株式会社JOYWOW
ほうじ茶飲話【JOYWOW】
ほうじ茶飲話 INDEXPASTwill

2003年07月31日(木)


ご用心

この一週間、むちゃくちゃ仕事が忙しくて
肩こりや頭痛、背中岩盤状態にかまっている暇はなかった。
でもね、いつもと違う重さだとはわかっていた。
わずらわしい後頭部の持続している痛みには、
飲む&塗る・どちらの痛み止めも効かないし・・・
わかっちゃいるけど、どうにも出来ずに放置していた。

深夜に思いがけない後頭部の痛みで目覚め、
背中から肩がこんもりと張り切り、吐き気までする。
日頃から我慢強い私が、なんと七転八倒。
この痛みがなくなるなら、もう、なんだってやるよぉ〜!
という内なる叫びに押されて、深夜に病院に向かった。

「筋緊張性頭痛」くだされた病名。
眼精および、肉体疲労にストレス、
なんというかPCでの仕事のしすぎが最大の要因。
深刻な肩こり、頚部と頭部の痛み、吐き気という症状が
でるものの、後遺症もないし深刻な病気ではない。
投薬とマッサージ治療、適度な休養と運動で治癒する。

いまだ錘のような痛みを抱えているのだけれど
中年になった自分を深く認識しつつ、
もう少し自分を労わってやらねばと反省。

ほんとに、想像を絶する痛みです。
みなさま、肩こり&頭痛をゆめゆめ軽視することなかれ。

 

2003年07月29日(火)
マイ・ブーム@2003夏

最近の日課。平日の夕方、TBSで再放送されている
「3年B組金八先生(第5シリーズ)1999」を見て泣くこと。
あまりにもさめざめ泣かせるので、見た後は目も鼻も痛い。
忙しい時にはわざわざ録画してまで見ている。

1979年初放映。6作もシリーズ化されたドラマなのに
金八先生を見るのは、これが初めてなのだ。
あまりに遅れてきたトレンドで、ちょっとこっぱずかしいのだが。

毎日伝えられるニュースは厭世観漂うものばかり。
こんな時世に金八さんみたいな教師もまっすぐな生徒も
いないよなーと思いつつ、どこかで「そうだよ!これが
まっとうな考えだよ!!若い子も捨てたもんじゃない」と、
涙を拭いながらTV画面にうなづいている私がいる。

もしかして、これは、、、
金八先生に癒されてしまっているのかもしれない。

 

2003年07月28日(月)
夏の風景

夕暮れに少し前、近所をドライブしていたら
セミがフロントガラスに*タッチ・アンド・ゴー・ランディング
をしかけてくる。セミって、目が悪いんだろうか。

しばらくして空が薄墨色に変わる頃、信号待ちをしていたら
電線の上をすばやく動く小動物を発見。見間違いかと思ったが
数匹で動いてくれたおかげではっきり認識した。リス、だ。
街中をリスが闊歩するのはNYだけかと思っていたのに。
こんなところになんで野性のリスがいる?

阪本塾のBBQでおすそわけしてもらったミントは
庭で元気に根付いているものの、絶対に虫なんか付かないという
都会在住のみんなの声を大きく裏切ることとなった。
強いはずのミントの葉っぱは、レース状に食べられまくり。
どんな手ごわい虫の餌になっているのかしらないが、
ハーブを食すとはなかなか洒落たヤツに違いない。

いずれにせよ、おそるべき田舎に私は住んでいるらしい。

*touch-and-go landing:着陸復行

 

2003年07月27日(日)
こぼれ話

先週の中華街散策の件で、おもしろい言動の説明について
すっかり抜けていたことを唐突に思い出した。
思いだしてしまったからには、書かねばなるまい。

メンバーの一人と店先で売っているマンゴージュースを
試してみようかどうかと話していた。
すると、後ろから大きな声(彼女の声はよくとおる)で、
「えっ、どれどれどれ??どれが、マングースジュースなの?」と
キラキラ目で合いの手がかかった時には、どうしようかと思った。
このマングースな女性は、ものすごく仕事の出来る
てきぱきな方で、恐いものなんかまずないぞというイメージ。
が、食材店でイグアナ酒を手にとって布を引き裂くような
悲鳴をあげて、まさに店中の注目をあびていた。
狭い店内にもかかわらず、他の二人は彼女の悲鳴だと
気づかなかったようで、別々に私のところに来て確認。
「さっきの悲鳴、もしかしたらYさんですか?」と。
きみたち二人以外は、店にいた全員がYさんを凝視してたって(笑)

 

2003年07月26日(土)
ここまでやるのか

土用の丑の日を明日に控えて、近所のスーパーは
うなぎのコピーやら商品がやたら目に付く。
なかでも最も目を惹いたもの。

『今週末限定発売!うなぎのデニッシュ』

た、食べたいか?
いったい、誰が買うんだろう・・・・・・・・・・?

 

2003年07月25日(金)
美容院にて「その2」。

席についてからずっと、昨日の茶飲話に書いた「天切り松」
を読んでいた。担当美容師さんが「あれ、寝てました?」と
きくのも道理、浅田次郎の小説はいつも情の深いところを
ついてくるので場所柄もわきまえずぼろぼろ涙してしまい、
真っ赤な目をしていた。そうじゃないと説明すると、
「へぇ〜〜〜、泣けるんですねぇ。ぼく、もう十年以上
泣いたことないですよ。どうして涙が出るんですかぁ?」と、
マジにきかれてしまい答えに窮した。

それはいいとして。

アシスタントの若い男の子がシャンプーをしてくれた。
洗い始めるやいなや
「最近、お天気わるいですね。世界でいろいろ異変が
起こっているようですけど、地球どうなっちゃうんでしょうね。
環境汚染とか、いろいろなんでしょうけど・・・寒いですしね。
異常気象ですよね・・・・・」と、しゃべるしゃべる。
どう応えていいものか「ああ、そうですねえぇ」と相槌をうったが
すべて受け売りで彼の感想や意見ではないことはまるみえ。
彼の興味であれば話し方も訊き方も違うはずなのだ。

美容院で意味ないことを訊かれる事はきらいだが、
心にも思っていないことをシャンプーしながら話されることは
もっと苦痛だった。年上のお客さんにはあたりさわりない
天気の話でも、と先輩にいわれているのだろうけれど
もうすこし勉強してもいいんじゃないだろうか。
「取って付けたよう」っていうのはこういうことをいうんだねぇ。

 

2003年07月24日(木)
イメージ

知人からメールがきた。いまだ返事を書けずにいる。
以下、ちょっとだけ引用。

「Yukariさんは、ぼくにとっては・・・、
浅田次郎の「天切り松 闇語り」に登場する
“おこん”姐さんみたいなカンジです(笑)。」

昔、浅田次郎をよく読んでいたが、
実はこれは読んでいない。よって、コメントが出来ない。
彼とはもちろん何度も会っているし、
変なおばばが引き合いに出されたわけじゃないってのは
想像できるのだけれど。

昔の私のハンドルネームは「姐」だった。
自分でつけたわけじゃない。
自然とそうなり、当時の知人はいまだそう呼ぶ。
・・・・・やっぱり、そうなのか・・・・・

とにかく。
ぱぱっと読んで返事するから、ちょっと待ってて(汗)

 

2003年07月23日(水)
変身する時期

10-15分づつ、日々就寝時間が遅くなっていく。
6月は12時前に寝ていた気がするのだが、
このごろは深夜2時に限りなく近い。
というのも、e阪本塾が始まったゆえ。
好きでしている仕事なので、遅く寝ることに文句はない。
文句があるのは自分の背中に対してだけだ。

睡眠時間が短くなる=PC前にいる時間が長くなる
ということなので、キーボードを叩くうちに
肩から背中にかけてどんどんと岩盤度合いが増していく。
あと一週間ほどたてば指も入らぬ強固な岩盤になるので
あまり気にならなくなるのだが、今が一番背中を感じる時期。

この感覚、なにかに似ていると思ったら
時間をかけて仮面ライダーに変身しているような
やたらと硬い感じなんだよね。
へんなの。

 

2003年07月22日(火)
気をつけてね

昨今のニュースで外国人窃盗団やスリの話がにぎやかだが、
鴨が葱背負った状態の日本人にスリに気をつけようとは
ちゃんちゃらおかしい。緊張感も恐怖感もない日本人には、
身を守る方法もわからないはず。平和な環境に慣れすぎて
危機感がまったくないのだから。

ミスタードーナツ店内で本を読んでいた高校生の男の子は
「席にいます」の合図のために、財布を置いてトイレに立った。
貴重品を入れたままのバッグを足元に置いておいたり、
椅子に引っ掛けておく光景はあたりまえの光景だし、
そんな時のバッグに誰も気なんか払わない。
電車の中や交差点での信号待ちの気の抜き方にいたっては、
自宅と間違えているのかと疑うほどだ。

危機回避のためには、まず無防備な自分を知ることから。
乱暴な言い方だが、身を守る術を知りたいなら一度お財布なり
バッグなりを掏られることをお勧めする。
どれほど自分が隙だらけなのか、よく理解することが出来るだろう。

私もNYで一度だけ、スポーツ・クラブのロッカーから
現金を盗まれたことがある。盗られるという意味は、
苦くて恐くてやるせない怒りと戦うということに等しい。
見えない相手を呪って、後悔にさいなまされる。

危機感と緊張感。
どうか、あなたも気をつけてね。

 

2003年07月21日(月)
正しい休日の過ごし方

明けない梅雨にもまけず、女性4名で中華街散策に出かけた。
いい年になった女というのは、やることも言うこともおもしろい。

まずは食べて飲んでしゃべる。次には店をひやかしながら買い物。
さんざ好き勝手にふらついて、また食べて飲んでしゃべる。
話が尽きない。箸もお酒も誰にも止められない。
その合間合間に、入った店の客層やコンセプト、
サービスについてまじめに語り合ったり、いちゃもんつけたり。
おべっかも見栄も必要ない。
大人だからこそ出来る、気持ちのいいわがまま加減。

そんな休日を過ごせた翌週は、
「なんか、いいじゃん。なかなかいけてる」と
軽い全開モードで仕事が進んでいったりする。
さて、今週もがんばろう!

 

2003年07月20日(日)
腑に落ちない十八番(おはこ)

ニラとお豆腐があったので、麻婆豆腐をつくった。
豆板醤とニンニク・生姜で赤い油を作っている間に
思い立って蒸茄子もいれてみた。

ただの自慢だけれど、私の作る麻婆豆腐は
おいしい、じゃなくて、うまい。
初めて作ったのは20歳くらいなのだけれど、
つくるたびに進化を続けて、最新バージョンは
自画自賛のきわみまで到達している(笑)。
My麻婆豆腐のテーブルについた幸運な人達にも
絶賛されている本格的な一品なのだ。

ただね・・・・・・・・・・・・
麻婆豆腐の翌日、私は必ず胃痛に悩まされる。
若い頃と違って多くの油や刺激物を受け付けない身体に
なっているようで、なんとも情けない。
自分の作る十八番が身体に合わないというのは、
ものすごく悲しい事実なのよね。

 

2003年07月19日(土)
個人情報漏洩

電車が停車した。
ホームにいたのは18-9とおぼしき今時のオンナノコ。
彼女は右手に大きな籠を持ち、電話しながら乗り込んできて
私の前の座席に腰掛けた。
適当に込んでいるその電車が発車しても会話は続く。

「あ、キャンセルはいつから発生するんですかぁ?えっと、じゃあ、名前は〇×□子です。漢字は・・・(説明)・・・、電話番号はxxx-xxx-xxxxで、住所はぁ・・・・」

と、自分のものだけでなくバイト先のママと友人の個人情報を
よく響く声で車両中に知らせた。
どうやらホノルルへのパック旅行を予約していた様子。
勤め先である店のママにはその後車中から続けて報告、
一緒に出かける友人の苗字がわからず、ママに確認。
折り返し旅行会社にかけて友人の苗字と
69000円のパックを正式に申し込む旨を告げていた。
終わって、ほっとした彼女は売店で買ってきたサンドイッチを
二切れ食べ、午後の紅茶を飲む。その後、プリクラのいっぱい
貼ってある青い大きな鏡に向かって化粧直し。

横浜駅で下車したこの彼女について
今日たまたま同じ車内に乗り合わせた人は
たくさんの情報を知らされてしまった。
顔・名前・住所・生年月日・電話番号、友達の名前も
バイト先もなにもかも。

いちおう無事は祈ってみるが、なにがおこっても不思議じゃない。

 

2003年07月18日(金)
友人から聞いた話

けっこうな数の人たちが、小さい頃に芋ホリをしているはず。
私も二度ほど学校の行事として経験した。
芋をうんしょと引き抜くと、ごろんとした芋とともに
巨大ミミズやらナメクジなんぞのうにょ系虫が出て
絶叫した思い出。めずらしいところでは南京豆(落花生)
ほりの経験も。

 余談:南京豆はナッツではなく地中に育つ豆。
     芋のように根の先にぶらぶらと、あの殻ごとなる。


あ、失敬。話がずれた。

今時の子供たちも芋ほり体験はしている。
が、我々の時代とは少々標準仕様が違う。
現代の子供たちは普通の畑の芋づるを抜く力がないらしい。
まずは芋掘り用のさらの畑を用意し、うねだけつくる。
そのやわらかいうねに、掘ったばかりの芋を植え替えて
子供たちに芋堀体験をさせるのだという。

本物を知らなくても、やったことに意義があるのだろうか。
擬似であったとしても、体験になるのだろうか。
偽の体感しかしらない子供たちは、
いったいどんな大人になるのだろう?

 

2003年07月17日(木)
縁日

夏祭りのために駅前神社と商店街で縁日が催されていた。
ゆっくり立ち寄りたかったけれどあいにくの運転中、
急ぎの仕事を抱えて自宅へ戻る途中だった。

あの香ばしいにおいが充満する空間、
わさわさゆるゆると歩く人の波、ヨーヨーのたてる水音。
どれもこれも昔と変わらない夏。
実は縁日には、昔から解けない謎がある。
お好み焼きとか、イカ焼、たこ焼き、焼そば。
おいしくないとわかっているのに、なぜ買ってしまうんだろう。
まるごとリンゴに水飴かけただけのリンゴ飴、
誰が欲しがるのだろう。

雑踏から離れた信号で停車、横断歩道を渡る親子。
子供の手を引いたお父さんの背中には、ものすごく巨大な
ビニール製のNOVAうさぎがはりついていた。
うらやましい。。。

 

2003年07月16日(水)
マンゴー事件の顛末

石垣島より、アップルマンゴー無事到着。
スーパーで買ったマンゴーは緑色が強いのに、
石垣島産は小ぶりながら見事暖色。
とりあえず高価なマンゴーは仏前に供えて、
安いメキシコ産をデザート用に冷やすことにした。

そうそう、マンゴーは常温で保存しワックスをかけたように
つやつやベタベタしてきたら食べ頃。それから冷蔵庫へ。
メキシコ産はもちろんその状態になっていた。

数時間後。
メキシコ産にナイフを入れた。
か、かたい。口に入れれば確かにマンゴーの味がする。
なんというか、マンゴー味のイカって感じ(笑)
これをマンゴーと名づけていいものなんだろうか?
既に頭はマンゴーでいっぱいになっている私は
やりきれない思いを満たすべく、
食べ頃にはちょい早めの高価マンゴーを掴んだ。
切る!感触はOK。さて、味は?

・・・しっかりとマンゴーだった。
でもねー、NYのデリや屋台、スーパーで売っているものと
なんら味に変わりがないのはなぜなのだろう?
違うのは産地と名前。それだけでこんなに値段が違うの?
おいしいけど、でも、納得はいかないなぁ。
それに、見かけマンゴーのイカみたいな果物売るスーパーも
かなりまずいぞ!

 

2003年07月15日(火)
甦る声

30歳になりたての頃だったか、近しい年配の女性に言われたこと。

『誰しもみな、魂にクラスがあるの。
この世にあなたの命が誕生したその時から、
あなたの魂はすでに階級が決まっているのよ。
自分より下のクラスに行くことはとても簡単なことなの。
スルスルといともたやすく降りていくわ。
でもね、元に戻るには大変な努力と時間がかかるの。
それは本当に並大抵のことじゃないの。
・・・覚えておいて。自分の魂のクラスを忘れてはだめ。
いつも魂に確認をすることよ。心の声を聞きなさい』

ゆっくりとした声で、淡々と、まっすぐに瞳をみつめられて
一語一語を区切りながら話された。
彼女はすこし数奇な運命を辿ることになったせいで、
人に見えないものが感じられたりすることはあったけれど、
宗教家でもなく仕事を持ったこともない普通の主婦だった。

あの当時、私がNYに渡るために最後の一押しをしてくれた人。
彼女のこの声は、時々に私の胸に甦る。
今はどうしているのか、消息は知れない。

 

2003年07月14日(月)
日日是反省(にちにちこれはんせい)

子供時代、精神的にとても自立した日々を送ってきた。
親や周囲の大人に相談することはほとんどなく、
友達に話すときには決断してからの事後報告。
いつもそうだったから、それがあたりまえだと思っていた。

大人である今だから、それは違うぞってことがわかる。
心に迷いや悩み事があるとき、心配かけちゃいけないとか
話したところでわからないとか、ネガティブ要因が浮かぶけれど
思うことを話すことに意味があるんだった。

母は、手のかからない私にほっとしながらも寂しかっただろう。
なんでも話して欲しかったに違いない。
いつも事後報告じゃ、存在価値が薄れちゃうよね。

今だからわかることがたくさんあって、
毎日毎日、反省と学びの繰り返し。
「でも、わかっただけでもよかったね」
と、自分を慰めながら。

 

2003年07月13日(日)
マンゴー事件

私はマンゴー好きだ。
初めて食べた時のことは昔過ぎて覚えていないが、
フリークになったのはNYに住んでから。街じゅういたるところで
マンゴーは安価に売られていて、高くても一個$3(360円前後)
程度。夏場のカットマンゴー(カットしてパックに詰めて販売)
なんて剥く手間もないし安い。倒れそうなほどすきっ腹だったり、
食欲のない時のランチに大活躍だった。

日本ではそうそうマンゴーにお目にかからないが、
昨日スーパーで298円のものを発見、早速購入した。
食べ頃には数日早いので、現在熟成中。

さて、我が家では日本に戻って以来、有機農法で作られた
野菜や無添加食材を週に一度の割合で注文している。
その注文書に沖縄のアップルマンゴー・450グラム2300円
という商品が掲載されている。気になる。
でも、いくらなんでもたった一個に2300円は気軽に
オーダーできない。無理、無理っ。

しかしながら、気になって気になってネットで検索。
気がついたら石垣島のアップルマンゴー農家に注文メールを
送信していた。1kgで3500円、送料込み。上に比較すれば
安いのだが。冷静になってみるとなぜ発注したか疑問(笑)。
本日の行動を分析してみると、高価さに惹かれて
「是が非でも試したい気分」に火がついてしまい、
右手が勝手に送信ボタンをクリックしてしまったようだ。

これも話の種、おいしいマンゴーの到着を待つべし。

 

2003年07月12日(土)
目前の火事に理論は効かず

3/15付けの茶飲話「坊主が憎けりゃ」で、
フランスを攻撃するアメリカの大人気なさを嘆いた。
そう、確かに私は冷静な感想をここに記した。
でも、それはただ対岸の火事だったから言えただけだった。

近所に越してきた若夫婦、ステレオタイプな基地系
カップル、アメリカ人のご主人に日本人の奥さん。
野中の一軒家と思っているのか、べらぼうにうるさい。
もちろんNYに長く住んでいた私は知っている。
彼らがスタンダードというわけではないし、アメリカ人だから
どうのってわけじゃない。たまたま彼らが、近隣を無視して
うるさく騒げるタイプだっただけ。

こんなにわかっているのに、アメリカ人やアメリカを連想
させるものすべてに、今、すごい拒否反応を起こしている。
目前の火事に理論は効かず。

私も大人気ない人達の仲間入りを、ここに宣言する。

 

2003年07月11日(金)
夏への誘(いざな)い

夏の支度が着々と整いつつあるようで、
今日は今年初のアブラゼミの鳴き声を聞いた。
セミの寿命は確か七日前後。
おいおい、まだ梅雨だよ?と、雨に打たれるセミの
早死を心配しつつ、夏が始まるんだ!と嬉しくなった。

あいかわらず私の仕事部屋にはエアコンが入っていないし
道も混むし、暑いし、洗濯物もぱりっと乾かない。
数限りない虫やら爬虫類の訪問もキャンセルできない。
いいことがちっとも見当たらない季節の始まりなのに
それでも心がむずむずわくわくどきどきしている。

今年はスケジュールが詰まっているため、遠出の予定はない。
なのに心が小躍りするのを止められない。
本当に、やっと、夏がくるんだ!

 

2003年07月10日(木)
艱難辛苦、汝を玉にす

この時期、日中にエアコンをつけることはあまりないし
荷物移動などの肉体労働日ですでに汗だく、
蒸し暑さにかまっている余裕もなかった。
ただ昼過ぎから、どうにも蒸し暑いと感じてはいた。

大労働を終え、来客も予定していたので、
リビングのエアコンスイッチを入れた。

あれ・・・・止まっちゃったよ。タイマー?
そんなことないよね・・・。
う〜〜〜ん???

結局、ウンウンとモーター音はするものの稼動せず。
梅雨真っ盛りに、エアコンが壊れたぁぁぁぁ・・・・・・

すぐに修理に来てもらったのだが、室外機を持ち帰って
部品交換が必要だとのことで、一週間エアコンなし。
この蒸し暑い時期に、扇風機を抱える事態になった。
こういうときに限って、自宅仕事率が高い。
人生って、こういうものなんだよね。


*タイトル(かんなんしんく、なんじをたまにす)
人は多くの苦しみや困難を経てはじめて立派な
人間となる意のことわざ。
国語大辞典(新装版)小学館 1988

 

2003年07月09日(水)
馴染みの理由

馴染みのガソリンスタンドで、給油のついでに
気になっていたタイヤの空気圧をチェックしてもらった。
いつも合わせている数値はと尋ねられたのだが、実は知らない。
ディーラーがこまめに来て調整をしていってくれるので、
オーナーのはずの私はなにも知らないのだ(汗)

相手をしてくれた年配の男性は
「はい、わかりました!」と、満面の笑顔。
運転席側のドアを開け、見えない部分に張られている
標準設定空気圧の数値をチェックし、高速道路の使用頻度を
きいてきた。常に使っていると答えると、
「それだけわかれば十分です。あとは、
す・べ・て、おまかせください!!」
ものの数分で完了。
「この車の標準は2.2なんですが、最初は1.9でした。
高速が多いということですから2.4に合わせておきました。
またいつでも声をかけてください」
と、さわやか青年顔負けの気持ちいいサービスだった。

近所には四軒のガソリンスタンドがあり、うち三軒で
給油経験がある。だが、(野菜をくれるサービスは別にしても)
行きたいと思うスタンドは上のスタンドだけなのだ。
このスタンドのスタッフは、いつも全員が笑顔で迎えてくれる。
暇な時間帯でも、全員が二面ある道路(角地にあるため)
に向かって車を誘導できるように立っている。
雨の日も、風の日も、日照りの真夏日も。
どうせ同じお金を払うなら、笑顔の多い店で払いたい。
馴染みでいる理由は、それだけなのだ。

 

2003年07月08日(火)
帽子事件

この春にふと目にした麦わらの*テンガロンハット。
一目ぼれして、その場で購入。
夏になるまではと、箱のまましまっておいた。
先日ついに箱からだしプライスタグを切ろうとして、
印字されている帽子の名前(品番代わりの名称)の上に
視線が釘付けになった。

  『ジュリア・ロバーツ』

めまいに襲われた。
帽子をかぶる前にその名前に負けてしまった。


*テンガロンハット-----------------------------------
(ten-gallon hat水が一10ガロンもはいるという意)
アメリカ西部・メキシコなどで、山の部分が高く、つ
ばが広く両横に軽く巻き上がっている帽子。
カウボーイハット。

 

2003年07月07日(月)
今日の朝日新聞夕刊から

-------------------------------------------------------
『新しい日本の社交術−肩書き抜きで 親しく淡く−』

・・・・・・・
財団に特段の役職はない。それでもどうしても肩書きが
欲しいという人は好みの役職名を使っていいことにした。
すると、なぜか「部長代理」を選ぶ人が多いのだった。
「肩書きで順番をつけないと落ち着かない。日本人が
自分を語る言葉は、序列作りの材料ばかりだった」
-------------------------------------------------------

以上、今日の夕刊の記事の一部引用。
この肩書き問題については、阪本塾キャリアコースでも
話をすることがある。自己紹介するときに、会社名と役職を
使わずにとお願いすると名前や年齢のあとは、ほとんど
話が続かずに終わってしまう。

日本人の多くは、自分の所属する団体をひとつでも多く
持っていることに安心感を覚える。会社名や役職はその人
本人の実力ではないのだが、混同してしまったあげくに
人はそこから離れることが出来なくなる。

以下、記事の結びを引用する。

-------------------------------------------------------
人々が帰属のくびきを離れ、柔らかな人間関係を思い描く。
・・・・・・・・・・・ただそれだけでは不十分だとも。
「自分が夢中になれるものを見つける。すると自分を
雄弁に語りたくなる」そこに自立した個と個の、
より濃密な関係が生まれるのではないか、と。
-------------------------------------------------------

諸手を挙げて賛成。

 

2003年07月06日(日)
駅前のドトール

先日、そのドトールでのこと。
何周年だかのキャンペーンで、
豆などの高額商品を購入した客に、
もれなくマグカップをプレゼントするという。
マグカップには駅名とドトールという文字が、
細いゴシック体ではいっているだけ。町なら100均で、
問屋なら5個100円で売られているごくふつうのマグカップ。
誰が欲しがるのか、喜ぶのか、不思議な商品。

店員さんは、てきぱきした手さばきと笑顔で
「マグカップをいれておきますので!」と、
こちらの気持ちはお構いなしに、
注文した豆と一緒に袋づめしてくれた。
「いりません」の一言がいえなかった。
持ち帰って捨てるわけにもいかず、流しの下で
「菜ばし立て」として活躍してもらうことにした。

その10日後にまた豆を買いに行った。
キャンペーンは終わっていた。店員さんが
「サービスでマグカップを入れておきますので
お使いください!」と、袋づめを終えて笑顔を向けた。
また言えなかった。使う場所もなく、捨てられもしない、
そういう小物とみんなどうやって付き合っているんだろう?

でも、予算だけでノベルティグッズを決められると、
もらう側はたまったもんじゃない。
これならティッシュのほうがいいと思うのは、
私だけじゃないはずだよね。

 

2003年07月05日(土)
直筆手紙

この春から海外暮らしを始めた友人から葉書が届いた。
絵葉書ではなく、紙面一杯に広がる、細かい几帳面な文字で、
近況を伝えてくれた。

彼女は、ワールドワイドなプロバイダーと契約しているので、
アクセスには問題ないはずなのだが、
なぜか二ヶ月近くたった今も接続できず、
仕方なくアナログ手法でコンタクトしたとのこと。
普段はメールが主なコミュニケーション手段だったもので
非常に新鮮な気持ちでその葉書を受け取ったのだ。
うん、確かに。

ところが、返事が書けない。書けないのだ。
礼状などであればまだしも、あんなことや、こんなことを
つらつら書くべきコミュニケーション手段としての
直筆手紙には、すっかりと身構えてしまっている。
メールが発達する以前、私は本当に筆まめだった。
そんなことは忘却の彼方状態の現在、彼女の葉書を見ては
返事書かなきゃ・・・とため息し、ペンを持っては、
やっぱり明日にしようとあきらめ・・・。
元来、几帳面なほうなので、書き直したり誤字脱字を訂正したり
ということが、いやでたまらない。おかげで直筆手紙は
苦手な部類に入ってしまったのだ。

情けない日々が続いているが、きっと明日こそは返事書くぞ!
あ、そうか!ワードかなんかで作成して、
封書で送ればいいわけだ。
なんとしてでも手書きから逃げようとする自分にあきれつつも、
実は、これに気付いた瞬間に肩の荷がすとーんとおりたのだった。

 

2003年07月04日(金)
浜千鳥

海辺を散歩していて、小さな鳥たちを見かけた。
かわいいけれど、あまり馴染みのないかたちだったもので、
きっと浜千鳥だと、勝手に解釈した。
帰宅後、思い立って検索をかけてみたが、
千鳥紋様でしかヒットしない。

それではと「千鳥」を調べてみた。
千鳥とは、多数で群れをなして飛ぶチドリ科の鳥の総称。
足指は三本、全長15-20センチ程度。水辺の小動物を捕食。
実際に言い回しとして使われる場合は、
多くの小鳥が群れている様を表しているだけで、
種別を限定していない。
浜だけでなく、磯・川・夕・小夜・群・友・・・と
頭につく言葉は無数にある。

結局のところ浜千鳥とは、
造語というか、歳時記に載せられるべき季語(それも冬)
のひとつということで決着がついた。
が、すこしわびしい。
浜千鳥、という種類の夏の鳥がいるのだと信じていた気持ちが
少しばかり、ちょっとばかり、しくしく痛んでいる。

 * * *

まったく関係ない話だが、今日は米国独立記念日。
アメリカじゃ、あちこちで花火だ酒だBBQだと、
お祭り騒ぎの一日だったりする。

 

2003年07月03日(木)
夏の音

夏になると聴きたくなる音楽。
何人かのミュージシャンがあげられるけれど、
日本に帰ってきてまた一人増えた。山下達郎。
NYにいた頃は、夏だからといって特別じゃなかったのに。

初めて彼の曲を聴いたのは、鉛筆デッサンを習いに行っていた
アトリエでだった。先生は、油絵を描いている個性的な女性。
先生の知合いがフォーライフレコードにいて、
試聴版をどんどん送りつけてくるのだといっていた。
なかでも先生のお気に入りは山下達郎のLPで、
私のレッスン時間には、いつも彼のLPをかけてくれていた。
当時彼の「潮騒」という甘々な曲が流行っており、
まだ高校生の私には衝撃的なラブ・ソングで、
思わず赤面したどころか手が震えてしまって困った覚えがある(笑)
大学に合格して、その教室は辞めることにしたのだけれど、
先生からの合格祝いは、山下達郎のコンサートチケットだった。

あの頃から、声も曲調も変わらず、それでも古さを感じさせない。
外国や南の島で、彼の曲を聴きたいとは思わない。
日本の夏の湿度や匂いの中だからこそ、
無性に聞きたくなるのかもしれない。

 

2003年07月02日(水)
そういう年齢

お題目唱えないと仏さんが怒る、とか、
お線香ぐらいあげないとバチがあたる、等々。
ご先祖様の供養を怠ると悪いことが起こるよと、
昔はさんざ祖母達に言われたものだった。

が、ご先祖様、仏様は怒ったりしないらしい。
それを証拠にお仏壇やお墓に供える花は、
すべて外向きに活けられている。
供えるというのであれば、仏さんの方向に向かって活けて
当然のはず。だが、参る人、子孫に美しい花を見てほしいという
仏様の慈しむ気持ちから、外向きに置かれているというのだ。
お線香も、仏様のためではなく、供える人に
芳しい香りを聞いてもらう(お香は「聞く」と表現する)
ための作法のひとつ。煙いからお線香はいや、
というのはとんでもない罰当たりな意見ということになる。

なるほど!と妙に納得したお坊さんの話だった。
身近な人が仏さんになったからこそ、ひとつずつわかっていく
供養の意味合い。つくづく自分がそういう年齢に
なったのだなと思いつつ・・・。

 

2003年07月01日(火)
悪態文化

6/30付け朝日新聞の天声人語に載っていた、
川崎洋さん著の『かがやく日本語の悪態』(草思社)。
実はたまたま読んでいた。
日本語の悪態の代表例といえば
「おまえのかあちゃん、でーべーそっ、やーいぃっ」
「すっとぼけのオタンコナス」
「この鉄砲玉の大喰らい」などなど。
今時は、誰も使わないフレーズなのかもしれない。
昔は誰に習うでもなく、みなが、
刃にならない喧嘩言葉を知っていた。
勝ち負けもなく、言い合ってすっきりしたりむかついたり。
次の日には忘れてしまうような悪態のかけあい。
なくしてしまうには、あまりに惜しい。
これも立派な文化だ。

この本にも載っていなかったのだが、
「たんぷんこん」とか「くわんくわん」。
これは横浜弁なのか、家族限定語なのか。
いまだ、謎である。

 

Yukari |株式会社JOYWOW