【復活!】ダイエットなDIARY
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2002年12月29日(日) 刺激

ゲッツ!!





すまん。

ひそかにダンディがマイブーム。




明日は妹が姪っ子を連れて泊まりに来るので、部屋を片付けた。

プライベートを確保するためプレハブ書斎へ引越しなのであるが、この書斎がものすごいことになっていた。

大量の本とPCと書類の山というか、物置状態だ。
ほこりもすごい。


窓を開け、空気清浄機をかけ、花粉用のマスクをしての大掃除。



やっと人が入ることの出来る空間を作った。


だが、マスクはまだして空気清浄機もかけっぱなしだ。




ブルースリーやジャッキーチェンの映画を正月休みにBSで連続でやるそうだ。
まるでカンフー映画祭りである。

ジャッキーチェンといえばやはりカンフーものが好きだ。
さらに日本語吹き替え版でないとだめである。

それはおそらく、中学生の頃、TVで放映されていたのがジャッキー初体験だからである。

吹き替えは、マジンガーZの人だ(ったと思う)。


数年前に『酔拳2』が映画化されたが、字幕で観たのでイマイチ楽しめなかった。

それはそうと、問題はあの『酔拳2』のラストシーンである。
工業用のアルコールを飲んで強い敵を倒した後、ジャッキーがシャボン玉のような泡を吹いて終わりなのである。
その後、家がどうなったのか、中国がどうなったのか、まるで分からない。
どうもなんか尻切れトンボであると思ったアナタは正しい。


ぢつはあの映画、本当のラストシーンがある。
ジャッキーは工業用アルコールによって脳に障害が残ってしまったのである。
その部分は日本公開ではカットされている。

なぜカットされたのか分からないが、自己規制なのではないかと思う。

先日、その部分の映像を観た。
なんかジャキーは身体の動きが不自然で、ヘラヘラ笑っている。
やはり物議をかもしそうなラストではある。

英語字幕でもやはり脳にダメージがという内容だった。


『買ってはいけない』という流行した本の批判に、(著者たちが飲んでいる)アルコールという強力な毒物についてなにも書いていないのはおかしい、というのがある(他の批判はもっと多いが)。

やはりアルコールは劇薬の一種であり、飲料であっても過度の摂取は脳障害や死に到ることは知っておくべきであろう。

毒だから耐性が出来るとだんだん拒絶反応が鈍くなる。
だから、「酒に強く」なるのである。
酒に強いというのは危険なことなのである。
なぜなら、生物としての人間には致死量があるからだ。

そうした教訓も踏まえて、『酔拳2』のラスト、せめて文字だけでもいいから、ストーリーを完結させ、中国の辿ったその後の歴史や主人公が脳障害になったことなどを流すべきではなかったろうか。

そうしたいわくつきの映画であることをNHKは知っているのかどうなのか。


英語で酒を飲みながらタバコを吸うことを「ポイズン・オン・ポイズン」という。
直訳すれば「毒に毒を」である。

もっとも、オレもそれを知った上で酒を飲んでタバコを吸っている。

たとえ行動にかわりがなくとも、知らないでいるよりも、知っておくべきことは沢山ある。


アダルトビデオなどで、ピンクローターやバイブレーターなどでクリトリスを刺激する場面がよく出てくる。
酒が「強くなる」のと似たような原理がここでも働く。

つまり機械による強い刺激が知覚神経を破壊してゆき、次第に感覚が鈍磨してしまうのだ。
だから、だんだんと、より強い刺激でなければ感じない身体になってしまうのである。

初期の頃は、刺激による擦過傷(つまり表面が傷ついた状態)によって感覚が鋭くなったかのように感じられるそうであるが、神経線維自体はどんどん破壊されていっている。


そういった道具を使った経験はないが(いや。ホントだ)、そして他人のセックス・ライフをとやかく言うつもりもないが、おそらくああいったものを売っているところでは危険性については何も知らせないだろうと思う。

酒やタバコと同じで、危険性を知った上で、使用したい人は使用すればよい。

自己責任ということである。





なんかまとまらないが、今日はこの辺で。






ゲッツ!!


2002年12月26日(木) 賀状

クリスマスも何事もなく(笑)過ぎてしまったので、今日は掃除の第一段階と、年賀状印刷をした(つうか、今している最中)。



データ作成は、ちゃちゃっと終わらせた。

宛名はcsvファイルで保存されているし、画像はフリーのサイトからDLした。
手馴れたものである。


画像は猫にした。

猫年ではないが、ま、招き猫つうことで。



が、問題は印刷である。

年に一度だけ使われるカラープリンタのおでましだ。

たまっていた埃を払い、一年もするとシステムも変えちゃっているからドライバのインストールから始めなければならない。



で、ためしに印刷してみると、なんとモノクロ。

つうか、カラーのインクが切れていた。

いや。ひからびちゃったのかも・・・。



仕方ないから買ってきた。






突然ですが、ハリウッド映画の豆知識。



「Don't trust anyone!(誰も信じるなよ)」という台詞を言った登場人物がぢつは悪者である。




おそらく、こういった反語的表現の妙はヒチコックあたりが使い始めたのかもしれないが、どうやらスピルバーグも好きらしい。

「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」にもでてきたし、先日観た「マイノリティ・リポート」にも出てきた。



えっ?ネタバレだって?

まあ、これは映画独特の文法なので、ご愛嬌だ。
しかもフィリップ・K.ディックの原作だから、この位ばれてても面白さが半減することはない。


2002年12月24日(火) 聖夜

クリスマス?





今日のGTV(群馬テレビ)では「新・巨人の星」が最終回だった。


星一徹は重い病気になっていて余命幾ばくもない。

途中から観たのだが、どうやら今回が最終回ぽい匂いがしてきた。


一徹に口止めされていた伴常務は酔いに任せて飛雄馬に伝えてしまう。

「星。行ってやれ。親の死に目に会えなくなるぞ」
「いや。伴。オレと父ちゃんの間には野球しかなかった。この日本シリーズで戦ってこそ・・・」
「星ぃ〜・・・・」

で、日本シリーズ。
飛雄馬は一人の打者に対し、一球目を大リーグボール一号、二球目を二号、三球目を三号という、まさに大盤振る舞いの大活躍。

しかも右手で投げちゃうあたり、もう最終回のニオイ超濃密である(爆)。


で、その活躍をTVで見守る病身の一徹と伴。


飛雄馬は完全試合を達成し、巨人は優勝、最高殊勲選手のトロフィーを得る。

そのころ、別の病院でTVを見守っていていたもう一人の背広の男、花形満である。

そこへ看護婦が「花形さん。お電話です」
「誰から?」
「伴さん、という方です」
「伴・・」

電話に出た花形。
「なにぃ?!!」


突然響き渡る誕生した赤ん坊の声。

彼と明子の子供が生まれたらしい。


花形の独白。
「死んでゆく生命と生まれてくる生命・・・」

ベンチ裏で飛雄馬を待つ長島監督。

「星・・・」
「監督・・」
「たった今伴から電話があった・・・」
「!」
「・・・」
「・・そ、それでは・・・」


で、やがて春がやってきて、シーズン前に練習に励む巨人軍。
江川、真弓、中畑・・・頼もしい若手たち。

飛雄馬「君たちが明日の巨人軍を背負っていくんだ・・・」

そっと、グランドを立ち去る飛雄馬。

どうやら飛雄馬は大リーグへ野球留学へ行くことに決めたらしい。



長島宅。
「どうしても行くのか?」
「はい。よく考えて決めたことです」
「そうか・・・」
「背番号3のユニフォームをお返しします」
「いや。背番号3はお前のものだ。星。たくましくなって帰ってこいよ」
「監督・・・」


そして出発の日。

どこかの港である。

出航の汽笛がなる。

なんと飛雄馬は船でアメリカへ行くのである
っかぁああ。時代感満点だでなあ(笑)。

BGMに主題歌が流れはじめる。

動き始める船。
見送る伴となんか子供たち。

画面は終わり、黒の背景にロマンロランの言葉が。

「いつの日か私はまた生まれるだろう。再び戦うために・・・」


うわ!これで終わりかよ!!



つうか、イブになにやってんだ、オレ(涙)?!


2002年12月16日(月) 一息

忙しかったが、ひと段落。


しかし、約二週間ほど、更新はおろかTVも観れないほどの忙しさだった。

どこかへ行っていたというのではない。

家で編集作業をしていた。

コタツ用ノートでは力不足なので、XPの入っているA4ノートをコタツに持ち込んだ。

痔になりそうな、さらに背骨がゆがみそうなイキオイで、ずっとコタツで仕事をしていた。

編集の仕事である。

LAN配線をコタツ部屋まで引いといて正解だった。

埼玉県北部は寒いからだ。

まだこの前の雪とか残っている。



大体、約800ページもある本(報告書として刊行される予定)の編集をたった一人でやる、ということ自体、無謀といえば無謀である。


だが、なんとか終わらせ、今日CD-Rで出稿した。

もう一本、短い論文があるが、これも先月学会で報告したものを流用して終わらせた。
こちらはFDで出稿。


明日の今年最後の授業の準備も整えた。


そういう訳で、まだ今月2、3用事が残っているとはいえ、なんとかひと段落である。

で、買っておいた伝奇系の小説を、日本酒で読み始めた。



買っておいてあるものは沢山あるのだが、その中でも『村山槐太 耽美怪奇全集』(学研M文庫)と、今野敏『神々の遺品』(双葉文庫)である。


村山槐太は、知る人ぞ知る、あの江戸川乱歩の書斎に飾られていた「二少年図」という絵を描いた天才画家である。
日本のランボオともいわれる、同性愛を追求した夭折の天才画家であり、詩人である。

学研、さすがは『ムー』とか出している出版社だけあって、この文庫は「伝奇の匣」アンソロジーとしてこうした類の作家を集めている。
第一巻が国枝史郎、第二巻が岡本綺堂・・・というラインナップだ。


今野敏ははじめて読む作家である。
これはいわゆるオーパーツやらUFOやら、神秘系や特命200X系が好きならばお勧め。

肩の凝らない、かといって「トンデモ」系ではない中立的な冒険小説になっている。




と、まったりした夜を過ごそうと思っていたら、ウイルスメールが4通もきやがった。
KlezとSircamであるが、オレの使っているAVG-Antivirusが発見して駆除した。
念のため、HDD全体にスキャンをかける。

その画面を見つめていた猫が、またTFT液晶にじゃれつく。



なんどかこの日記でも紹介したが、ウイルスソフトを使っていない人は是非試してみてくれ。

ウイルス定義も毎週のようにアップデートされる。
もとがアメリカの会社なので、ウイルス情報も早い。
さらに日本語化パッチを当てることによって、日本語化もできる。
Win系ではxpにまで対応しており、メジャーなメールソフトにも対応している。

そして、すばらしいのが完全無料であることだ。

広告も入らない。





某大学の教授からメールが来た。

また沖縄へ行けそうである。

予算がまだ余っているそうである。



1月まではいそがしいので無理だが、2月には行く。

今度は完全に一人での調査であるので、ゆっくりしてこようと思う。


調べてみると、ホテルもウィークリーとかで賃貸契約をすると一日あたり4千円ぐらいからある。

JALのバーゲンフェアを利用すれば片道12000円とかであるから、長期滞在が可能かもしれない。


こうなったらできるだけ長期滞在してやるつもりだ。



寒い関東から逃れたい。


2002年12月12日(木) 師走

い、いそがしい。
しにそーー。


2002年12月03日(火) 哀歌

♪ごーごーウエスト!! ニンニキニキニキニン



今日からADSLが8Mになった。

実行速度を計測してみたら、4.7Mほどしかでてねー。

こんなもんなのか。


♪ひゅるるる〜





今日は帰りに某教授を送っていった。
某教授の家は杉並区にある。
奥さんは絵描きさんである。


さて、食事をご馳走になって駐車場までの帰り道。

夜の9時ごろである。

駅から初老の、サラリーマンらしきオジサンが帰ってきたのとすれちがった。

オジサンはほろ酔い加減で、何やら歌を口ずさんでいた。

すれ違いざま聞こえて来たその歌は、




♪まいにち、まいにち、ぼくらは・・・










『たいやきくん』かよっ!!







ううむ。
あの歌は、ぢつはサラリーマンの哀歌だったか。

毎日つらいんだろうなあ・・・・。

などと、妙にナットクした。


2002年12月02日(月) 発想

♪にっしへっむかうぞ ニンニキニキニキニン





12月とはいえ、天気がよい昼間には少しは獲物が出てくるらしく、猫はトカゲとかバッタとかを捕まえてくる。


階段のところに、動かなくなったシッポの失くなったトカゲとかバッタとかが見つかる。
死体はオレがティッシュに包んで捨てる。


もろこの日記にもあったが、猫の本能というか習性というか、獲物は家に持ち帰るらしい。

獲物を殺さずにとってくることには意味があって、親猫が、少し弱らせたネズミなどを子供のために持ち帰り、狩リの練習をさせる、つうのを昔TVでみたことがある。


動物は賢い。



ドキュメンタリーとか番組の動物ものなど、口をあけて観いってしまうことがある。
鼻呼吸ができないからではなく、感心してだ。




沖縄ではたくさん飲んだり食ったりしたが、その分調査などで毎日一万歩ぐらいは歩いていた。

帰ってきてまた運動をしなくなったので、少しは運動量をふやそうと今日は自転車で用事を済ませに行った。


上り坂では、すぐに妥協して押して上った。







明日は出講日であるので早くベッドへはいったが、夜中の一時ごろ目がさめてしまい、これを書いている。



目がさめたのは、よいアイデアが浮かんからだ。

論文というか、解釈のアイデアなのだが。

前にもアイデアが浮かび、いつだったか忘れたが数ヶ月前で、それはこの日記にも書いた。


今度のは、その続きだ。


連続性があるということは、前のアイデアが浮かんでから数ヶ月、オレの無意識は考え続けていたらしい。

このままいくと、無意識が論文を完成させてくれるかもしれない。

いや。
ユングによれば、無意識は時間と空間を超越しているから、無意識の世界ではすでに完成しちゃっているのかもしれない。



それが少しずつ開示されていっているのか。

そ、そうなのか?




ユングを引き続き寝る前のベッドで読み続けている。




せっかくの独創的なアイデアなので、忘れないうちにメモをとり、ノートPCを起動してエディタに入力した。

当然のことながら、無意識は入力まではやってくれないからである。


やはりコタツノートは大活躍だ。


ついでに日記も更新している、つうワケである。




ウイスキーでも飲んで寝よ。


2002年12月01日(日) 工事

えっ?!


12月になっちゃったっ?!





やばいのう。





冬はコタツである。




PCは欠かせないからコタツ用にノートが必要だ。


古い旧式ノートであるSonyのVAIO PCG-505Eとかいうのがある。

B5サイズで軽いので持ち運びには便利だ。


他にもXPとか入ったA4サイズのノートがあるが、大きくて重いし、ファンが2つもついているので騒音もあってコタツには適さない。


そこでVAIO君の復活である。


このVAIO君、どのくらい古いかというと、もともとのOSがWindows95である。

CPUはMMX166、メモリは32MBだ。


だが、HDDは2Gで、USBも(将来を見越して)ついている。

FDDやCD-ROMは外付け。

PCカードスロットもひとつある。



さて、このノートを復活させるために、まずはOSをLinuxに変えようと決めた。

Linuxはいわゆるオープンソースなので、FTPで無料ダウンロードできるし、雑誌の付録などにもついてくる。


で、HDDを初期化し、インストールしたが、これがなかなか動かない。

RED HAT Linuxもだめだ。

何がだめかというと、これらは予想以上にHDDが必要で、標準インストールだと1.5Gも使っちゃう。

それにメモリやCPUパワーも要求する。

よりポータブルな(メモリ32MB以上が推奨)Vine Linuxというのもあり、これもインストールしてみた。

しかし、これでも重い。

無料のオフィス・ソフトであるOpenOffceなどを入れると動作が重過ぎて重過ぎて使い物にならない。


で、結局、VAIOのリカバリーCDを使ってWindowsに戻すことにした。


が、Linuxがハードディスクのマスターブートレコードを書き換えてしまったのでリカバリもできない。

いろいろ情報を探していたら、Windowsの起動ディスクに入っているFDISKというプログラムは、コマンド・オプションをつけることでマスターブートレコードが修復できることを知った。

ちなみに、以下のコマンドである。

A:\>FDISK /mbr

で、ようやくVAIOを出荷状態にまで戻し、今度はWindows95を98へアップグレードした。


その後、不要なファイル(jpgやBitmap、サウンド、フォント)やアプリ(VAIOに出荷状態から入っているものやWindowファイルにあるゲームなど)を削除しまくり、種種のカスタマイズ用ユーティリティ・ソフトも入れ、設定も変更した。

入れたのは、窓の手、RegCleaner、Ad aware、Rambooster、すっきりデフラグ、などである。

ワードパッドやユーザー補助などのWindowsファイルもいらないので外し、エディタは多機能でしかもフリーソフトであるTeraPadを入れ、メモ帳トラッパーを入れることによって、デフォルトのエディタに指定した。

「ファイル名を指定して実行」からmsconfigを起動して、いらないスタートアップもはずし、タスクバー上に常駐する一切のものをはずした。

現在のタスクバーには時計すら表示されていない。


ブラウザもIEのシェル統合を「いえきる」というソフトで切り離し、その後タグブラウザを入れた。

メールソフトもOutlook Expressをアンインストールし、EdMaxというのを入れた。

当然、ネットミーティングやスケジューラーなども外す。


使ったのはすべて無料のツール群であり、海外のソフトはたいてい日本語化パッチやキットがあるので、日本語化できる。(関心のある方はGoogleなどで検索してくれたまへ)


他のソフトとしては、イメージングやペイントなどのソフトもWindowsファイルからアンインストールしてしまったので、画像閲覧にはIrfan Viewの日本語版を入れ、OpenOfficeも入れた。

すべてフリーソフトである。


ごみ箱のプロパティを開いて、容量を小さくし、HDDの空き領域を増やした。


スワップファイルも一度解放しておく。

これらすべてを行って、レジストリの再構築とスキャンディスクを行うと、HDDの使用量は760MB程度だ。


スリムである。

ダイエットはダイエットでも、コンピュータのダイエットの話になってしまっっているが、2GしかないHDDに半分以上の空き領域がある。



動作も、システムリソースには、ブラウザ起動中、PCカード使用中の今でさえ77%も空きがあるので問題ない。


結局、不要な物を削ったWindowsがコタツノートには最適であった。


USBはWindows98にしたことで使えるようになったので、USBマウス(光学式)を差して使うことにする。

光学式は力が必要ないのでらくちんであり、マウスパッドも必要ないのでコタツには最適だ。



さて、次に通信環境である。

VAIOにはPCカードスロットがあるので、ここにLAN用のイーサネットカードを差す。

これも97年ごろに買ったもので(当時は一万円以上した。現在では二千円もあれば買える。くそう・・・)、10BASE-Tであるが、ADSLの1.5Mや8Mではこれで十分である。


問題は、離れにあるプレハブ書斎から二階にある自室までLANケーブルを引いてこなければならないことである。


ホームセンターへ行き、LANケーブル(10/100Base-T)を計り売り(1メーター60円)で30メートル買ってきた。

ついてに8極8芯のモジュラーと、圧着するためのモジュラーペンチである。

余裕を持って30メーター買ったが、これだけあれば十分だろう。

それにしてもモジュラーペンチは2800円もした。

今回買った一番高い品である。


で、まず、ADSLモデムやルーターを置いてあるプレハブ書斎の外壁にドリルで穴をあけ、モジュラーをつけたケーブルをルーターのあいているポートに差す。

その後、家の外壁を回って、ケーブルを二階まで敷設する。

屋内にケーブルを敷設するのはめんどうだからである。


で、二階の自室の外壁にまたドリルで穴をあけ、ケーブルを引き込み、モジュラーをつけ、LANカードに差し、それをVAIOのPCカードスロットに差しこみ、ドライバを入れて認識させ、無事にコタツからネットに開通である。

文字にすると大工事のようであるが、こうしたことは苦にならない。
つうか、面白いのである。


速度計測サイトで調べてみると、NTTから約2.5Kmの距離にあり、1.5Mの規格であるが、1.3Mぐらいの速度が出ている。




こんなことをしていて、週末はつぶれてしまった。

なにやってんだよ!!・・・・と、思わず突っ込みたくなった人もいるかもしれない。
確かに、コタツノートでインターネットとは、いかにも「ぐうたら状態」である。


しかし、その「ぐうたら状態」を獲得するためには手間隙を惜しんではいけないのだ。

これこそ真の「ぐうたら道」であろうか(笑)。



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