東京の片隅から
目次|きのう|あした
朝から障子を貼り替える。はがすのに四苦八苦、張るのは一瞬。1段ずつ張っていた子供の頃と比べると、1枚で張れる現在は非常に楽だ。ノリも手が汚れないし。
金魚を室内に移す。スペースの関係で小さい水槽になったので、いつもの調子で泳いでいる彼女はゴツゴツと水槽の壁に激突しながらうろうろしている。心なしか機嫌も悪いようだ。室内に移して気がついたのだが、釣ってきたときの体の傾きが成長して少し修正されたらしい。
午後、実家に顔を出す。昆布巻き、黒豆ほかおせち料理を元日に食べる分だけ分けてもらう。 帰りにデパ地下とスーパーに寄って魚と蕎麦を購入。
紅白歌合戦の小林幸子を見逃した。残念だ。 ジルベスターを見て、ジャニーズカウントダウンを見て、さだまさしを見たところで力尽きる。蕎麦を食べ損ねた。
おせちを作る。といっても作るのはのし鶏と煮しめと紅白なますくらい。 正月もスーパーマーケットは営業しているし、二人分を作るのは案外難しい。でも何もしないというのも気が済まない。 とりあえず手早く作れるものだけ作ることにした。
台所の掃除と年賀状書き。年賀状は予備がぎりぎりなので、ひょっとしたら追加購入しなければならないかもしれない。 買わなかったが、佐藤可士和デザインのやつ、企画としては面白いなぁ。デザインが強すぎて送る人の個性(といってもコメントくらいしか書けそうにないけど)を殺してしまいそうな感がやや微妙か。
本来はまったりと終業日を迎えるべきだったところ、トップが納会に出席するとの情報が投下され、事業所内は大嵐。 なぜかというと、このトップ、異様に「かたち」にうるさい。整理整頓にやかましいとか、名札や制服がどうこうとか、まず見た目から入るタイプの人らしいのだ。それはそれでルーズなうちの会社には得がたい人材なわけだが(苦笑)。 そんなわけで午前中からなぜか大掃除モードが事業所を覆っている。私は今日中に片をつけたい仕事があったので黙々と作業。午前中に片づけ、サーバーを落とす。
夕方の納会で飲んだ日本酒が思いっきり甘口で気分が悪くなる。これは寿司やピザには合わない・・・。
風邪薬を飲んだら一発で鼻水が止まったのはすごいのだが、咳だけ残ったのはいやな予感。 まーさんが咳の風邪を長引かせているので、そのせいかとも思う。 とりあえず今はルルのど飴でごまかしているが、これがなくなったらいつものヴィックスドロップだな。あれは効く。さすが昔から売っているだけのことはある。
2007年12月26日(水) |
前の席のサラリーマンへ一言 |
「マリみて」を読むのは個人の自由だが、せめてブックカバーをかけた方がいい。
とりあえず年内に美容院でも行っておくかと考えていたら、葉書が届いた。そういえば前回行ったのは夏。
プリングルスのウィンターソルト味なるものを買ってみたのだが、思ったよりも塩気が薄くて、食べやすい。食感がさくさくというよりもふわふわ感を醸し出すエアリー感も新しい。が、これは意図したエアリー感なのか、それとも1枚あたりのグラムが減っているのかが気になる。うがちすぎか。
2007年12月24日(月) |
クリスマスって何だっけ。 |
スーパーマーケットで青い目のトナカイとサンタクロースを見た。楽しげな様子から、どうやら罰ゲームではないらしい。
それよりもラメ入り筆ペンの方が気になる。買ってみたいけど使いにくそう。
すっかり風邪ひき。熱は出ないし喉にもさほどダメージはないのだが、そのかわり鼻水がひどい。息ができなくて溺れる夢を見たほど。
ポケットティッシュをひとつかみ鞄に放り込み、コンサートに出かける。アコースティックでなくて良かった。バンドのどかどかいう音の合間に鼻をかむ。鞄の中はティッシュの花だらけ。
コンサートは意外と良かった。普段なら白けてしまう苦手なコントも、今回コンサートそのものが企画モノっぽいためか、私でもそれなりに楽しかった。そういえば最終日だしバースデイライヴだしゲストが出るかと思ったが、出なかったな。
映画を見に行こうと思ったのだが、どうにも気分が乗らず、見送り。風邪をひきかけているようだ。
気分転換にカメラを抱えて小石川植物園へ。曇りがち、時々雨、そんな天気では園内に人もほとんどおらず、鳥たちの騒ぐ声と枯れ葉の落ちる音だけ。カメラを構えつつ、ぶらぶらと歩く。 園内の最奥になぜかカリンの林がある。この時期ほとんどの木は葉も実も落として寒々としているのに、そこだけは黄色い大きな実が鈴なり。実の落ちる音が思ったよりも大きくびくりとする。
フィルムを現像する。手ぶれがひどく、焼き上がった写真はトイカメラみたいな出来である。レンズがライカなのに(笑)。これはこれで面白かった。
こう年賀状の図柄などちまちまと作成する時期になると頭を悩ますのが、「誰に送るか」である。 同僚・上司。これは惰性。今のところ周囲にはまめな人がそろっているので、いちおう送っておく。たまに年賀状よりも早く年始の挨拶で顔を合わせることもあるが、まぁそれはそれだろう。 友人。小学校の友人はもうつながりが切れてしまった。12歳から一度も会っていないとなれば、無理からぬところ。中学・高校時代からの友人はとりあえず今も送っている。しかしこれも最近は悩むところだ。自分も友人どももほとんどは結婚し(奇蹟だ)、そしてそのほとんどに子どもがいる。当然向こうは子供の顔入り年賀状を送ってくるわけで、それは善意と信じている。実際のところ、子どもの写真の年賀状が送られてきても、さほど感慨がわかないのも事実。幼稚園の頃の友人の子どもが小学生になったのを観ると自分の年齢を感じるが。 彼女らともいずれ疎遠になるのかもしれないが、そうなるまではまだ10年ほどはかかるだろう。 そして親戚。どちらにも疎遠な親戚はいる。結婚して6年、一度も返事すら返ってこない伯父などもいるが、いきなりやめるのも見え透いていて、そろそろ思案しどきだが、ずるずると引き延ばし中。意地悪な見方だが、あと10年ほどでだいぶ減るだろう。50円で挨拶がすむなら安いと割り切るか。
毎年毎年同じようなことをぐずぐずと考えながら、自分の進歩と思いきりのなさを実感するのだ。
2007年12月20日(木) |
未確認飛行物体について |
内閣でああだこうだとどうでもいい議論を延々繰り返している暇があるのか。もっとほかに検討しなければならない課題が山積しているはずではないのか。
これはつまり、テスト前に思わず部屋の掃除をしたり長編漫画を読破してしまうのと同じ論理なのだな。きっとそうだ。
2007年12月19日(水) |
何もしなくて良いから俺の仕事の邪魔をするな |
昨日まーさんが作業中のパソコンの電源に躓かれてコンセントが抜け、ぶち切れて帰ってきた。当然作業中のデータは真っ白。
そういえば初回と最終回だけ「ガリレオ」を見た。久しぶりに初回を見て、これは久しぶりに毎回見られるかな、と思ったのだが、やはり根気が続かなかったらしい。
そういえば最初に作者が想定していた湯川博士は佐野史郎だったとか。 そう言われて福山雅治を佐野史郎に置き換えて思い出すと、月9の枠ではなく金11とかの枠のほうがぴったり来そうな感じになった。これはこれで面白そうだ。
スーパーでおでんの棚が空だった。みんな考えることは一緒らしい。
朝からいい天気で、雲一つない青空。北風が強く、銀杏の葉が散ってそこかしこに落ち葉の吹きだまりができている。
今すんでいる場所のすぐ近くは国立大学の附属幼稚園や小学校がある。通っている生徒はいずれ劣らぬ「できの良いお子さん」たちであるのだろうが、校庭や周囲の道路を掃除させたりしている姿をついぞ見ない。それとも、今日は日曜日だから、普段の日はやっているのだろうか。学校にはたくさんの落葉樹が植わっているのに落ち葉は知らんぷりでは、教育の名が泣く。柿やビワも植わっているのに、取る様子すらない。実った実はただ熟れて腐り、道路に醜態をさらすだけだ。
図書館へ行って、年賀状のネタ探し。もともと目星はつけてあったので、すんなりと決まりそう。
「呉清源 極みの棋譜」を見る。久しぶりの田壮壮映画。前回見たのが「青い凧」の封切りだから・・・14年ぶり?(爆) 基本的なスタンスは変わってないなぁ、というのが第一印象。静かな映像、モノローグで場面をつなぐ手法、必要最小限まで削ったストーリー。ライティングが美しい。それになんといってもチャン・チェンが格好良いこと!端正な横顔、姿勢のいい姿を見ているだけで目の保養(笑) 見る側にとっても想像力と読解力を試される映画だが、囲碁を知らなくても、真理を追究するために敵国に帰化して生きていかなければならなかった一人の異邦人の物語としても、見応えはある。 それにしても思うのは未検閲の「青い凧」がベネチアでグランプリを取ってしまった、しかも内容が文化大革命に関するものであったこと、それに対して映画製作を10年禁止されたにもかかわらず復活した、彼の強さだ。ジャ・ジャンクーのように、やはり同様に未検閲フィルムでベネチアでグランプリを取った監督が今や中国を代表する若手映画監督になったことを考えると、今ではずいぶん規制は緩やかになったのだろう。
映画は一人で見に行ったのだが、見終わってトイレで髪を直していたところ、中年女性に声をかけられる。 「囲碁をなさるんですか?」 どうもそういう人に見えたらしい。確かに見た目が今時じゃないですが(苦笑) 初対面の私に「お能のような映画よね」と話す。かなり的確な表現。 私は監督のファンであること、主役のチャン・チェンはデビュー作から注目されている台湾の若手俳優であること、良かったらほかの作品も見てほしいことを伝える。 彼女は夫か誰か、連れと来ているようだった。この出会いはここでおしまい。でもちょっと暖かい気持ちになったりして、これはこれで悪くない。 初対面の他人に話しかけられることはよくある。話しかけやすそうに見えるのだろう。
午後、新宿でいろいろ買い物。人が多すぎてうんざり。 夕食用にクロソイを買って帰る。25cmクラスが3匹で760円。安い。 昨日の残り物(まーさんは仕事場に泊まり込みだった)と1匹を丸ごと唐揚げ。残りの2匹は煮付けにする。 クロソイはメバルの親戚なので、ぬるぬるしているし口はでかいしヒレは尖っているし真っ黒けの外見だし、あまり見てくれはよろしくないが(そしてさばくのも結構大変)味は淡泊で大変美味しい。
双子座流星群を見ようと思ったが、寒さと睡魔に負けて爆睡。もう年だ。
2007年12月13日(木) |
9年前もミーハーだった |
モノクロのネガフィルムを取り込んでいたら、9年ほど前のものだった。 モノクロはサブフィルムで使っていたので撮影した時期も場所もがバラバラで、都電やら猫やら敦煌やら実家の近所やらを写しているのだが、見つけてしまいました。COILのデビュー直後のインストアライヴの写真。 確かこの日は池袋HMVでやって、そのまま新宿東口でのイヴェントにDaily-Echoと一緒に出演したのだった。 二人とも風邪っぴきでM-8君と一緒。新宿では声が出ないサダの「社長ごめ〜ん!」が公共電波に乗ったり(爆) 本人たちは思い出したくないんだろうなぁ、と思ったらなぜか笑いがこみ上げてきてしまった。ごめんよ。
あのころよくインストアライヴで一緒になった彼女たちはすっかり見かけなくなったけど、元気だろうか。
そのあと発見したのは「愛について」リリース時の新宿ヴァージンメガストアのスガシカオ(爆)このときも確か本人はインフルエンザでよれよれ。人が集まってしまったので、と弾き語りで歌ってくれたけど、こっちがはらはらするくらい、喉が裂けてしまうんじゃないかと思うくらいの枯れ方だった。
ロシアの話。 レーニン以来、ソ連〜ロシアの指導者はハゲとフサフサが交互に来ているのだが、次期大統領は大方の予想通りフサフサであった。まさかそれが指導者の要件でもないだろうが、今回も偉大なる伝統は無事守られたらしい。
最近仕事へのモチベーションが低くて、どうやったらこの状況を打開できるかいろいろ模索したりしていたのだけど、結局、「忙しいほどモチベーションが上がる」ということに気がつく。私しゃ蟻か。 しかし、蟻には忙しく働くやつと、さぼるやつと、働いているように見えてうろうろしているだけのやつがいるそうで、自分自身どうも最後のやつなんじゃないかという疑いがぬぐい切れないのであった。
2007年12月10日(月) |
そんなことはまるっとお見通しだ |
部長、1箇月前が締め切りだった仕事を今日振るのは勘弁してください。 でもさすがに10年一緒に仕事をしていればそんなことはとっくにお見通し、ぬかりなく準備していたのは秘密だ。
自転車の鍵が壊れて注文していたのだが、新しい鍵が入荷したというので、取りに行ってきた。 最近はITな人たちの間で自転車ブームらしく、この前も70万円もする自転車が売れたとのこと。売れるのはいいんだけどスペックだけ見て自分にあわないものを選んだり、メンテナンスできなくてせっかくいい部品をダメにしたり、そういうことがないといいなぁという顔を店主はしていた。
アルコールは抜けたのだが、三半規管がおかしく、一日寝たり起きたり。朝晩と風呂に入る。 酔って寝ると変な方向に首を曲げて寝るらしく、肩こりから頭痛とめまいがするようだ。
胃酸が出過ぎて胃が気持ち悪いので、フルーツ酢を水で薄めたものを飲む。ちょっと調子が良くなるような気がする。
日本酒を3合飲んで帰ったら帰宅してからへべれけ。酔うまで飲んだという自分に自己嫌悪。
いくら高くても買ってくれる人がいる商品の中身を安物でごまかそうとする心理がわからない。 手に入らなかったら「入手困難で現在製造できません」といえばプレミアがついてかえってありがたがられるし、材料費が上がったら「原料費高騰の折り申し訳ございませんが値上げさせていただきます」と書けばあぁ正直だなぁと思うのが、高いものを敢えて買う客なのではないだろうか。 そういう殿様商売をしていても食えたはずのその店で、なぜ材料をごまかしたりするような、いぢましいことをするのかが、いくら考えてもわからないのであった。 それと同時にわからないのが、パート店員に責任をすべてかぶせようとしたことだ。このご時世、退職金で色を付ければパート従業員が義理立てして黙っていると思ったのか、それともそもそもパート従業員を人間だと思っていなかったのか。どちらにしても、おかしい。
ピザ屋のバイクがサンタクロースの格好をしている。 あの格好で配達に来て喜ぶ人はどんな人なんだろうと考える私。 あの格好でバイクに乗るのはとても寒いんじゃないかと心配するまーさん。 それぞれである。
周期的に来る凹みの波があって、このところまたその兆候が頭をもたげている。 そういうときには自分がまるですっかりカラッポになってしまったかのように感じる。 そういうときでもそれなりに日常生活は送れるのだが(一人暮らしだったらおそらくダメだろう)、すっかり惰性で動いている自分にまた凹む、という負のスパイラル。 良くないことばかり考えてしまう。 対処法は「私は大丈夫」と自己暗示をかけてただ黙って嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。
今スキャナで過去10年くらいのネガを取り込んでいるのだが、被写体やアングルなどが基本的に変わっていないのが面白いというか進歩がないというか。 ぱっと見でわかる特徴はこんなところ。 ・人物をなるべく外そうとする ・ロングショットが多い ・空と植物の写真が多い ・ピントをあまり合わせていない(適当) 以前見たNHKの「課外授業ようこそ先輩」で写真家が母校を訪ね、レンズ付きフィルムを一人一人に渡して何でも好きなものをとってくるんだったか家族の写真を撮ってくるんだったか、そういう課題を出してできあがった写真を並べたことがあってなかなか面白かったのだけど、自分の思考、それも10年前の自分をを客観的に見返すというのはなかなか面白い作業である。 そういえば自分が撮影したものを妹が同じように撮影した写真を見つけたことがあって、そういうところできょうだいの思考回路や感性は近いのだなぁと思ったことを思い出した。
でも10年前のネガを見ても結構それを写したときの気持ちとか天気とか空気とか、そういうものは案外覚えているものだ。いろいろ思い出してちょっとセンチメンタル。
最初につきあった人と旅行した時に移した風景写真を1枚だけ残してある。その旅行自体は行き違いがあってうまくいかなくて、結局その人とも別れてしまったし、もらったものもほとんど処分してしまったのだが、彼が私の名前で著者にサインを書いてもらいプレゼントしてくれた本と、その写真だけはなんとなく手元に残してある。砂山の上でパラグライダーが離陸しようとしている写真だ。いい天気だった。砂山の向こうの海が青かった。
南大沢のアウトレットモールへ出かける。 まーさんが10年越しで暖めていた企画「AIGLE(エーグル)の上着を買う」を実行すべき時が来たらしい(笑)珍しく本人が超乗り気。 なぜ10年越しかというと、 エーグルというのはおフランスのアウトドアブランドでそもそもがお高い ↓ 10年前に近所のアウトドアセレクトショップではインナーフリースしか買えなかった ↓ 定番品なのでいつでもアウターは買える ↓ 10年経過
確かに値段がいいだけあって、10年着てもしっかりしている。途中ファスナーが壊れたのだが、実費で修理してくれた。アフターメンテナンスもばっちり。 でも定価では手が出ないので(苦笑)アウトレットモールへ、ということになったわけだ。南大沢のアウトレットはこぢんまりとしているのも良かったらしい。
結局5000円引きで購入。一般道で行ったからまぁ元は取れたかな、と。 私も別の店で春秋用の上着を購入。毛と麻の混紡のワークジャケット風のもの。自分ではいまいち決め手に欠けたのだが、まーさんには好評であった。 自分としてはブリティッシュトラッド、ある意味制服風のかっちりした洋服が落ち着くのだが、まーさんが評価するのはどちらかというとフレンチカジュアル寄りのものが多いような気がする。素材の柔らかいもの、シルエットの優しいものが好きなようだ。ふーんそうなのか。同性と異性とでは評価ポイントが違うのね。女子校育ちで男性ウケをあまり気にしたことがなかったから、なかなか面白い。
家のそこかしこで金魚を買っている夢を見た。今家にいる体の傾いた金魚のほかに、別の水槽で飼っている。それがなんだかコブダイのような感じで、真っ赤で、頭がでかく、目が小さく、しかも奥目で、口がとがっている(苦笑)。不細工なのだがどこかユーモラス。 水槽の中で横倒しになってしまい、口をぱくぱくさせているので、口元にえさを持っていってやるのだが、硬い嘴のような口にかじられたら痛そうだなぁと、夢の中でそんなことを考えていた。 周囲の景色はどこか薄ぼんやりした感じなのに、金魚の赤だけ妙に色鮮やかだった。
起きて窓を開けたらベランダの水槽で金魚がこちらをじっと見ていた。朝からずっと餌を待っていたらしい。
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