petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年09月30日(火) 『視線』(オガヒカ小ネタ。ヒカル19歳)

そこは、確かに「音」が存在するのに、その場を現す言葉は、「静寂」意外のなにものでもなかった。

記録係の棋譜を読み上げる声。時計係の秒読み。碁笥の石を探る音。観戦者のため息。お茶を注ぐのどかな音。
そして。

ぱちり。

かすかな音すら聞き取れるほどに静かな空間は、この音に一瞬、すべてをかき消される。
…言いかえるなら、それ意外の音を忘れさせる。
そこにあるのは、白と黒との星の宇宙を創り出す、棋士が、ふたり。



……その空間に、ひとりの棋士がするり、と入り込んだ。
ジーンズにトレーナー。そして背中に背負われたデイパック。
どこの若僧が観戦しに来たんだ……と、古参の記者はうさんくさそうに彼を見上げ……そして慌てて座を空けた。

本因坊リーグ戦、緒方二冠 対 芹澤九段。
この対局を観戦に来たのは、先日緒方を破り、現在本因坊リーグ全勝を誇る進藤 ヒカル天元だった。
ヒカルはひょい、と軽く頭を下げるとデイパックを静かに下ろしながら座る。デイパックには、彼の愛用する扇子が、無造作に差し込まれてあった。
緒方とはもう対局したものの、芹澤とはまだこれから当るのだ。その様子見といったところだろうか……と思いつつ、記者は、これまでの対局の様子について棋譜をのぞき込んでいるヒカルを眺めていた。



ぱちり。



緒方の一手に、ヒカルの目が煌いた。
打たれた芹澤が、膝に置いた手を思わず握り込む。
記者はその気配に慌てて盤面をのぞきこみ、あっと声が出そうになったところを何とか堪えた。

半目勝負の対局でシノギを削っていた局面で、緒方が左上の黒の芹澤の陣地へ苛烈な攻撃の一手を切り込んできたのだ。
こうなると、芹澤も中央の戦いだけに集中してはいられなくなる。今の一手を無視すれば、取れるはずだった何目かは強引にえぐりとられてしまうだろう。このようなギリギリの対局において、それは命取りだ。
芹澤の周囲だけ、暖房のせいではない熱さが発生したようだった。
しかし彼はそこから一息つくことはせず、さらなる気迫を込めて盤面を凝視する。

そして緒方は、先程の一手と同様に、触れるものすべてを切るような、鋭い気配を漂わせたまま微動だにしなかった。
他を威嚇しようとするそれではない。
全てに動じずに相手の動きを待つものでもない。

凍り付いたように動かない、緒方。
しかし、その彼からにじみ出てくるような激しさは、彼のその動作とは裏腹に、他を圧倒せずにはおかない。
眼鏡の奥に光る、鋭い視線のように。
沈黙を保ったまま。
「焼刃の匂いのする、氷刃」
対局時の緒方をそう言ったのは、誰だったか。

激しく躍動する紅い炎よりも、強烈な光と熱を発する、白い炎。
緒方が身にまとうのは、その色と同じ。


芹澤が、額の汗をぬぐおうともせずに次の一手を指し、
緒方は、すい、と眼鏡を上げた後、碁笥の中の白石を取り、その長い指で弄んで、盤上に打ち込んだ。


記者はぶるりと震えた。おそらく、先程の一手が、この対局の勝負を分けるものとなるだろう予感はした。そして、「それ」を「そう」たらしめるには、ここからの薄氷の上で戦うような、繊細さと苛烈さをないまぜにしたような戦いが繰り広げられるのだ。
そしてこの部屋を、実際の圧迫感を伴う戦場へと、変えてしまう。
彼のペンを握る手は、自然に汗ばんでいた。



ふと。



彼は、隣に座るヒカルを見る。
このような激しさを見せるこの対局を、若きタイトルホルダーはどのように見つめているのか………興味があった。

息をころして、真剣に見詰めているのか。
頬を紅潮させて、見入っているのか。
…まさか、若いとはいえ、タイトルを取った棋士がこの対局の気迫に押されて青ざめるなんてことはないだろう。



どれも違っていた。







ヒカルは、微笑んでいた。



この緊迫した空気の中で。
くいいるように、見つめながら。
「嬉しくて嬉しくてたまらない」といわんばかりに、ただ、微笑んでいた。





彼の視線にあるものが何なのかも知らず。
記者はそんなヒカルの表情に、口をわずかに開いたまま、何も言えずにぼんやりと見つめているだけだった。



2003年09月29日(月) 今季優勝に王手!!

やった〜〜〜〜!!!!

ミハエル、F1アメリカGP優勝、おめでとう〜〜〜〜!!!


やってくれましたよシューミィ♪
流石は王者の貫録ですミハエル!!

いやもう、予選結果聞いた時はどうしようかと思ったよ。

7位だったんだもん

まぁ、オーバーテイクポイントが割とある(他のサーキットに比べればね)インディアナポリスサーキットですから、決勝でまきかえしてくれるにちがいない!
…とは思ってましたけどね。
それでもやっぱ、不安になるじゃんよ。(最近スタート良くないし……)

そうしたらもう!
途中で雨が降ったんですが、それにもペースを乱さず、ピット作戦もうまくはまるし、ブリジストンのレインタイヤ、よくもってくれました!!

気がつけばトップを疾走してるじゃないのさ!!!(興奮)ブラボーーーーっっっっ!!!!
久々に「ミハエルのドライバーとしての実力」を見た気分ですvv
ええ、昔、ターミネーターとか音速の精密機械とかパッシングされてましたが、(ホント、ベネトン時代のミハエルって、「傲慢な挑戦者」だったよなぁ……うっとり)それでも、そんなパッシングすらも、圧倒的な「実力によって出された結果」によって、周囲を黙らせるという、そりゃーもぅ、ステキな荒ワザをやってくれてたんですってば!!
今回の7位スタートからのミハエルの雨の走りは、それを彷彿とさせるものでした♪


さぁて、と。
これで、ミハエルの総合ドライバーズポイントは92だもんねー♪
2位のライコネンが83ポイント。9点差。
つまり、ミハエルが鈴鹿でノーポイントとなり、ライコネンが優勝して10ポイント挙げない限り、ミハエルの優勝は決定するのです!!
つまりは、ミハエルはポイント圏内(8位以内)でゴールすれば優勝決定!!
今回アメリカGPで、バリちゃんを押し出しやがったモントーヤ(許すまじ)に至っては、10ポイント差の82ポイントやけど、たとえミハエルが鈴鹿でノーポイントで、モントーヤが優勝して10ポイント取ってミハエルのポイントに並んだとしても、優勝回数はミハエルのが上だから、この場合でもミハエルは優勝!!

もちろん、鈴鹿GPでも、ミハエルが優勝して、今季の優勝を決めてくれれば一番!良いんだけどね♪

まさしく、今季優勝に王手をかけたアメリカGP。
ミハエルの走りは、すっごかったぞぉぉぉ♪
さーて、アメリカGPが載ってる雑誌はチェックしなくちゃvv



2003年09月28日(日) 『台風』(女の子ヒカル。オガヒカ)

「うん……。そう。どうも台風、こっちに直撃するみたいでさ。JRも飛行機も止まってるし…。うん。だから、今日はこっちに泊るよ。…え?大丈夫、ちゃんと確保できたから」

駅の公衆電話で、ヒカルは自宅に電話をかけていた。
地方でのイベントに来たのは良いのだが、帰る頃になって、台風接近のため、交通手段の殆どが止まってしまったのである。

「じゃあ、台風やりすごして、JR動き出したら帰るようにするから。…あ、それと、この雨で、携帯濡らしちゃったからさ、携帯に電話してもつながらないから、覚えといて。……うん。…うん。………もう!大丈夫だってば!切るよ!!」
いささか乱暴に受話器を置いたヒカルだが、彼女の様子は、それほどの勢いはなかった。

「大丈夫……って、実は全然大丈夫じゃないんだよな〜」
心配するだろうから母親にはああ言ったけど、実は、今夜の宿の確保などできてない。

イベントが終わったのはお昼過ぎ。…そこから、「近くにおいしいラーメン屋さんがあるらしい」との情報につられて、より道したりついでに観光なんかしたのがまずかった。
…気がつけば、店の外は大雨、ぷらす強風。タクシーでとりあえず駅にきたものの、そのタクシーから駅までの短距離を走っただけで既にずぶぬれになってしまい、おかげでジーンズのポケットに入れていた携帯電話が昇天した。
とりあえず今夜泊るところを決めようと案内書に行ったのだが、この台風のせいで、どこも満室だという。

ヒカルは、ため息をつきながら外の雨を見つめた。
「やっぱ、今日は駅で泊りかなぁ〜」
こんな状況だから、同じように駅で泊る人もいるだろうし、そんなに注意もされないだろう。
とりあえず、この濡れた服だけでも着替えたい。…気持ち悪いし、ちょっと寒気もしてきた。

駅ビルのショッピングモールが閉まらないうちに着替えとタオルを買って……着替える場所は

「トイレでいっか」

ヒカルはひとりごちて、小さなボストンバッグを勢いよく肩にかつぎ直した。
…途端に手に伝わる、どしん、という振動。

「え?」

どうやらこの手応え、誰かにボストンバッグをぶつけてしまったらしい。しかも、結構勢いをつけたから、当った方は……結構、痛い、だろう。
おそるおそる振り向くと。
そこには、顎を押さえてしかめっ面をした長身の男が立っていた。

「……進藤…この俺の顎に遠心力パンチを食らわすとは、いい度胸だな…………」

「ええええ?!緒方さん??」


――そこには、今回のイベントのメインとして参加していた、緒方棋聖十段が立っていた。



2003年09月27日(土) 『−熱−』(ヒカ碁小ネタ。楊海×伊角)

「…あ、目が覚めましたか?」

「…イスミくん…?」
「はい」

まだぼんやりとした様子の楊海に、伊角はふわりと微笑んだ。
楊海は辺りを見廻す。

「楊海さんが滞在してるホテルの部屋ですよ」
「ああ…そうか。仕事の後で君と会って……」

その後、どうも様子がおかしいので無理矢理ホテルの部屋に連れ帰り、ベッドに寝かせたらそのまま熱がぐっと上がって起きられなくなった、という。
伊角が慌ててフロントに連絡し、呼んでもらった医者の言う話では、「過労と、このところの寒暖の差が激しい気候に体がついていけなかったことが原因」…とのこと。
つまりは風邪だ。


「また、無理をして……徹夜続きだったそうですね?」
「一刻も早く終わらせて、君に会いに行きたかったんだ」
仕事での来日だから、滞在の時間は、限られてしまう。
「それで体をこわしていたら元も子もないでしょう?」
…やれやれ…と、伊角は軽くため息をつきながら楊海の額にはりついた髪をはらってやる。先程より下がったようではあるが、まだ、熱い。
伊角は立ち上がると、さっきまで楊海の額に乗せていてぬるくなったハンドタオルを洗面所で洗い、冷やしてやる。それから丁寧にたたみなおすと、ベッドに戻って、楊海の額に、そっと乗せた。
そのまま、滑らせるように頬にも触れる。

楊海はその感触に微笑んだ。
「伊角くんの手…冷たい」
伊角はその手をそのままにふふ、と微笑う。
「水を使ってたから」
頬に添えられた手をとり、ぎゅ、とつかまえた。
「きもちいい……」
「楊海さんの手が熱いんですよ」

幼子が親の手を欲するように、もう片方の手も伸びてきたので、伊角はその手も、水で冷たく冷やされた自分の手でそっとつかまえてやる。
すると、安心したように微笑む彼。
なんとなくその姿がかわいらしくて、つい、じっと見つめてしまう。
楊海も、伊角を見つめていた。
何かもの言いたげに。

(何………?)

首をかしげたその時に、握られた両の手に力がこめられ、引寄せられた。
伊角は逆らわず、そのまま楊海の上半身にのしかかるような体制になった。楊海に体重がかからぬように、少し、手に力がこもる。

ゆっくりと近づいてくる楊海の顔に、伊角は、自然に瞼を伏せた。


探るように触れられる唇。
自然に開かれた唇から、誘うように舌が滑り込む。
つい、怯えたように応じてしまう。
触れては、逃げて。
誘われれば、ほんの少し、応えて。
「………ん………」

鼻から呼吸はできる、けど。
息がくるしい………。

けれど、触れてくるそれを、拒めない………。




伊角の手を捕らえていた力が、ほんの少し緩められた時。
彼は、ゆっくりと、顔を引いた。
そして、そっと恋人の熱い頬に頬をすり寄せ、くちづけた。
楊海も、伊角の頬、鼻、顎、そして唇と……軽く触れるように唇でふれてゆく。
そしてもう一度……という風にわずかにまた手に力を入れられた時に、伊角はふ、と顔を離した。楊海の顔を、見つめながら。

「……こぉら…」
伊角はふわりと微笑む。
「病人が、何をやってるんですか……」
楊海も微笑む。

伊角はそっと楊海の手からそっと逃れ、楊海の熱でぬるくなったタオルをとりあげた。
離れてゆく彼に、楊海が目をすがめると、伊角はそっと、囁いた。
「タオルを冷やしてくるだけですよ…。ついでに、アイスノンも新しいのを持ってきますね」

だから、どこにもいかない。



熱にうなされるアナタ。
タオルといっしょにこの両の手も、水でひやして。
貴方を、癒してあげよう。


キモチイイデショ………?



2003年09月26日(金) 誕生石であれこれ。

先日、誕生石で笑える話を聞きまして。
(11月生まれの彼女の誕生石が分からず、彼女に聞いたら「さて、なんでしょう♪」って返され、知ってる限りの宝石の名前を挙げてみてもかすりもせず、「何色?」と聞いたら、「よく見かけるのは水色。でも私が好きなのはオレンジ」と返されて余計に混乱し、2日後、ようやく「オパールだったんだ!」と自信満々でメールしたら、「惜しい。10月やそれは」と返され、調べに調べた彼氏、ようやく11月の誕生石は「トパーズ」と判明。彼女に「正解♪」とマルをもらうと、「やっと眠れる…」とのたまったとか。気になって眠れなかったらしい。(笑)しかし男の人って、トパーズって知らないのかねぇ?ちなみに、トパーズはホントに色のバリエーションは豊富ですよ。最近は猫も杓子もトパーズといえば「ブルートパーズ」しか店頭に並べてないので面白くないなぁ。せめて「インペリアルトパーズ」置いてくれ。目の保養に(←オイ))

そんなこんなで、私の好きな各キャラの誕生石を調べてみると……。


薫ちゃん→5月生まれでエメラルド。宝石の言葉は「幸福、幸運、夫婦愛」。
何か妙に頷けますね。傷だらけになっても(エメラルドは結構中にインクルージョン入るから…)、それすらも包んでさらに輝きを増す、健気な、しかしつつましい緑の輝き。まさしく5月の緑、幸福の色vv薫ちゃんだったらちいさな石で、ピアスしてほしいですね。大きな石を使うならチョーカーでvv


乾さん→6月生まれで…真珠とか、ムーンストーンとかあったけど、これしかないでしょ!「アレキサンドライト」!!言葉は「高貴、情熱、安らぎ」
人工光と自然光でその色を鮮やかに変える不思議な石です。普段のポーカーフェイスの下に隠された熱い心。もちろん、それを知るのは限られた人物で…ええ♪乾さんの腕の中で安らげるのは薫ちゃんだけに与えられた特権ですとも♪
身につけるなら……?うーぬ。特注で腕時計の文字盤の代りに使用とか。(できるのかな)指輪だったら、トップの石が突き出ない、リングにはめ込まれたものが良いんじゃないかと。


ヒカル→9月生まれでサファイヤ。言葉は「慈愛、誠実、徳望、貞操 」。
ちょっと意外かも…と思って調べてみたら、甘かった!サファイヤって、いろんな色があるんですね。ものすごくカラフルで、イエローサファイヤなんてマジ可愛いです!基本はやっばり「矢車草の青(コーンフラワードブルー)」ですが、パパラチアンも良い色ですよー。オレンジがかったピンクは、まさにアジアの暁の色♪
古くは妻の浮気防止に貴族の夫が妻に贈ったという逸話もあるとか…緒方さんがヒカルに贈る可能性は大ですな(笑)。緒方さんがヒカルにどんなサファイヤを贈るかは、もう既にネタがあるのでナイショ♪男の子バージョンと女の子バージョンで変えようと思っています。


神谷さん→10月生まれでオパール。言葉は「安楽、忍耐、希望、無邪気」。
「忍耐」っつーあたりが笑わせてくれますな。どっちかってーと「無邪気」でしょう。神谷さんは。神谷さんが持つなら、絶対ブラックオパール!!母石が黒あるいは濃いグレーで、イエロー、オレンジ、レッド、グリーン、ブルー、インディゴ、バイオレットの7色が神秘的に交ざりあってできる綺麗な石です。見ていると「地球」みたいな石ですよ。たくさんの辛かったこと、楽しかったこと、そして未来を全て抱えて、そして輝いてゆく神谷さんにはぴったりな石じゃないでしょうか。身につけてもらうなら、大き目の石を使って、チョーカーですかね。黒のベルトで、金具は金。割れやすいのでタイピンやカフスにはできない……指輪もねー。トップにつけてても、神谷さん、すぐ人を殴ったりするから……割れます。速攻で。(笑)


…以上、分かる範囲で書きましたが、もっと書きたい人がいるのに、データがない!!(号泣)
ルディと緒方さんと越野(SD)と仙道(SD)の誕生日は、いつなんだー!!!

こういう、アイテムとキャラを考えるの結構好きです。
そしてよくネタが浮かぶのです。
今回書いてても、ヒカ碁のネタはひとつできましたから♪



2003年09月25日(木) 『月光 3』(ヒカ碁小ネタ。やっとヒカル登場)

「こんばんわ」
「こんばんわー」

明子がペンライトを片手に玄関に出ると、それに気付いた緒方とヒカルは軽く頭を下げた。

「こんばんわ、緒方さん、進藤くん」
明子が持つペンライトと、搭矢家の暗さに、緒方は驚いているようだった。
「家の電気も全部消しているんですか?」
「ええ、そうなの。だって、せっかくのきれいな月なんですもの。電気をつけない方が風情があってよろしいでしょう?」
「真っ暗なの?」
とヒカルが首をかしげると、明子はいいえ、と首を振った。
「いいえ。行洋さんが行灯を作ってくださったから、それに蝋燭を立てて灯りにしているの。庭のあちこちにも置いたから、とてもきれいなのよ」
「すっげー!見たい見たい!」
「ええ、どうぞ。足元が暗いから気をつけてね」
明子はヒカルが雪駄をぬぐのをライトで照らし、緒方も三和土から上がったのを確認して、庭へと案内に立った。













趣味の良い和風の庭に点在して灯された、行灯のやわらかい光。
そのほのかな灯りの中、碁に興じる人々。
縁側で空を見上げながら、酒をくみかわしては談笑する穏やかなざわめき。
月に供えられた白い団子。
ゆらゆらと風を招くようなススキ。
ヒカルは、目の前に広がる光景に目をかがやかせた。
「うわぁ……すごい…」
「良い風情だな」
緒方も小さく呟いて、その場に立ちつくしていた。

「進藤くん、緒方くんも。よく来てくれたね。丁度月も良い具合だ」
そんなふたりに気付いた行洋は、ふわりと微笑んで手招きしてみせた。
普段の彼を包む重い雰囲気が、今夜は月と酒の力か、やわらかなものになっている。
「行洋先生、こんばんわ」
「先生、お招きいただきましてありがとうございます」
行洋の前に座って軽く頭を下げたヒカルとは対照的に、緒方はきちっと姿勢を正して深々とお辞儀をした。
やんちゃなようで筋だけは通さずにいられない生真面目さは変わらんな、と師匠は苦笑しながら頷いた。
「今日はそこまでかしこまる席じゃないから、楽にしなさい」
「はい。…先生、よかったらこれを」
緒方が風呂敷から取り出したのは、陶製の瓶に入った焼酎だった。
「…ほう、鹿児島のものかね」
「はい。「はやと」の主人に頼んでおいたのですが、ようやく届いたので」
行洋は手作りと分かる大きな瓶を味わうように両手で持ってみた。酒に火照った手に、陶器の肌が冷たく心地よい。
「ありがとう。早速、いただくとしようか」
「行洋先生、焼酎飲むんですか?ちょっと以外」
ヒカルの言葉に、行洋は苦笑した。
「体に良いというのでね。…倒れて以来、飲むようになったんだよ。…ところで」
行洋はヒカルをまじまじと見つめた。
「進藤くんも、着物を着ることがあるのだね」
そう。今日のヒカルは、いつものような、カジュアルファッションではない。気楽なお月見であるから、てっきり普段着で来るだろうと予想していたので、(緒方ですら、綿パンに半袖シャツ、麻のジャケットというくだけたものだ)紺の楊柳の着物に綿の袴というヒカルの着物姿は、意外だった。
「あ……これは……」

どう説明して良いか、言いよどむヒカルに、グラスとポットを持ってきた明子が助け船を出した。
「今日は進藤くん、良いものを披露してくださるのですって!そうよね?」
「あー…、えーと……はい」
複雑な顔をするヒカルに、緒方は傍らに置いていたもう一つの風呂敷包みをヒカルの前に押し出す。
「ほら、進藤」

「うーん。今日は十五夜だし…一応毎年やってるし……今夜もじいちゃん家でするつもりだったんだけど……いいのかな……えーと」
ためらう様子を見せるヒカルに、行洋は笑ってみせる。
「何のことかさっぱり分からないよ。緒方くん、進藤くんは何を見せてくれるというのかね?」
「これですよ」
「あ、緒方さん待ってってば!」
ヒカルの制止も聞かず、緒方は風呂敷包みを解いた。

そこから現れたのは。


「……鼓……」
「ね、素敵でしょう?進藤くんが、月の下で鼓を打ってくれるっていうのよvv」


「あまり…人前では打ったことがないんだ……いや、ですけど」
ぽりぽり、とヒカルは照れたように頭をかく。


「…昔、すげぇ月が好きな奴がいて」

月が出る度に、指折り数えて。

「そいつが、その月の下でよく笛を吹いてて」

今でも覚えている、その澄んだ音色。月下に佇む、華のような姿。

「ヘタクソでも俺が鼓を打てるって知ったら、合奏しようって、ものすごく強請ってきて」

子供のように。

…ヒカルはうつむいた。
「でも、俺…まだヘタだからって、嫌がって、逃げてばかりいた」
声がふるえる。
「合奏しようって約束…果さないまま、そいつは―――」

―――消えてしまった。

残されたのは、託された扇子と、果せなかった、約束。


叱られた子供のようにうつむくヒカルの髪を、緒方がそっと撫でた。
「それで毎年、中秋の名月の日の夜に、鼓を打っていたんだそうです」
ヒカルの代りに、緒方がそっと後を続けた。
ヒカルの祖父の家で。小高い、月がよく見える山の上で。月光がふりそそぐ海の前で。
涙をこらえながら、一心に鼓を打つヒカルの姿を、緒方はいつも見つめていた。
それが終われば、いつでも、抱きとめてやれるように……。


行洋は、知らず、袖の中で腕を組んで聞いていた。
「…今夜は、何故?」
そんな供養を意味する鼓ならば、何故、今夜はこの家に…アキラの招待に応じたのか?

その問いに、うつむいていたヒカルはうっすらと微笑んだ。
――今にも、泣きそうな笑顔で。
「あいつ、月も好きだったけど、囲碁がいちばん好きだったから」
ヒカルは庭に目をやる。ささやかな宴は、今も続いていた。

「秋の月と…囲碁と。ここには、あいつが好きだったものそのものがあるから」
そして…彼が好敵手として認めた搭矢行洋、その人がいるから。
佐為がいたら、何よりも喜んだであろうこの光景。


「無理な願いなのは分かってます……けれど、今夜、この庭で、鼓を打たせてもらえませんか?!」

佐為のために……!



ヒカルは頭を下げたまま。
沈黙が落ちる中、明子は焼酎の瓶の蓋を開け、グラス注いでから梅干しをひとつ入れ、ポットのお湯を注いだ。
ほかほかと湯気の立つそれをかきまぜてから夫の手元に捧げると、夫はすい、と組んだ腕をほどいてグラスを受け取る。
そして行洋は、一口、それを呑んだ。

「進藤くん」
「はい」
「せっかくの名月だ。私たちも、その鼓の音を相伴に預かってもよいかな?」

きょとん、としているヒカルに、緒方は慌てて耳元で「許可していただけたんだ」と通訳して囁いた。
ヒカルはがばっと行洋に向き直った。

「ありがとうございます!」



2003年09月24日(水) 『お約束』(マイフェアシリーズ)

カレンダー撮影の為、着物を着て日本棋院を歩き回ったヒカルの周囲は、ざわめき立った。
普段、女か男か分からないようなカジュアルファッションな上、化粧っ気もまるでなかったヒカルなのだ。そんな彼女が装った姿に、「こんな可愛らしい子だったのか」とヒカルのことを再認識したのである。
囲碁づけで、出会いの少ない若手の棋士は色めきたった。
囲碁もできて(自分より強いというのがひっかかるが)、明るくて、可愛い彼女なんて、最高の条件ではないか。

そして、棋院の廊下で、思い詰めた顔をした若者がヒカルを呼び止めた。
「なに?」
ヒカルはきょとん?として振り返る。
今日のヒカルのいでたちは、ワンウォッシュのブルージーンズに黄色のノースリーブ、その上から黄緑色のパーカーをはおっている。ジーンズはところどころわざと破れ目があり、その足下はレプリカのバスケットシューズだ。
大きめのパーカーはヒカルの身体の線を隠し、そうと見なければ少年にも見えかねない。ちなみに、今日もヒカルに化粧っ気はまったくない。
…しかし、彼にはその頬が化粧など必要ないくらいになめらかであるのに目がいき、自然、心拍数、血圧、体温ともに上昇しつつあった。

「あ、あのさ」
「うん」
「よ…よかったら……」

通りすがりの棋士たちは、
(あいつ、抜け駆けしやがって!)
などと険しい視線で見守るのだが、ヒカルはその周囲のとげとげしい緊張感をまったく感じていなかった。
彼は必死だ。

「よかったら………俺とつきあってくれないか?!」

勇気をふりしぼっての告白だった。幸い、今日はヒカルに張り付いている呪いの守護おかっぱ人形こと塔矢アキラは地方対局でいない。まさに千載一遇のチャンス!
彼の額と腋と掌には、じわりと汗がにじむ。

「いいぜ」

あっさりと返事をしたヒカルに、彼は真っ白になり、周囲は

「何じゃそりゃあ〜〜〜!!」

とばかりに松田優作と化していた。「なんで、何が、どうして???」などという言葉が、頭の中でコロブチカを踊っている。





水を打ったように静まり返る日本棋院の廊下に、ヒカルの第2声が響いた。

「んで、どこ行くんだ?メシ?それとも検討したい対局でもあんのか?」

ヒカルの笑顔はよどみない。そういえば、こないだの王座戦の第2局、面白かったんだぜーvvなどとはしゃいでみせる。

「……おい?!何だよ、返事くらいしろよー」

「彼」の思考はまだ白いままだった。




そんなヒカルの背後で、くつくつと笑い声がおきる。
「緒方さん!」
そこに立っていたのは、緒方十段碁聖。現在八大タイトルの二冠を持つただひとりのトップ棋士だ。

「今日は白スーツじゃないんだ」
「対局がないからな。あれは戦闘服だ」
「じゃあなんで棋院にいるの」
「いちゃ悪いか?」
会話だけ聞いていたらヒカルの言葉は不遜この上ないのだが、緒方は気にする様子もない。
「悪かないけど…緒方さん暇なの?」
この言葉に、緒方はヒカルの頭を片手で掴んで、ぐしゃぐしゃと髪をかきまわした。
「お前等低段者と一緒にするな。取材の予定の確認だよ。対局と調整しないと、スケジュールが詰まりすぎるんでな」
「わわ、やめろってばー!」
ヒカルは、両手でやっと緒方の手を引き剥がした。

「それで?」
「え?」

緒方はニヤリと笑う。
「お前はコイツ付き合うのか?」
ヒカルは、ようやくフリーズ状態から抜け出したものの、今度は「緒方二冠」に怯えて動けないでいる彼を一瞥した。
「分かんない。だってアイツ、何処に行くかも言わねーんだもん」
緒方の笑みが深くなる。
「なら、俺付き合え」
「あ…うん」
ヒカルの返事に、緒方は満足そうに頷き、ヒカルを促した。

「だったら来い。韓国料理の店に連れて行ってやる」
ヒカルの目が輝いた。
「えーっ♪それって、カルビとか、石焼きピビンバとかっ?!」
「ああ」
「行く行く!!ナムルに、クッパに、それからえーと……!」
「食える範囲にしとけよ」
「もっちろん♪まかせて!」

2人の会話だけが棋院の廊下を跳ね回り。



その後には、真っ白に燃え尽きた「彼」と、そばで聞いていた若手棋士が。
生ける屍となって、棋院のオブジェよろしく立ち並んでいたという………。







「子供を口説くなら、子供を口説くやり方があるもんさ」
後に、緒方はいつものシニカルな笑みをたたえて、言ったとか、言わなかったとか。



2003年09月23日(火) 写真の人(今週のテニプリ。ネタバレ注意)

WJでテニプリ開いて2ページ目で硬直。

おかげで、せっかくのギャグテイストなこの回のストーリーはぶっとび、
どーしても、心に残るのはひとつだけ。


乾さんの机の上に、意味ありげに置かれたフォトスタンドの写真………!


柳?!


写真の中の少年ふたり(乾さんかわえ〜!)は、優勝メダルらしきものを下げて、楽しそうに微笑んで………



何故に柳。



……3……2……1…せーの



乾さんの昔のオトコ……?!
(だって、だって、「蓮司…」って名前呟いてるんだよ名前!)



……はい。完全に壊れました。
てーか、


何で薫ちゃんじゃないねん!



…という同人乾海女のツッコミが入ったんですな。

おかげで、乾と柳の過去を勘繰るわ、
きっと薫ちゃんはあの写真を見て2人のカンケイに気付き、乾さんの家から衝動のままに飛び出してしまったので走ってたんだとか、
あの目の充血は泣きながら走ったせいだとか。
回る回るよ脳内メロドラマメリーゴーランド。

こんな調子で、乾薫ダブルスは大丈夫なのか?!
暴かれる消せない過去。
知らないほうがよかったのか。それとも……
揺れる心、読めない表情。
これは、ふたりの絆を深めんが為の、愛の試練なのか?!

次週、疑惑の過去、そして……乞うご期待!!


……ってそーじゃねーだろ。
来週の展開が非常に気になるところです。
久々に爆弾投下されたなぁ……。



2003年09月22日(月) 『マイ・フェア・レディ 6』(女の子ヒカル。オガヒカ)

「あら♪よく似合ってるじゃない、ヒカルちゃん」
棋院に着くと、浅海七段が玄関でふたりを待っていた。

「そ…そう?」
「ええ。緒方先生の見立てだから、ちょっと心配もしていたんだけど…」

浅海はヒカルを上から下までじっくりと眺め、にっこりと笑った。
そこに立つのは、レトロな柄の振り袖の愛らしくも初々しい16歳の少女。
下手に背伸びをすることもなく、蒼い袴が凛々しく決まり、「女の子らしすぎない」ところがかえってヒカルにはぴったりと似合っていた。女学生風の濃茶のブーツも可愛らしい。

「大丈夫。とても素敵よ。ヒカルちゃん、和服姿もイイじゃない」
「うん…俺、こんな髪だし、全然女らしくないから…着物なんて絶対似合わないって思ってたんだけどね」
ヒカルはふわりと微笑んだ。


――佐為みたいな、きれいじゃないと、似合う訳がないと、思ってた


その微笑みに、緒方は一瞬、煙草をくわえようとした手を、止めた。



「そんなことないわよ!さぁ、遅くなったけど、良い写真撮ってもらいましょう」
「うん」
ヒカルが素直に頷いたことに安心して、浅海七段はヒカルを連れて撮影予定のホールへと向かった。
緒方は、煙草に火をつけ、煙をくゆらせながら、その様子を眺めていた。

(…今の表情は……)

透き通るように透明な、普段のヒマワリのようなヒカルの印象とはかけ離れたようなそれ。
しかし自分は知っている。どこかで見た。
……思い、出せない。

緒方は煙を吐き出すと、まだ長く残っている煙草を灰皿を押し付け、ヒカルの撮影現場へと向かった。
…まったく、進藤といると退屈しない。

「…面白い……」

そう呟いたのを、緒方自身も自覚していなかった。
















緒方がホールに向かおうとすると、前方からヒカルたちを先頭に撮影スタッフたちがやって来る。
「何だ、もう終了か?」
「いいえ。ヒカルちゃんが着物ですから、やっぱり和室の方が良いだろうって事になって」
「「清風の間」に移動だってさ〜」
緒方の問いに浅海七段が答え、ヒカルものんびりと続ける。

「緒方先生」
スタッフからの声に、緒方はじろりと視線を向ける。無意識なので他意はないのだが、まだ新人らしい彼はたじろいだ。
「あ…あの、進藤クンの着物、ありがとうございました。おかげで、良い写真が撮れそうです」
「ああ…」
緒方はふ、と口元だけで笑う。
「俺は知り合いの呉服店にアイツを放りこんだだけさ。あそこまで化けると思わなかったけれどね。見られるようにはなったようだ」
「「見られるように」なんて、とんでもない!いや〜進藤三段って、結構可愛いかったんですなぁ」
「これで今年のカレンダーは、売れますよぉ!」
「俺も買おうかな」
「社員割引ってあるのか」

…好きなことを喋るスタッフをよそに、緒方は「清風の間」の前にたどりついたヒカルが戸惑っている様子なのを見咎めた。
「どうした」

「和室だから、靴、脱がなきゃなんだけど……」
スニーカーなら、すぽっと脱いでそれでおしまいだが、ヒカルが今履いている編み上げのブーツはそうはいかない。
紐をほどけば良いのだが、かがんでしまうと、長い振り袖が床についてしまうし、しゃがむと袴も床についてしまう。
「せっかく美登里さんが着せてくれたのに…汚したくないよ」
どうしよう?と見上げてくるヒカルに、緒方はすぐそばにあるベンチに顎をしゃくった。
「…え?」
「いいから座れ」
緒方はヒカルを強引に座らせ、自分はそのまま床に膝をついた。

「緒方さん、スーツ……」
そのまま、ヒカルが履いているブーツの細い紐を器用にほどいてゆく。
「黙ってろ」
半ばまでほどき、ヒカルの左足からブーツを外す。

それまで、袴と編み上げのブーツに禁欲的なまでに覆われていたそこから、無防備なふくらはぎと白い靴下を履いた足があらわれる。その無垢な色香に、後方で撮影スタッフが息を呑んでいるのが気配で分かった。
緒方は内心舌打ちしながら、もう一方のブーツをほどくように体の向きを変える。それによって、彼らの視線からヒカルの足をかくした。ふくらはぎは、もう袴に覆われて見えなかった。

動かないスタッフに、緒方はじろりと振り返る。
「今日中に済ませたいんじゃなかったのか?」
…お前達の仕事なんだからさっさとしろ

言外の言葉を、目線に変えて。

現タイトルホルダーのひと睨みに、スタッフは我に返り、慌てて機材をセットするべく「清風の間」へと消える。
それを苦々しく見送りながら、浅海七段は緒方に頭を下げた。
「緒方先生……ありがとうございます」
「何の事だ?」
緒方は無造作に応じながら、ヒカルのもう片方のブーツを外した。
「……いいえ。何でも」
浅海の言葉に、緒方は何も言わなかった。
ヒカルはきょとん?と首をかしげている。

「どしたの?…うわっ」
予告もなしに抱き上げられて、思わずヒカルは緒方のスーツにしがみついた。
「…さてな」
緒方はそのまま、「清風の間」へ入ろうとする。

「緒方さん」
「ん」

…耳元に、小さな囁き。

「…アリガト。着物、汚さずに済んだよ」
緒方は、くつくつと笑った。
「ああ」

中に入って、ヒカルを下ろしてやると、ヒカルはてててっと碁盤が用意された和室に駆けていった。
「進藤くん、碁盤の前に座ってみてもらえるかな」
「はーい」
浅海女流七段は、撮影に立ち会うべく後に続く。



緒方は、まだ笑いがとまらない。

「……まぁ、こんなモンだろ」

ヒカルが見せた、一瞬の色香。
それに反応する男の視線も、それに触れる男の手も、ヒカル自身は気付かない。

――まだ、蕾。

しかし、花は花。



周囲がそれと気付いた時には、自分にしか微笑まない花にしてしまおう。

「…相当、固い蕾らしいが、な」



2003年09月21日(日) 辞書が手近にあるもので。

SS書いてて、たまになんだけど、格好つけて横文字を使ってみたりするんですが。
何となく…好き嫌いの問題なんだけど、英語って、あまり使いたくない事があったりします。
読んでいて、「これはなんだろう?」と思わせるような感じが欲しくなるんですね。それには、英語だとほぼ日本語化しているようなのもあって、意味がダイレクトに伝わりすぎて書いてて面白くなくなってしまうんです。

……で、何を英語の代りに使うか…というと、これまた私、語学苦手で……(トホホ)そんな奴が格好つけんなよって感じですが、でも使ってみたい!
そんなこんなで、なんとなく馴染みのあるドイツ語とかを使ったりします。(ほら、シュートとかでも舞台にしてるし、某ドイツ出身F1レーサー大好きだし、ドイツサッカー好きだしカーン様には罵倒してほしいくらいだし……vv)

……でもね。
一番使用頻度が高いのは、エスペラント語なんです。
理由は……題名の通り。辞書が近くにあるから(苦笑)。
一応勉強中なので。

ははは。「何を書いてるか読めない」と友人から苦情がきたもので。
…分からないのが出てきたら、たいていエスペラントです。…表記できないアルファベートもあるけど、厳密に書いてないから、そこはそれ。(オイ)

意味はだいたい読み手が想像できる範囲ですよ〜。
そんなに含みのあるこた書けないから。



もともと専門は日本文学だったから、日本語の古典表現・伝統的文化の雰囲気みたいな世界だったら、一時どっぷりつかってたせいもあって、書きやすいです。
そう、自分の作品で言うなら、『華と修羅』『蝋梅』『月光』あたり。
日本語バンザイ。



2003年09月20日(土) 『danko kaj prego』(ヒカル18歳。誕生日おめでとう)

ケーキは、いつもの店のオリジナル。
住宅街にある、小さなケーキ屋。
しかしそこのパティシエは、とびきりおいしいケーキを作ってくれる。
この店の評判を聞いて緒方が連れていってくれた、店内がすべてアンティークの家具でうめつくされた店。そこのテーブルについて出されたおひやのグラスは、ヒカルにはよく分からなかったが、まるでワインでも入っていそうな、華奢で精緻なデザインがほどこされたグラスだった。
どこの酔狂なオヤジだと緒方が呆れていると、ケーキを運んできたギャルソンが、実はオーナーで、おまけに緒方の高校時代の同級生だった。
あの時の緒方とオーナー、2人の驚愕の表情は、ちょっと見物だったかもしれない。

ヒカルはくすくすと思い出し笑いをしながら、その店に向かって歩く。
…それ以来、ヒカルの誕生日のケーキは、ここで注文して作ってもらっていた。
いつもなら、毎年緒方が注文するそれは、彼自らが取りに行くのだが。

『ヒカル……悪い』

手合いが入っているのでは仕方がないではないか。それも大一番。

「いいよー。その日は俺オフだし、昼に家族と食事するくらいで、大した予定ないから。俺が取りに行くよ」
『すまんが頼む。…昼は家族の方に譲るが……今夜は……分かってるな?』
耳元に聞こえる、心地よい低い声。わざと吐息まじりにした…誘い。
緒方が、メールで済む用件を、わざと電話にする理由が、ここにある。
ヒカルも微笑んで、そっとささやいた。
「うん。分かってる………。だから、早く帰って来て」
『ああ。中押しでな』
タイトルリーグ戦だというのに、かなりの自信だ。緒方の不遜な態度が見えるようで、ヒカルはくすくすと笑った。
「期待してる」
『ああ、待っていろ』

緒方は言う。「待っていろ」と。ヒカルにとっては、何となく新鮮なひびき。
いつも、何かを追い掛けて走り続けるか、
時間に追い立てられるか(これはただの遅刻も含む)、
…その必要がないくらい、「一緒」にいたか。

「待って」いてほしいのだと。「待って」いて良いのだと。
緒方は、教えてくれた。

――だから、待っていよう。
緒方が注文した、ケーキを受け取ってたら、彼のマンションで。




ヒカルは、目的地にたどり着くと、カランコロン…と、カウベルのついたドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのはサングラスをかけた長身の男。オーナーは休憩中らしかった。
「こんにちはー、千景さん。予約してたケーキ、できてる?」












外が暗くなるのも、やはり夏に比べたら早くなった。
ヒカルは、あたためた牛乳にインスタントコーヒーを一匙と砂糖をふたつ入れたマグカップを持ったまま、ぼんやりと外を眺めていた。
ヒカル専用のジャンボクッションにぽすりと座り込み、空を見つめたまま。
今夜は、月が出るのだろうか。
熱帯魚の水槽の浄化装置の作動音が低くひびいて、それが、この部屋を完全な無音状態から切り離していた。

突然の携帯電話の着信音が、その静寂を破る。
メロディーは、「ゴッドファーザー」
……緒方からだ。

「はい?」
『ヒカル?』
「うん」
『今、外にいる』
「わかった」


ヒカルは携帯を切ると、玄関へ走った。
そしていくつかの鍵を開け、チェーンを外して扉を開く。
――そこには、一目で今日の手合いに勝ってきたと分かる緒方が立っていた。
そしてその白いスーツ姿は、扉の中にすべりこむ。
ヒカルは、ごく自然に彼に向かって手を伸ばし、すり…と、前髪を煙草の香りのする胸にこすりつけた。
「おかえり…」
緒方はヒカルを抱きとめ、腕の中にしっかりとその存在を閉じこめた。
「ヒカル……」



ここに在る。
ここにいる。
求めるものは。確かに。
ひとりではないと。思える。


そんな彼が生まれた日。



「…生まれてきてくれて、ありがとう」




毎年、ヒカルだけに聞かせてくれる言葉。声。響き。思い。
生まれてきて、良かったと。
生きていて、良いのだと。
その言葉が許してくれる。


祈りにも似たその言葉に応えるように、ヒカルは少し伸びをして、緒方の唇に、くちづけた。
その誘いに、緒方も応えて、少しずつ色づき始める唇をついばむ。


音をたてて、深くなってゆく。













冷蔵庫の中の、「Felican naskigtago al Hikaru」と書かれたケーキの出番は、もう少し後。



2003年09月19日(金) 『森の競技場』(シュート小ネタ。ル神)

目の前一面の、グリーン。
ナイターに照らされた、誰もいないフィールド。

「……う…わ………」

シーズンが始まって間もないそれは、まだどこも痛んだ跡はなく、やわらかな緑のじゅうたんに覆われている。
「スタンドから見ルのと、また違ウだろウ?」
主力選手の特権をいいように使って、ルディは神谷を自分のチームのホームスタジアムに招いた。
森に囲まれた、緑豊かな美しいスタジアム。ヴァルトシュタディオンに。

「すっげーvv」
よく手入れされた芝の緑に感激し、目を輝かせて神谷は駆け出した。
「うわ、何か感触が違う」
「ソレハそうだろウ。スタジアムごとニ、違って当然ダ。ましてやイタリアとドイツなんだカラ……って、聞いてないナ……」

その通り。神谷はすっかりはしゃいで、ゴール前まで走ってみたり、ヘディングよろしくジャンプしてみせたりしている。そしてまたセンターサークルに戻ってきてみたり……すっかりご満悦だ。

「いいなー♪この芝vv気持ちいーー♪」
次はフィールドにダイビング。そのままうつぶせ、芝の匂いをくん、と嗅いだ。
ルディは、そのそばに腰を下ろす。
「気に入っタか?アツシ」
「おう♪」
神谷はごろん、とあお向けに転がる。Tシャツがめくれて腹がチラリと見えているが、ルディはとりあえず知らぬ顔をした。

「……ここに立ってたんだよな……オマエ」
「…ン?」
「初めて…俺らがお前の試合を生で見た時さ」
「ああ」
「俺たちは…あの辺で見てたんだ」
神谷は、スタンドの片隅を指さした。

広大なフィールドに、その中心に立っていたルディ。
それを大衆にうもれて、呆然と見ていた自分。

「スタジアムの全てが、お前の名前を呼んで、うなってた」
それを見ているしかできなかった。
ルディはくすりと笑いながら、神谷の黒い髪に触れた。サラサラと、それは指に心地よい。

「お前ガその気になれバ、いつでもこのフィールドに立つことができル」
――その力も、技もすべて持っているから。
「ああ…そうだな」
それは、自分でも分かってる。――しかし今はそうしない。
求めるものがある。先にチャンスをくれたのは、セリエAだった。

「叫ばせてみせるさ」
神谷は、寝転がったままでニヤリと笑った。
その瞳に宿る妖しげな光に、誰もが魅せられ、捕らわれる。
「やってミロ」
ルディは、その手で神谷の喉を撫でた。
その一見無邪気な微笑みに、誰もが騙され、捕らわれる。


「ブンデスリーガ…すべてのチームに、いいや、すべての独逸人に、叫ばせてみせる」

――オマエ(神谷)が欲しい――!――と。



くつくつと笑う神谷に、ルディもニヤリと笑った。
――いくらでも叫ぶがいい。
その時には、高らかに宣言してやるから。

――「神谷 篤史」は、俺のものだ――!――と。
世界中に。


「…何考えてるか顔に出てんぞ、スケベ」
「フガッ」
神谷はルディの鼻をつまみながら、それを支えにひょい、と立ち上がった。
「ナニヲスル!」
「頭ん中でナニをしてたのはてめーだろうが」
結構な力で捻じられた鼻は見事に赤くなり、神谷はざまぁみやがれ、と舌を出す。

そのまま二、三歩走りかけて、神谷はルディに呼び止められた。
「アツシ」
「…んだよ」

神谷に向けられる、蒼い視線。

「いつか、この中央ニ2人で立ちたイ」

ルディを見つめる、黒い視線。


「……いいぜ、その時には、最高のラストパスをくれてやるよ、ルディ」

最高に幸せそうな微笑みで。

「……アア、その時にハ、最高のゴールヲお前に捧げヨウ、篤史」

最高に嬉しそうな笑顔で。



「…あ、今の名前の発音、結構日本語っぽかったかも」
「ホントか?!アツシ!!」
「今のはペケ」


くすくすと、じゃれあいながらフィールドを後にする。
遅くまで残って照明を点けてくれたスタッフにチップをはずんで…それから、行き付けのガストシュテッテで、とびきおいしいジャガイモのスープとシュヴァイネブラーテンを食べよう。

…何となく、高まる熱を自覚しながら。
それすらも、無邪気に楽しんで。

――どうせ、そのうちそれどころじゃなくなるから。




ヴァルトシュタディオンのフィールドは、駆けて行く2人の影を、そっと写して、やがて、消えた。


遠くない将来、彼らが、このフィールドの中央に帰ってくるのを、待つかのように。



2003年09月18日(木) 『月光 2』(ヒカ碁小ネタ。搭矢門下…?)

搭矢家の和風の庭に、ぽつぽつと、ほのかな行灯の灯りがともる。
ゆっくりと夕闇が迫る中、最初ははかなげだったその灯りは、次第に温かみのある印象へと変化していった。

「綺麗ですね……」

父、搭矢行洋自らが作った行灯は、素朴な造りだが、それがなお良い雰囲気をかもし出していた。
縁側には、やはり行灯と、そして母が三宝に盛り付けて月へとお供えした白い団子と、その横にはススキや萩に桔梗、ミズヒキやノギクなどの秋の花が花篭に生けられ、時折吹いてくるかすかな風にゆらゆらと揺れていた。

「今夜は月を眺めるのだから、準備が終わったら部屋の電気は消しましょうね」
明子は、涼しげな阿波しじらに縞の半巾帯を結び、冷酒や酒の肴などを運びながら微笑んだ。
「…ふむ。碁も打ちたかったのだが」
「月明かりで十分打てますよ。縁側の側に床几でも出されたら?」
「そうするか。アキラ、手伝ってくれ」
「はい」

…結局、碁盤と碁笥を床几の上に出し、行灯の一つも上に置いて、父と息子はその光景に満足すると、さっそく一局打ちはじめた。
明子は、苦笑しつつも準備を終え、家の明りを消してゆく。
後は月を待つばかり。
庭には、秋の虫の音と、ぱちり、という、碁石の音だけがひびいていた。




搭矢門下の門下生も、ひとり、ふたりと顔を見せる。
月を見ながら賑やかに酒が飲める……若い者たちはそう期待して来たのだが、暗い家の中、明子にペンライトで庭につながる広間にまで案内されて、今夜の「趣向」がそういったものではないことに、少しとまどったようだった。

都会の喧騒では、めったに味わうことのない、静かな空間。
行灯が所々に灯る庭は、見慣れていたそれを、全く別の姿に見せ。
縁側に出て、月明かりで静かに交わされる談笑。盃。
かそけき風に揺れるすすき。
縁側のさらに外には、床几が出され、そこで打たれる一局は、対局というより、手談ともいうべき、穏やかなものであった。

見慣れない空間に、芦原などは呆然とし、明子に導かれて、縁側に腰を下ろした。そして勧められるままに朱塗りの盃を受け取り、冷酒をそそがれる。
まずは一杯飲んで落ち着こうと、その朱盃に目を落とした瞬間。
彼が目にしたのは。
盃の中に映る、月。
彼はゆっくりと降り注ぐ光のもとを見上げた。

今宵は、満月。中秋の月。

ぽかん…と口を空けたままの芦原に、明子はくすくすと笑った。
「こういうのも、たまには、良いでしょう?」


行洋が床几から戻ると、やはり月がよく見える縁側に座を落ち着けた。明子が夫に酒をつぎ、肴をすすめると、彼は一度受け取った朱盃を置いて、冷酒の入った瓶子をとりあげた。
「明子」
「あら、もうなくなっていましたの?」
「いいや。おまえもどうかな」
「ふふ。じゃあ、いただこうかしら」
明子は嬉しそうに微笑むと、新しい朱盃を夫から受け取った。
そしておぼつかない手つきで、夫から冷酒を注いでもらう。
口にすれば、ぴりりとした辛さが舌をさす。…そして広がる、豊かな香り。
「おいしい」
まるで娘の頃のように頬を染めて微笑む妻に、行洋もやわらかく微笑んだ。
息子は、少し離れたところから、朱盃に満たされたサイダー(明子が飲酒を許可しなかった為)をちびちびと舐めつつ、そんな両親を眺めていた。



ゆったりとした空間と時間とが流れる中、玄関につけておいた風鈴が、さらなる来客を告げる。

「ああ、きっと緒方さんと進藤くんだわ」

明子は帯にはさんだペンライトを手にすると、新たな客を迎えるべく席を立った。



2003年09月16日(火) 『マイ・フェア・レディ 5』(女の子ヒカル。オガヒカ)

日本棋院へと車を向かわせながら、緒方はちらりと助手席に座るヒカルに目を向けた。
最初のうちは慣れない着物に緊張していたようだが、今ではいつもと変わらない様子で、シートに深く腰掛け、リラックスしている。
(袴着せてもらっておいて、正解だったな)
これが袴などではなく、普通の帯でも締めていたら、今のヒカルのような姿勢では座れない。帯がつぶれてしまうからだ。自然、背もたれから離れて浅く腰掛け、背筋を伸ばした状態で座らざるをえなくなる。その点、袴ならばその心配はない訳だ。しかも、ヒカルが身につけている女性用の袴は、袴といっても、スカートのようになっているのだ。よって、多少足を開いて座っていても外からはあまり分からないし、見苦しくもないのである。
おそらく、着物など浴衣ですらも着たことがないであろう、と考えた伯母の配慮によるものだ。

「…何?緒方さん」

緒方の視線に気がついたのか、ヒカルが不思議そうにこちらを見つめている。その拍子に、さらり、と揺れた金色のものが目にとまった。
「いや、その金の組み紐が目についたんでな」
「ああ、これ?」
ヒカルは自分のうなじから細いしっぽのように伸びている髪に結ばれてある金色の組み紐に手をふれた。
「美登里さん、本当はかんざしをつけさせたがってたんだけど、俺、髪みじかいし、似合わないからいらないって言ったんだ。そうしたら、つけ毛くらいはさせてくれって言われて。その髪に、この金の組み紐を一緒に結んでくれたんだ」
ヒカルは、くすぐったそうに笑った。
「俺の前髪とおそろいだって」


太陽のような、明るい金の髪。そして黒い髪。
ヒカルに拒否されながらも、美登里はいくつかのかんざしを選んでいたのだが、やがてヒカルの前髪に触れ、ため息をついて言ったのだ。
「…まったく。ヒカルちゃんの髪と顔を飾るのに、この金色の髪以上にふさわしいものなんて、なかなか見つからないもんだねぇ」
と。
そうして、ヒカルの髪をそれは丁寧になんどもとかしつけ、ほんの少しだけ椿油を使って艶を出し、その上で細い付け毛に華奢な金色の組み紐を形良く結ったものを、ヒカルの髪に結んだのだという。


ヒカルの髪とおそろいだというエクステンションと金の組み紐は、違和感なくヒカルのうなじの辺りから右肩へと流れていた。
いつもと違う、薄く化粧をほどこされた顔、澄んだように白い首筋。唇には、うすく紅がひかれて。

――子供だと、思っていた。

いつもうるさいくらいに元気な。
目上の自分にすら気を使わないほどに無礼な。
いつまでもヒマワリのように無邪気な。


「なんか、あんなに丁寧に髪をとかしてもらったの、初めてかも♪美登里さんって、ホントに親切だし、美人だし、すごいよね」
こんな格好、俺の柄じゃないんだけどさ……とはにかみながら微笑むヒカル。
…それは、「装う」ことを初めて知った、花の蕾。

「そうだな……」
緒方は、ヒカルの肩に流れるエクステンションに手を伸ばした。


そこに細く結われた、金の組紐。

―――ほどくのは、誰?


「……悪くない」
緒方は意味ありげに笑いながら、その組紐を指でもてあそんだ。

「あんまり触らないでよー。せっかく綺麗に結んであるのに、ほどけるじゃん」

ふくれっつらになるヒカルに、緒方はくくく……と笑った。
蕾はまだ、固いらしい。


「…そうだな、せめて撮影が終わってからにするか」
「だからほどく必要なんてないってば!」

触るな、とばかりに左手をぴしゃりと叩かれたが、あまり痛みを感じなかった。



2003年09月15日(月) 『月光』(ヒカ碁小ネタ。アキラ19歳)

残暑がまだ厳しい9月半ば、搭矢家では、明子がいそいそとすすきや桔梗などを庭から摘んでいた。
「今日は何かあるんですか、おかあさん」
「あらアキラさん。今日は何の日か知らないの?」
「…?はい」
明子は摘んだ花を水切りし、花篭に生けながら、ふわりと微笑んだ。
「今日は旧の8月15日、中秋の名月なのよ。だから今夜はお月見」
ふふ、と明子は少女のように笑う。
「研究会の皆さんも何人かいらっしゃるわ。アキラさんもお友達を呼んでらっしゃいな」
「はい。進藤に声をかけてみます。……ところで、おとうさんは?」
「多分納屋の前にいらっしゃるわよ。今夜使う行灯を作ってくださいって、お願いしたから」
「え」



明子の言う通り、アキラが裏庭の納屋に回ってみると…そこには、作務衣姿で額にはタオルのはちまきをして簡単な構造の行灯を作る父の姿があった。
息子の姿に気付くと、行洋は照れたように微笑みながら、既にいくつか作り上げた行灯を指して、「いい出来だろう?」と自慢してみせる。
――碁を打つ時では、決して見られない表情。
父が作った行灯は、四角い板にロウソクを立てる金具をとりつけ、対角線上に火で炙って曲げた竹を二本交差させただけの、いかにも無骨なものだったけれども、アキラは「良い出来ですね」と微笑んだ。母親に似たふわりとした息子の微笑みに、父はまた笑って、「これに筒状の和紙を被せれば完成なんだ」と言う。
見たところできあがったのは五個。あといくつか作って、庭のあちこちに置きたいのだとか。
「後でお茶でも持ってきましょうか」
「抹茶がいいな」
「冷たい方?」
母親はあまり好まないのだが、暑い時には父は冷たいお抹茶を好きなことを知っていた。アキラ自身も、暑い時に飲む、氷水で点てたお抹茶は好きなのだ。
「頼めるかな」
「はい」

そして、父は再び作業に、息子は家の中にと入っていった。




「…もしもし?進藤?」
『ああ、何だよ、搭矢』
「今晩、よかったらウチに来ないか?家で月見をするそうなんだ」
『へ?今晩?月見……ちょっと待ってよ。
…緒方さーん、今晩連れて行ってくれるお月見って、搭矢ん家?
……うん。…うんそう。…あ、やっぱそうなんだ。わかったー』
「進藤?」
『あ、ワリワリ。緒方さんが、今晩月見に連れて行ってくれるって言ってたからさ。行先聞いてなかったんだけど、ひょっとしたらと思って……やっぱ搭矢の家だった。でもいいのかな?俺、搭矢門下じゃないんだけど?』
「別に気にしなくていいと思うよ。母も、友達を呼んでいいって言ったから」
『そっか。じゃあ行く!……あ、そだ、行き先が搭矢ん家だったら、明子さんに聞いておきたい事があるんだよ。ちょっと代わってくれねぇ?』
「ああ、分かった」

アキラが厨房にいる母に声をかけると、明子はいそいそと電話をとった。アキラは何を話しているのか気にはなったけれども、父に抹茶を出すために、入れ替わりに厨房に入り、抹茶茶碗を取り出して水につける。その間に確か貰い物のくずきりがあった筈……と、冷蔵庫を開けてみる。

「はい、代わりました明子です。…進藤くん?こんにちは」
計量カップに、ペットボトルに入れて冷やしておいた井戸水を入れ、氷を入れる。
「ええそう。まぁ、来ていただけるの?……ええ。ぜひいらっしゃい。歓迎しますよ。そうねぇ、8時半くらいからが、月も高くなってきて良いんじゃないかしら……え?」
ガラスの器に、冷えたくずきりを開けて、黒蜜ときなこをかけた。もちろん、自分と父親のと、2人分。フォークを添えて。
「………まぁ!本当?!ステキじゃない。気にしなくてもいいわよ、そういうのは大歓迎するわ。今夜は良い月になりそうだし、楽しみねぇvv」
二つの抹茶茶碗を水から上げて布巾でふきあげ、抹茶を二さじずつ入れると、計量カップに入れた氷水をそおっと注いだ。
「ふふ、じゃあ楽しみに、お待ちしていますね。緒方さんにもよろしく。ああ、どうせ飲むのだから、車で来てはダメよ。タクシーにしなさい。ウチで泊っても良いのだから。……いいのよ。それじゃ、またあとで」
茶筅で丁寧に抹茶を水に溶かしてから振り、きれいに泡が立ったところで茶筅をひきあげた。

丁度、その時に明子は厨房に帰ってきた。
「おかあさん、進藤は何と?」
「ええ、緒方さんと一緒に来るそうよ」
「…いや、そうではなく……」
母は、うふふ、と楽しそうに笑った。
「それは内緒」


こうなると母は本当に答えてくれない。それをこの16年間で身にしみているアキラは、追求をあきらめてお盆の上に父と自分用のくずきりとお抹茶を乗せて持って行こうとした。
「あら、お抹茶?」
「はい」
「後でおかあさんにも点ててくださる?」
「え」
「温かいのでお願いvv」
「はい……」

くずきり食べながら待ってるわねー♪と微笑む母に、せっかくの冷たい抹茶なのだが、自分はゆっくりと味わう事はできそうにないな、とため息をついた。



2003年09月14日(日) 久々に見事なポールトゥウィン!!

やりましたーーーー!!!!

ミハエル=シューマッハ
F1イタリアGP優勝おめでとう〜〜〜〜!!!


いやもう、最近優勝から遠のいてて、下手すりゃポイントも危うくて、どうしたこったいと思ってましたが、やってくれました我らがミハエル=シューマッハ!!
ポールポジションから、みごとなポール トゥ ウィンです!!!
途中、一周目のモントーヤとのガチンコバトルとか、二回目のピットアウト後に後ろにいるはずのウィリアムズの車がなんで前に?!そんなにモントーヤペース上げたんか?!(←実際にはセカンドドライバーの新人のマシンで、モントーヤは後ろにいました。やれやれ)……とか、いらんところで周回遅れがミハエルの前を塞ぎおって、ゆるさんぞゴルァ!!どけバトン!!………みたいな、何箇所かヒヤリとさせられたシーンもあったんですが。
見事、優勝してくれました〜〜〜!!!!(どんどんぱふぱふ)
サスガ、聖地モンツァです!!
……ってか、ここで勝たなかったら、ティフォシ達の怒りでミハエルの身の安全の方が心配です!(いやマジでさ)

残り2戦!!
アメリカGP、そして
最終戦日本GP!!
今年も、赤いマシンは走るのです!!
フェラーリは跳ねるのです!!
そして独逸国旗とフェエラーリの旗が、スタンドを埋めるのです!!

がんばれミハエル!!
がんばれフェラーリ!!

私は、今年も貴方達を応援しています!!!



2003年09月13日(土) 風邪…?

もう、昨日の夜から体調がサイアク!!
肩や首はビシバシに凝って痛いくらいだし、胃もたれしてて吐きそうになるし、それに偏頭痛と腹痛が加わってまったくもー!!!

今日の朝が一番ヒサンだったかも。下り特急だったし。
午前中はホントに最悪な体調で、お昼抜いて、よーやく胃の方はおちついてきたみたいです。
偏頭痛もおさまり、腹痛も今はなし。
はぁぁぁぁ。ようやく仕事の原稿にとりかかれそうです。
今日中にやってしまいたいものだったんだけど、もう、それどころの騒ぎじゃなくなってしまってねー。
しょうがないから、参考資料読み込んでました。

今現在、痛むのは肩凝りだけなんで、何とかなりそうです。
ひょっとしたら、風邪なんかなー?という気もしないでもないんですが。
明日は意地でも映画(もちろん『英雄』!)見に行くので、残業してでも書き上げます!

さーて、やったるかぁー!



2003年09月12日(金) 『つむじ風』(ヒカ碁小ネタ。アキラファンの人すいません。暴走中)

進藤ヒカルが倒れた。

今や棋界のトップを爆走する搭矢アキラは、その知らせを聞いて、とるものとりあえずタクシーに飛び乗った。

「進藤が運び込まれた病院まで!!」

血相を変えた呪いの市松人形のようなおかっぱ頭の彼の言葉に、そのタクシーの運転手は力いっぱい怯えた。
と同時に、
(止まるんじゃなかった……)
と後悔したそうである。

「早く出してください!!急いで!!」

アキラ本人は、「進藤のいる病院」と行先を言ったのだから、当然そこに向かうものだと思っている。何をぐずぐずしているんだ、とも、本気で思っていた。
……しかし。
運転手にしてみればたまったものではない。
幸か不幸か、彼の友人は囲碁サロンに通っており、時折話を聞いていたりもしていた。よって、「進藤」という名前と、この客のおかっぱ頭がキーワードとなり、今にも噛み付いてきそうな乗客は搭矢アキラ王座、何か知らないが病院にかつぎこまれたのが進藤ヒカル二冠らしいとアタリをつける。

運転手は、とりあえず車を出し、(アキラがすごい勢いで「早く行け!」オーラを出す為)左手で携帯電話を操作して、日本棋院に電話をかけた。

「今、搭矢アキラ王座を乗せて、進藤二冠が入院してる病院に行こうと思っているんですがね……どこの病院に行けばいいんでしょう?」







そんなこんなで病院のロータリーに車を停めた時、搭矢アキラは一万円札を出して
「釣りはいらないから!!」と叫ぶが早いかタクシーを降りて病院の中へとすっ飛んでいった。ひと桁多い金額に驚きつつも、ちょっと儲かったなと小市民的に喜びも感じたりもしたのだけれど。
「………二度と乗せたくねぇ…………」
――後日、彼は娘が持っていたおかっぱ頭のこけしをフランス人形に買い換えさせ、またボブカットの客は男女を問わず警戒して乗せることはなかったという…。




…さて、一方。
受付で威すようにして(…いや、威して)ヒカルの病室を聞き出すと、アキラはさらに病院内でダッシュをかました。
「廊下は走らないでください〜!」
…という看護士の叫びは、既に彼の耳からはシャットダウンされている。

とにかく、小学校の頃からヒカルの事になると被っているネコがごっそり外れてしまうのだ。年を重ね、落ち着きを見せるかと思いきや関係ナシ、ただただ、「ヒカルフリーク」のキャリアが向上しただけという、はた迷惑な結果を招いて、現在に至る。
ヒカルはヒカルで、アキラの兄弟子である緒方精次十段碁聖と良い仲になっており、「アキラはライバル!」と明言しているのだが、そのくらいで、この十何年のキャリアを誇る執着が薄れる筈もなく。

(進藤…進藤… 進藤 進藤 進藤!!!!)

アキラの脳内ではまさに「進藤大バーゲン」よろしく、ヒカルの名前が連呼されていたのである。



生きた暴風雨ことアキラがヒカルの病室の前に到着した時、丁度一人の看護士が病室から出てきたところだった。
「進藤に会わせてください!!」
病棟にもかかわらず力いっぱい叫ばれるそれに、彼女は眉をひそめた。
「進藤さんは、今薬が効いてお休みになっています。ようやく状態が落ち着いてきたばかりですので、本日のところはご遠慮願えませんか?」
ヒカルが倒れた原因は睡眠不足と過労と、そして軽い栄養失調。とにかく、落ち着いた環境で静養させるのが一番なのだ。心配しているからこそとはいえ、このような興奮状態の見舞客を患者に会わせるのはよろしくない。看護士はそう判断し、つとめて冷静にその旨を伝えた。

「そんな、彼が入院したと聞いて、僕はとるものとりあえず病院に駆けつけて来たんです!状態が落ち着いてきたのだったら、会ってもかまわないでしょう?!」
詰め寄るアキラに、看護士は困った様子を見せながら、しかし病室の前に立ちふさがった。
「お静かに、ここは病院です」
「そんなことどうでもいい、進藤に会わせてくれ!」
「失礼ですが、ご家族の方でしょうか?」
この質問に、アキラは何を言うか、とばかりに眉を跳ね上げた。
「家族ではないが、僕は進藤とは家族以上の絆で結ばれている!!他人のあなたに分かるわけがないだろう!!進藤だって、僕に会いたがっているに違いないんだ!僕が会いに行けば、きっと目を覚ましてくれる。そして眠りからさめた進藤は、あの変態オヤジ(←緒方のことらしい)の事など忘れて、僕のもとへ帰ってきてくれるんだ!…そして、ふたりで極めよう!神の一手を!!!」
台風並にぐるんぐるん廻りはじめたアキラを、最早誰にも止められない。もちろんアキラは止まらない。

よって気づかない。
目の前の看護士が、ものすご〜く、怒っていることなど。

「ご家族の方でないのなら、面会は許可できません」

「ふざけるなっっ!!」

「ふざけとんのはお前じゃ、こンボケェ!!」

うなりをあげた平手が、アキラの頬にクリーンヒットする。アキラは勢いのまま横の壁にぶつかり、バランスを崩してずず、と床に座りこんだ。

「さっきから聞いとりゃ、何やてぇ?そン耳は飾りでついとるだけかワレ。進藤はんは安静が必要なんじゃって言うたろうが。本当に心配しとるんやったら、静かにしといたげて、休ませてあげるんがホンマちゃうんかい。アンタが言うてんのは、心配しとるしとる言うてるけど、ホンマは自分が進藤さんに会うて自分が安心したいだけやろが。そんな自分の事しか考えとらんガキに、何で面会ささなあかんねん!」

…どうやら彼女は大阪出身だったようで。
アキラは、伝家の宝刀「ふざけるなっ!」が返されたのと平手打ちのショックで、ただ呆然としていた。
彼女はそんなアキラをじろりと見下ろすと、丁度そばを通りかかった男性看護士2人に声をかけた。
「有朋くん、富田くん、この人を病棟からつまみ出して」
彼らはけげんな顔をしながらも、先輩の言う事でもあるので、アキラを両側から抱え、運んでゆこうとする。

それを見送りながら、看護士――遠野 千歳はため息をついた。

「……はぁ…またやってもた……」

「いや、めったに見られない見事な啖呵でしたよ」
かけられた声に慌てて振り向くと、そこには、白スーツ姿の長身の男がくつくつと笑いながら立っている。
「緒方さん……そんな、見てないで助けてくださいよー」
「冗談じゃない。あんな状態のアキラ君は俺じゃ止められないよ」
千歳は首をかしげた。
「『アキラ君』…?知り合いですか?さっきの人」
「ああ、俺の師匠の息子さんでね。いつもはああじゃないんだが……」
ヒカルの事になると暴走するのだ、という言葉は、緒方はあえて飲みこんだ。

「ところで」
「はい?」
「進藤の着替えやら、入院に必用なものを持ってきたのだが、病室に入れてもらえるのかな?」
くすくすと微笑いながら。
千歳も、つられて微笑んだ。

「はい、どうぞ。…眠っていると思うので、そのまま眠らせておいてあげてくださいね。緒方さんなら、心配はないと思うけれど」
「了解」

緒方は、千歳の許可をもらうと、病室のドアをそっと音を立てずに静かに開ける。その様子を見て、家族ではないけれど、緒方は本当に進藤さんを大事に思っているんだな、と安心した。
彼なら、大丈夫。
ヒカルの病室のドアが音もなく閉まるのを見届けて、千歳はさてと、とばかりにナースステーションに向かった。病棟で、看護士自ら大声を上げたので、先輩に怒られるかなぁ、と心配しながら。




――実際は、怒られるどころか、拍手で迎えられてしまったのだが……



2003年09月10日(水) 『シルエット』(シュート!皇帝狼小ネタ)

テラスから庭に下りると、空調の効いた部屋の中とは違う、草の匂いを含んだ風を肌に感じた。
空には月明かり。真夜中の今に中天でほのかな光をなげかけるそれは、真円というには少し足りない。
しかし庭に影を落とすには十分で。

ヴィリーは、その月明かりの下で咲く白薔薇へと歩を進めた。
白…というよりはほのかにクリーム色に近いそれは、中心に向かうにつれて、ほのかな薄桃色に染まっている。
庭一面に咲く、白い薔薇。
その印象と同じ柔らかな芳香に惹かれたかのように、ヴィリーは開きかけた蕾にふれた。

「…何をしている」

「重傷で安静にしなきゃならんお前に言われたくはないな……」

背後からの声に、ヴィリーはため息をついた。
「こんな夜中に起きていいのか?怪我人」
「うるさい」
「じゃあ言い直そう」
ヴィリーはくすりと笑った。
「シーズン開幕早々にタックルをくらって肋骨を3本ほど景気良く折った上にその場で気絶して病院送り、加えて前節復帰は絶望視されてる皇帝サマ、お加減はいかがですか」
くすくすと微笑うヴィリーに、カイゼルはさらに苦々しい顔をしてみせた。
いつもはその名の通り、傲然としている彼なのに、大怪我をしてもなお意地を張ろうとする姿が妙に子供じみていて、可愛く見えてしまう。それが何とも妙で、おかしい。

「…加減なぞ良い訳があるか」
「俺が着いた時には、よく眠っていたようだが」
「麻酔が切れて、目が覚めた」

カイゼルの額にはうっすらと汗がにじんでいる。暑さのせいではない。立っているのも辛い状態の筈なのに、よくもまぁベッドから起き上がったものだと、ある意味感心できるかもしれない。

「俺の質問に答えろ。何をしていた?」
「別に」
ヴィリーは傍らの白薔薇に触れる。
「遠征先でお前のニュースを知って、そのまま搬送先の病院に向かったら、お前は既にこのシュバルツバルトの保養所に移されていた。カミヤが車を出してくれたから助かったよ」
白薔薇が揺れる。彼の指の感触に。かすかに撫でるような風に。
「着いたのはほんの少し前だ」

「よく使用人がこの別荘に貴様を入れたものだな」
ここはバッハブルグ家の者しか使えない保養所を兼ねた別荘。医療施設からリハビリ施設、温泉まで整え、使用人はすべて何らかの医療資格を持つ者ばかり。主治医は普段は隣接する(といっても別荘の敷地の広さが半端ではないので、決して近くではないが)一般の保養所で勤務しており、いつでも呼び出せる状態になっている。
そんな特別な別荘だけに、入れる人間は数少ない。

「この指輪が、そんなに効果があるとは知らなかったよ」
ヴィリーの右手の薬指にはまる、紋章が刻された銀色の指輪は、カイゼルから贈られたにしてはシンプルなものだった。

「ああ…それを見せたのか」
自分が彼に贈った物の中で、唯一身につけてもらっているモノ。…いや、半ば無理矢理に脅して、鳴かせて、その指にはめる事を約束させたもの。
…どうやら、今回はそれが役に立ったらしい。
くっ、と笑おうとして、上半身に走る激痛に顔をしかめた。しかし声を上げることはしない。そんな様を見せるのは、屈辱以外の何物でもないから。
狼を手元に置くのなら、自分は皇帝であるべきなのだ。

「すごい…白薔薇だな」
ヴィリーはゆっくりとカイゼルのいるテラスへと歩を進めた。
「着いた早々にお前の様子を見に来たんだが、よく寝ているようだったからな。起こす事もないだろうと思ったら、月明かりに、この薔薇が見えたんだ」
ゆらゆらと…風に、薔薇が揺れる。月のほのかな光をうつしたかのような、ほわりとした、白い薔薇。
清らかで高貴な白に、かすかにともる、薄桃色。
凛と立っているくせに…誇らしげに天上に向かって咲くくせに、どこか甘い。
今、自分の前に立つ、柔らかな黄金の髪をもつ、狼のように。


「……まだ、痛むか?」
「そうでもない」
「嘘をつけ。額に脂汗をにじませている奴なんかに、全然説得力なんてない」
「暑さのせいだ」
「無理をするな…ベッドに戻った方が良い」
「随分積極的だな」
カイゼルがヴィリーの言葉尻をとらえてニヤリに笑うと、ヴィリーはどこか悔しそうに眉をひそめた。

そして不意に、カイゼルに抱きつく。彼の負担にならぬよう、腕を首に回して。
そっと。
しっかりと。



「          」

吐息だけで、囁かれる言葉。
カイゼルは、ふと笑う。唇を歪めただけの、しかしそれはいつもの不遜なそれではなく。

「…当然だ」

…声だけは、いつもの調子だったけれども。








月が、白薔薇の庭を照らす。
夏の風が、白薔薇の花を揺らす。
音もなく。


ただ、テラスから部屋に、ひとつになった影が、落ちるだけ。



2003年09月09日(火) 『マイ・フェア・レディ 4』(女の子ヒカル オガヒカ)

一時間後きっかりに、緒方は呉服店『あつみ』に姿を現した。

「…さぁて、少しは見られるようになってるといいがな」
店に入る前に煙草を一本ふかしつつ、緒方は呟いた。
あの伯母の見立てと着付だから、おそらく間違いはないと思うのだが……。およそ色気とはかけ離れたような普段のヒカルを思うと、まぁあまり期待するのも酷か、という気もする。

(…期待?何をだ?)

緒方は、自分自身の思考が思わぬ言葉をはじきだした事に、改めて驚いた。
あんな子供に、何を期待するというのか?
何を期待したがっているのか?

緒方は一瞬眉をひそめ、そして苦笑いとともに紫煙を吐き出した。
そして半分ほど吸った煙草を携帯の灰皿を押し付け、ぱちん、と蓋を閉じる。

「ありえんな」

そうひとりごちた時、彼の背後から声がかかった。

「ちょいと精ちゃん!店の中で煙草吸われるよりゃマシだけどさ、吸い殻をそこらに捨てなかっただろうね!」
「伯母さん…流石にそこまで俺もガキじゃありませんよ」
呉服屋の女将である美登里は、店の中で煙草を吸われるのを非常に嫌う。反物に匂いがしみついてしまうのと、うっかり火のついた灰でも着物の上に落とされた日には、目もあてられなくなってしまうからだ。
美登里自身も煙草を吸うのだが、店に出ている間は絶対に吸わない。
緒方が学生時代いくら煙草を吸っても何も言わなかったので、気を許して店の中で煙草を咥えた途端、怒鳴り声とともにものさしがうなりをあげて飛んできた。
店の中がだめなら、と少々ムキになって店先で煙草を吸い、その吸い殻を足下に捨てようものなら、水が桶ごと飛んできた。
そんなこんなを繰り返し、緒方のヘビースモーカーなりの「マナー」は確立されて
いったのである。

「そうだよー、美登里さん。緒方さんは白スーツだけどちゃんとマナー守る人だよ。ポイ捨てなんか絶対にしないもん!」
「こら進藤、そこで何で「白スーツ」が出てくるんだ!」
白スーツとマナーの遵守。――関連性なんぞかけらもないではないか。
そう反論しようと緒方は振り向いて……息を呑んだ。


「緒方さん?どしたの?」

きょん、と首をかしげてそこにただずむヒカルは。
色鮮やかな着物と、薄く化粧をほどこされた彼女は。
とても、緒方が知る「子供」のそれではなく。
しなやかに成長し、美しく咲くであろう「華の蕾」として立っていた。

緒方の驚く様に、美登里は満足そうに微笑んでみせる。
「どうだい?良い仕上がりだろう?ふふふ、磨けば光る原石のような子だとは言ったけど、ここまで鮮やかな柄を着こなせる子なんて、そうはいないよ」

ヒカルが着ていたのは、昭和初期に作られたという、アンティーク着物だった。肩から胸にかけてはあざやかなオレンジ。地紋に流水と楓が入り、その上に白や黄色、オレンジの菊の花がちりばめられ、それが下に向かうにつれて、鮮やかな空のにも似た青へと変化している。そしてその青がひときわ鮮やかな振り袖の部分には、豪奢な白牡丹と緋牡丹が並んで咲いていた。
鮮やかな意匠による着物は、現在のそれではかもし出せない豪華さとモダンさを演出し、そのせいか、着物には不向きに見えがちなヒカルの髪が、全く気にならない。…いや、むしろより映えている。
しかしそれでいて妙な「女」を感じさせないのは、美登里が着せたやはり蒼い袴のせいかもしれない。それが、ヒカルを無理に背伸びさせることなく、年相応の「愛らしさ」を見せていた。足元には、これも可愛らしい茶色の皮製のブーツを履いている。

ヒカルは、自分を振り向いたまま何も言おうとしない緒方の様子に、少し不安になった。
「えっと……美登里さんが選んでくれたんだけど、そんなに、変?」

――緒方は何も言わない。
…という事は、そんなに「似合っていない」という事なのだ。面と向かって「変」と言ったら傷つくだろうから…でも、お世辞のひとつも思い浮かばないくらい、自分はおかしな格好なのだろう。

「……そっか。そんなに似合ってないんだったら、写真、撮る必要ないよね。棋院に電話するよ。俺、この仕事、断わる。だいたい最初から、俺なんかがポスターに写ろうなんて事自体、ムチャだったんだ。」

―着物に袖を通したとき、あの人に、少し近くなったような気がして、少し嬉しかったのだけど。
ヒカルはうつむいた。

「美登里さん、電話貸して……」

――その瞬間、ドスッ、という鈍い音がして、ヒカルは慌てて顔を上げた。
そこには、にこにこと微笑む美登里と、脇腹を押さえてうずくまりかけた緒方がい
る。
ヒカルがうつむいた瞬間、美登里が甥っ子に肘鉄を食らわしたのは言うまでもない。
もし、それに台詞をつけるのなら、「こんな可愛い子を目の前にして、何ボサッとしてんのさ!こぉの唐変木!!!」というところだろう。

「……な、何?緒方さん、具合悪いの?!」
顔色を変えるヒカルに、美登里はにこやかに微笑んだ。
「何でもないよ。ヒカルちゃんがあまりにも可愛らしくなってて、びっくりして声もでないのさ。ほぉら、ヒカルちゃんが気にしてるじゃないか、何か言っておやりな!」
あくまでもにっこり微笑んで……しかし、甥っ子にはそれはさながら夜叉のように寒気のする笑顔だった。
まだ痛む脇腹に眉をひそめながら、緒方は何とか自分を取り戻す。

「まぁ…あれだな」
「何?」
「『馬子にも衣装』って、やつだ」

「精ちゃん!!」


途端に怒る美登里を余裕でかわし、緒方はヒカルの手を掴んだ。

「行くぞ、進藤」
「へ?」

ヒカルは緒方にひっぱられるまま、車へと導かれ、そのまま助手席に押し込まれた。緒方は素早く運転席に乗り込み、ロータリー独特のエンジン音をふかせて呉服『あつみ』を後にした。

「まったくもう!相変わらずやんちゃ坊主なんだから!」
ちっちゃい頃と全然変わりゃしない、とため息をついてから、美登里はふふ、と微笑んだ。あの甥っ子の行動は、単に照れ隠しなだけなのだと、彼女は見抜いていたのだから。
「花嫁衣装と…そうそう、精ちゃんは丈があるから、キングサイズの羽織袴も作っておこうかねぇ♪」

いそいそと楽しそうに美登里が店に入った頃、棋院へと向かう車の中、ヒカルは緒方にのんびりと聞いた。

「ねー、緒方さん」
「何だ」
「『孫にも衣装』って、何?」

「……お前今別の漢字考えたな………」



2003年09月03日(水) ああ…とうとう

夏の暑さにすっかりうだって溶けていたら、
……とうとうこの日がやってきてしまいました。

『ヒカルの碁』最終巻、23巻の発売です。

「北斗杯編・終了」となっていたので、
「次回は、続きはきっとある!」と思っていたんです。…いや、信じていた、といってもいいかもしれない。

次は、アキラと緒方さんと倉田さんとヒカルと伊角さんとで、タイトルリーグ戦でもやってくれないかなと期待していたんですが……。
ヒカルがタイトルを取ったその瞬間が、小畑さんの絵で見てみたかったなぁ……と。
桑原本因坊vsヒカルなんて対局も見てみたかったんですってば!

こんなに、原作の展開が楽しみなマンガは久しぶりで。
ストーリーとともに、その「画面の美しさ」に魅せられたマンガも久しぶりで。

期待していたあれもこれも……妄想煩悩ひっくるめて、自分でごしゃごしゃ書いていくしかなさそうです。(…しゅーん…)


もう一つの心残りは、何といっても緒方さんなんですよぅ!
本因坊の挑戦手合、どないなったねん!!
三冠になったのか?!それともまた敗退したのか?!
白スーツも、赤のセブンも、酔った姿も、大人げない言動も、たとえネクタイを頭に巻こうが、ふんどし一丁(…やっぱ白希望)で踊ろうが、とても愛しい緒方さん。(←ひでぇ…)
シリアスであろうが、ギャグであろうが、「ステキvv」って思えるこんなキャラは始めてなので。
細〜く、長〜く、この愛は貫いていこうと思います。

……あ、もちろん、緒方さんはヒカルと一緒にしあわせになってもらうんですけどね♪(緒方ドリームも良いなぁと思いはじめてるけど、そこはまぁ、それはそれ←オイ)


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