さんが非接触プレーで倒れて微動だにせず、それで髪を剃った
北本さんがバツを出すというシーンを見てぶっ飛びました。あれから後は見てません。
…まあ、これは結局のところ、松井さんが極度な痛がりだっただけなんですけど。
この試合で靭帯を痛めたのは佐伯さんの方です。マルセイユルーレットの王子様が
痛がっている時は、多少差し引いて見なきゃダメというのが、今回の大きな教訓です(苦笑)

白峯神宮が蹴鞠の神様といわれる由縁は立地に由来していて、別に祭神とはあまり
関連がないんですけど、崇徳帝に淳任帝とは、また私とは縁のある方でして…。
しかし、ここの絵馬がことごとくスポーツ関連なのには、ちょっと驚きました。
愛するチームを思う心は、応援する対象が違えど、変わらぬものなのですね。

と、まあ、こんな感じです。ほとんど試合のこと書いてませんけど、試合ばかりが
サッカーではないというのを痛感しましたので。松井さんのどんな華やかなプレーよりも、
キレかけた田原さんを一声で鎮める姿にかっこよいと思ってしまったり(笑)
だんだんサンガの応援も覚えてきました。このままじゃ本当にサンガファン?!


 2003年04月02日(水)   暗黒 

目が見えない。視界へ入るべき対象がさっぱり認識できない。
耳が聞こえない。四六時中、機械と人が奏でる騒音に晒されているからだろうか。音楽って何?
手に力が入らない。物が持てないし、キーが叩けない。
遠くなりそうな意識を携帯にすがりつけているだけ。

疲れてるのだろうか、疲れてるだけなのだろうか。

救いなんてどこにもない。


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