ヒトリゴト partIII
 Moritty



冬来たりなば

2005年02月23日(水)



春一番が吹いた。四月上旬並みの暖かさと天気予報は言っていたけれど、本当に暖かかった。思えば、今までこれほど冬が長いと思ったことはなかったし、これほど春を待ち侘びたこともなかった。

どうも最近やる気が起きなくて困っている。紫外線の減少によりうつ病になることもあるというから、それだと困るんだけど、紫外線は割りと浴びているから違う気もする。昔は、仕事は要求される以上のことをやって当たり前と思っていたけれど、今は要求されたことをやってればいいや、みたいな感じ。遊びでもそう。昔の私なら「スノボーやらない?」「うん!やるやる!」っていうようなノリだったのに、今はわざわざ雪国に重い荷物もって出かけて寒い思いして慣れないことやるなんて面倒だしやめとくー、なんて思うようになってしまった。年を取ったからっていうのもあるけれど、それだけではないようにも思う。友人は20歳年上のご主人と、隔週でスノボーに出かけているというし。気力がないだけなんだろうな。

もうすぐ2月も終わる。3月は卒業の月。そして、4月は入学式の季節。社会人になると何となくたいした変化もなく一年を過ごすけれど、大人になっても、そういう節目は必要なのかもしれない。

春遠からじ。



京都議定書

2005年02月17日(木)



2月16日午後2時、とうとう、というかようやく京都議定書が発効された。1997 年12 月に京都で開催された国連気候変動枠組条約第3回締約国会議で本議定書が採択されてから、実に7年2ヶ月を費やしてからの発効だ。

京都議定書は、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出削減を先進国に義務付けるものだが、最大排出国である米国の離脱や途上国である中国が対象外であることから、その効果については否定的な意見もある。ただ、発効すら危ぶまれていたことを考えれば、ここまでこぎつけたその意義は大きい。そして京都議定書の採択に至った会議を主催し、議長として会議に臨んだ日本の取り組みは世界の注目を集めるところとなっている。残念ながら、その取り組みはEUに一歩二歩遅れをとっているように思う。自動車産業など取り組みが進んでいる業界は問題ないが、エネルギー関連の一部業界では、目標達成の可能性については悲観的な見方も強い。京都をはじめ、各地で記念イベントが開催され、京都議定書の発効を祝っているが、日本にとってはこれからが正念場。景気が良くなればなるほど、温室効果ガス排出量は増える。果たして、削減目標は達成できるのだろうか。目標を達成するのは個人や企業の責任ではなく、批准を決めた国の責任と捉えられている感が強いが、それでは達成は難しいと思わざるを得ない。



難しいけど、簡単なこと。

2005年02月09日(水)



「ペイ・フォワード」という映画がある。ちょうど転職したときだったから、5年前頃の映画だったと思う。「もし君たちが世界を変えたいと思ったら、なにをする?」という社会科の先生の問いかけに、主人公の男の子が出した答えは、『ペイ・フォワード』。人から恩を受けたら、その人に返すのではなくて誰かほかの、三人の人にその恩を渡す。だから、「ペイ・バック」ではなくて「ペイ・フォワード」ということだ。それをみんなが実践したら、世界は変わり、良い世の中になるはずだ。

それってただのねずみ講でしょ、とか、世の中そんなに甘くないよ、とか言われて日本での評判はあまり良くなかったけれど、私はとても良い映画だと思ったし、単純に感動した。近頃、仇の「ペイ・フォワード」がよく見られる。会社が倒産して就職先が見つからず、むしゃくしゃするからと言って、通りすがりの人に切りつけたりする。旦那に相手にされなくて、むしゃくしゃするからと言って、子供を虐待したりする。憎しみのような負の感情は、その相手や第三者に向けるのに努力は要らないが、恩を返したり「ペイ・フォワード」するのはその人の志や勇気が必要だ。言うのは簡単だが、実現させるのは難しい。

(だからこんな世の中になってきてしまっているのかもしれない。)

最近、私はたくさんの人に助けられて生かしてもらっているんだと感じる。助けてくれるのは親戚だったり、友達だったり、ご近所だったり、通りすがりの人だったり。何で私なんかにこんなに親切にしてくれるんだろうって思う。先日、色々親切にしてもらった近所のおばさんに「いつかご恩返しさせてください。」って言ったら、「恩は返すもんじゃないんだよ。だれか他の人にしてあげればいいんだよ。私もそうしているだけなんだから。」と言われて、この映画を思い出した。無償で誰かに(必要な)何かをすることは、簡単なようで難しい。でも、思いさえあれば実は簡単にできることかもしれない。たいしたことはできないかもしれないけれど、せめて生かされている間は私も誰かに何かしたいって、強く思った。



遙か、彼方へ

2005年02月05日(土)



今朝、庭でヒヨドリが死んでいた。まるで眠っているようだったけれど、鳥が地面で寝ているはずもなく、そのままにしておくのもかわいそうだったので、庭に埋めてお線香を立てて手を合わせた。

今日は母の四十九日の法要と納骨だった。お上人様に有難いお経を読んでもらい、母は仏になった。そして重い石の下の暗い空間にお骨が納められた。たとえ骨ではあっても、家にあると母が居るような気がして毎日「おはよう」「ただいま」と声を掛けていたが、今は何故かお位牌に話しかける気持ちになれない。母の居た場所にぽっかり空間ができてその広さにただ居心地の悪さを感じる。魂はいつも一緒にいるとみんなはいうけれど、私にはわからない。母の存在を感じることはもう出来ないし、母はやっぱりいなくなったんだと改めて思った。

もしかして、今朝死んでいたヒヨドリに乗ってどこか私の知らない処に行ってしまったのかもしれない。



erehwon = nowhere

2005年02月02日(水)



今年の冬は寒い。日本がすっぽり寒気に覆われて、あちこちで記録的な大雪が降った。関東平野は相変わらず晴れているけれど、外に出ると冷たい風に肌を刺される。

本当に自分本位な感想なんだけど、豪雪地帯の人たちが屋根の上に2メートルも積もった雪を降ろしてため息をついているのをみて、どうして引っ越さないのだろう思ってしまう。そして、三宅島の人たちがガスマスクをしながらも島に帰っていくのをみて、どうして毒ガスがいまだ噴出しているようなところに帰るんだろうと不思議に思う。傍から見たら、しなくてよい苦労をしているように見えてしまうけれど、それはそこでしか生きられないからなのか、故郷への思いからなのか、それとも無何有の郷を求めても仕方がないこと悟っているからなのか・・・。そんな不埒なことを考えている私って、日常を取り戻すために一生懸命頑張っている人たちにしてみれば、渇を入れたくなるような存在かもしれない。

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