2003年10月31日(金) |
『お土産』(ヒカ碁小ネタ。女の子ヒカル) |
「緒方先生ー!」 背後から駆けてくる、軽い足音。 日本棋院の中で、こんな大声で、こんなに無邪気に自分の名を呼ぶのは、ひとりしかいない。 分かりきっているのだが、緒方はわざと無視して歩を進めた。
「聞こえてるくせに無視すんなーーーっっ!」 どしん、と背中に衝撃。ぎゅ、と抱きついてくる細い腕。 追いかければ逃げるくせに、こちらが離れると慌てて追ってくる。彼女の中の小さな矛盾に、くつくつと笑いながら、緒方はようやく彼女を振り向いた。 「ったく、もー。呼んだんだから待っててくれてもいいだろー」 ぷん、とヒカルがふくれて見せていると、その背後から白川6段がにこにこしながら近づいてきた。 「進藤くん、あまり緒方を責めちゃいけないよ。…ここだけの話だけどね。緒方、最近耳が聞こえにくいらしいんだ」 「そうなの?」 きょん、とヒカルは首をかしげる。 「そうそう。『若年性痴呆症』といってね…」 「じゃくねんせい、ちほーしょー?」 …じゃくねんせいさんの地方ショーのことだろうか?
大マジでヒカルが考え込もうとした時、緒方の手がぐしゃぐしゃ、とヒカルの金髪と黒髪を混ぜるようにかきまわした。 「…またそこで無理矢理な変換をするんじゃない。――それれから、誰が耳が遠くなっただ、誰が」 ぐい、と白川を睨む緒方であったが、そのくらいで「仏の白川様」の笑顔は崩れないのだ。 「ええ、たまにあるでしょう?人が呼んでいるのに、まったく気づかずに通り過ぎて行ったり、急に方向転換をしたり……」 「レース・ビーズアクセサリー専門店のド真ん前や、ぬいぐるみを両手に抱えて喜んでる男が呼んだりしなかったんだったら、返事くらいはしてやったかもしれんがな……」 赤いリボンをあしらった、巨大なテディ・ベアを抱えた大の男が、にこにこしながら、緒方に向かって手を振ってみせた…ごていねいにクマの前足を使って……のだ。正直、どうリアクションするか一瞬迷い…白川がクマを使ってパントマイムよろしく踊らせながら「おいでおいで」をした時点で、緒方は速やかに無視を決め込んで足早に去ったのである。――間違っても同類に見られたくはなかった。
「なんでー?クマ、かわいーじゃん」 「そうだよねぇ。この前、カテリーナのお婿さんにと思って、エデリーを連れて来たんだよ。携帯の画像だけど、見る?」 「うん!見る見る♪」 ちなみにカテリーナもエデリーもクマの名前である。カテリーナはベージュ色の美人、エデリーは焦げ茶の毛並みをしたダンディさん(白川談)…だ、そうだ。 (「連れて来た」んじゃなくて「買った」んだろうがお前が〜!) ――という緒方のつっこみは、心の中だったので、とりあえずクマのぬいぐるみの写真で盛り上がるふたりには聞こえなかった。 こんな話に下手に加わるのも馬鹿馬鹿しい。 緒方は煙草をくわえ、カチン、と手持ちのジッポで火をつけた。
「ところで進藤くん、ここのところ見なかったようだけど…」 「そうそう!ちょっと韓国に女流の国際棋戦があるからって…招待されてたんだ」 「へぇ、それはそれは。…で、どうだった?」 「えへへ……最後で、負けちゃった」 ――という事は準優勝はしてきた訳で。 「ふん。だらしないな。最後だろうが、最初だろうが、負けは負けだ」 「緒方、そういう言い方はないだろう。…惜しかったね。でも、初めての海外遠征で準優勝だろう?すごいじゃないか」 フォローする白川だったが、ヒカルはううん、とかぶりを振った。 「負けたから準優勝なんだよ。…そんなの、オレが欲しかったものじゃない」 ヒカルはきゅ、と唇をかんだ。 目指す先は……遙かに、遠いのだから。 こんなところで立ち止まる訳には……いかない。 だから。
「だからねー、すっげ悔しかったから、賞金全部、みんなのお土産買うのに使っちゃった!」 からから♪と笑いながらヒカルは、手にしていた大きな紙袋を彼らの目の前に掲げた。 「え?」 「そのデカイ紙袋はそれでか…」 「これでも減ったんだよー。他にもあと3袋あったから…で、白川センセ、何にする?キムチとか韓国ノリとか、焼き肉のタレとか、朝鮮人参茶とか…んーと、ビーズをめいっぱい使ったポシェットとか、石鍋は、和谷たちが速攻で持って行っちゃったからないんだけどー」 「ベタすぎる……」 眉をひそめる緒方。 「…あ、じゃあポシェットもらおうかな♪」 にこにこと紙袋の中身を物色する白川。 「やっぱりー?じゃあ、色違いのペアになったの、はい」 そして、八つ当たりで買い物してきたというヒカルは、楽しそうにお土産を渡していた。
「はい、緒方先生にはこれ〜」 「おい、俺には選ぶ余地はないのか?」 「うん!緒方先生にはそれ」 どきっぱり、と答えて、ヒカルは手を振り、棋院の事務所に向かおうとエレベーターへと向かった。ひとしきり知り合いには渡してしまったので、後は事務局の職員に貰ってもらうつもりらしい。
「名指しでわざわざお土産を買ってくるとはねぇ……」 くすくす、と白川はそう呟きながら、緒方の肩を叩いて去っていった。 …総ビーズのピンクと水色のポシェットが愛らしく、彼の肩に両方からかかり、交差してキラキラと揺れていた。 その光景にくらくらと目眩を覚えつつ、緒方は渡された小さな箱を空けてみる。
「……………?」
そこにあるのは、うす青い、翠も少し混ざったような、上品な色をした小さな一輪挿し。 土産としては、まぁ、上出来だろう。 しかし、何故ヒカルがこれを「自分に」と選んだのかが、よく分からない。
「緒方さん、気づいたかなー?」 その、やわらかな青い色の陶器の群を見とれていると、秀英が言ったのだ。 『……というんだ』 その名前で思わず連想してしまった緒方と、こんなにもやさしい色の花入れのギャップに、思わず笑ってしまった。 同じ、名前。 だからアレは、緒方へのお土産。
緒方は、一輪挿しを元の通りに箱におさめると、吸いかけの煙草をくわえた。 (師匠の家にでも寄ってみるか) 忙しさにまぎれて、しばらく顔を見せていないきりだ。 その折に、奥さんに頼んで庭の撫子を一輪、分けてもらおうか。 「この花入れに、洋花は似合いそうにないからな」
昔から、大好きな同人作家さんがいらっしゃいましてね。 その方のサークルを追い続けてもう10数年なんですよ。 (もちろんHPのリンク貼らせてもらってるからもうお分かりだと思うんだけど)
「額田屋小売店」
ここのおかげで、私はワタルの小説版を読み直し、(グランゾートは紫宸殿で転んだんだけどね。一時期はこの超大手サークル2つもおっかけてて大変だった…)オリジナル設定だろうがぐいぐい付いて行くようになり、ジャンルミックスも違和感を覚えなくなり、ガンダムWではもともと2×1だったのが1×2もオッケーになり女体化ネタに味をしめ。 ……そんなこんなで影響受けまくったトコロなんです。 とにかく、設定のしっかりした、私にとっては激ツボな話を書いて(描いて)くれるんです!!
その、私が尊敬してやまない「戦部 遥」さんがですね。
なんと!!「鋼の錬金術師」に転びつつあるという情報を入手!! んでもって、出すかもしれないんだってばさ!!同人誌!!
やったー!!!!!
最近は、デジモンの世界に行っておられて、グランワタルやGWの世界に戻ってきてもらえず、完結してない話とかもあってちょっと寂しい思いをしていたのですが。(うーん。デジモンはついて行けなかったよオイラ…) ハガレンをやってくださるなら、喜んでついて行きますともさ!!
あああ、もうそろそろネットだけで、イベントからは卒業しようかなと思っていたのになー……。 やはりねまだまだ同人女、やめられません。
ちょっと前までは、見つける方が困難でした。 でも、子供の頃から大好きなんです。
セコイヤチョコレートのいちご………!
ここんとこ、駄菓子ブームなのか、コンビニで見かけるようになりましたvv 30円の、ちいさなしあわせ……vv
「絵がそんなに好きじゃないんだけど…」
…なんぞとほざいていましたが、原作一気読みわかまし、小説版の読破。ますます『鋼の錬金術師』にすっ転んでおります。
そして!!アニメ!!
今日も稽古があったから、ビデオ録りしました。(やっぱこの時間帯ってのは部屋にいないよ……)
冒頭から、かましてくれます!!イイ!このオープニング!! 主題歌も、ポルノグラフィティの「メリッサ」だもんねー♪曲調といい、歌詞といい、激ツボvv今度レンタルしに行かなくちゃ♪
やっぱハガレンのアニメのクオリティ高いっスよ!! キレイ!作画キレイ!! オリジナル話の挿入も上手い。 錬金術の錬成陣の使い方は多少違うけど。(簡易ではあるけど、エドが錬成陣使ってるんだよねー。原作では手を合わせるだけなのに。伏線ありかな?)
そして。
やっぱりアニメのエドが、ヒカルに見えるんだってばよぅ!!
妄想大爆発。 これで15歳は可愛いすぎますよ。 ちっちゃいし。(禁句?) アニメの方でネタ(妄想)ったら、エド…「実は女の子」設定、やるかもしれません。(おーい…またイバラ道かよ…)
それにしても、原作のカラーやアニメで見ると、エドって金髪「金眼」に見えるんですが。 ……でも、設定は「銀の眼」らしいんだよねぇ…(小説参照) はてさて。どう書こうかな……。(再び妄想中)
2003年10月23日(木) |
『プリズム・パープルの…』(TS小ネタ。シグナル×コード) |
「コ〜〜ド〜〜〜」 「やかましい。俺様は眠い」 「いやだからそれについては文句はないんだけどさ……」 「…ならそれで良い。寝る」 「コードってばー!」
アンダーネットには不似合いな、純和風のコードの隠れ家。 修行がてら、シグナルはよくこのコードの家に遊びに来ていた。 しかし家主はコードである。 遊びに来た客であるはずのシグナルに、茶を煎れさせるわ、菓子は催促するわ、しかもそれが不味いとがみがみと文句をたれ、部屋の掃除に始まって庭の手入れまでさせられている。体のいい「使用人」扱いであった。
それでも、オラトリオに言わせれば「あの家に入れてもらえるだけマシ」だそうだ。 シグナル以外は、エモーションくらいしかコードの家には入れないのだ、という。理由が思い付かなくて、首をかしげていると、カルマがふわり、と微笑みながら答えてくれた。
「それはそうでしょう?『パートナー』ですから」
「え……でも俺はまだまだ未熟者のひよっこだって、コードが…」 「未熟者がなんです?経験不足がなんです?」 ざくざく、と言葉の刃が刺さる。やっぱりカルマって、さり気にキツイ。 「足りないところがあるからこそ、お互いに補うことができるのでしょう?それこそが、『パートナー』ではないですか?」 「うーん……確かに、俺はコードに補助されてばっかだけどさ。…補い合うって……」 シグナルはふう、とため息をついた。 誰よりも、何よりも強いコード。経験不足な自分を常にサポートしてくれるコード。いつも強気で、いや本当に強くて……鳥型のコードも。電脳空間のコードも。「細雪」を操る彼の前に立つ存在など、誰もいない。 「あんなに「強い」コードに……何か、俺ができる事なんて、あるのかな?」 呟きにも似たそれに、カルマはふと、卵白を泡立てていた手を止めた。 「さぁそれは……コード本人に聞いてみてはいかがですか?」 「……そんなの怖くて聞けるかよ〜」 「はははは……」
……そして、自分で宣言した通り、シグナルはコードに何も聞けずにいる。 そしてコードは、隣に座るシグナルの、畳に広がる髪を枕に、すやすやと眠っていた。その右手には一房、じゃれるようにプリズムパープルの髪を絡めたままで。 最近の、コードの癖だ。 昼寝をする時は、決まってシグナルを横に座らせ、床に広がるプリズムパープルの髪を枕にして眠る。 動こうとすると怒るし、髪の毛をひっぱられて痛いので、シグナルはコードが昼寝する間、動くことができない。戦闘型のシグナルにとって、それは少々苦痛なのだが……怒らせるとやはり怖いので、結局は、この状態を受け入れている。
それに。
眠っているコードは、ものすごく無防備なのだ。 開かれていれば、冷気を伴うような鋭い目が伏せられているだけで、その印象はかなり柔らかく、華奢なものになる。 細い肩。華奢な手足。雪のように白い肌。 顔も首も、びっくりするほど小さくて、細くて。 あんなに強くて、容赦がなくて、色々な事を体験して知っている、自分よりはるか年上の彼なのに。
「……ん………」
身じろぎしながら、その感触を確かめるように髪に頬をすりつけるコードは……。
(…かわいい……かも………)
そしてシグナルは自分の思考にハッとして、こんな事考えたなんてバレたら、コードに殺される!!と大マジで青ざめ、慌てて視線をそらす。
…しかし予想したような反応は何も起こらず。 コードは眠るばかり。
シグナルは、そんなコードを見つめていた。
――今なら、聞けるかもしれない。
「……ねぇ……コード」
でも、聞えないように声をひそめて。
「俺はコードに、何ができるんだろう?」
もちろん、答えは、ない。
コードは……今ようやく、「生きている」パートナーのそばにいるコードは、プリズムパープルの色をしたシグナルの髪を枕にしたまま、眠っているのだから。
2003年10月21日(火) |
『台風 3』(オガヒカ小ネタ。女の子ヒカル) |
くしゅん。 ヒカルは小さくくしゃみをして、立ち止まった。 無理もない。まだ彼女の髪も服も、濡れたままなのだ。時間がたてば、それらはどんどんヒカルから体温を奪ってゆく。
「あーやべ。早く着替え買いに行かなきゃ……」 「着替え?」 「うん。いくらオレでもこのまんまじゃ風邪ひきそうだし、さっきも、この駅ビルの店で適当な着替えを買って、着替えるつもりだったんだよ」 そこで緒方さんと会って、警察のひとに声はかけられるわで、ちょっと予定狂ったんだけどさ。えへへ、とヒカルは笑う。 「着替えるって…どこでだ?」 「んー?トイレでもどこでも」 「何?」
緒方が眉をしかめると、ヒカルは笑いながらひらひらと右手を振った。 「だって、どーせ駅で泊るつもりだったんだもん。台風のせいで、ビジネスホテルは全部満室だっていうし……ま、同じような人はいっぱいいるだろうから、駅員さんに怒られるなんて事もないと思うんだよねー」 …気楽なものである。緒方はそんなヒカルの現代っ子ぶりに、頭が痛くなりそうだった。 雨に濡れて、それを着替えるという知恵が出たのは褒めてやろうと思う。…しかし、駅で一泊するだと?いくら少年めいて見えるとはいえ、ヒカルは未成年の、しかも女の子だ。見ず知らずの男共がウロつく駅構内で一晩を過ごすなど、危険きわまりないではないか。 ましてや、ヒカルである。見てくれは良いかもしれないが、頭の中は子供な彼女。美味いメシなどにつられて、ロリコン趣味の中年オヤジにほいほいついて行くなんて事も…… 有り得る。じゅーぶん、有り得る。 幸いなのは、まだ女としては発育途上にあるため、ぱっと見には少年としか見えないところか……
「ん?」
緒方が自分をしげしげと見つめているのに、ヒカルはきょん?と首をかしげる。細い首。白い肌。大きな目に、あどけなく開かれた桃色の唇、すんなりと伸びた手足……。 (……男にしか見えなくても十分ヤバイじゃねぇか) そのテの趣味の者たちには、ヒカルは極上の御馳走にしかならない。
ここで放っておいて、ヒカルがどうなろうと知った事じゃないのだが、ないのだが……何かあって、自分が後味の悪い思いを抱えるなんざ、御免被る。
ならば、答えはひとつ。
「じゃあ、緒方さん、またね……」
全然分かってないヒカルは駅ビルに行こうとして……
……行こうとして、緒方に後ろ襟を掴まれた。 「…な、何だよぉ?」 「うるさい。そんな濡れた格好で店に行っても、店員の方が迷惑だろうが」 「仕方ないだろー!好きで濡れたんじゃないや!」
「ウルサイ」 ぐい、と緒方はヒカルの後ろ襟を掴んだまま、自分が滞在するホテルの方へと歩きはじめた。後ろ向きに引きずられかけて転びそうになったヒカルは慌てて方向を変えるが、緒方が結構な早足で歩いているため、その足取りはやや小走りに近い状態になっていて、少々あぶなっかしい。 「ねぇ…ねぇってば、ドコ行くのさ……うわっ!」 濡れたタイルの上で足をすべらせたヒカルはがくん、と転びそうになるが、辛うじて、緒方が腰を抱えてくれた事でそれだけは免れた。
「…ったく、手間のかかる奴……」 「……ご、ゴメンナサイ……」 舌打ちしながらの緒方の言葉に、ヒカルは少しうなだれた。本当に、迷惑をかけてばかりのような気がする。…だから、これ以上迷惑にならないように、自分はさっさと緒方から離れようとしているのに、緒方はどうしてこうも絡んでくるのだろう…… うつむいたまま、顔をあげられないでいると、不意にヒカルの視界が揺れた。
「えっ?!」
「これで転ぶ心配はないだろ」 気がつけばヒカルは荷物よろしく緒方の肩にかつぎあげられていて、緒方はそのままスタスタと歩いて行く。
「ねー」 ヒカルは緒方の肩甲骨の辺りに話しかける。現在、ヒカルの視界は緒方の背中しか見えないので。 「何だ」 緒方の声が、耳と同時に、触れている部分から振動で伝わってきて、ちょっと面白いなと思ってしまった。 「オレなんか抱えたら、緒方さんも濡れると思うんだけど……」 「そうだな」 返事はそっけない。しかし怒っている風でもない。 …そしてますます分からない。
どうして?
「風邪をひきそうな妹を、兄貴が心配して悪いか?」 「え?」 お前が俺のことを自分の兄貴だと言ったんだろうが。緒方はくつくつと笑う。
「ずぶぬれになったまま駅で一泊して、確実に明日は風邪ひき決定な妹に、温かい風呂と寝る場所を提供してやろうってんだよ。…良かったな、俺が優しいお兄サマで」 退屈しのぎの本など、もういらない。 碁の次に…いや、同じくらい面白いものを、つかまえた。
「緒方さんって……」 「…あぁ?」 ヒカルは、素直に思ったことを口にした。
「ろりこん?」
「……地面に叩き付けるぞコラ」
「うわわわわっっっ!!タンマ!危ないってば!!ちょっとしたジョークじゃんか〜!!兄貴ならもう少し優しくしろよ!」 「やかましい!優しくされたきゃ妹らしく、ちったぁしおらしくしてみたらどうなんだ!」 「しおから?」 「あほぅ!!」
ぎゃあぎゃあわあわあ。 小柄な少女と彼女を抱えた長身の男がわめく姿は目立つことこの上なかったのだが。 その様子は仲が良い者同志でなくてはありえないもので、どこか微笑ましい光景と映ったらしい。
彼らは、注目を集めながらも見咎められることもなく、駅に隣接する、ホテルの入口の自動ドアをくぐったのだった。
忙しいし、それで疲れ蓄積して、一昨日は腰にキテ、ぎっくり腰なりかけて、二日間起きられなくてうなってて、おまけに風邪ひいて喉は痛いわ、痰は絡むは、咳は出るわ肩と首びしばしにこってるわで、せっかくの二連休を台無しにし、(映画行けなかった〜!!)そんなこんなでまだ本調子ではないのにさ!!
忙しいのに…まだ他にやることあるのに…原稿だってたまってるのに……(仕事だけであと二件!)体しんどいのに………。おまけに新たなジャンル(ハガレン)にも転びつつあるのに…(←オイ)
なのに。
なんで、「やりたい」って思っちゃうかなぁ! 「伊東家の〜」で紹介されてた、手作りアクセ!!
簡単なんだよぅ〜。広告とかでどんどん作れるんだよぅ〜。 しかも!仕上がりキレイなんだぁ〜〜〜。
何かね〜、模様替えとか衣更えとかをしようとして、しなきゃいけないのに、片づけようとした本を見つけて読みふけってしまうようなこの感覚。 そんなに創作意欲あるなら仕事とHP更新に向けろよ、って感じなのに。
たまにあるのよ。 異常にごはん作りたくなったり、 異常にお菓子作りたくなったり、 縫い物したくなったり、 編み物したくなったり。 流石に全部いっぺんには無理なんだけどさ。
自分が2人くらいほしくなる。 でも、やっぱり「やりとげた」満足感や、「作ってる」ワクワク感は、やった自分にしか分からないし、共有できんだろうから、やっぱ私は私で一人で良いのか。
しかし時間って短いなぁ……
しんどい体を回復させる時間もほしいのに………。
手作りアクセについては、諦める気はさらさらないので、(もう作り方暗記したし!)無理矢理時間作ってやっちゃうかもです。
多分、一個作ったら満足して落ち着くと思うんだ……。
2003年10月15日(水) |
『集え!自由の旗のもとに』(オガヒカ小ネタ) |
「緒方さ〜ん、エスプレッソ入れたよ〜?」
「………………」
「クッキーもあるんだけどー。甘さ控えめのラングドゥシャ。これだったら食べられるでしょ?」
「…………………」
「それとも、今から打とうか?この前の名人戦の棋譜検討する?」
「………………………」
返事なし。 ヒカルはいいかげん大の大人の機嫌を取るのに疲れてきた。 肝心の緒方はといえば、大きなテレビ画面の前で、ヒカルが先日和谷に録画してもらったという深夜放送のアニメを見ては、ぶつぶつと文句をたれている。
「まったくもう、そんなに気に入らないんなら見なきゃいいだろ?!」
ヒカルはテレビのリモコンを緒方の手から奪い取った。
「……うるさい!キャプテン・ハーロック
は俺の青春だ!!」
それなのに…… くっ、と緒方はうつむき、拳を握りしめた。ぎり、とその拳に力がこもる。
「なのに……何故、ハーロックの声が
井上真●夫じゃないんだ?!
教えてくれ、友よ!!」
「………………………」
握り拳で盛り上がる緒方。
「教えてくれ、友よ」って言われて、どう返せっちゅーねん 社あたりならきっとそうツッコむのだろうが、いかんせんヒカルは東京生まれの東京育ち。
(緒方さんがこんなにアニメ好きだなんて思わなかったなぁ……)
ひとりで盛り上がる緒方を見て、そっとしておいた方が良いらしい、とヒカルは判断し、リビングに戻って冷めかけたカフェオレを一口飲んだ。 しかしあんなにあのアニメが好きで、昔のそれに思い入れがあるのなら、それを見せて上げたら、緒方は喜ぶだろうか?
ヒカルはいそいそと部屋の電話を取り上げた。
「もしもし〜?倉田さん?あのさぁ、倉田さんって、昔のアニメのビデオたくさん持ってるって言ってたよね〜」
「違う!ハーロックはこんな声じゃないー!!」
(まだ言ってるよ) ヒカルはくすくすと笑いながら、倉田が持つ「キャプテン・ハーロック」シリーズのビデオを貸して貰えるかと頼んでいた。
2003年10月14日(火) |
転ぶかもしれへん…… |
えーと。先日、珍しく久しぶりにアニメ見れたんですわ。(あんな時間に部屋にいた方が珍しい……) そうして見たのが、『鋼の錬金術師』! 面白かった!! 絵がきれいだし、話もよくまとまってるし!!
しかも!! 私が転ぶ要素たくさん持ってるんだもん!ここの主人公!
暗い過去背負ってるし(「贖罪」なんてオイシイ題材!)、「業」が深そうだし、それでも、けっこうしぶとく生きようとしているし、潜在能力高そうだし!
しかも、身体の一部が機械!!(←過去、CFにてブーツホルツに転んで以来、この手のキャラに弱い)
とどめに、三つ編みに黒い服!!!!
最後の要素で、もうジャストミーーーート!!!! ええ、大好きだったんですよ。黒い神父服来て、赤毛の三つ編みを揺らして明るく笑ってた、貧乏くじを引くのが得意な彼!!
……いやその……そんなワケで。 まず、ビデオ録りは決定です。 んでもって、あまり好きな絵じゃないけど、原作も読みに走ろうと思います。
それで今度SS書いてたら笑ってください……。
まったく!! めっちゃめちゃ胃が痛かったF1鈴鹿GP!!
で・も・ね
とりあえず。
ミハエル=シューマッハ
F1GP総合優勝、
おめでとう〜〜〜〜!!!
やれ嬉しや♪ 前人未踏、六回目のワールドチャンプですよ!6回目!!
……ふふふ…… この喜びを引き替えにするなら、 予選14位で今期最悪のグリッドからスタートになったとか。 走り出して早々に琢磨抜き損ねてフロントウイング壊して緊急ピットインして18位にまで落ちたとか。 何とかポイント圏内の8位あたりまで順位を上げてた終盤にラルフとちょっと接触して、左リアタイヤが最後まで持つかひやひやだったり。 8位スタートだからって、「優勝するわきゃねー」と思ってたライコネンが追い上げ、しかも上位陣がどんどこ潰れていった時にはひやひやだったさ!(ライコネンが優勝したら、そしてミハエルがノーポイントだったら、大逆転でライコネンがワールドチャンプになってたんだってば!!) ……………………。 ……と、とにかく、ミハエルが無事(?)ワールドチャンプを決めてくれたこの喜びと引き替えになるのなら、テレビを見ながらハラハラして胃が痛くなってジタバタしてたのも、軽いもんです♪
そして。
今回のMVPは。
なんといっても!
ルーベンス=バリチェロ
貴方しかいません。
本当〜に!!よくやってくれた!!よくぞ、この鈴鹿GPで一位をとってくれました!! 「僕が、ワールドチャンプを決定したんだ」 …とインタビューで答えてましたが、まさしくその通り!! あまり調子が良くなさそうなマシン(そう見えたぞ〜)だったのに、他を抑えて(モントーヤはリタイヤだったけど)、よくぞ優勝してくれました!! バリちゃんの後ろは、マクラーレンの2台、ライコネンとクルサードだったんだよ〜。もしこのどっちかに抜かれてたら……ぶるる。すぐチームオーダーが入って、ライコネンを先行させ、大逆転、ミハエルはワールドチャンプになれなかったのですから。
今回の鈴鹿で良い走りを見せたのは、このバリちゃんと、…ライコネン(悔しいけど7位グリッドから2位はすごい)、それからダ・マッタと佐藤 琢磨も良かった。ヴィルヌーブをジャパンマネーで追い出した、ってかなり悪役デビューしたのに、(テレビで言うみたいには素直に喜べなかったよ…)そのプレッシャーをはねのけ、なおかつ一年ぶりのF1なのに6位入賞は立派!それからアロンソもねー。がんばってたのにねー。止まってしまった時には、本当に声を上げて残念がりましたよ私。(アロンソがライコネンの前を走ってたから、って理由もあるんだけどね。だってアロンソがリタイヤしたら、自動的にライコネンの順位が上がるんだもん) …さて、反対にふんだりけったりだったのは、この2人しかないでしょう!モントーヤとラルフ!!ラルフは、予選スピンで最後尾スタートだわ、決勝で同じトコでスピンしてるわ、何とかがんばって順位上げてたら、兄貴と接触。コースアウト。何とかレース復帰したけど、スローダウン〜〜。余程、鈴鹿の女神サマに嫌われたとしか思えないこの不幸っぷり。モントーヤは、バリちゃんを抜いて、ペースを上げて、殆ど独走態勢だったんです!!まじで!!……そしたらスローダウンしやんの。けっきょく、この結果でウィリアムズはコンストラクターズチャンプを逃し、ドライバーズ、コンストラクターズともに、フェラーリとミハエルに持っていかれちゃったんだけどね〜。
2年目に突入して、トヨタのマシンが面白い走りを見せてます。(ホームコースってのもあるが)ホンダも、ちょっと元気になってきました。そろそろ、画面でも期待して応援してても良いのかもしれません。(ジャパンパワーを全く信用していなかった私は独逸信奉者)
今年も無事、ミハエルの優勝でF1は終了♪ オフシーズンも、ミハエルの去就についてあたふたする必要もなく。(だって来年もフェラーリだもん♪) あとは、他チームの編成や、来期のフェラーリのマシンと、レースのレギュレーションをちらちら気にしつつ、F1についてはのんびり過ごそうと思っています。
ふふふ………Jリーグに関しては全っ然のんびりできないのだよ………。(落ちるが?!今度こそ落ちるのかヴィッセル神戸!!) NBAは、ジャズにはもうストックトンはいない(引退)し、マローンもいない(移籍)し………イマイチ盛り上がりが………本命…、マブズに乗り換えかなぁ……いよいよ。
2003年10月08日(水) |
『真夜中にはケーキを買って』(某ケーキ屋さん物語。ジャンルミックス…?) |
カランコロン、ともう夜の十二時になろうかという時間に、カウベルの音。 「いらっしゃいませ」 真夜中の客にもかかわらず、オーナー兼ギャルソンは微笑んで出迎えた。 ひょこ、と古めかしい扉をくぐるのは、金色と黒の、特徴的な頭を持った少年。…いや、実際には青年といっても良い年らしいのだが、大きな目といい、華奢な体つきといい、とてもじゃないがそうは見えないのだ。
「こんばんわー。遅くにごめんねー。何かケーキある?」 最早常連となった彼の言動は気安い。彼がいつもの席に座るのを確認して、橘は少年の前に、ベネチアンカットグラスにはいったおひやを置いた。このブルーのグラスも、彼のお気に入りだ。 「おう、まだ閉店には時間があるからな。何がいい?」 橘は、客に対してはくだけすぎる素のままの言葉で尋ねる。…どうせ、彼は自分の同級生の「恋人」なのだ。他に客がいない今、気取っても仕方が無い。
彼は、ちょっと困ったように笑った。何しろ、このケーキ屋、定番はともかく、季節の限定ケーキ等でよくメニューが変わるし、人気があるから、今の時間なら売り切れているものも結構あったりするのだ。 「んーと。何があるの?」 希望を言って、もしそれがなくてがっかりするよりも、このオーナーのおすすめを聞いた方が、絶対間違いない。
橘の目がキラリと光った。まさに、「よくぞ聞いてくれました!」のポーズである。おもむろに、「アンティーク名物、オーナーのケーキ解説」を繰り広げようとしたその時……
「ああ、ちょうど良かった」 厨房の扉が開いた。そこには、眼鏡をかけ、クックコートに身を包んだ男が、常連の客の姿を認めて、人の良い笑顔を浮かべている。 「今ちょうど、「栗のスフレ」が焼きあがったところだよ」 「あ、じゃあそれにする!」 焼きたての栗のスフレ、と聞いて、彼は目を輝かせた。
今まさに解説せんとの体制に入った橘は、見事にその出鼻をくじかれ…… 「小〜野〜〜おまえは〜〜」 おどろ線を背負って、パティシェに詰め寄った。 「…え?…え?僕、何かした?」 小野は状況が掴めず、おろおろとしているところに、再び、客から声がかかる。
「橘さーん、飲み物はロイヤルミルクティーねー♪やっぱここに来たら、橘さんが煎れてくれたロイヤルミルクティーじゃないとなvv」 ぱたぱた、と手を振る客の可愛らしいことったら。 「おう!今とびっきりのヤツ煎れてやるぜ♪」 ころん、と機嫌を良くする橘を、小野はじいぃっと見つめていた。 (橘って……ショタ趣味?自分はゲイじゃないって言うけど、才能はあるんだよ、やっぱり……) あくまで心の声で、本人に聞く術がないのは幸いである。
「今日小野さんだけ?エージさんは?」 「エイジ君は彼女とデートみたいだよ」 「へええ!」 感心する彼に、小野はくすりと笑った。 「…というかね、「パーティがあるから、エスコートの作法を覚える良い機会よ」…って、フランス語の先生に連れていかれたんだよ」 「ああ、あの割れアゴの……」 やはり見ているのはそこか。 じゃ、今持ってくるからね。添えるのはバニラアイスでいいかな?という小野の問いに、彼はこくこく、と頷いた。そして小野は厨房に消えて行く。
「しかし、随分遅くなったんだな」 牛乳をあたため、紅茶の葉を振り入れながら橘が言うと、彼はへへ、と頭をかいた。 「週末、若手の研究会があるんだけど、もー、すっげー盛り上がっちゃってさー。リーグ戦とかもやったんだけど、それ以外の棋戦の検討が面白くって!気がついたら十時半過ぎちゃっててさ。遠くの奴等はそいつん家で泊りなんだけど、狭いから2、3人が泊るのですぐいっぱいになるし、どうせ俺んとこは近いから、帰ることにしたんだ」 「歩きか?だったら結構な距離じゃねぇか?」 「あーうん。だから遅くなるよー、…って電話入れたら、迎えに来るって」 飲んでなきゃいいんだけどねー。…と、彼は苦笑する。誰が迎えに…などとは、橘は聞かなかった。 (結構ジャニーズ系のいい顔してんのに、どう間違ってヤローなんかと……) 代りに、ちょっとため息をついてみたり。 「でも、普通〜、のアパートにあの車じゃ目立ちすぎるだろ?甘いものも食べたかったし、だからここで待ちあわせvv」 「一応、ここらへんも住宅街なんだがな……」 「えー、だって、ここだったら普段橘さんの車も停まってるし」 …イタリアンレッドのフェラーリF40。 「たまに黒塗りベンツ停まってるし」 …オールドベンツ、1972年 メルセデスベンツ280SE3.5。 「だから、今更RX−7が停まったって、誰も気にしないだろ?」
(一緒にするな!)
…と心の中で橘は叫びつつ、茶色の縁取りの皿にナイフ、フォーク、そしてデザートスプーンを並べていった。 丁度、厨房からも小野が飾り付けられたデザートを持って出てくる。小野は彼の前の皿の上に、焼き立ての栗のスフレとバニラアイス、薄く焼き上げたクッキーを添えてチョコレートでデコレされた白い皿を置いた。 「うわ〜vvおいしそう♪」 「ありがとう、あったかいうちに食べた方がおいしいよ」 「ほら、ロイヤルミルクティーお待ち」 「ありがとう♪いただきまーす♪」 上機嫌で、彼は温かいスフレを口にする。栗の香りが口いっぱいに広がり、それはそれは幸せそうな表情になった。 言葉もなく、彼は最高のパティシェのデザートと、極上のギャルソンが煎れたロイヤルミルクティーを堪能した。
「…あ、そういえばさ」 「何だ」 会社帰りのOLにケーキを売り、笑顔で送り出していると、彼が声をかけてきた。 「明日、搭矢先生が帰ってきてるから、久しぶりに搭矢ん家で研究会なんだよ。明子さんにここのケーキ一度食べてみたいって言われてるからさ、お土産に持っていこうと思うんだ。シュークリームとエクレア、十個ずつ予約していい?」 「毎度〜。いつ取りに来るんだ?」 「多分昼過ぎ」 「焼き菓子はどうだ?多少揺らしても型くずれしないぜ」 「商売上手だな〜」 彼は苦笑した。 「今回はいらない。もし気に入ったら、今度は直接明子さんと来るからさ」 楽しみにしててよ、と言いながら、彼は名残惜しそうにバニラアイスの溶けたクリームをクッキーにつけて、ぱりぱりと齧った。 「ああ、待ってるぜ。…ところで「明子さん」って美人か?」 「ん…うん」 (そりゃああいつの母さんだし……) …という声は、やはり橘には聞えない。 (…ふむ、棋士の家の深窓の令嬢!着物の似合う大和撫子!……イイ……!) 暴走している橘の心も、やっぱり彼には分からない。
そうしてそれぞれの思索にふけっていると、かなり乱暴にカウベルが鳴らされた。 「すまんヒカル、遅くなった……!」 「てめぇ緒方!もちっと丁寧に入ってこい!!」 「いいよー。ケーキ食べてたし」
何事かと厨房から出てきた小野が目にしたのは、何ともマイペースに会話する3人の姿だった。 あまり仲がよろしくない元同級生たちではあったが、 「ねー、早くケーキ買って帰ろ〜」 …の彼の声に、2人はころりと態度を改め、最後に残ったケーキ6個を売ることができて、橘はにっこり、ケーキを買ってもらえて、彼もにっこり、彼の笑顔に、恋人もにっこり。見事に大団円でおさまった。
そして彼らが帰ろうという頃。 「…あれ?そういえば千景さんは?」 「……そういやアイツ、帰ってこねぇな……」 「どうしたんだろう?」 「じゃあ、さっき見かけたのソイツか?レッカー移動されてくベンツを、泣きながら追いかけてったデカイサングラスの男」
「………それだ…………」 橘は目眩を感じ、しゃがみこんだのであった。
2003年10月06日(月) |
『台風 2』(女の子ヒカル。…オガヒカ……?) |
台風接近のせいで、せわしなく人々が行き交う駅のコンコース。 誰もが自分の家路へと急ぐ中。 ずぶぬれの少年のような少女と、白いスーツ姿にツートーンカラーの靴といったいでたちの長身の男が立ち止まってお互いを凝視している様は、かなり目立っていた。 しかも、男は顎の辺りを押さえ、不機嫌そのものの目つきで少女をにらみつけてい る。
(かわいそうに…ヤバイのと関わったんだな……) 通りすがりのビジネスマンが、そんな同情を含んだ視線をちらりと投げた。 …そして、それだけ。 誰もが自分のことに忙しかったし、恐かった。
周囲からは、緒方に怯えている、と同情されたヒカルだったが、彼女は彼女で、まったく違った理由で固まっていた。何しろ、緒方はとっくに東京に帰ったと思っていたのだから。こんな地方の駅で偶然会うなんて、思いもしなかった。 …しかし、さっき鞄を勢いよく振り回したのが当たったとは。 (緒方さんって…結構運が悪いのかなぁ……) などとボケた事を考えていた。
「進藤、人に鞄をぶつけておいて、ワビのひとつも無しか?」 緒方は無造作にスーツのズボンに両手を突っ込んで、ずい、と近寄ってみせる。 その顔は、決して凄んで見せてなどいない。 …と、対局時の緒方を知っているヒカルはそう分かっていた。しかし傍から見たら、いよいよどこぞの若頭が少女に向かってインネンをつけているようにしか見えない。 幸か不幸か、緒方もヒカルも、そのような自覚はまるでなかった。
「…へ?……あ、あー、鞄ね。ごめ……じゃないや、スイマセン、緒方先生」 「けっこう痛かったぞ。反動がついて」 緒方の言葉に、ヒカルはへへ、と笑って首をかしげた。 「うーん。人がいるとは思わなかったから。…ところでさ」 「ああ?」 「帰ったんじゃなかったの?イベント会場から、タクシーで出るのを見た気がするんだけど……」 「ああそれは……」
「すいません、ちょっとお伺いしますが」
「?」 「?!」
ずぶぬれの少女と、白スーツの男の会話に割って入ったのは、紺色の制服に身を固めた警官だった。 彼がうさんくさそうに睨み付けていたのは、他でもない、緒方である。 彼は緒方に向かって言った。
「おふたりは、どういうご関係で?」
ぴく、と緒方のこめかみが動いた。 その疑わしそうな目つきから、目の前の警官が自分を疑っているのは十分に見てとれる。それが余計に緒方の機嫌を下降させていった。 冗談ではない。イベントの後、地方の後援会の人々が設けた昼食会に出席し、「台風が接近していることだし、今夜は泊まって、ゆっくり帰って欲しい」…との好意を素直に受けて駅の裏にあるホテルにチェックインしたのはつい先程のことだ。しかし碁盤も何もないホテル、しかもまだ夕方とあっては、バーも開いておらず、暇つぶしに駅ビルにあるであろう書店でも覗こうかと駅に来てみれば、ふと目に付いた、金と黒の2色の髪。見間違いでなければ、こんな髪を持つ人物はひとりしかいない。確かに、イベントでは一緒だったが、もうとっくに東京に戻ったとばかり思っていたのに……何故、彼女がこんなところにいるのか。 不思議に思って声をかけようと一歩踏み出したら、目の前に迫る小さいが作りはしっかりしていたボストンバッグ。避けようがなく、それは見事に顎にヒットして、かなりの打撃を受けた。 ……むしろ、被害者はこっちである。
それなのに。
何故、警官なんぞに援助交際かなぞと疑われなきゃならんのだ!!(いや、警官が疑ったのは恐喝とか未成年の風俗勧誘とかヤミ金の取り立てあたりなのだが) ぎり、と緒方の目が険しくなる。
しかし、五十代とおぼしきベテラン警官も負けてはいない。緒方をぐい、と下から見つめ、目をそらさずに職務質問を続けた。彼の後ろには、まだ少年めいた、あどけない少女。守ってやらねばと、彼の警察官としての使命感は否応なしに盛り上がる。
「見たところ、ずいぶん年が離れているようだし……まさか、兄妹でもないでしょう?あんた一体……」
警官の言葉に、緒方は目を細める。ここまで言われて黙ってなるものか。遠巻きにも何事かと人々の視線も感じる。その視線も、緒方を苛つかせた。 (この聴衆の前で、コイツを土下座させて謝らせれば、ちったぁは気分も晴れるか。…本当なら、人気のないところでボコりたいとこなんだがな………)
腐ってもタイ。年はくっても元ヤンキー。
緒方がいよいよ危険な様子になってきたのを察したヒカルは、とっさに警官の腕をひっぱった。
「おまわりさん、やめてよ!その人は、本当にオ…じゃない、アタシの兄さんだってば!」 「何?」 警官が驚いてヒカルに振り向く隙に、ヒカルは彼の横をするりとすりぬけ、向こうにいた緒方にひし、と抱きつく。
(進藤?) (しっ、頼むから調子合わせてよ)
自分の腕にとびこんできたヒカルをとっさに抱きとめてやると、ヒカルは小声で囁いた。 警官は2人に向き直る。
「君、本当かね?」
…だまされているんじゃないのかね?と言いたげな視線に、緒方が反応しかけたが、それはヒカルがぎゅ、と、緒方の脇腹をつねりあげて止めた。
「ホントウだよ!さっき電話して、ずぶぬれになっちゃったから迎えに来てって…電話したんだ。…ね、セージ兄さん!」
視線が語る。合わせろ…と。
「あ…ああ」
「通報では、その兄さんとやらが、君を威している、と聞いたのだが、それはどうしてだね」 「え…それは……」 ヒカルが言葉につまると、緒方がぐい、とヒカルの肩を抱き寄せた。 「出かけるのなら、台風が近づいているから傘を忘れるな、と注意したのに、しっかり玄関に忘れていってたんですよ。…そうしたらこのザマだ」 緒方は、濡れてしまったヒカルの髪をハンカチで拭いてやった。 「え…へへ……そんなワケで…おこられてました……」
ヒカルが申し訳なさそうに肩をすくめると、警官は拍子抜けしたように肩を落とした。兄弟にしては、年が離れてはいるが、兄は薄い亜麻色の髪に榛色の目。妹にいたっては、前髪が完全に金髪だし、目は、灰色の混ざったような不思議な色をしている。おそらく、この2人はハーフか何かなのだろう。そうなると、顔立ちの似てる似ていないの判断など、彼には不可能だった。
「そろそろ帰っても良いかな。…妹に風邪をひかせたくないのでね」 かみつくような兄の視線も、妹の身を心配していればこそだ、と思えば納得もつく。 彼は、あらためてハッとして、姿勢を正した。 「失礼しました!外もかなり雨風が強くなっております。気をつけてお帰りください」
緒方はそれには応えようともせず、ヒカルを促した。
「…行くぞ」 「うん……おまわりさんも、がんばってねーvv」
ヒカルはひらひらと手を振り、警官はヒカルのその無邪気さに少し顔をほころばせる。そして、駅の外を見ると、雨風はますます強くなっている。 …少し駅周囲を見回ってから交番に戻ろうと、警察官は歩き始めた。
時々、好きなカップリングを検索して飛び回ったりするのですが。
先日、すごく、すごーく!素敵なオガヒカ小説を書いておられるHPがあったので、衝動のままにカキコしたのですよ。 「はじめまして〜♪」から始まって。 ひとしきり感想を書いて満足して、それから数日後のさっき、そこにおじゃましてみたら、その作家さんからレスがついていました♪(うれし〜♪)
…んで、その内容。 「実は、「はじめまして」ではないのですよvv」
……へっ?!
何とまぁ、その方は、時折ウチのサイトに立ち寄られていたとのこと!! うわわわわわ!!そんな畏れ多くももったいなくも!!! ものっっそい(ものすごく)、恐縮しましたし嬉しかったのでございます。
これもご縁ということでvv 今度、そこのサイトさんとリンクさせていただけないかどうか、許可申請中☆ オガヒカ書いてて、よかった〜〜!!
2003年10月04日(土) |
……さて、どうしよう? |
千住 博のカレンダーを買うか、それとも毎年恒例の黒井 健のカレンダーにするか。 ……いや、そうじゃなく。(それも十分悩んでるけど)
何かこう、小ネタの勢いが止まりませんね……。(笑) 相変わらずひとつのものを集中して書いてはいませんが、頭の中に浮かんでいくネタを次々に書いているような感じです。 うーぬ。だから、きちんとした設定をもとに書く長編を書いてないんだよなぁ……設定はあるのに……。…というか、今はどっぷり小ネタモードなのかな?頭の中が。…ま、いいや。それはそれで、流れに身をまかせよう。
迷っているのは、ヒカ碁のコンテンツの中に、女の子部屋を作る方が先か?それとも、全ジャンルを通しての裏ページを作るか? 先日、知人に「萌え100」なる小説お題集を教えてもらいましてね。 マジでエロネタががばーっっ!っと浮かぶ危険なシロモノ。 苦手だったはずが、そのお題で次々に浮かぶたぁ、どうしたこったい。(爆)
さぁて、女の子部屋が先か?ウラ部屋が先か?
両方いっぺんにはアップできないです。何せ、手打ちタグで作ってるアナログ人間だもんで。
さぁて。
どーちーらーにーしーよーおーかーなー…………
2003年10月03日(金) |
『月光 5』(ヒカ碁小ネタ。ヒカル19歳) |
鼓の音がひびく。
秋の、すすきが風に揺れる庭で。 ほのかな行灯の灯る庭で。
先程までの虫の音は絶え。
月光の下、ヒカルが打つ鼓の音だけが、こだましていた。
高い音、低い音。少しこもった音、かすかにしか聞き取れぬ囁きのような音。 深く響くヒカルの掛け声。
音と、月の光に魅せられて。
そこに座した人々は、ただ、その光景を眺めているだけ。
それは、ほんの十分ほどの、わずかな時。
――しかし、人々には長くながく、いつまでも続くように、感じられた。
ヒカルは、きゅ、と眉をしかめる。 月を見上げて。
――まだ、終わっていない。 最後まで、打ちきらなくては。
それまでとは違う、はりつめた、しかしゆったりとした声が消える瞬間。
「――――!―――」
人々を目覚めさせるような、これまでで一番冴えた音が響き。 ――そして、静寂が帰ってきた。
ヒカルは、ゆっくりと、構えていた鼓を下ろした。 彼の視線は月から離れない。 …まるで、月からの言葉を待っているように。 しかし、その言葉は、もう、決して聞くことは………
ヒカルは、ゆっくりと、目を閉じた。
痛いくらいしずかな夜。
沈黙するヒカルに、微かな音が届いた。
「…?…」
目を閉じたまま、耳をすませる。
……確かに、聞えた。
「…ヒカル?」 鼓を打ち終えた後、動こうとしないヒカルを思い、緒方がヒカルの側に近づいた。 「――しっ。黙って」 ヒカルは緒方を制して、人差し指を唇にあてる。 何事かと息をのむ搭矢一門の耳にも、やがてそれは聞こえはじめた。
鈴を転がす、虫の音。
ひとつが、やがてふたつに。 ふたつが、やがて織り重なるように高く、低く。ころがる、ころがる。
「月からの、贈り物のようね」
明子は、ふわりと微笑んだ。
「そうだな」
行洋は、無意識に組んでいた腕をほどき、焼酎のグラスを手に取った。
「きっと、進藤くんの鼓の音に対する、月からの、お返しなんだろう」 夫の言葉に、明子は微笑む。 「…ええ。きっと」
彼らの視線の前には、虫の音に聞き入る彼らの息子と、そして弟子たち。それから、月の色の髪をした青年。
そんな彼らを、月のひかりがやさしく照らすのを、ふたりは、見ていた。
「進藤」 「あ、搭矢」 「良いものを聞かせてもらった。ありがとう」 「へへへ……あんまし、稽古時間取れてないから、自信はなかったんだけどな」 「いや、冴えた良い音だった。驚いたよ。君にみんな特技があったなんて」 「進藤く〜ん、すごいじゃん!ねぇねぇ、これが鼓?どう鳴らすの?」 「あ、芦原さん、構えが逆……いや、胴を握ったら音は出ないってば!」 「この朱色の紐はなんだ?ずいぶんケバ立っているが…」 「絹じゃないな……ワラ?」 「進藤、喉が乾いただろう。何かいるか?」 「ありがと、緒方さん。俺、さっきの焼酎が………」 「却下。よし分かった、サイダーにしてやろう」 「あはははは、まだお子様だからねぇ」 「来年でもう二十歳になるってばー!」 「進藤、あっちの床几で打たないか?」 「おう♪」 「しかし意外な芸でしたね」 「今年の棋院の忘年会で披露してもらったらどうだ?」 「鼓だけでは寂しいでしょう。笛か何か……」 「謡がついたら格好が良いなぁ」 「『たぁ〜かぁ〜さぁ〜ごぉ〜やぁ〜〜』か?」 「それは結婚式!」 「懐かしいわね。確か、私たちの時には桑原先生が『高砂』を謡ってくださって」 「そうだったな」 「奥さん!アキラたちのサイダーはこれで良いんですか?」 「ああ、ちょっと待って。せっかくだから、少し梅酒を混ぜてあげましょう」
2003年10月02日(木) |
『視線 2』(オガヒカ小ネタ。ヒカル19歳) |
緒方は3目半差で芹澤を下した。 検討の後、さぁ食事だ!と倉田棋聖が騒ぎ出し、芹澤以外のメンバー、緒方、白川が連れられ、ヒカルは運転免許を所持する未成年として、運転手にかりだされた。 運転手(ヒカル)がいるから、と安心きった大人たちが、倉田の行きつけだという焼肉屋で大いに飲んだのは言うまでもない。
…そしてヒカルは、まだ初心者マークのついた愛車の白いスターレットで、配達よろしく大人げ無い大人たちをそれぞれの家の前に転がしていったのである。(家の中まで運んで…なんて、そこまで世話を焼く気はさらさらなかった)
「…やれやれ……やっと着いた………」 緒方のマンションの駐車場に車を入れ、ヒカルはやれやれと息をつく。 いつもは緒方のRX−7が駐まっている場所だが、今日は棋院に置いてきてある。緒方が、ヒカルのスターレットもこの場所に駐める車として登録してあるので、管理人からとがめられることもない。
「緒方さん、緒方さん、おーがーたーさん!」
緒方は助手席で眠りこけていた。ヒカルはそれをゆさゆさと揺り起こす。とてもじゃないが、ヒカルでは緒方をかついで部屋に運ぶなんてことはできない。
「……ん、ぁあ?」
寝ぼけた様子で眉をしかめ、自分を起した本人を睨み付ける様子は、どこの極道だとツッコミを入れたくなるほどの風情だったが、ヒカルにとっては、ただの無防備な状態としか見えていない。ヒカルはくすくすと笑った。
「まったく……かわいーなぁもう」
――蓼喰う虫は此処にいる。
ヒカルは、緒方の頬をぺちぺち、と叩いた。
「着いたよー。早く起きて部屋に帰ろう?」 「…………………」
とりあえずまだ意識は朦朧としながらも緒方はヒカルの言う言葉にしたがって、車から降りた。 そんなに多く飲んだ訳でもないので、足元は思ったよりもしっかりしている。呆っとしているのは、どうやら眠いだけらしい。
自発的に歩いてくれさえすれば、緒方を部屋につれて帰るのは比較的簡単だった。 部屋に入ると玄関のドアはオートロックがかかるので、緒方は入るなりバスルームへ直行した。シャワーでも浴びる気だろう。 ヒカルはオートロックのかかったとびらに、さらにもう一つの鍵をしめてチェーンをかけ、ミルクティーでも煎れようとキッチンへ向かった。
牛乳を温めようと冷蔵庫をのぞいたが、ちょうど切らしていた。 コーヒーフレッシュがあったので、これでもいいか、と紅茶の缶を開けたところで、緒方がシャワーから出てきた。腰にバスタオルを巻いたまま、タオルでがしがしと髪の水分を乱暴に拭き取っている。 「何を入れてるんだ?」 「紅茶〜」 「俺にはブランデー入れてくれ」 「ん」
とりあえず注文通りに紅茶を自分たち専用のマグカップに入れてリビングに行くと、黒のディアドラのジャージに黒のシルクシャツという、完全に「くつろぎモード」の緒方がソファに座っていた。 手渡しして落とすのが怖い(前科アリ)ので、ヒカルはソファの前のテーブルに自分たちのマグカップを置く。 そしてヒカルは緒方の足元の横に、愛用のクッションを敷いて座り込んだ。 すると緒方は不満そうに、眉をひそめる。 「オマエの場所はこっちだ」 と言うがはやいか、ヒカルを引寄せ、同じ足元でも、緒方の膝の間にひっぱりこまれた。それで一応満足したのか、緒方は自分用の紅茶に手を伸ばす。 ヒカルも、両手でマグカップを持ち、手をあたためながらこくり、とミルクティーを一口飲んだ。
緒方もブランデー入りの紅茶の香りを楽しみながら、しかしカップを持っていない手は、ヒカルの耳元から首筋に遊ばせている。 「くすぐったいよ」 ヒカルはくすくすと笑いながら、また一口、ミルクティーを飲む。
「おい」 「なに」
緒方は紅茶を口にする。
「今日の対局中………どうした?」 「え?」
ヒカルは首をかしげた。ついでに、頬に触れていた大好きな手になついてみる。
「オマエ、盤面を見てなかっただろう」 「……あ、ばれた?」
ヒカルはぺろり、と舌を出す。
「なんとなく……気配がな。特に、あの一手から後ずっと」
そう、まさしく勝負の分かれ目となった、あの一手から。 自分は対局に集中していたのだが、何故か感じた、「自分」への……視線。
「……うん。見てたよ。緒方さんを」
「何故」
緒方はヒカルの金色の前髪をいじる。
「あの時、緒方さんが……すごい、真剣でさ」 「そりゃそうだろ」
対局中なんだから。
「ものすごい気迫で……怖くてさ」
今にも、獲物に食らいつきそうな。
緒方は、ヒカルの髪をくしゃり、とかきまわした。 「…怖がらせたか」 「ううん」
ヒカルは、くい、と上を見上げ、緒方の顔をそこに認めて、にっこりと微笑んだ。 ――あの、対局室で見せたものと同じ表情で。
「……すっごく、綺麗だったから、見とれてた」
緒方は軽く目を見開いた。 それは、ヒカルの言葉のせいか。 …それとも、この、ヒカルの微笑みに緒方の方こそ見とれたせいか。
ヒカルは、真上の緒方を見上げたまま、そっと手を伸ばして、彼の頬に触れた。 …まるで、その存在を、確認するかのように。
自らの頬に添えられたヒカルの手の感触に、緒方はにやりと笑う。
「…惚れ直したか?」 「ん………二週間前、俺には負けたけどね」 「うるせぇな」
緒方は、自分のカップを置くとヒカルの手からもマグカップを奪い取り、まだ半分以上も中身のあるそれをテーブルに置いた。 …それと同時に、ヒカルの唇も奪う。
口づけたまま恋人の躯をずりあげ、トレーナーをたくし上げたら、素肌の感触をたっぷりと味わう。 「……ん………んぅ………」 そのままソファに押し倒したら、ヒカルの腕は背中にまわってきた。 緒方はその感触に満足しながら、緒方は口づけをほどき、ヒカルの頬に、鼻に、瞼にキスをしかける。
「ヒカル……」
呼びかけに、うっすらと開かれる瞳。 グリーングレーの、森の色。 緒方はその色をじっと見下ろした。
「緒方、さん……」
ヒカルは、恋人の、はだけたままの黒いシルクシャツの隙間に、手を滑らせる。
どう、してほしいのか。 それは。
シセンガ、スベテヲカタッテル―――。
2003年10月01日(水) |
『月光 4』(ヒカ碁小ネタ。搭矢邸にて) |
丁度、アキラが床几の上での対局が終わり、彼は何か温かいものでももらおうかと、縁側を振り向いた。
するとそこには、先程まではいなかった、彼がよく知る人物が、ひとり。 あの特徴的な前髪は、この薄明かりの中でも見間違えようがない。
「しんど……」
声を、かけようとして。 アキラは、彼の表情が、いつもの明るいそれではないことに気付いた。
碁盤の前に座る時の、張り詰めたような、 小さな子供が親の腕に抱かれる時の、甘えたような、 いまは無いふるさとに焦がれて、嘆くような。
しゅるり、と衣ずれの音をさせ、縁側に座った彼は、そのすべての表情を混ぜたような雰囲気で、鼓を自らの前に置いた。 一度、眼を伏せた後に、ふ、と顔を上げ、微笑む。
アキラが、行洋が、明子が、緒方が、そこにいた一同が。 その視線を追い、そこに、十五夜の月が煌煌と浮かんでいることに気がついた。
大好きだった、十五夜の月。
ほのかな灯りのともる、和風の庭。
何よりも好きだった、碁盤と碁笥と碁石。 それによって創り出される宇宙……囲碁。 そしてその宇宙を紡ぎ出す、棋士。
その全てが揃うこの庭で。
(……佐為………今から、約束の合奏、しような)
月の光が、ヒカルには、かつて佐為が聞かせてくれた笛の音のようにも思えた。
ヒカルが、鼓の締緒をほどく。 麻の調べ紐を左手でそっと握ると、鼓を右肩の位置でかまえた。
すっ、と息を吸い込む。 一瞬の緊張。
そして、右手をゆるく前へ差し出し、一瞬後、ヒカルの腕が鼓へとしなる。
9月、十五夜の月の下。
澄んだ鼓の音色が、こだました。
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