2001年06月30日(土)
隠蔽
ワシントンDC、もう一日。
この街に在るほとんど博物館が無料ではいれる。しかも、一つ一つが大きい。 ほとんど上級クラス博物館。全部、じっくり見ようとしたら一週間がかかりそう。 時間帯が限られるが、FBI、ホワイトハウスまで、中に入れる事ができるのだ。 ただで。
アメリカ歴史博物館で、原子力の歴史を紹介していた。 少しだけど、原爆投下したと言う事実も紹介していた。 折れ曲がった鉄骨の建物と、軽い火傷の人の写真と、家族の行方を知らせる掲示、影の残った石段くらい4点。これらを見ると、あんましひどくないような感じに錯覚する。本当に伝えなければいけない悲惨の症状は紹介していない。しかも、ほとんど、長崎の現状のものと紹介している。 広島に投下したと言う事だけ書いてあっても、写真は紹介していなかった。
写真の一つの中、家族の行方を知らせる掲示には、なぜか、五日市、楽々園とか書いてあった。もちろん、長崎の状況として紹介していた。
確か、五日市と楽々園は、広島市の西部にあったような・・
やっぱり、彼らは何か隠しがっている。
いまだに合衆国は、原爆投下、空襲を無差別殺戮と呼んでいないものね。 もちろん、そのコーナーには、原爆で何人の人がなくなったかと言う数字さえものっていなかった。
2001年06月29日(金)
捜索
バスで、ニューヨーク経由して、ワシントンDC。今回のニューヨークは、バスの乗り換えでたったの2時間滞在。
夕方、腹が減ったので、ちょっと簡単な食べ物を探しに街をめぐった。
ない。グロッセリーショップか、コンビニエンスストアがない。 ちょっと郊外にいかないとないらしい。
困った、困ったといいつつ、ホワイトハウスの前にいきつく。
ついでに、ホワイトハウスをぐるっと外から見学。 今、丁度日本からお偉いさんが、誰か来ているそうだ。何か、パーティの準備をしていた。
肝心の目的は、達成されないまま、ユースホステルに帰った。 はらへった。
後から知ったのだが、日本からのお偉いさんは、小泉総理大臣だったみたい。
2001年06月28日(木)
心配
ケベック、モントリオール、そこからバスの中。 ニューヨーク行きのバスに乗るため、再びモントリオールに戻る。 バスの中で一晩すごす事になる。
モントリオールに向かう前に、ケベックのシタデルにいった。 ここは、昔のフランスの要塞なのだが、カナダアーミー第22部隊が駐屯している。ツアーに申し込めば一般の人も中に入れる。カナダの軍隊だが、フランス系カナディアンのための軍隊。カナダアーミーも元々はイギリスの軍隊だからしきたりとか儀式がイギリス軍隊式で行われる。でも、ここは、第22部隊。 全て、フランス語で行われる。
ちょっと、不思議。
朝10時に、衛兵交代式を見る事が出来る。 言葉を聞かなければ、ほとんどイギリスのものと一緒。
でも、なぜかここの衛兵交代式には、
一匹の白いやぎが、式に参加している。 なぜかは、わからない。毛並みのいい、偉そうな白やぎがいる。
一見の価値があり。
あの白やぎは、退役した後どうなるんだろうか・・。 やっぱり、食われるんだろうか・・。
2001年06月27日(水)
3匹のサル
まだ、ケベックにいたりして。
ユースホステルで知り合ったリチャードとルイとでモンモラシー滝を見に行った。 オルレアン島に架かる橋のすぐ近くにある。セントローレンス川からも見る事が出来る。落差83メートル。 さすがに、ナイアガラと比べると小さいが、
思っていたよりでかい。
冬に来ると、滝がすべて凍って、見事な氷柱が見れるらしい。 もし機会があるのならどうぞ。
さて、ここにいく途中、自動車道の高架橋の柱に見事に絵が描かれているのを見つけた。 古い教会が描かれていて、ほんとに、彫り込んであるこのように彫刻と扉が表現されていた。
ちらっとしか見ていないのだが、上の方に描かれていた3人の聖者、
見ざる、言わざる、聞かざるをしていたような・・・。
未確認。違っていたらごめん。
2001年06月26日(火)
ジンジャーエール
ケベックにいる。
トロントをでてから、暑い日が続く。 疲れたので、朝からごろごろ、ユースホステルの中。 ここのユースホステルは、昼間は心地よい音楽を流してくれる。なかなかいきのいいホステルである。設備もなかなかいい。
でも、ごろごろしてるも落着かない。 というわけで、街に繰り出す。
じりじり・・・暑い・・。
すかさず、グロッセリーショップで、ジンジャーエールを購入。 ぐいぐいと飲む。
思えば、もうトロントを出てジンジャーエールは5リットルは飲んでいると思う。
しょうがないね。あついんだもん。
(2000年12月22日を参照)
2001年06月25日(月)
勝負
オタワから、モントリオール、ケベック。
さてさてここまできたら、結構古い街並みが多くなる。 しかも、街の人が喋っているのはフランス語。 もう違う国に来たっと言う感じである。
モントリオールでの話。 バスターミナルあたりをうろうろしていたら、ターミナルからの地下鉄の駅の入り口に一人のホームレスがいた。
なにやら、人が来るたびにドアを開けてあげて、銭を要求しているみたい。 とりあえず、ドアが二つある。 そこは、けちな俺。絶対に銭はあげない。 おれがちかずくと、彼はすかさずドアを開けてくれる。 そして「スペアチェンジ」といって銭を要求。 すぐに、おれは隣のドアに移動。彼もそのドアを開けようとするが、おれの方が早かった。おれは、自分自身でドアを開けて地下鉄の駅に入る。
2回目、地下鉄から、バスターミナルに入るとき、その彼もいた。 またもや、ドアを開けようとするかれ。 おれはすかさずとなりにいくと、すると、彼もすばやく隣のドアに。 おれは反転して、元のドアに。彼もそこに。 でも、ターミナルの方から人が来たので、彼はそっちの方へ。 おれは、無事自分でドアを開けてターミナルへ。
3回目、また、彼はいた。でも、もう無視された。 なんかくやしい。
4回目、もう彼はいなかった。
ちなみに、別に彼がドアを開けてくれてそこを通って、銭を払わなくても問題はない。
ちなみに、この3日後もここに来たが、その彼はいなかった。
2001年06月24日(日)
意外
トロントから、オタワ。
偶然にも、この夜祭りがあった。 10時半ごろから、隣の町のハルから、仮装(ブリキのおもちゃ風)行列が橋を渡って行進してくる。花火を振りかざしながら、笛とドラム間太鼓をがんがん鳴らしながら。すごく、幻想的。 オタワのとある広場に着いたら、そこには、オーケストラがコンサートが準備されていた。行列が静かになったら、クラシックがささやかに演奏される。 ある程度終わったら、今度は、さっきの仮装集団がオーケストラの周りを囲む。 今度は、彼らの演奏。 そして、合奏。
ひとこと、すごい。今まで見た祭りの中で一番幻想的だった。 意外なものを見てしまった。
オタワ、カナダの首都。意外と知らないんだよね。これ。
2001年06月23日(土)
妥協
トロントで、母といとこと別れる。彼女らは、日本に帰国。 おれは、もう一日トロントに滞在。
さて、おれは、トロントの街を探索。ついでにミアータ(マツダロードスター)も探す。
一日、あっちこっち歩いたけど、一つもミアータを見つける事が出来ない。 なぜ!! カナダで一番大きな街なのに・・。しかも、ミアータは北米では誰でも知っている車。
で、結局見つけたのが、2つ。
ミアータの広告の看板と、マーケットに売っていたミニチュアのおもちゃ。
2001年06月22日(金)
期待
トロントから、ナイアガラに日帰り旅行。もちろん、アメリカのナイアガラにもよる。
昨日から、トロントは天気が悪かった。ナイアガラもちょっと曇りがち。 ナイアガラの町に入ったら、霧状の雨が少々顔にあたる。 雨が降り始めたかなとおもったら、ちがった。
ナイアガラの水飛沫が、風に飛ばされて顔にあたっているだけだった。
それだけ、豪快な馬鹿でかい瀑布なのだ。
でも、みんな口そろえていう。
「思ったより小さいね。」
みんな、誇大イメージを持ちすぎ。
2001年06月21日(木)
季節
エドモントンから、トロントへ飛行機で移動。
エドモントンのダウンタウンから空港まで、空港シャトルバン"SkyShutll"を使う。 よく喋るドライバーとイタリアンカナディアンのおじいさんとあう。
そのドライバーいわく、
「エドモントンには、二つの季節がある。冬と工事中。夏はない。」
冬は、極限の寒さだから、工事が夏に集中するらしい。
2001年06月20日(水)
トワイライトゾーン
ジャスパーの観光を終え、、エドモントンへ。
エドモントンまでには、Greyhaundの長距離バスを使う。
ずいぶん、緯度の高いところに来ているから、なかなか日が沈まない。 しかも、だだ広い平原が延々と続く。 薄明るい夕方が、夜の11時まで続く。さすがカナダ、広い。
疲れて、妙な事を思い付く。
"UFOでも、現れてくれないかな・・"
そんな事が思いつく光景である。
2001年06月19日(火)
時代の差
今度は、アイスフィールドパークウェイの観光を含めて、ジャスパーへ移動。 BREWSTERの観光バスツアーに参加。
途中、レイクルィーズによる。
すばっらしくきれい。朝に行くのが最高。日が、湖の向こう側のビクトリア氷河にあたって湖にきれいに写る。しかも、正面のシャトー・レイク・ルィーズも最高にきれい。
他の日本人観光客の会話の中で、ここが歌の「ブルーシャトー」の舞台になったって言うのが聞こえる。
ブルーシャトー・・・・・?
名前は聞いた事があるのだが、曲が思い出せない・・・・。
2001年06月18日(月)
第一印象
先日から、うちの母といとこが、カナダに遊びに来ていた。 というわけで、今日から、ロッキー、トロントの旅行に一緒に行く事になった。
今日は、カルガリーまで飛行機で、バスでバンフへ。
わが母といとこはバンフに着いたとたんに、早速お土産買いへまちへ。 さすが、バンフ、夏になると日本人が多い。
どのくらい多いかって?
バンフに住んだ事がある友達の第一印象を参考にしてください。
「まるで、長野の温泉街みたい。」
夏は、中高年の叔父様、叔母様の日本人観光客でいっぱい。
2001年06月17日(日)
無用の長物
実は、昔、ダイビングをした事ある。 オープンウォーターの資格は持っている。
みんなから、意外と驚かれる。
一応念のため、カナダにも資格カードを持ってきていたのだが、 昨日、それを見てみると、一昨年で期限が切れいていた。 (ちなみに、はじめてカナダに来たのは、去年。)
たとえ更新していたとしても、再び使う事あるのかどうか・・・・。
2001年06月16日(土)
体感温度
今の季節、バンクーバーは、寒い? それとも暑い?と聞く人が多い。
おれは、日本より涼しい、答える。
実際、晴れた日、街を歩いていると、薄着の人がいっぱいいれば、 そうかと言うと、上着を着込んだ人もいる。まだ、コートを着込んだ人もいる。
よく、わからない。
俺自信は、長袖がまだ、必要・・・。
もし、バンクーバーに訪問される方がいましたら、下のバナーを参考にしてください。 クリックすると、詳しい情報が。


2001年06月15日(金)
自転車
こっちでは、週末に、サイクリングに出かけるのが盛んだ。
週末になると、ルーフや、バックドアに、数台の自転車を積んだ自動車を見かける事ができる。
意外と楽しそうだなと思う反面、一緒にこんな心配をしてしまう。
今日も一日中サイクリング!! つかれた。楽しんだ。さぁ、帰ろう。 長い道程をひたすらドライブ。 やっと着いた我が家。ドライバーは、もうクタクタ。 家族は、みんな車の中でスヤスヤ。 いつもの通り、そのまま車庫に車を入れる。
バキバキ、ガッシャン!!
車の天井に装着していた自転車の事をすっかり忘れて、それらを車庫の入り口上部壁におもいっきりぶつけてしまう。 自転車は、おしゃか・・・
絶対、何人か、しているはず・・
おれだったら、するかもしれない。
2001年06月14日(木)
コマーシャル
お勧めTV CM
フォルクスワーゲンのテレビコマーシャル。
意外と、好きだね。このほのかな笑いを与えてくれる奴。
と言っても、これは、カナダで見た奴だけどね。 下記のサイトでも、その一部が見られる。
http://www.vw.com/commercials/
ちょっと重いし、しかも英語。
頑張って見てくれ。
ちなみ、おれが一番のお気に入りがこのサイトになかった。
車(車名 ジェッタ)をとある店の側に駐車した後、運転手はすぐその場を離れるのだが、 そこへ、いきなり! 無人のショッピングカートがごろごろと彼の愛車に向かってくる。運転手は、ダッシュで戻ってきて、カートにタックル!!(本人は、カートと一緒に画面から消える) なんなく、彼は、車とカートの衝突を防ぎ愛車を守るのだが・・。 彼自身は、無事じゃないような・・・ でも、最後に 「I'm Okay,,,,(おれは、大丈夫)」 その弱々しい言葉が印象的。
そんな感じのCM。 そんな、愛車を守りたい彼の気持ち分かるな・・
2001年06月13日(水)
発見
スターバックスで思い出した。
広島に帰ったとき、広島駅構内ぶらぶらを歩いていたら、南口3階改札口の向こう側に、スターバックスを見つけた。
おお、ここにも、スターバックスが・・・と、少し感激していた。 広島では、紙屋町地下街シャレオに最近で来たばかりと聞いたばかりだった。 ついに、二号店が・・・。
思わず改札口を出て、、スターバックスに入り、コーヒーを購入してしまった。
フゥッと、一息つけ手当たりを見渡したら、 どうも、店内に区切られたカウンターとその向うにテーブルを見つけた。 そこにいるお客さんもコーヒーを注文していた。
でも、なぜ区切られていると不思議に思ったら、
ナント、改札口を降りなくても、、スターバックスに入る事ができるようになっていたのだ。まるで、立ち食いうどんのように・・
すごいと言う感激より、 本当は、そのまま乗り換えする予定だったのを変更して改札口を出てしまったという後悔が大きかった。
ともあれ、大阪、京都、神戸、大分、東京と、色々、スターバックスを見たけど、いまだに駅の構内から買えるのは、広島駅ビル ASSEだけ。
2001年06月12日(火)
増殖
友人と、グランビルストリートを歩いていると、 ロンドンドラッグのとなりに、スターバックスがもうすぐできるのを見つけた。
日本でもかなり、スターバックスが増えたらしいが、 さすが本場(シアトル)の隣の大都市だけにあって、数が中途半端じゃない。
どんな風にって・・
ロンドンドラッグの向かいにあるイートンズの正面玄関口の中にもあるのだ。
今住んでいる近所のロブソンストリートの交差点には、対角に2つもある。 同じ店かとおもえば、ちゃんと店として �機↓� と別れているらしい。 ダウンタウンのを10分歩くと、最低でも3つは見つける事ができる。
こんな感じ。
ちょっと、多すぎ。
2001年06月11日(月)
誤報
おれのいとこは、ハードロックカフェが好き。
そのいとこ、今週末には、旅行でカナダにやってくる。 もちろん、今回の旅行でもそこには行く予定。
バンクーバーのハードロックカフェはどんな所と聞く。
おれは、「ないよ。おれが来る(2000年)前につぶれた。」と答える。
「うそ、ガイドブックには載っているよ」 といとこが、集めた全てのガイドブックを見せてくれた。 それらは、ちゃんとバンクーバーのハードロックカフェの事を記載していた。 「本が古いんだろう」とガイドブックを調べてみたら、全て
2001年版、2001〜2002年バージョンの最新のものだった。
もし、皆さんが旅行する前に、お目当ての店の所在を確認する際は、 インターネットとかで確認する事をお勧めする。 以外といまだに古い情報を記載続けているガイドブックが多いので・・
ちなみに、今時点では、バンクーバー以外のハードロックカフェはまだあるのでご安心を。
2001年06月10日(日)
心残り
一ヶ月弱、日本に滞在したおれ。
心残りはないかといえば・・・
書くと恥ずかしくなるのでやめておこう。 むちゃくちゃあるといっておこう。
あ、あった。
新2千円札を見ていない。
2001年06月09日(土)
灰皿
ご存知の通り、日本の国内、国際便の飛行機の中では、禁煙だ。 たとえ、トイレの中でも・・・。
でも、おれが乗った飛行機のほとんどに、なぜか、トイレの中に、
「灰皿」
とかかれたトレイがある。
さっさと取っ払えよと、思った。
あっても、吸わないように・・
2001年06月08日(金)
黄色い線
よく、駅の構内で、こういう放送が流れる。
「電車が来ます。黄色い線の内側にお下がりください。」
よくみたら、最近の線は、太くなっている。 容易に内側に立つ事ができるね。
昔は、この線が狭くて立つ事が容易でなく、つま先立ちをしなければいけなかった。
違うって・・・。内側ってそういう意味じゃないって。
2001年06月07日(木)
基準
実は、6月5日より東京にいる。
色んな友達と会うため、よく電車に乗った。
「混んでいるね。」 と、おれが言うと、
「すごくすいているよ。」 と、東京に住む友達がいう。
半分くらいの人が座れずに立っている状態をまだ空いていると言う。 バンクーバー、広島では、これを混んでいるという。
朝のラッシュ時の山の手線に乗りたくない。
2001年06月06日(水)
誕生日 その2
今日は、大学時代のわが親友の誕生日。
よく、人の誕生日を忘れるおれ。でも、彼の誕生日だけは、よく覚えている。
自分自身で、ダミアン、悪魔の子と呼んでいた。
昭和 よんじゅう6年 6月 6日生まれ・・
たしかに、6が三つ並ぶ。 確かに悪魔のところもある。奴には・・・
2001年06月05日(火)
念願
とりあえず、先週土曜日、念願の広島風のお好み焼きを食べた。 ナント、一年以上ぶりだ。
めちゃ、おいしかった。 やっぱ、本場は違う!!
え? 5ヶ月前くらいに、食べたのは・・?(2001年5月12日の日記より) やっぱ、あれは、広島風のお好み焼きではなかったと実感した。
もちろん、今回は、あつあつの鉄板の上のお好み焼きを自分のへらでこまかくしながら、ほくほくと、食べた。 あたりまえ。
2001年06月04日(月)
蛍
今日、二年ぶりに蛍を見た。 去年は、ちょうどすれ違いで、この地を離れていたから、見られなかった。
2匹、実家の近くの小川の辺りをうろうろしていた。
いいね。蛍。あの光を見ているとほのぼのしてくる。心が和む。
都市部に行ったらほとんど見かけなくなってしまったという。 水が綺麗でないといきられないらしい。
数年前の話になるが、 会社の同僚の女の子が、蛍を今まで見たことがないと言っていた。 だから、俺は、蛍を捕まえて、見せてあげた。 長さ1センチくらいの数匹の蛍が、ビニール袋の中で光っている。 その子の、第一声。 「蛍って、こんなに小さいんだ!!」
どんなのを想像してたんだ?
その子が言うには、
ゴキブリに、蛍光塗料を塗った姿。
そんなのが、いたらこわいぞ・・
2001年06月03日(日)
訪問
ついに、俺のカナダワーキングホリデービザが、今日切れた。 そう、今日がカナダに初めて降り立って1年が過ぎようとしている。
今、日本だけどね。
はやいものだ。 もう、あの地で働けないと思うと何か寂しい。
さて、日本に帰国して3週間が過ぎようとしている。
その間、日本に訪れた地は、実家を除いて
大阪、京都、神戸、広島、東広島、尾道、福山、大分、筑紫、久留米、北九州、高松。
で、明後日は、東京。 九州、広島県内は、ほとんどロードスターで動く。 だから、走行距離は、軽く1000キロを超える。 我ながら、すごいね。
2001年06月02日(土)
穴場
意外と便利だよ。
東広島市近辺に住む方々へ。
ひろしま国際プラザの情報センター・図書室に行けば、ただでインターネットが出来るよ。
しかも、海外の留学生たちと交流できる可能性がある。 アジアからが多いけどね。
お勧め。
おれっちは、ひまがあれば、ここでぱちぱちとメールチェックと日記作成をしている。 実家のパソコンは、通信速度が遅くてしかも電話代がかかるからね。
今日も、この日記をここで作成している・・・・。
2001年06月01日(金)
高速道路
ここのサイトで、ほとんどの有料自動車道の料金を調べることが出来る。 けっこう便利。
日本道路公団(http://www.japan-highway.go.jp)
やっぱり、高い。
北米のほとんどの高速道路が無料と思えば、やっぱり高い。
話は変わって、ここのサイトでいろいろ検索してみたが、 山陽自動車道 西条インターチェンジから、沖縄自動車道の那覇インターチェンジまで、どのくらいの時間と料金がかかるかやってみたが、
出なかった。
無理とはわかっていたけど、何らかの形でルートを示してほしかったな。
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hisa(nabe)
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