目次過去未来


2005年02月25日(金) 見えている人、いない人



 人の脳は興味がないと今そこにある、まさに目の前にあるものも全く認識できないように出来ている。
例えば支那食材店に行くとする。事前の知識も全くなく入って、ざっと見て出てくる。この時、ピータン(あひるの卵泥漬け)もサメの歯もツバメの巣もフクロ茸も、目に入っても脳は認識しない。これは実際に経験したし、人からも同じ経験をした事を聞いた。ところが支那料理に興味を持ち、その目で食材店に行くと、あらゆるものが見えてくる。

 現在、ライブ・ドア関連の事を見ていると、はっきり見えている人とそうでない人に別れている。
残念な事に見えていない人には、見えない。竹筒から世間を見ているからである。自分で勉強してたどり着くしか手はない。
 
 ライブドアの社長は、何かの座談で、フジ系テレビのディズニーランド化、産經新聞の正論路線(反社会・共産主義、堅実な伝統保守)を取っ払うと言った。この瞬間に見えた人には見えて、そうではない人には見えない事、支那食材料の如しである。

これの少し前に 4年も経って突然NHKの長井(永→長:訂正02/27)某の涙ながらの、一家が路頭に迷うのを覚悟で発表(云々は大嘘で、妻は大学の助教授かなにかで著作物もあるという)した「政治家が放送に関与した」事を取材、今一番毅然と朝鮮問題、歴史認識問題に取り組んでいる、中川・安倍両議員を朝日新聞が名指しで記事にした。
 
 ソフトファシズムと言う言葉がある。一つの考え方と異なった考え方が出て来ると、あげて反対しマスコミ、組織を使ってまでも潰そうとする。
今大流行りである。 戦後で言えば、朝日新聞系を代表とする物の考え方(フェミニズムや日本悪玉史観、米国の核は批判しても中国の核は批判しない)の人々が、産経新聞的な考えを駆逐しようとし、あらゆる手立てを使ってつぶしにかかる。「新しい歴史教科書をつくる会」潰し、軍慰安婦(売春婦)や南京虐殺、100人斬り競争などへの異論などもそうである。これらはほとんど全部朝日新聞発である。反論を許さない。
 
 現在、ようやく韓国や中国の虚偽に満ちた言い分や、北朝鮮の理不尽な拉致等で、世間は見えてきた。ずっと言い続けてきたのは産經新聞に代表する、保守系の新聞、雑誌であった。
 
これをライブ・ドアの社長は潰すと言った。800億の資金が米乗っ取りグループから出ていると言うが、どこから出ているかは実の所分からない。
産経系の正論路線が消えて、親北朝鮮・中国の朝日系言論だけになるとして一番得するのはどこの国だろう。
南北朝鮮、中国にとって産經新聞は目の上のたんこぶである。これが無くなれば後は意のままになる。
 
 もし地上波が外国に買われ、戦後のGHQが日本に対してやったように、毎日、ラジオで「日本はアカン、悪い、アメリカすばらしい」をやられたらどういうことになるか。相手を言いなりにするために、まず放送媒体を押さえるのが戦時、革命時の常識である。
 
 時を同じくして出てくる事項には一見関係ないような事でも、通底しているものがある。見える人には見える。
 
 










2005年02月05日(土) 政治家のNHKへの圧力について。



 侍、衆議院議員西村真悟さんが、「私はNHKに圧力をかけました、NHKBSに出てくる、どーもくんというキャラクターが発する「あーあー、うーうー」という声は、脳性麻痺の人が発する声そっくりなのだが、脳性麻痺を身内に持つご家族の事を考えた事があるのかと圧力をかけたら、NHKは以後二度と流さなくなった」と書いていた。見事に圧力がかかって、以後声入りはなくなった。

さあどうする。

-MHK教育番組で放映された,極端な偏向裁判劇(反論出来ない天皇を裁判にかける)について、安倍晋三・中川昭一議員が、圧力をかけた(後、ねつ造であった事が判明)と、騒いでいる時の、発言。

「政治家は、マスコミなどに圧力関与しては行けないという」門切り型に関し、て西村議員のウイットにとんだ弁-









2005年02月02日(水) 初笑い2



 チャンネル桜の報道ワイド「日本」を見ていたらプレゼントがあるという。
「比内鳥のスープの生ラーメン」で、生物だからプレゼントは都内の人に限る、欲しい人は局に電話くれ、ついでに局まで取りに来てくれといった。
おかしくて思わず笑ってしまった。いいなぁ、この放送局。確かに只でもらうんだから取りに行くのが筋かもしれない。生物だから都内住人に限るというのもそうだろう。で、これを説明していた坊主のつるピカ禿げ丸氏、どうも映画評論家らしくしばらくして 名前が出たのを見て驚いた。

 このぴか氏、ネット上で映画評論のページを公開している。昨今良い評論がなく時々この人物の評論を読んでいた。ある時ある映画について、事実を知らんのじゃないかと、やんわりとメール(メイルなんて書かない。ばんけいほうと読んでまんぎょんぼんと読まないに同じ)を書いて知らせたら、何もかも承知の上でその映画評論を書いたとおっしゃる。 なんの映画とは言わないが、当の映画監督自身が、参考にした当人に著作権料4千万近くを払っているのにも関わらず、それとは何の関係もないオリジナルな物語で発想が素晴らしいなんてかいてある。こう言う時には、自分の読み間違いかもしれないので、二三の人に評論を呼んでもらって、さらにこちらが出したメールを読んでもらい意見を聞く事にしている。

 結果を言えば「ぴか氏は知らなかったと思う、評論と矛盾する」だった。
以後映画評論については、二歩ほどひいて読む事にした。これと全く反対の態度をしめした著名学者がいた。へっぽこ画家のいい分なぞまったく無視しても何の問題もないはずのこちらの意見を真摯に検討してくれ、数日後にメールをもらった。「その通りでした、書き換えます」
心から尊敬した。それ以後その先生の人柄・言説は信用して読んでいる。













myrte21 |MAILHomePage