痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2005年05月31日(火)  すずめ

今日で5月も終わりです。
長い月でした。
初旬、わたくしは異様に元気でした。
中旬、メロメロになってそのまま回復せず、
晦日、また異様に元気になりました。
昨日は大雨の中、歩いてドラッグストアにトイレットペーパーを買いにいきました。
昨晩も2時間しか寝ていませんが元気にお散歩。
図書館が休館日でもへこみません。
コンビニで1時間立ち読みをして、ある決意を固めました。

木の芽時。
一年で一番すずめがかわいい時です。秋の小太りすずめの大群が遊ぶ姿もかわいいですが、
今頃のすずめは恋しているのです。
みなさんも街角の彼らをよおく観察してごらんなさい。
この時期のすずめさん達は昼間たいてい二羽で、チュピチュピさえずりながら
追いかけっこをしているよ。
今日のカップルはわたくしがすぐそばまで近づいても、ほとんど目もくれませんでした。
眼中なし。逃げる気なし。それどころじゃないんでしょう。
恋は盲目。

そうです。わたくしは すずめ が大好きです。
かえる と すずめ とどちらが好きか、きく人はいないでしょうが、きかれたら困る。
いつの間にか世に かえる=まぬけなかわいいもの というイメージが広まり、
今、かえるグッズは市場にあふれています。
でもすずめグッズは、ない。
寂しい。
色が地味だからかな。鳥のグッズ自体が少ないのだけれども。

なるか、わたくしがすずめグッズコレクターに!

まあ、かえるはわりと世界中の広い範囲で、かなり昔から図像や彫像、
チャームや物語などさまざまにシンボライズされてきた生き物です。
あの形だろうな。
奇妙で魅力的。
意味ありげ。

そこで本日の決心ですが、週末 かえるミュージアムにいってきます。
名古屋にあるです。
ある人物が、かえるを自分の守り神ときめ、
世界中のかえる様の置物・グッズを個人的に収集していたものを公開したのだそうです。
しょぼそうです。
でも行くのです。
しかも夜行バスで。
もう席予約しちゃった。
朝6時に名古屋についてどうすればいいのだろう。
まず、喫茶店でモーニングを食べよう。



2005年05月30日(月)  子知らず

チカチカしてもらいましたでしょうか。
自分でもいっせいに跳ねるカエルが目障りで、つい日記から遠ざかってしまいました。
バカです。
でもこれから本格的に梅雨に入るにあたって蛙ドンには居て欲しかったので、
自分で描きました。
どんなに描き直しても
『ふふふん・・・』
と鼻で笑う顔しか描けなかった。
絵には深層心理がにじみ出るといいます。
違う、そんな女じゃないのに。

五月も終わりです。
晴れているとあんなに爽やかなのに、雨が降るととたんに肌寒いですね。
一日のうちでずいぶん気温が違う。
ちゃんとした女性は敏感に着替えたりするものなのでしょうか。
わたくしは起床して一旦その服を着てしまったら、
寒さに鳥肌がたっても、汗がダラダラ流れても まずそのままです。
暑いのも寒いのも、口にするほど苦痛ではないのです。
むしろもう一度たんすをひっかきまわすのが億劫。

さて、我が母は暑いのも寒いのも ほんの少しの変化を苦にして口にもだします。
快適気温の幅が極狭いのです。
夏は一時間ごとに温度計をみてはうめき声をあげ、まわりに温度をしらせてくれます。
やめてほしい。
毎年、温度計を捨ててやろう と思うのですが、すぐに100円ショップで新品を購入してくるに決まっています。
決して認めないでしょうが、あれも彼女の娯楽なのかもしれません。
いっそ百葉箱でもプレゼントしてあげたい。

そんなわけで実家におりますと一日に何度も、
『そんな格好で暑くないのか。見ている方が暑い。』
『そんな薄着で寒くないの?!風邪ひいちゃうからなにか着なさい。』
このどちらかを言われます。
そのたびに、
『いったいわたしをいくつだと思っているのだ。』
といった趣旨のことを言って助言をしりぞけてきました。
何十年も。

しかし
今日始めてこの母娘のやりとりに弟がポロっと口をだしてきました。

『親はねえ、どうしてもそればっかり気になって言っちゃうんだよねえ。』

得たり!とばかりに母も、

『子供がいくつになってもねえ。××も親だからわかるよねえ。』

弟はもうすぐ二児の父になります。
そして、

『おまえにはわからないだろうけどねえ。』


なんがぐやぢい・・・
負け犬ということばが脳裏をよぎりました。



2005年05月26日(木)  だっこ

って、 抱く という動詞からきてるんだとさっき気がつきました。
今までぜんぜんその関連性に思い至らなかった。
だって 『だっこ』 ってもうそれだけで完璧にあの動作を表す単語ではないですか。
ふえ〜 
と感心していたら、

じゃあ 『おんぶ』 は 負ぶう からきてるんじゃんか!

とまた気づきました。
ほえ〜
これまた完璧にあの動作を表していますよね。
どっちも 柔らかくそれでいてぎゅっとしっかり持っているかんじ。

ものすごく感心してしまった。
すごいや昔の人。



2005年05月25日(水)  ジダンダ

さっきお財布をみたら300円しか入っていなかった。
おきたら銀行へ行こう。
でもどうしてもビールが飲みたいと思った。
コンビニに行ってロング缶を1本買ってきた。
どうせ300円しかないんだからここでケチっても仕方がない、
と発泡酒ではなく、”ビール”を買ってきた。
冷凍庫にあるピザトーストを焼いて一緒に食べようと思いついた。
ものすごく楽しくなってきた。
買ってきたビールを冷蔵庫の上にひとまずのせて冷凍庫のドアをあけた。
そうしたらビールが床に落ちた。
置いたのがふちギリギリすぎたらしい。
これは今あけたらすごい泡だろう、ピザトーストをオーブンで焼く間におさまってくれるかな
と、これくらいはよくあることと暢気に缶を拾い上げようとした。
わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
缶は破れていた。
ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あっというまに台所は黄金の湖になった。
タオルタオルタオル。
雑巾では間に合わなかったのでバスタオルを広げて台所の床を這いまわった。
その前に缶もひろった。
少しでも飲みたくてそのままガスレンジにおいてあった鍋に突っ込んで避難させ
一応のふき取りを完了して鍋を確認した。
コップに缶の中に残った分と情けないが鍋にこぼれた分のビールも注いだ。
コップに半分もなかった。
ロング缶だったのに。
ピザトーストを焼く気持ちはもう失せていた。
ビールもやけにアルミ臭い気がしておいしくなかったけど全部飲んだ。
そういえば鍋もアルミの片手鍋だった。
ビールが染みこんだ布は臭い。
バスタオルを翌朝までそのままにしておきたくなくて、バケツを出して洗った。

なにもかもだいなし。
わたくしはこういう自分がほんとうに嫌いだ。
これは決して
ドジっ子とか天然とか駄目人間とか、てへへ…こんなわたしですぅ〜
というありがちな わたしのバカバカバカ・・・ の自分大好きの裏返しではない。
もうわたくしは自分のこういう間抜けさにはウンザリだ。
『ピザとビールのお楽しみ』を奪った、目線から一寸離れたものにまったく注意が向けられない自分が嫌だ。
壁に頭を打ちつけたい。

しかしビール缶といい電車といい日本のアルミ製品はすばらしく薄い。



2005年05月23日(月)  ありがとパンドラちゃん

おいしくなったビスコをボリボリ食べながら、そしてお菓子の屑をポロポロ枕もとにこぼしながら、
小鳥がピチュピチュ鳴き始め、空が明るくなるまで読みました。
ワインもチビチビ飲みながらだったのがちょっとダメな大人でした。
最近はジュニア小説をヤングアダルト小説と呼ぶことも知りました。

我ながら本を探すのがうまいなあ、と自画自賛は忘れずに
ジーンと熱くなった胸とまぶた。

アンナのおかげだ。

ケイレブも変な名前だけれどいいこだ。
そうだ。小さいとき自分よりもっと小さかった弟がとても可愛かった。
ぎゅっと手をつないで二人でお使いにいったよ。
車が通る道を渡らずにいける酒屋さんだった。
帰りにUFOをみたよ。
大きくてオレンジ色でボーっと光っていて突然消えた。
怖くなって二人で手をつないだまま走って帰った。


マリーのおかげで文通もしたくなっちゃったよ。
eメールを使いはじめてから全く手紙を書かなくなったもんね。
思い出してみると十年前は結構手紙をだしたり貰ったりしていた。
FAXのやりとりもひんぱんだった。
そうだよ。いろんなものを捨ててきたおねえさんもお手紙と文通FAXだけは
今も引き出しに全部残してあるよ。
古くなった感熱紙にいまにも消えそうな友達の文字が残っているよ。

手紙を書こうかな。
切手はいっぱいあるんだ。
言ってなかったけど趣味は切手収集なんだよ。
記念切手年間発売予定表もチェックしているよ。
最近はやりの2枚綴りでひとつの絵になる切手はすきじゃないな。
枠いっぱいのデザインも好きじゃない。
切手は切手らしいサイズで、白い枠に囲まれていて欲しい。
潔くその枠で完結して欲しい。
とにかく切手帳に気持ちよく収まって欲しい。

たまに切手帳に何枚あるか数えてみて
×80円
と思うと一年間のタバコ代を計算するより虚しくなるけど。
まだまだだね。




2005年05月21日(土)  パンドラちゃん

自力で浮上 浮上。
しかし宿題盛りだくさん。
こんなときは 図書館です。
ジュニア小説コーナーへGO !

かつてはジュニア小説における日本のレベルはかなりのもの、というか海外ものは
古典以外は 子供の本とおとなの本しかなかったのですが、
このところ翻訳ジュニア小説はストーリーも題材もかなり読み応えがあります。
心つかれたときにはおすすめです。
だいたい 少し頭がよくて少しませていて少しさめていたりもして、
そんな女の子と友達や家族たちが、冒険したり恋したりなにかを失ったり発見したり、
かなりシビアな状況のなかでも勇気と笑いを忘れない、
が基本ですが、よい長編などはもうハラハラドキドキで、子供の頃に『岩窟王』を読んだときのようです。
なにより大事なことは
こんな!ひどい!ひどいよ エミリー!
な暗闇におちいっても、
いたね、やっぱりいてくれたんだね
と、よい作品であればあるほど奇跡のように小さな灯火 希望 を見つけさせてくれることです。

いっぱい借りてきちゃった。
いてくれるって信じてるよ。


それから重い布団を軽い布団に変えました。
毎晩いやな夢をみるからね。
シーツもパイルに変えました。
この気持ちよいお布団でジュニア小説を読んで明日からまた顔をあげていきていきます。

やろうと思っていたけどやっていなかったことリストもつくりました。
上から線をひいて消していくことが楽しみです。
まず、まず一杯飲もう をやめます。



2005年05月16日(月)  浮世床 -皐月-

ヨガの気持ちだったのですが、テレビで
『ニューヨーカーを虜にしたパワーヨガのなんちゃらかんちゃら』
という番組をみて なんだか気持ちが萎えていたところ

本日いや昨日、
風呂上りに脱衣所のソファーでヨガるおばあちゃんを見て、

負けた……
なにもかも……
萎え萎え……

健康体操かと思いましたがあの呼吸法はヨガだった。
そこまではできない。
負けた。が、気持ちいい負けだった。

銭湯はわたくしの人生の教室です。
週一回くらいしかいかないんだけどね。
だからなかなかお利口にならない。


そうそう東京の銭湯には 横尾忠則の大きなポスターが張ってあるんだよ。
何種類かあるのです。
東京公衆浴場協会がつくったの。
アングラチックなペンキ絵 というかんじです。
好きだ。
我が国のロイヤルファミリーのカレンダーと横尾忠則。
銭湯ってやっぱり面白いです。


◎ どうして毎日ほじほじしているのに毎日耳垢ってでるんだろう。
  原材料はなに?
  粘液?

  コンク コンク
  気持ちが落ち着きます



2005年05月15日(日)  ただいまのお気に入り

コンク について考えることです。
コンク とは コンクジュースの コンクです。
コンクジュース とは 水で薄めないと飲めない 甘い甘い 濃縮ジュースのことです。
昔の喫茶店のオレンジジュースはこれでした。
子供のころ、お友達のおうちが喫茶店をやっていて、彼のうちに遊びに行くと
コンクのオレンジジュースと緑のソーダ水が飲み放題でした。
喫茶店の経営者である彼のご両親がそれを許していたのかどうかは今となってはわかりません。
隠れて飲み放題でした。

コンク です。
この言葉の響きが好きです。
コンク コンク。
あのねっとりとした濃厚な液体がビンを傾けるとトロトロとゆっくりグラスにおちていく様子そのものの響き。
友達のうちの薄暗い台所。
氷も入れず水道水で薄めたぬるい、甘酸っぱい飲み物。

果汁は入っていたのか。
コンク とは何語か。
濃縮という意味なのか。
調べればすぐわかることでしょうが、
ただ響きがすきなので、
コンク コンク はビンからあのねっとりしたものが注がれるときの音からきているのではないか
とかってに思っている方が楽しいです。
近い響きは
トプ トプ
ですが、コンクジュースは トプ トプ よりももっと粘っこく
コンク コンク とビンからやっとのように出てくるのです。

『ン』 が鍵だと思います。



2005年05月12日(木)  萌え

たまに他人の日記をを読んで面白いと思うのは、
決して日常ネタではなく いわゆる
『●●萌え日記』
というものです。
エロネタでもやはり 彼とのウニャウニャ日記や、正直もんもん日記 より
フェチ日記の方が面白いものです。
だって変なんだもん。
そして便乗萌えでない 本当の情熱をもってなにかに偏愛しているさまには
やはり人を引き込む魔か魅の力があるですよ。
理解はできないが。
自分も ●●萌え〜 の日記だったらどんなに書くのが楽しいだろう、高速回転している時には
日に何度も更新しちゃうかも……
(余談ですが、この記号 三点リード ってこうして2回続けて書くのが正しいらしいよ。
本当かな。長いよ、そんな沈黙は。)

楽したくて探してみました、マイ萌えを。

…… …… ……

腰痛解消法萌え?

ダメだダメだ もっと考えろ!

…… …… …… …… …… ……

変な人間萌え???

あんまりいつもの日記と変わらなそうです。


話題変わって、ある技術が突出して優れているひとをまあ仮にプロと呼ぶとして
プロの技を拝見することは一種の快感であります。
しかし、今日みたプロの技はできたらどこか誰もいない何も通らないところで発揮して欲しい。
彼は プロの野外生活者で、プロの道路横断の技をもっていました。
車専用道路の高架への上り坂を斜めにプロらしくゆっくり渡っていきました。
おじさん その先にはなにがあるの?
でも下ってきた車が急ブレーキでスリップしかけてたよ。
おじさんは横目にもとめなかったけどね。
そう、おじさんの技はこういう場所でこそ発揮されるので、
(こんなこと素面の素人にはできないぜ。)
最初にわたくしの言ったことは矛盾なのです。タテホコなのです。
それにおじさんの目には何も通り過ぎていないのかもしれないしね。

いや〜、今日の締めは考えオチっぽくて気持ち悪いわ。
かゆいまま終わる。

あ、おじさんの技自体はほんとうにスマートでボーっと見とれてしまうほどのものでしたよ。
車の流れの中をスーッと斜めに入っていく。
迷いがまったくない動き。
それがプロ。



2005年05月09日(月)  今後の課題

空腹で酒をのむと びっくりするくらい早く酔っ払う

ということは10代の子供でも知っていると思うが、
もういいかげんに理解すること。

酔うとからだの自由がきかなくなることをいいかげんに脳に徹底させること。

そういう時に 赤ワイン を飲むのは危険だ

と何十回も もしかすると 何百回も 身にしみるようなことをやってきたことを思い出すこと。


ご心配なく。
大怪我はしていません。

でも 先月買った ベージュのラグが 汚い紫の染みだらけです。



2005年05月08日(日)  フライング

国産の作物を食べよう

マイスローガンです。
わが国の農業を守るためです。
いつか どんなことがあっても食べるものとほんの少しの娯楽があればなんとかなるだろう
なんて思うわけです。

あ、アメリカンチェリーはまだ国産をみたことがないので、勘弁してもらってます。

だけど・・・
発見しちゃったんだもん
え・だ・ま・め   を・・・

台湾産でした。
すんませんでした。
買っちゃいました。

この世で一番好きな食べ物なのに 日ノ本産を待ってられませんでした。

初物なのに、とても西をむいて笑えません。
土地神さま すんませんでしたー。

お味は うまくもなければまずくもない・・・
あと2週間待っていればよかったっす。



2005年05月06日(金)  note

もう 長いこと自分を信用していないので、ことあるごとに自分の感情を検証することは いわゆる癖であります。

以前からですが このところ とみにしばしば検証しているのは
自分は死んだ親友を 偶像視・神聖視してはいないか ということです。


・彼女は自分をほんとうに理解してくる世界でたった一人の人間であった
・彼女は十数年に渡る思い出のほとんどを共有できる世界でたった一人の人間であった
・彼女は自分の人生の喜び・幸せ部門の多くをになっていたのに無理やり奪われた人間であった

などなど。

いずれも、自分かわいそうモードに入ればコンマ0秒で簡単に自哀に陥ることができる罠であります。
コンマ0秒って、ニュアンスはわかるが無理な表現ですね。

アランの幸福論を読まずとも、情念に引きずられる怠惰さが、幸福から遠ざかることであることは
少しものを考える余裕のある頭ならば自分で考え付くことだと思います。
情念についてはそれだけではなく他にも考えることはありますが、ここは本題にもどりましょう。

自分が情念の虜となって、嘆いたり恨んだり呪ったりするのは
あくまでも娯楽として 自分をすっきりさせるため 深夜に自分の部屋で布団の中で
自慰として行うものです。
そこが、自分の人間としての貧しさなのか、限界なのか 他人の判断はおいておくとして、
それ以外は自分が許せないからやらないのであって なぜ許せないかといえば
人生に対する美意識に反しているからです。

政治的な信条も宗教の教義ももたない自分としては ほかに生きていくうえでなにを選択するか
指針とするものはそれしかありません。
美しいか醜いか 好きか嫌いか。

考えるに彼女とはそこのところで結びついていたと思うのです。

酔っているからか まとまらないな。

もちろん、彼女に死ぬまで話さなかった秘密や嗜好もあります。
彼女もわたしには話さなかったことがあることもわかっています。

とにかく 彼女がいなくなってからいわゆる
美しすぎる思いでのひと=自分の逃避対象
にだけはすまい と思ってきました。

でも、まだまだこっそり潜んでいたみたいです。
娯楽といいわけした情念の遊びのなかに。
いつのまにか肥大した悲劇的な別な彼女像をこしらえて隠していたみたいです。
具体的なきっかけなど わかるひとにはわかるかもしれませんが 結局はどうでもいいことです。
大事なことは自分の中に ソレを発見できたことです。
きっかけと検証のおかげです。
ぶちこわすつもりです。



2005年05月05日(木)  ドングニボール

やあ、今日は子供の日でしたね。
菖蒲湯に入りましたか?
わたくしはもちろん入りましたよ。頭に菖蒲ではちまきも締めましたよ。
後半はウソです。

気がつくと 食べ物と風呂の話ばかり書いています。
が、大事なことです。これらはわたくしの三大健康法のうちの二つなのです。

健康法といえば、ひとって絶対に他人の語る健康法を一回はバカにするよね。
昨日テレビでやっていた、なんていうのには飛びつくくせに、飲んでる席での
『オレの健康法』講座 を心から関心をもってきいたことがあるか?

昨日もそんな話になりまして、わたくしが熱く実体験を語った
『どん・きほーてで買った子供用ミニバスケットボールをビテイ骨付近にあてて寝ながらグニグニ健康法』
はほとんど一笑にふされ誰も関心をもってくれなかったのでした。
みんな腰痛で苦しんでいるから少しでも楽になればと思って一から説明したのに〜。

これはわたくしが独自で考え出した、というよりも身体がこうせよ、と命じた健康法なのですよ。
昨年の春、腰が痛くて痛くて足先さえもしびれてくるような苦痛の中にいたわたくしの望みは、
狭まってしまった腰椎の間を伸ばしたい! 
ということだけでした。
夕暮れの公園でひとり鉄棒にぶらさがってみても、握力も腕力も鍛えた事のない人間には
1分以上自分の体重をぶらさげておくことは無理でした。
筋肉痛でぐったりのその夜、布団の中で痛む腰のところにグリグリと自分の拳をあてて、
”ここ!この狭まったところをもう少し柔らかいものでじっくりと自分の下半身の体重をかけて伸ばしてみたい!”
と考えていたところ、頭の中に具体的な大きさ・柔らかさが浮かんできたのです。
ゴルフボールのように堅いものでは長い時間は無理だ。
野球ボールくらいの大きさか?
しかし力がかかるところが小さすぎるか?
痛くて10分以上コロコロできないのでは意味がない。
ドッチボールでは大きすぎて体のブリッジがききすぎてそれも苦しい。
よし、明日何点か購入してためしてみよう。
自前健康法なので、資金は500円以内で。

探索先をどん・きほーてに決めたのは、もちろん最後の理由からです。
そして買ってきたのが、テニスの軟球・カラーボール(昔サンドぶつけによくつかった奴)・ミニバスケボール
の3点でした。
ミニバスケボールには必要のないミニゴールまでついていたので、
予算がややオーバーしたことが不満ではありましたが、
3点を試した結果、先の2点はやはり小さすぎて体重のかかるポイントが小さすぎすぐ痛くなってだめでした。
その点 ミニバスケボールはそのインチキぶりからくる柔らかさ、夏みかん大の大きさもあまり体をそらさなくてよく
最高でした。
ボールの上に寝て、痛む腰からビテイ骨下までをゆっくり寝たままグニグニを転がすというか、
ボールの上で腰をグニグニすると、自身の下体重で、腰椎が下にじわじわ引っ張られていく感じがします。
本を読みながら30分くらいグニグニ寝て、ボールをはずしてみるとなんと体がまっすぐになった感じがするのでしょう。
そして翌朝あれほど自身の上半身がここにかかっている と主張していた腰に意識がいかなくてすむのでしょう。
もちろん根本は解決されていないので、一日がおわるとやはり腰は痛みだしますが、
その夜またグニグニすればまたすっきり。
痛みを庇おうとして別なところが痛くなる、という悪循環から逃れるにはとってもいいです。

ミニバスケボールもだんだん空気が抜けてきてわたくしの背に馴染んでいいかんじです。
これが完全にぺしゃんこになったら二代目を買おうと思うくらいです。
いつも枕もとにミニバスケボール。

先日、腰も痛い背も痛い腹も痛い胸も痛いような気がする、絶対ガンだ・・・
と思い込み、人生への執着を断とうとしていた時も、
はっ!酒のせいで内臓が悪いのだと思い込んでいたが、すべてはまた腰からきているのではないか、
と考えなおし、しばらく放っておいたどん・きほーてで買った腰をグニグニするミニバスケボール
遅ればせながら略してドングニボールで、じっくりと小一時間ぐにぐにぐにぐに・・・

すっきりしました。軽くなった背部腹部の違和感に 翌朝からまた人生への欲がわいてきました。
以来、毎日かかさず30分はドングニしています。

そんな ドングニボール健康法 ですが、酔った友人たちは完全無視でした。
いいんだ。みんなのだってきいてやるもんか。
だいたい、君達の熱く語った 飲尿だってノーパン健康法だって今も続けている身近な人間はいないじゃないか。
温泉水は高いじゃないか。
わたしはドングニでまた新たな人生を得ることができたんだもん。

でもこの日記を読んだ人はまねしてもいいよ。
アドバイスは100円くらいなら予算をケチらず 気持ちいい大きさ柔らかさのボールを探す事 です。
それから一番痛い患部よりやや下でグニグニし、足は自然に閉じたくらいがいいですよ。

あー 語った。満足。
そうそう三大健康法の最後のひとつは ドングニではなくて
人間関係に深入りしない
というメンタルなことでした。




2005年05月01日(日)  ユリイカ!

アルキメデスだかピタゴラスだかしらんが、
ひとは誰でも風呂の中で発見をする。
理由はかんたん、風呂の中では 思索する 以外することがないのだ。

本日のユリイカは、まめは素晴らしい ということであります。

このところいい陽気ですねぇ。
はりきっておニューのサンダルをおろしてお出かけしたのは、まるで初夏のような休日でした。
かわいい、女らしい と誉められ、遺伝子が燃えているのがみえると、
つまり、結婚→出産のそろそろ最後のチャンスに細胞がそのサンダルを選ばせたのだと、
女友達に余計なお世話な誉め言葉をもらい、
半日出歩いたあげく、両足に盛大に まめ をつくったわけです。
痛かった。もう歩きたくないと泣き言を言いたかった。
しかし女のプライドがそれを許さなかった。
家に帰って 正直ズル向けの靴擦れを覚悟していましたが幸い まめ は破れず
足を冷たいお水にひたしました。
ちょっとバレリーナになった気持ち。

翌日は少し痛かったのですが、はきなれたスニーカーをはいているうちにそれも忘れ、
なんと夜には まめ は無くなっていたのです。
少し表皮がブヨンとなっていましたが、あんなに腫れていたのにほぼ平らにもどっていたのです!

そして今日 風呂の中で改めて まめ の素晴らしさが本当の意味でわかったのです。
まめ はなぜ膨れるのか?まめ を潰すと水がでてくる。
そう、中に入っているのは細胞からにじみでた水です。
それは天然のクッションなのです。
かたい皮にすられて痛むところに身体は自然にクッションをつくって少しでも和らげようとするのです。
そしてそして、もう当たるものがなくなり、クッション不要と判断すると、
水は自動的に身体のなかに、たぶん細胞に再び吸収されるのです。

素晴らしいシステム。
頼んでもいないのに自然におもんぱかってそういうふうに動いてくれる我が細胞よ。

このことに風呂の中で気づいたとき、不覚にも涙がでそうになってしまいました。
ありがとう、まめ。


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