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 2001年12月31日(月)   2001年(サッカー関連で)忘れられない出来事TOP3 

ついにやって来ました大晦日。どれだけ2001年を引き止めたくても時は去ってしまうのです…。
そんな感傷も、365日前に比べたら薄い―私を惑わすほどでもない―のですけれど。
では、復習として「2000年忘れられない出来事トップ3」を。

第3位:9人合同運営によるユース代表応援サイト「SeeTheSky」開設
第2位:1週間サッカー漬けの“ソツキ”
第1位:アントラーズと順天堂大学の練習試合…後

率直に言って、岐阜に戻ってきてからは物理的な問題で観戦数が激減している上に
“定職に就いてきちんと働く”道を選ぼうとしたこともあって、濃度というか密度という点では
2000年と2001年は比較にならないぐらい後者が劣っている気がします。
ま、それでも一応選んでみましたので、皆さんも一緒に見ていって下さい。

第3位:1stステージ・名古屋グランパス vs 鹿島アントラーズ
サッカーを見て泣くことなんてまずない、比較的醒めた目の持ち主たる私が号泣した一戦。
リーグ戦の1試合で、あれほどまでに勝ちたいと切実に感じることが少ないという次元が
既に問題なような気もしますけど(苦笑)やっぱり勝つところが見たいという
原点…と言えるのかな…へ回帰できたという意味で忘れられない一戦でした。

第2位:チャンピオンシップ・ジュビロ磐田 vs 鹿島アントラーズ
これは私でなくても、生でなりテレビでなりで見た人全てがハイクオリティと認めるだろうという自信があります。
私の好きな2チーム…その展開するサッカーのレベルの高さを愛している両クラブが
頂上決戦(これの存在自体には、実は懐疑派なのですけれど)でその地力の全てをぶつけ合い、
しのぎを削り、結果として“光の化身”本山さんがタイトルを呼び込んだという結末、
キックオフからあの直接FKまでどんな瞬間を切り取っても素敵な試合と言える気がします。
残念だったのは、生観戦できたのが第1戦だけだったことですが…。

第1位:羽田憲司選手、ワールドユース直前に骨折!!
U-20絡みだと香港遠征はじめ、ひたすら追い掛け回したので、あげようと思えば
他にもいくらでも出てくる気がしますけど、あえて見てもいないこれで。
(アルゼンチン事前遠征の出迎えの後に会ったのはワールドユース終了後の鹿嶋で、でした)
アクシデント自体の、誰にとってもそうであるショッキングぶりはもちろん、
この負傷が壊してしまった私のメンタリティが凄くて…その節は関係の皆様にご迷惑をおかけしました。
今思えば、あの時必死になって千羽鶴を折っていた自分の“心境”が不思議なぐらいですよ。
羽田さん自身は、この時の離脱よりはるかに長いブランクを経て来年を迎えるわけですが、
ぜひとも“3番目のセンターバック”の地位を取り戻すべく頑張っていただきたいと思います、はい。

以上、いかがでしたか? 割とあっさりとしたセレクトだと自分では思いますが…。
2002年はワールドカップもありますし、代表(特にフル代表)がメインになるんですかね?
代表ばかりが注目されて、リーグに目をむけられなくなるのでは、という心配が一部でされてますけど
確かに同感です。代表はもちろん重要で大切ですが、その基盤は普段のリーグ戦にあるはず…。


 2001年12月30日(日)   君が好き 

昨日横浜の地下街で買ったミスチルのニューシングル、やっとじっくり聴けてます。
ただポイントカードなんて付けてもらっても、次に使うチャンスなど…。

いくら年末だからって、3日連続飲み会なんて主治医に言ったら怒られそうですね(苦笑)
一昨日は会社の忘年会で―今の私に我が社の明るい展望を語られても辛いだけ―まずい発泡酒etc.を飲み、
昨日は最近行きつけの某notサッカーサイトのオフ会でしっかりスクリュードライバーをオーダーし、
今日はベガルタ仙台昇格記念(笑)もとい東福岡初戦突破の祝杯をあげてきました。
ま、当然ですが今日>昨日>>>>>>>>>>一昨日ぐらいの気分ですね。

ヒガシが無事に新年を迎えられることが、本当に嬉しいです(^0^)
77回以降、私がはっきり言ってたった一人の選手のためにヒガシを見ることが
定着(?)してしまって(前回大会だけは中澤聡太さん@市船だったのかな?)
今回はその傾向が特に強く、試合展開そのものに対する反応は、実に曖昧です。
正直に告白すると、まだ背番号(not顔!)と名前が一致しない選手が先発の半数近くいて。
そんな中でも、勝利に直接貢献したかも分からない(おいおい…)キャプテンだけは、
応援コール(少なくとも3種類はある)を覚えようとか、必死に追ってます。必死に、懸命に。

スタンドへ挨拶に来たイレブンへ、思わず告白してしましたからね…。
「ノリ、愛しとぉ」
まさにシングルの曲名にして、今回のタイトル通り。
はたして私的今大会の目標である「“打倒前育”と言えるようになる(苦笑)」ことは果たせるのでしょうか。
恭平兄さんの時は、“打倒市船”が年明け前からの合い言葉だったのに…。
(今更書くまでもありませんが、その市船を率いていたのが現在最愛の“犬っころ”です)

2002年、ワールドカップイヤー、素晴らしいものでありますように。


 2001年12月27日(木)   予感 

予想は…“最悪”の予想は…いつもしてますが…。

年始にヤマを迎える(昨日まで)別チーム(だったところ)へ入れられてしまいました。
大晦日も元旦も、もうこうなったらいらないけど、ヒガシの試合だけは死んでも…仮病使ってでも譲らない。
ええ、今ここで神様に誓いますわ(笑)←笑い事にあらず。


 2001年12月25日(火)   ただいま移籍リスト掲載中 

なぜだか分かりませんが、とにかくバタバタしてます。落ち着きないです。
ユーパン(注:精神安定剤)もまるで効いてないような…まあ半年も飲み続けていれば…。
職場でもついに窓際ならぬ壁際へ追い込まれましたし(実話)。

クリスマスイブは独り寂しく長居で2001年アントラーズの終戦を見届けてきました。
(お会いした方無愛想でごめんなさい)
最初の失点が予想通りの「セキュリティホール」を突かれたものだったので、
あとは「本山がMFで先発すると勝てない」なんて言われないように祈るのみです。
昨日の収穫はやっとコールを覚えたことぐらいですかね。

♪もっと 本山 本山 GO もっと 本山 も・と・や・まっ!

もしかしてこんなLRに直接ブックマークとかしている方にお知らせ。
トップからあさひさん作成の期間限定HIGASHI FCサポートページにリンクをはりました。
そう、今日からは選手権モードですよ!(なかばヤケ気味)
この前博多へ行った時、一番嬉しかったのは山形コールが辰徳くんへ
受け継がれていたことだったんですが、その他にもキャプテンにはコールがあるんですね。
本戦ではぜひ聞いてみたいものです…皆さん、12月30日は有明じゃなくて(笑)国立へ集合ですよ!!

♪やーまがたっ やーまがたっ おーおーおーおーおーおーおっ♪


 2001年12月21日(金)   大ボケ 

昨日は普段と違うバッグで出たばっかりに、財布やら定期券やらを家へ置き去りにしてしまい、
名古屋の大学に通っている弟に、名駅まで届けてもらう始末。皆さんごめんなさい、なのでした。
(特にテレカを無償で貸して下さった太閤通口の交番のおじさま!)

今日はいつになく長い一日になりそうな予感…。


 2001年12月20日(木)   試行錯誤 


考えても分からないことは分からない、これは当たり前。
だけど予感は当たったり外れたりする…ただ、どちらに転んでも、ミスチルが歌っている通り
“僕は僕なんだから僕の道を歩くしかない、他の道は選べない”のです。

自分の歩いてきた道が“間違っている”と認めるのは辛いです。
せめて、ポテンシャルがフルに発揮できなかったとしても、何かの足しにはなってないかって、
自分を慰めたがるんです、寂したがりの私は。滑稽ですよね、自分でもそう思います。

冷酷に自身を見つめれば見つめるほど、self-confidence なんて概念は消え失せて、
シンクロできない心と体を引きずって、無機質な都会を歩んでいくのみなんです。

さて、今度はどこへ行くの? また同じ(ような)道? 全く違う道?
分岐路が、いくつに分かれているかも判断できなくて、右往左往…前と後ろさえ分からなくなりそうで。

助言者が必要…?

手を伸ばしても、誰にも、何にも届かない場所にいるような、そんな気さえするのですが。
文字の羅列は私を助けてくれるでしょうか? お茶目な顔文字が混じっていたりして。

会いたい人がいなくなったら、それは最期の時。


 2001年12月19日(水)   まずは 

うじうじしてても始まらないので、朝一番から動いてみました。
お陰で会社には少し遅刻しましたけど(苦笑)
我ながら正解への最短ルートだとは思えないのですが(…)これしかできないですし。
間違いだって、自分が誤りだと認識しない限り、私においては間違いではないのです。ええ。

疎外感深まる冬の朝でした。あーあ。
(ため息つくたび幸せが逃げていくなら、もう残っている幸せなんてなさそうですね(笑))


 2001年12月18日(火)   No.1 

今日は本当に本当にショックな出来事がありました…立ち直れるか謎です…。
基本的にマイナス思考なので、何事に対しても最悪の事態を想定して臨むのですが、
今回は不意を突かれました。想像を超えていたというか。
でも自分のことだから自力で解決するしかないんですよね…適格/不適格は置いておいて。
これまでの時間を否定されたんだから、そう簡単に答えなんて見つかりませんよ。
はぁ。本当にどうしようか…。

そういえばこのLRも書き始めてから1年が経ちました。
中身は変われど常に悩んでることには4年前から変わりなし、か…(自嘲)


 2001年12月17日(月)   やさぐれ 

せめて背番号ぐらい変わったら更新してあげるべきですよね。
こんなファンはファンじゃないですか?(苦笑)
テレ朝が来ていたと聞いていたくせにしっかり見逃すあたりもファン失格?

どうしてこうも余裕がないのかと思いますよ。
時間のゆとりもそうだし、何より心がせいている…焦りはマイナス要素しか産まないのに…。


 2001年12月16日(日)   明日のことは明日にならなきゃ分からない 

賀状作りに取りかかった親を見て、今月残り何日休みがあるか不鮮明な私も、慌てて作りました。
所要時間1時間あるかな…そんな感じなので期待しないで下さい。誰もしてないだろうけど。

天皇杯、ジュビロが敗れてしまいました。アントラーズは24日長居、29日埼玉
(この日から関東滞在“予定”なのです)なので見られるといいですね。
いっそ29日からの6連休(あくまでも予定)ウィークリーマンションにでも住みたいですよ。


 2001年12月13日(木)   少年はまた一歩大人へ近づく 


このところ忙しくて、まとまった文を書くゆとりがなく、
仕事の合間に書いたのを無造作に並べてみますがご了承を。

いつになったら書店の営業時間内に帰れるんでしょうか…チェックしたい雑誌が
続々と出ているという話なのに。昼休みに一瞬だけ(これも都合で本当に一瞬しか
見られなかった)サカダイ選手権特集で見た辰徳くんの素敵ぶりに気を取り直して、
某リンク禁右クリック禁(…)サイトから取ってきた写真を壁紙にしてみましたよ。おいおい。
78回大会の写真と比べて思ったのですが、辰徳くんお兄さんにどんどん似てきてますね。
県大会優勝の表彰で並んでいるシーンなんて、びっくりしますよ…。
やっぱり美形の血は争えないんだなって(笑)
昔は恭平兄さんがお母様似、兄に“似てない”辰徳くんはお父様似だと思っていたのですが、
幼い頃から二人を見ていらっしゃる方から以前聞いた通り、二人ともお母様似ですね、きっと。

「辰徳の投げるボールになりたい!」
その壁紙(スローインする写真)見るたびに心の中で叫ぶ言葉、です(照&恥)
左サイドバックにしてゲームメーカー、ゲームメーカーにして左サイドバック。
ヒガシの左サイドのキャプテンと言えば手島さんが連想されますけど、
どちらかと言えばCBにカウントされていた先輩とは違って、
辰徳くんはサイドからクロスではなくスルーパスを繰り出すのですよ。
選手権ではぜひその特異(?)なプレースタイルに注目してくださいね!
#今日は徹夜明けだったので無理やり早目に切り上げて念願の本屋へ行ってきました!!

昨日の鹿&鳥の天皇杯は、それぞれ楽しそうで、ぜひ見たかったです。
こうやって書くと、ユースヤクザとまではいかなくとも、
若手選手好きなのだな、と痛感します。そういえばアウグストが残留交渉だって?!
根本さんはレンタルで出されるみたいだし、来季の左サイドは平均年齢が…(観点ずれすぎ)

最後に鴎党の方からツッコミを頂戴したので、11日付の俊輔さんのFK記事について訂正を。
どうやら私は彼が試合後涙を流した五輪代表のカザフスタン戦と混同しているらしく、
(中田英寿さんと並んで、スタンドのヒデコールの中で決めた一撃ですね。覚えてます(笑))
でも印象深いのはアルゼンチン戦の方だ、ということを明言しておきます。
(稲本さんが奪った後のこぼれ球を浮かせたループシュートだそうですよ。これだからビデオ撮らない派は…)


 2001年12月12日(水)   予測できる範囲の中に 

17日からあるというU-20合宿のメンバー(これもこれで話題として取り上げたいところですが、
やっぱり心情的には入れ込めず…うーん…疲労骨折…)出てるかな、と
のぞいてみたJFA公式サイトに、移籍リスト第2号が載ってました。

宮原さんが掲載されることは、解雇が発覚した記事で分かっていたのですが、
実際ずらずらーっと並んだ名前の中にあるのを見て、改めてショック受けました。
(もう一つ、新潟の西ヶ谷さんの名前がないのも気になるのですが…)

人前にさらせる文章に到底なりそうもないので、真情は内に秘め、
語れる範囲で語ろうかと思いますけれど…正直、入団した時から、
そう、サカマガの表紙で10番着ていた頃から「ユニフォームを脱ぐ時は
これ(=グランパス)ではないのを着てるだろう」という強い予感があって、
現実に、当時既に漠然としていた不整合は3年たっても解消されませんでした。
事実、今年も何回かトヨタSCまで行きながら、メモまで取っておきながら
"Marvellous Taste"の更新には至れない自分がいました。

…うーん、やっぱりネットに載せる文章としては不適格ですね。
このお話がしたい方は、お手数ですが、やぶまでダイレクトでメール下さい。
なかなかレスを書く暇も取れない身ですけど、なんとかしますので。

今はただ、来年も、ワールドカップイヤーも、どこかでサッカーをしている
宮原さんが見られたらいいな、と祈るだけ…。


 2001年12月11日(火)   ♪Go Toshiya Oh Let's Go Toshiya♪ 

…というわけで(?)藤田俊哉さん2001年JリーグMVPおめでとうございます!!
1stステージ優秀選手賞に続く快挙、まさにフルシーズンの大車輪。
年間チャンプの“覇者”鹿島からではなく、最高勝率の“王者”磐田からの選出、
しかもジュビロと言えば他の代表選手を思い浮かべる人が多い中での
選手間投票&委員会選定のMVP受賞は、本当、他の選手もよく分かってるな、と嬉しい限りです。
(新聞報道によると1stの僅差選出と違って大差みたいだったので…)

ところで、最近夕飯代わりと化しつつある(昔「カントリーマァムをご飯代わりにするな」と
怒られたのを思い出すけれど…)カルビーチップスですが、
代表カードには GOAL GETTER もあるのですね。俊輔さんが出てきましたよ。
これはフル代表で2000年7月から2001年6月までの間に得点した選手で構成とのこと。
誰のゴールも脳裏をよぎらない―代わりにアルゼンチンが浮かんだりする―のは
やはりサッカーファン失格なのでしょうか。この間で一番印象深いゴールは
シドニー直前に本山さんが決めた一撃だと思ってますけど(贔屓入りすぎは百も承知)
ちなみに俊輔さんのゴールは昨年8月のUAE戦で決めた直接FKらしいですけど、
軌跡を思い浮かべることができません。生で見てないからかな?
俊輔さんのFKと言って思い出すのは、シドニー五輪代表が立ち上がったばかりの頃の
アルゼンチン戦(でしたよね?記憶力自信なし)と、更に昔、西ヶ谷さんめあてで
三ツ沢までアビスパを見に出向いた時、目の前のゴールで決められた一発ですか。
鴎党ではないので、嬉しかったと言うよりは驚いた、やられた、手の打ちようがない、そんな感じでしたが。

俊輔さんをファンタジスタと呼ぶには抵抗があるんですよ。
なんでだろう…苦悩する人、繊細な脚と感性の持ち主、そんなイメージ。
(ちなみに小笠原さんはチーム内での“位置付け”は“ファンタジスタ役”ですけど、
やはり“ファンタジスタ”と呼ぶにはしっくりこないものがあります。
幻想時代(笑)の野沢さんは私的ファンタジスタの一番手だったのですが…)


 2001年12月10日(月)   賞与 

生まれて初めてもらいました(笑)実質0.5ヶ月分ですが…。
年末年始の東京遠征資金にでもしようかしら?
ウィークリーマンションがオフシーズンってことで1泊3939円で泊まれるようですし。

相変わらず不具合修正に追われてます。というか、解消するのか謎の不具合…。
(解決方法の見当もつかない)

今夜はアウォーズですね。鹿島は全員出席かしら?(多分違うだろうと思っている…(泣))
去年は衝撃の(笑)「カリオカ」トークなんかありましたが。

眠気覚ましのガムを朝一番から常用するなんて月曜の朝からどうなのかしら?
(アンティークの予告を見て、なんで火曜にやるんだろうと真剣に思った月月火水木金金な私。
今朝、先輩が目の前で申請していた有給を取り上げられるのを見てびびってます…恐るべし師走)

あ、密かに買い集めている(と言う程でもないですが)カルビーのチップスカードで
初めて代表引きましたよ!望月さん!!(笑)しかしサンドニのメンバーとは。恐れ入りました。


 2001年12月09日(日)   「ボールは丸いから、どちらに転がるか分からない」 

よく言われる言葉ですよね。サッカーの番狂わせの多さ、
それゆえにtotoが成り立つという摂理を説いたものですね。

それにしても天皇杯3回戦でJ1が6チームも負けるってどうなんですか?
思わず水曜に控えるご贔屓2チーム(相手は大学だけど…)が心配になります。

ただいま会社に缶詰中です。昨日、担当分は終わった!―と早とちりして
14時頃には帰ったんですけど、本当はそんな余裕全然なかったですね。
まあ昨日は頭がCSでいっぱいだったということで。
それに値するだけの試合でしたし(ものすごい論理展開だと我ながら思う…)

師匠も走る師走ですから、誰でもどこでも忙しいんでしょうけど、
わが社も休日返上が今後も続きそうな予感がひしひしと漂ってます。
年末は29日から予定入れてしまってるんですが…果たして大丈夫なのか?!

もう薬なしでも一般人以上(に余裕のない)の生活を送ってしまっている自分に
いつまでそれは必要なんでしょうか。…と訴えようとしたら医師の方がダウンしてました。あらら。

きっとこの世には「絶対」なんて存在しなくて、唯一のそれは
地上でもっとも不確定な側面を持つ「死」であることなど、とうに分かっているのですが。

…ストーブリーグ(not野球)が加熱しそうですね。


 2001年12月08日(土)   鹿vs鳥・大決戦 

こんなこと書いても「結果論だ!」って信じてもらえないかもしれませんけどね…。

最後、小笠原さんがFKを蹴る前、やや斜めから撮った表情が映りましたよね。
いつも美人な人ですけど、とびきり、一段と、綺麗に見えたんですよね。

「ああ満男って美人だよなぁ…」

そう思っているところで放たれた一撃は、またしても…またしても勝負を決める芸術的な一発で。

すごいいい瞳をしてたんですよ。決まった後のガッツポーズもよかったですが。

贔屓入っているのを承知で書けば、やはり本山さん登場から流れが変わりましたね。
前にも書いた、あの人の圧倒的な“存在力”が混乱する渦潮を次第に整えていって。
遼一さんが入った時は、このどちらに女神が微笑むか分からないゲームになじめるか、
心配もしましたけど、それも無用でした。彼も立派に戦いました。

力と力、王者ジュビロと覇者アントラーズ(王道と覇道という言葉の意味の差異を取れば、
この表現が一番しっくりくると私は思うのです)のつばぜり合い、今回は特に見応えがありました。
両方応援できて、幸せでした。随分な贅沢を味わわせていただきました。ありがとうございます。

私も頑張りますかね…今日テレビで生観戦できただけでも、今の私には過ぎた幸運ですから(笑)
明日も出社です。結合テストやりますよー。いい余韻を持って臨みたいです。
そういう意味では、べたな言い方ですけどエネルギーもらったかな?

もう一度言わせて下さい。両チームの選手及びに関係者の皆さん、
素敵なチャンピオンシップを見せていただいて、本当にありがとうございました。
嬉しかったです。私は幸せ者です。ええ。

本当に魂が震える瞬間は、刹那に凝縮されている、改めてそう感じました。


 2001年12月07日(金)   「愛子」 

皇室では女子は「〜子」だそうですが、一般ではほとんど見かけなくなりましたね。
私もその一人なので、そんなことを父親へ言ったら、
「昔は高貴な人しか付けられなかったんだぞ」と。
一条天皇中宮彰子(紫式部のご主人様)とか…って、
その時代の場合は名前のある女性自体が少ないんですか?

私の場合、「愛子」といえば高校時代にMさんと合作もどきのヒロインを思い出します。
彼女はいい歳の大人のくせに、子供のようにイノセンスな美人英語教師、という設定で、
物語は彼女に恋してしまった、彼女に負けず劣らず純情無垢な少年が主人公でした。
ちなみに、名前は淳くん。そのまんま(笑)
で、いつも弱気な主人公とは対照的な友人として登場したのが、秦野翔太という子で、
当時の私の好みのタイプをストレートに反映してました。一言で言えばナイト(騎士)。
ビジュアルモデルには奈良育英時代の楢崎さんを据えてみたり、
私も好き勝手やらせてましたね…ちなみに翔太には超かわいい彼女がいたりするんですが。
うーん、これの原稿も手元で見当たらないのがちょっと残念。今読んだら爆笑ものでしょうが。

恋は人生のスパイスです、きっと。

追伸:今週末は休みレスなので、あまり刺激的な携帯メールを送るのは避けて下さい(爆)


 2001年12月03日(月)   SOLD OUT 

アントラーズ公式サイトによると、ついに第2戦完売のようですね。
キャンセル分が今日から出回るようですが…。また今年もおとなしく家で見ますかね。

私はといえば、相変わらずTomcatとApacheに振り回されてます。ぐふっ。
無事に2002年迎えられるかな…。

♪もっと もとやま もっと もとやま もっと もとやま も・と・や・ま!


 2001年12月02日(日)   "To be concluded"(次号完結) 

ECOPA(notエコバ…間違えている方多いので)行ってきた感想は
これに尽きますね。所詮180分のH&A決戦の半分を見ただけ、っていう。
まさか数的不利で同点にまでいけると思わなかったから、前半はあまり考えてなかった
「スタジアムが大きくなってやっと行けるようになった第二戦」に行きたくて仕方なくなったり。
難点はキックオフ時刻ですね…試合の後、どうせいっちゅうねん、みたいな。

レポに書くとバカにされそうなのでここで吐いてしまいますが、
やっぱり本山雅志さんは特別な存在だな、って改めて思いました。
まだ覚えきれてない応援歌(…)聞いてて、昔、仙台で鳥肌たったのと
似たような感覚覚えましたから。いくら「後半25分の男」であっても。

ちょうど、闇に覆われていたピッチへ、一筋の光が射したような…。
私の目には、あの人は、全身が光の粒子で構成された光の化身に映るのですよ。
こんなこと書くと病人扱いでしょうけど、実際そうなんですから。
よく目を凝らして下さい、全身がかすかに光を帯びてませんか?(病)

ま、とにもかくにも、全ては来週へ、次戦へ、カシマへ持ち越し、ということで。
うう、行きたいよ〜。


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