彩紀の戯言
戯言 INDEXpastwill


2004年06月24日(木) いつか…。

毎回謝ってる気がする…更新してなくて、ごめんなさい(カメラに向かって@風)。

お仕事でパソコンを使っているので目がショボショボ。
空いた時間までモニターとにらめっこする気がおきなくて(^^ゞ。

広告の<PR>の文字が<TR>(←表を作るタグ)に見える…(わざと全角)
こういうのも職業病というんだろうか?


先日、大きな山を乗り越えた(笑)。
ややこしいぐちゃぐちゃな表もタグで組めるようになったのだっ!!
(できる人にとっては大して難しいことではないでしょうが(^^ゞ)

HPを持っていてもほとんどをソフトで作っていて、
多少のタグは知っていたけど、チョコチョコとしか使わなかった。
お仕事のぐちゃぐちゃな表だってソフトで作ってそこだけコピペするという
ずるっこい方法だって可能だった。

しかしっ!自分で1から組んでみようとがむばった(爆)。
「その場しのぎ」をどこかで乗り越えなければいつまでたっても成長しないもんね、と珍しく前向き。

「原理を知っているからやってもいい手抜き」
就職時代には何度も頭をかすめた言葉だった。
日々の作業に時間をとられ、すべての作業の原理は理解できなかったけど(^^ゞ。
いや、むしろ能力的に理解できなかった、と言うべきか…。


久々に得た達成感はビールをさわやかに流し込む(笑)。
ぷは〜!

んじゃぁ、自分のHPもかっこよくリニュしようよ!
と、思わないわけでもないんだけど…。
コックは家で料理しないって言うじゃん(爆)。

もっと、余裕ができたら。いつか、いつか…ね。


2004年06月17日(木) 引越し。

と、言っても私の場合、パソコンのお引越し。

引越し作業も「お抱えサービスマン」にすべてお任せ。
ビールを飲みテレビを見ながら待つ、このテイタラク。

とうとうスーパーなパソコン乗っ取り成功!!
サクサクなPCライフは快適だぁぁぁぁ。

パカパカとアプリケーションを開けまくる。
きゃほぉぉぉぉ!こうでなくちゃね!!
メモリー全開!!

が・・・まず、顔文字が無い・・・。
辞書もすべて無くなった・・・。
なにしろ日本語変換ソフトが違うのら。

ノートからデスクトップへの移動。
キーの位置が違う・・・。
DeleteとBSキーを間違える。

しかし!テンキーがあることに引越し翌日に気づき、うはうは(←遅い)。



そして・・・気づかれてしまった・・・。
このスーパーなパソコンは「お抱えサービスマン」の小遣いで買ったということを。

むにゃむにゃむにゃ。←ごまかすなっ

さて。お仕事お仕事。ってことでちと忙しいです。


2004年06月12日(土) さいきん。

相方が出張中。かなり珍しい。
いいなぁ、魚が美味しいところに4日も出張。
で、そんな素敵なところでオムライスを食べてるなんて…信じがたい。

1人気ままに夕食は好きなモノだらけにしようと思ったのに、
出張前日に作ってしまったカレーが幅をきかせている…。
前日に出張決定って…カレー地獄だ。あんまり消化できてないけど。

スーパーに梅が並ぶ毎日。
梅干しが作りたいと思うんだけど、勢いが足りない。
まず、瓶(かめ?)…高いからプラの桶???
とにかく容器と重り(し)が必要だ。コレを買わないことには始まらない。
作ろう(かな?)と思った最大のポイントは「手もみ赤シソ」とやらが
梅に紛れて並んでいたから(笑)。
梅が無くなる日までに決心がつくだろうか?

石けんも作りたい。
茶油石けんとか、アロエ(冷凍室で眠っている)石けんとか、
ローズヒップオイル(酸化してそうだから使ってしまいたい)石けんとか、
ひまし油を使った石けんとか。
すべて材料は揃っているのに、腰が上がらない。

最近、若手お笑い芸人が出演する番組が多い。
相方がはまっていることもあって私もときどき見る。
でも、やっぱりパペマペが好きだ!好きだー!好きだー!好きだー!
名古屋に来たときに見に行けば良かった(>_<)。
近くで見なければ意味がないと思って(それなりに混むと思われた会場だから)行かなかった。
こんなに売れっ子になってしまったら、もう無理じゃん…。
うしくんが「かぱっ!」口を開けたときが好き。
なにげに見てるけど何本の指で操作?してるんだろう?
あっ、いけない。あれは「うしくん」と「かえるくん」のコンビだった。
ビデオまで借りたいと思ってる彩紀だったりする。


2004年06月08日(火) 無題。

「某俳優重症」の事件を知ったのは当日の深夜。
「自殺?」という文字がデカデカと表示されてもなんとなく納得できなくて
落っこちちゃった(事故)んぢゃないの?と考えながら床につく。

まず、私が思っている彼の性格に「自ら」という文字があてはまらない。
もちろん、数年の間に変わってしまった可能性だってあるのだから、
自ら死を選んだとは思いたくなかっただけなのかもしれないけど…。

翌日、事務所側が「不注意による事故」と発表し、それを100%信じられるほど
私は若くないのだけれど、本人の口から語られるまでそう思うことにした…。




就職1年目。元同級生が自ら死を選んだ。
「死ぬ気になればなんでもできるのに…」や
「近くにいた人が気の毒だね…」などと、他の同級生と話した記憶がある。

数年前。遠い親戚が自ら死を選択した。
残された家族を目の当たりにし、やはり思った。「家族が気の毒だ」と。
そして「死ぬ気になればなんでもできたのに…」と、同じ事を考えた。

残された家族や友人は「なぜ、止められなかったんだろう?なぜ、相談してくれなかったの?」と
自分を責めるだろうと考えたし、弔問客への説明が真実であってもそうでなくても
事実が事実である限り、より辛いことに変わりはない、と思った。

「死ぬ気になれば…」というのは、今の生活から逃げ出すために死を選択したと
思い込んでいたため、発した言葉。
そんなに辛いのなら学校や職場を辞めて新しい生活を始めれば良かったのに、そう思った。


今だったら。
万が一、自ら死を選択した知人がいたとしても同じようには考えないような気がする。
もちろんそれは許されることではないと思っているけど、
「逃げる(←例えですが)」ために死を選んだ訳じゃないかもしれない、と最近考えるようになったから。

「だるい…」「つまらない…」「動きたくない…」「食べたくない…」

「何もしたくない…」
     ・
     ・
     ・
     ・
「生きていたくない…」

正直言って楽天家の私には想像もつかない状態だけれど、少なくないと聞いている。
原因がある場合もあるだろうし、ない場合もあるだろう。
メンタルな部分がとてもとても病んでしまったとき。
自己制御なんてできるのだろうか?思考回路は働くのだろうか?

こういった場合、突発的に実行してしまう人がほとんどだと思う。
家族や友人、新しい生活も含めて「死」意外のことを考えられる状態だったら
自分を殺すことはしないんじゃないだろうか?

本人も周りも辛かっただろうね…。たぶん、今ならそう言うと思う。


もう病死してしまったけれど、一時的に心が病んで、
「あのとき恐くて自ら死ねなかった」と後に告白した人がいた。
死を選ばなかった理由は「恐怖」であり、
別の理由ではなかったことを知ってしまったとしても、
思いとどまってくれたのだから、と家族は思うことにしたとか…。

もしその時代に、今みたいに「心療内科」というソフトなネーミングの扉があったら…。

そして、今はちょっとだけ開けやすい扉があるのだから…
心の枷を弛めて…悲しい選択をする人が少しでも減ればいいな、と思う。


彩紀 |HomePage

My追加