みゆきの日記
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2003年05月31日(土) 錦糸玉子

トモユキが冷やし中華が食べたいと言ったので、お昼は冷やし中華にした。
きゅうりとハムを細く刻んで錦糸玉子を作る。
これが、私は苦手なのだ。
綺麗な薄焼き玉子が焼けなくて、焦がしたりくちゃくちゃになったり、
くっついたり、ぼてっと厚くなったりしてしまう。

トモユキのお母さんはとっても料理が上手だ。
お正月実家に帰ったときに、私は散らし寿司を作ったのだけれど、
錦糸玉子を作るのが苦手だと言ったらお義母さんがそれを引き受けてくれた。
紙みたいに薄く薄焼き玉子を焼いて細く細く刻んでいく。
出来上がった錦糸玉子の美しいこと。

何度か練習したけど、あんな風に薄くは焼けなかった。
今日作ったのも、なんだか厚ぼったくて間抜けな錦糸玉子。

でも、トモユキは美味しいって食べてくれた。
自分のお母さんの味と比べたりするのかなぁ。
とてもかなわないけど、でも言わないで美味しいって言ってくれるところが好きだと思う。

私の父は美味しいって言わない人で、とりあえずなにか文句を言ってしまう癖があるらしい。
それだけがお父さんの欠点なの、なんて母はいつも言っていて、
それだけなんてお母さん幸せだわって私たちはいつも言ったものだけど、
毎日毎日お料理してぜんぜん誉めてもらえないのってやっぱりかわいそう。

「あんたはいいわね、そんなに誉めてもらえたらやる気出るでしょ。」

母にいつもこう言われるほど、トモユキは大げさに喜んでくれる。
でも美味しくないときもはっきりそう言われるんだけど、
大事なのは、フィードバックがあるっていうことよね。

菜子もそのうち美味しいとかマズイとかいうようになるんだろうか。
トモユキと菜子のために、もっと料理上手になりたいな。


2003年05月30日(金) 菜子が生まれた日のこと/28歳の誕生日/人見知り

異変に気づいたのは、年が明けて間もない頃だった。
11月に入籍して、12月の初めに会社を辞めてトモユキを追ってこの国に来て、
まだ1ヶ月しか経たない。

「あれ・・生理遅いなァ。」

なんとなく友だちに話したら、オススメの妊娠検査薬を教えてくれた。
そんなはずはないと思いながら、ちょっと好奇心で試してみた。
結果は、、、ポジティブ。

2月に結婚式を予定していたし、その後はタヒチに新婚旅行に行こうと思っていたから、
まったく予期しない妊娠だった。
今までヒヤッとしたことはあったものの、一度も妊娠したことはなかったので、
なんとなく妊娠しにくい体質なんだと思っていたのだ。
結婚したとたんに妊娠するなんて、なんてよくできたからだなんだろう。
実感はわかなくて、嬉しいとも思わなかった。
もう昨日までの私とは違うんだ、とちょっぴり淋しい気持ちになったほどだ。
このからだは、27年間私一人のものだったのに・・今はこの中に赤ちゃんがいるんだ・・。

トモユキにとっても同じような感じだったらしく、
胸がドキドキするといって煙草が吸えなくなったりしていた(笑)。

それから9ヵ月後、予定日よりも2週間早く菜子は生まれた。
逆子だったので、帝王切開での出産になった。
全身麻酔って初めてだったから興味があって、どんな風に意識が薄らいでいくのか
できる限り覚えていようと思ってがんばったけれど、
麻酔医が来て、今から麻酔をします、と言って私の手の甲に管を刺し、
"Here we go"と言ったところで記憶は途絶えている。

お腹の痛みで目が覚めた。
もう終わったのかどうかもわからなかった。
反射的にお腹に手をやると、もうぺちゃんこになっていた。
すごく、お腹が痛い。
キャスターつきのベッドで私は運ばれていて、トモユキが歩きながらのぞきこんでいる。

「みゆちゃん、大丈夫??」

「いたい・・」

私は、いろいろ話したいのに、まだ麻酔が効いていて口もうまく動かせない。

「終わったの・・・?」

「うん。そうだよ!大丈夫??ねぇ大丈夫?」

「赤ちゃん・・見た・・・?」

「見たよ。ちっちゃかったよー。」

「そう・・可愛かった・・?」

「うん、可愛いよ!後でつれてきてくれるよ。
 みゆちゃん、痛かった?大丈夫?」

「うん・・いたい・・」

トモユキは興奮状態だったけど、私はまだ意識が朦朧としていて
時々眠ったりしていたみたい。
後でビデオを見たら話してる途中で眠ったりしているのがおかしかった。

菜子はものすごく小さくてふにゃふにゃして壊れそうで、
そんなに小さいのにトモユキにそっくりなのがおかしかった。

「ねえ、トモちゃんに似てるね。」

そう言うと、

「えー?俺こんな顔かなぁ?」

なんて、不満そうだったけど(笑)。


菜子が生まれた次の日は私の誕生日だった。
赤ちゃんの顔を見に来てくれた友だちも私の母もそんなことはすっかり忘れていて、
私も忘れていたくらいだったけれど、
病院に来たトモユキはクリスチャンディオールの袋を持っていた。

「みゆちゃん、お誕生日おめでとう。」

箱の中には綺麗に刺繍をほどこしたミュールが入っていた。
それは、トモユキと二人で大きなお腹を抱えて買い物していたときに、

「こんなの、いつ履けるようになるのかなァ。」

って私がため息をついて眺めていたものだった。

「こんなヒールの高い靴、もう当分ダメだよ。」

トモユキはそう言っていたのに。
ちゃんと覚えていてくれたんだ。

びっくりして嬉しくて私は泣いてしまった。
私のベッドの脇には小さいベッドがあって、生まれたばかりの菜子が
元気に手足を動かしている。

28歳の誕生日は、今までで一番嬉しい誕生日になった。

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午前中、いつもと違う時間に菜子を連れて散歩に出たら、公園に日本人の小さい子を連れたお母さん方が何人かいた。
幼稚園に行く前の小さい子ども達らしく、よちよち歩きの子もいる。
菜子はまだ歩けないから一緒に遊べないけれど、子どもが遊ぶのを見て手足をバタバタ動かしだしたので、
近くに連れて行った。
同じくらいの月齢の赤ちゃんが遊びに来ても、
いつも活発に動き回っているから、喜ぶかなぁと思ったのに。

「わぁ、赤ちゃんだよー。可愛いねー。」

お母さん方や子どもたちが集まってきたのを見て菜子は固まっている。

「あれ?泣いちゃってるよー・・どうしたの?」

お母さんの一人が言ったので顔をのぞきこんだら、菜子は目に涙をいっぱいためて、
唇をへの字にまげているので驚いた。

これが人見知りって言うのかな。
今まで同じ人とばかり会っていたから、急にたくさんの子どもが集まってきて
驚いたのかもしれない。
なんだかちょっと菜子が大人になったような気がした。


2003年05月29日(木) 愛情表現/やけど

菜子の離乳食が2回から3回に進んでから急に忙しくなった。
2回のときでも頭を悩ませていたのに、慣れないせいもあると思うけれど、
準備にすごく時間がかかってしまう。
それなのに、食べなかったりするのだ。
ほんと、赤ちゃんの世話って楽じゃないわ。
でも、ますます可愛くなる菜子に夢中なんだけど。

私の父は、あまり愛情を表に出さない人だ。
どちらかと言うと、憎まれ口ばかりたたくし、甘やかさない。
その代わり、母は思う存分甘やかすことができたといつも言っている。

「お父さんが嫌な役引き受けてくれたおかげで、私があんたたちを甘やかせたのよ。
 よかった、お父さんがああいう人で。」

そんな母の心配事は、私たち夫婦のこと(笑)。

「ふたりとも可愛い可愛いって甘やかしてて、菜子ちゃん大丈夫かしらね。」

そうだなぁ。今はこれでいいんだろうけど、もうすこしたったら菜子のしつけのことも考えなければ。
そう思っていたら、トモユキが菜子にほおずりしながら言っている。

「菜子ちゃん、君どうしてこんなに可愛いの???」

トモユキはすごく甘やかしそうだから、やっぱり私が憎まれ役にならなければならないのか。
私にできるかな、心配。
いいな、お母さんは。

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手首にやけどをしてしまった。
煮込み料理のソースに使うためブラウンルウを作っていたのだけれど、
焦がさないようにと必死でかき混ぜていたら、
沸騰中のバターと小麦粉がはねたのだ。
すごく綺麗な水ぶくれが5つ、手首にできてしまった。

その甲斐あってかビーフシチュウはとっても美味しくできた。
痕が残らないといいな。


2003年05月26日(月) たこ焼き

「今日のご飯なに?」

トモユキが会社から電話してきた。
今日は午前中買い物に行ったから、いろいろ作れる。
大根と豚ばら肉の煮物を作ろうと思って、お肉を煮込み始めていたけど、
長い時間煮込んだほうが美味しいし、これは明日でもいいしなぁ。
トモユキは何が食べたいんだろう。

「うーん。何にしようかな。
 なに食べたい?」

「たこ焼き。」

私の両親は関西の人で、うちではたまに夕飯にたこやきを作って食べた。
トモユキはこれがすごく珍しかったらしく、私の実家でたこ焼きパーティをしてから、
すっかりお気に入りなのだ。
たこ焼きプレートを買ってきて、二人でたまに作って食べる。
最初は下手くそだったけど、最近はトモユキも上手にたこ焼きをひっくり返すようになった。

「今日たこは買ってないんだよね、、。」

「ふぅん・・。でも僕たこやき食べたいな。
 もう一回行って来て。」

「もう菜子ちゃん寝ちゃったし・・今日は暑いから無理だよぅ。」

一番近くのスーパーマーケットまで歩いて20分はかかる。
菜子を連れて買い物に行くのは一仕事だった。

「じゃ、僕帰りにたこ買って帰る!
 それならいい?」

「いいよ。」

「やったぁ。今日はたこ焼きパーティだね!」

じゃあね、ってトモユキは電話を切った。
今日は楽ちん・・。菜子も寝たし、私も少しお昼寝しようかな。


2003年05月25日(日) ぐっすり・・

お昼ごはんを食べた後、眠いなぁ、、と思っていたら、トモユキが、

「みゆちゃん、少し寝てきたら?
 俺が菜子ちゃん見ててあげるから。」

と言い出した。
ご飯を食べてダラダラしていたらいつも寝ちゃうのはトモユキなのに、珍しい。

「いいの?」

「いいよー。だって昨日は菜子ちゃん3回も起きたんでしょ?
 昼寝しておいでよ。」

私をベッドに連れて行くと布団の中に押し込んで耳に耳栓を突っ込む。
いつも自分が夜使っているものだ。

「どう?これで菜子ちゃん泣いても大丈夫でしょ?」

「ほんとだ・・あんまり聞こえない。」

「ね?じゃ、おやすみ!」

トモユキはなんだか嬉しそうにニコニコして言った。

目が覚めたら菜子の顔が目の前にあった。
トモユキが菜子を抱っこして私の上に乗せている。

「そろそろ起きるかなぁ、と思って。」

2時間半経っていた。
菜子は夜何度か起きて泣くし、昼寝してても気になっているから、
小刻みに寝ることに慣れてしまっていて、こんなにぐっすり寝たのは久しぶり。

「気持ちよかった〜。」

「そう。よかった。」

トモユキはやさしくて可愛い。
こんな風にのんびり過ごす週末も楽しいな、といい気持ちで思った。


2003年05月24日(土) モートンズ

久しぶりにトモユキと二人で食事に出かけた。
菜子はベビーシッターのおばさんとお留守番。
ちょっと雰囲気のいいところへは菜子を連れて行けないから、
このおばさんには、ちょこちょこお願いしている。
菜子の扱いにも慣れていて安心して出かけることができた。

出かける前にお乳を飲ませて、菜子が眠ってしまったすきに家を出た。
ホテルの中のレストランだから、二人ともちょっとドレスアップしている。
お洒落して出かけられるのが嬉しかったので、
久しぶりに香水をちょっとたらして普段あまりつけない婚約指輪をつけた。

「みゆちゃん、今日可愛いね。
 やっぱり君お化粧すると別人だよ・・。」

「別人は言いすぎでしょ。
 あんまり変わらないねって言われるのに・・。」

「いや、別人だよ。僕だまされたよ・・。
 ほんとにあの時はビックリしたもん。」

トモユキが言っているのは、初めて私の素顔を見た時のことで、
その頃私たちはまだつきあっていなかった。

私たちは東京で働いている頃、わりと近くに住んでいたのだけれど、
週末、一人で家にいる時にトモユキが今近くにいるんだよって
電話してきたことがあったのだ。

「え、どこにいるの?」

「うーんとね、XXXの交差点。」

「それじゃ、そこ左に曲がって最初の信号のところで止まってみて。
 私、窓から手振るから。」

窓の下を見下ろすと、車を降りて手を振るトモユキが見えた。
電話で話しながら、私はなんとなく部屋に呼ばないと悪いような気がして、

「ちょっとあがっていく?」

と聞いたのだった。

「え、いいの?」

トモユキは驚いたような様子だったので、私は呼ばなくてもよかったんだ、と
後悔した。
そのとき私は顔も髪も洗いっぱなしで部屋着を着て試験勉強をしていたのだった。

「と、とりあえず着替えるからちょっとだけ待ってて。」

着替えて髪を急いでとかしつけたけれど、お化粧をする余裕はなかった。
トモユキはなんだか落ち着かない様子で、コーヒーを2杯飲むとそそくさと帰っていった。
後で聞いたら、このときトモユキはすごくびっくりしたんだそうだ。

「つきあってもいない女の子のスッピン見たの初めてだったもん。
 それに、部屋に平気で上げるなんて、みゆちゃん危機感なさすぎだよ。
 俺、エッチしなきゃいけないのかな・・って考えちゃったよ。」

「えええ。信じらんない。そんなこと考えてたの??」

「そりゃ、考えるよ。
 しなきゃ悪いのかなって思ったけど、俺もうみゆちゃんのこと好きになってたから、
 そんな風にしたくなかったし。」

「しなきゃ悪いって・・エラそうに。
 そんなわけないじゃない。」

「みゆちゃんはずっと外国にいたから、田舎モンだから知らないんだよ。
 ずっと東京にいたらそういう感覚になるんだって。
 あのまま東京にいたら危なかったよ。よかったね、僕みたいないい男に拾ってもらって。」

「ふぅん・・」

結局私が東京にいたのは1年半にも満たない短い期間だったので、
こういう風にいわれるとそうなのかな、と思ってしまう。
アナタはまだ若いからじゃないのっていう気もするけど。
(トモユキは私よりふたつ年下なのだ。)

久しぶりに食べたモートンズのステーキは美味しかった。
ここのたまねぎのはいったパンが私は大好きで、ひとつ包んでもらう。
お肉は全部は食べられなかったけど、中がトロリとしたチョコレートケーキは絶品で、
綺麗に平らげてしまった。

家に帰ると菜子はまだ眠っていた。
一度も起きなかったと言う。
おばさんも暇だったのか、掃除をしてくれていた。
ちょっと眠りすぎで夜寝ないんじゃないかと心配したけれど、
菜子は起きてミルクを飲むとまた眠った。

トモユキと二人で美味しかったねーって言いながら
抱きあって眠った。

素敵な夜だった。


2003年05月23日(金) 過去の話(つづき)/おつかれさま

そんなトモユキだったから、当然私も彼の過去については聞いたことがないのだけれど、
実は、トモユキが以前つきあっていた女の子に一度だけ会ったことがある。

それは、まだトモユキに出会うまえの、合コンの席だった。
合コンって言っても普通の合コンじゃなくて、なんと場所は西麻布の
『ザ・ジョージアンクラブ』
当時私は外資系のある企業で働いていて、周りには派手なお金の使い方をする人が
すごくたくさんいたけれど、さすがにこんなところで合コンしたのは、
後にも先にもこのとき一度きりだ。
その頃、部屋をシェアしていた友だちの美和子に頼まれて、
人数あわせのためについていった。

その合コンは、美和子を気に入ったひとりの男がなんとか美和子に近づこうとして
設定したものらしく、その男がみんなを招待するということで話はついていたらしい。
つまり、その金持ち男と美和子以外は全員人数あわせというわけだった。
美和子はその男にはまったく興味がないのだが、美和子の仕事の都合上、
断ることができなかったらしい。

「私、もう合コンとかあんまり興味ないのよね・・めんどくさいし。」
 しかも人数あわせなんでしょ、つまんなそう。
 行きたくなーい。」

「ね、みゆきお願い。どうしても一人足りないのよ。
 一回キャンセルしてるから、今回だけは逃げるなよってXXさんに言われてるの。
 いいじゃない、『ザ・ジョージアンクラブ』よ。
 行っとく価値あるわよ。」

「うーん、、ジョージアンクラブかぁ・・・」

結局お店の名前につられて私は参加し、私を含め8人がその席で顔をあわせた。
会社を経営している男が二人いたのだけれど、そのうちの一人は彼女を連れてきていて、

「スーパーモデルのマリちゃんでーす。
 って言ってもスーパーのモデルなのよね。」

美和子がふざけてこんな風に紹介したこのマリちゃんが、トモユキの元彼女だった。

マリちゃんはすごく若く見えた。ほっそりと背が高く華奢なからだつきのわりに、
頬はふっくらしている。
綺麗な子だったけど、モデルなんていう派手な職業の人には見えなくて、
どちらかというとおとなしそうな普通の女の子っぽく見えた。
笑顔が可愛くて、ふんわりした雰囲気の女の子だった。
芸能人でいうと、優香みたいな感じ。
こんな女の子が、重厚なソファが並んだウェイティングバーで
煙草を片手にすわっているのが不思議な感じだった。


「ねえねえ、マリちゃんっていくつ?
 若いよねぇ。」

私と同じくかりだされた美和子の友だちのユミさんが遠慮なく聞くと、

「22ですよ。」

マリちゃんの彼の起業家が代わりに答えた。

「まだ21ィ。」

甘えたような声で彼のそでを引くマリちゃん。

「だって、来週は誕生日じゃないか。」

「そうだけど・・・」

「あははっ。そうなんだァ。
 もしかして、大学生?」

「はい。慶應大学の4年生です。」

「キャーそうなんだぁ。」

30歳のユミさんがはしゃいだ声をあげたので、座は一気になごんだ。
ものすごく美人なんだけど、自分を落として人を笑わせたりするのが上手なユミさんのおかげで、
結構和やかに会話は進んで無事に会は終了した。

帰りのタクシーのなかで、美和子が私に囁いた。

「あのマリちゃんって子、あんたの会社の川上くんとつきあってたのよ。」

「ふぅん、そう。」

川上くんっていうのはトモユキのことで、私は美和子から話には聞いていたけれど、
実際に会ったことはまだなかった。

「今はさっきの男とつきあってるでしょ。あの子、相当クロいよ。
 見た?まだ学生なのに、バーキン持ってロレックスつけてたわよ。
 さっきの男だって、あの子とつきあって奥さんと別れたんだって。
 最初は不倫だったらしいよー。」

「クロいって?」

「腹黒いってこと!
 川上くんってさぁ、この業界の男にしてはなんか素朴なとこあるから、
 だまされたんじゃないの?
 マリちゃんがふったらしいけどさ。」

「そうなんだァ。すごいねー。」

当時、私は『その業界』の男たちに群がる若い女に本当にビックリしていたので、
興味津々でつぶやいた。
『お金』と『若さ』や『美しさ』。
それだけが価値を持つ世界のように見えた。
バブルのときってこんな感じだったのかな。実際バブリーな世界だった。
一体2001年当時、どこのサラリーマンが、一度の食事に50万円も払っただろう。
(支払いはいくらだったのか知らないけど、8人で食事をして高価なワインを
 何本も空けたらそれくらいいっちゃったんじゃないかと思う)
すごい世界だなァと私は思っていた。
『ザ・ジョージアンクラブ』の豪華な螺旋階段、
きらびやかな燭台や美しく磨き上げられた銀器が並んだテーブルが目に焼きついている。
こんなところで『合コン』する人たち・・。

そして、まだ会ったことのない『川上くん』も、そっちの世界の人なんだと、
なんとなく思った。
美和子はお金や派手なことが昔から好きだったからすんなりとその世界に溶け込んでいったけれど、
私は相変わらず、転職する前からの友だちや彼と普通の世界で暮らしていて、
たまに美和子を通して垣間見る世界に驚いて怖気づいてもいたのだと思う。

でも、『川上くん』はそっちの世界の人ではなかった。
今でも、時々『マリちゃん』を思い出すけれど、トモユキは私と同じ価値観を持った人だった。

「ねぇねぇ、みゆちゃんの脚ってなんでそんなに短いの。」

「うるさいなァ・・・」

トモユキがこんなことを言ってくると、つい一度会ったきりのモデルのマリちゃんの長い脚を思ってしまう。

やっぱり、好きな人の過去って絶対に知らないほうがいい。



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夕方頃、トモユキが会社から電話してきた。

「お弁当美味しかったよ〜。」って。

お弁当を作り始めたのは最近なんだけど、こんなに喜んでくれたら
作りがいもある。

「今日のご飯なに?」

今日はトモユキの好きなブイヤベースを作った。
タラを使ったシンプルなブイヤベースは、クイーンアリスの石鍋シェフのレシピ。
これは簡単ですごく美味しい。
あとは、アスパラを使ったパスタにした。

ゆっくり食事してから二人でビデオを見ようと思ったのに、
今日も早番だったトモユキは疲れていたらしく寝てしまった。
しょうがないか。
二日連続だったもんね・・・。

おつかれさま。
 


2003年05月22日(木) 過去の話

世の中の結婚している女性は、過去の恋の話を旦那さまにしたりするんだろうか。
あるいは、旦那さまの過去の恋愛について聞いたりしているんだろうか。

私は、結婚前につきあっていた人とそういう話をすることはあったけど、
トモユキとは一切しない。
彼の過去の恋愛について聞いたことも一度もない。
トモユキがそういうのを極端に嫌がるからだ。

絶対に聞きたくない。

そんな風に言う。

トモユキにデートに誘われだした頃、実は私には他につきあっている人がいて、
結婚を迫られて悩んでいた。
彼のことは好きだったけど、遠距離恋愛だったので
結婚するなら私が仕事を辞めて東京を離れなくてはならなかったのだ。
その頃、私は転職したばかりで新しい職場がとても気に入っていて、
とても辞める気にならなかった。

今考えてみれば、彼のことを好きだと思っていたのが錯覚だったのかなぁ、と思う。
本当に好きだったら仕事なんて放り出して彼のところに行っちゃっただろうから。

トモユキと会い始めた頃、私は当時の彼にもらった指輪をずっとつけていた。
ティファニーの、小粒なダイヤをちりばめた綺麗な指輪だったし、
私は左手の薬指につけていたから、それが特別なものだということはトモユキは知っていたはずだ。
でも、トモユキはなにも言わなかった。

何度めかのデートの時に、お台場で突然抱き寄せられて、

「僕、みゆきちゃんのこと好きになっちゃったんですけど、
 どうしたらいいですか?」

ってトモユキが言った時も、私はまだその指輪をつけていた。
その日、トモユキは私にキスをして、
私はその夜、指輪をはずした。

それから、私はそのときつきあっていた彼に別れ話をして、
トモユキとつきあい始めたのだけれど、
その彼のことを、トモユキは一言も言い出さなかった。

つきあってる人、いたんだよね、とか、
本当に僕でいいの、とかそういうこと、なんにも言わなかった。

私の誕生日に、トモユキはブルガリの指輪をプレゼントしてくれた。

「あの指輪、もう捨てた?」

「知ってたんだ、やっぱり。」

「捨てた?」

「うん。捨てたよ。」

「ふーん。ならいいや。」

「ねえねえ、どうして知ってたのに何も言わなかったの?」

「聞きたくないもん。みゆちゃんがつきあってた人のことなんか。
 でも絶対みゆちゃんは俺のこと好きになるって自信あったから。」

トモユキは、可愛い。
でもすごく男っぽいところもあって、そこに私は惹かれたんだと思う。
そんな会話があったのが8月のことで、11月の初めに私たちは入籍した。

(つづく)


2003年05月21日(水) 歯ブラシ

菜子に可愛い歯が生えてきたので、歯ブラシを買った。
小さい赤ちゃん用のゴムの歯ブラシ。
我が家の歯ブラシ立てに歯ブラシが3本並んでいるのを見て、
なんとなく幸せな気持ちになって微笑む。

これで毎日磨いてあげよう。


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今日はトモユキが一旦家に帰ってきてから会社の同僚と打ちっぱなしにでかけた。
私は菜子に食事をさせて、トモユキが帰ってくるのを待っている。

「飯は家で食べるよ。」

そう言って出て行ったから。
昨日はお肉を食べたから、今日は魚にした。
今日の献立は、鰹のたたき、揚げ出し豆腐、茶碗蒸しと鰯の明太子はさみやき。
野菜が足りないからほうれん草のおひたしでも作ろうかな。

菜子にはにんじんとさつまいも入りパン粥とバナナとお豆腐を食べさせた。
離乳食ってついワンパターンになってしまうけど、
どうしたらいいんだろう。

「明日はすき焼き食べたいな。」

出て行く前にトモユキがそう言っていた。
明日は買い物に行かなくちゃ。


2003年05月20日(火) 困ったときのアロマフレスカ

朝の5時に菜子が起きてそれから眠れなかったので、
一日中眠くてやる気がでなかった。
菜子がお昼寝したら私も寝ようと思ってチャンスをうかがっていたのだけれど、
なかなかまとめて寝てくれなくて、機嫌もあまりよくなかったので、
外出もしないままだったから、夕食はあるもので作ることにする。

夕方ごろ、あまり泣くので近所に散歩に連れ出したけれど、
今日の外出はそれだけ。

骨付きの鳥もも肉があるからこれをソテーして、ハーブのリゾットとあわせよう。
これは、「アロマフレスカのパスタブック」に載っているレシピで、
私はかなり頻繁にこの料理の本を参考にしている。

独身時代、料理なんかしたことがなくて、トモユキと一緒に暮らし始めた頃に
買った初めての料理本。
あの頃は私も働いていたからあまり時間がなくて、
これを見てパスタばかり作っていたっけ。
今でも、困ったときにはこの本が大活躍している。
そらで覚えてしまったレシピもたくさんある。

「アロマフレスカ」には一度行ってみたくて何度も電話をしたけれど、
結局予約が取れることはなかった。

「3ヶ月先までいっぱいです。
 それ以降の予約は受け付けておりませんので・・」

いつも、こう言われちゃうのよね。
東京に戻ったら、絶対行こう。

「予約はなかなか取れないけど、当日に電話したら突然取れちゃうこと、
 結構あるのよ。
 あたし、もう3回も行ったわよ。」

今でも東京に住んでいる友だちの美和子はこう言っていたから、
どうしても行けないこともないのだろう。

トモユキと、絶対行こうねって約束している場所は他にもいくつもあって、
私は、トモユキと一緒に歩いていく未来が目の前に広がっていることが、
嬉しいな、と思う。

セージ、ローズマリーとタイムを入れたリゾットはとても上手にできた。
カリカリにソテーしたチキンも美味しくて、
それにトマトとモッツァレラのサラダで結構ご馳走になった。
菜子には白身魚の野菜あんかけとおかゆとりんご。

主婦のみなさん、
毎日の献立を考えるのって大変ですよね・・。
離乳食とお弁当と夕飯って考えていると、一日中キッチンにいるような気に
なってしまう。
それでも、献立をだれかが考えてくれて作るだけって言うなら、
かなり楽なんだけど・・。


2003年05月19日(月) 一緒に死にたいね。

クモ膜下出血で倒れた人の話をしていた。

私は、トモユキが死んでしまうことだけが怖い。
それ以外に、今怖いことは何もないけれど、トモユキが死んでしまったらどうしよう、と思って
泣いた夜もあるくらい、怖い。

「植物状態になったらしいよ。
 俺、植物状態になるくらいなら死にたいな。」

「トモちゃんが死んじゃうくらいなら植物状態になったほうがいい。」

生きてさえいてくれれば。

「俺だってみゆちゃんが倒れて死んじゃうなら植物人間になっても生きてるほうがいいよ。
 そしたら、毎日みゆちゃーんって話しかけるんだ。」

「ダメだよ。
 そしたらトモちゃん再婚できないじゃない。
 トモちゃんは、私が死んだらきれいな女の子と結婚しなきゃ。」

「結婚なんてもう絶対にしないよ。
 菜子ちゃんと二人で生きていくんだ。
 みゆちゃん以外の人と結婚なんて絶対しない。」

菜子の顔を見ると、私のほうを見てキャッキャと笑った。
私は、どちらかが先に死ぬ恐ろしさを考えて涙が出てきてしまった。
どうか、菜子の成長を二人で見守っていけますように。
それ以外は何を失ってもかまわないから・・。

これからもずっとトモユキと仲良く菜子の成長を見守って、
孫の顔を見て、菜子が幸せになるのを見てから同じくらいに死ねたらなぁ。

今の幸せに対する感謝の気持ちをずっと忘れずに生きて行きたいと思った。
これからはトモユキがちょっとくらいゲームしたって怒らないようにしよう。


2003年05月18日(日) エステ

「みゆちゃんは、毎日菜子ちゃんの世話で疲れてるんだから、
 たまにはエステでも行ってきたら?」

と、トモユキが言ってくれたので、早速行ってきた。
エステなんかに行くのはすごく久しぶりだ。
出産後、なんだか肌がくすんだように感じていたので迷わずフェイシャルにした。

気持ちいい〜!

ダイアモンドっていうコースを選んでみる。
顔の半分をバキュームしてもらうと、肌の色がぜんぜん違ってみえる。
マッサージの途中で気持ちよくて眠ってしまった。
終わったあとは、肌はピカピカで触るとしっとりやわらかくなって、
本当にいい気持ち。

なんだか華やいだ気分でちょっとカルティエなんかをのぞいていると、、、。

リリリリリーン。トモユキから電話がかかってきた。

「もしもし」

「あっみゆちゃん、何やってんの。まだ終わんないの?」

「今終わったの。ねえねえ、今カルティエでさぁ・・」

「ちょっとそんなとこで道草してないで早く帰ってきてよ。
 菜子ちゃんおなかすいて大変なんだよ。」

ちゃんと菜子の離乳食用意して出たのになぁ。

「ご飯食べないの?」

「食べない、食べない。ミルクも飲まないしさー。
 もう、おっぱいじゃなきゃ絶対ダメ。
 早く帰ってきてー。」

「はい、はい。」

菜子の泣き声はエレベーターの中まで聞こえた。
家の中はめちゃめちゃに散らかっていて、トモユキの奮闘ぶりがうかがえる。
菜子のおもちゃやら、乳母車やら揺り椅子やらいろいろ出してあって、
全部ダメだったのかぁ。。
食卓にはほとんど食べていない菜子の離乳食と食べこぼしの後が散乱している。
トモユキは菜子を抱いてずっと歩き回っていたらしい。

あーあ。。

一気に現実に引き戻されるなぁ。
授乳しやすい服に着替えて菜子にお乳を含ませると、菜子はあっという間に眠った。

「トモちゃん、お疲れさま。」

「うん、もう疲れたよー。ねえゲームしていい?」

「いいよ。」

「エステどうだった?気持ちよかった?」

「うん!すごーく気持ちよかったよー。肌もツルツルになったよー。ほら。」
 
ほんとだ、といってトモユキはニコニコした。

独身時代なら、エステに行って優雅な気分になったら、
その後はお買い物したり外で食事したり、ずっと優雅な気分でいられたけど、
妻であり母である今は、そんな余裕がない。
久しぶりに一人で外出したから本当はもうちょっとゆっくりしたかったなぁ。
カルティエのきれいなピアス、もうちょっと見たかったナ。

でも、ととりあえずキッチンを片付けながら私は思った。
エステに行ってお買い物して華やかなのもいいけど、
こんなに私を必要としてくれる家族が家で待っているほうがいい。
トモユキと菜子。
私の大切な大切な宝物。


2003年05月17日(土) 飲茶

「飲茶行こうよー。」

トモユキが言ったので、お昼は飲茶に行くことにした。
私は中華料理が大好きだけど、トモユキはあまり夜は行きたがらない。
その代わり、週末のランチにはよく中華料理の店に行った。
いつも行く店の予約が取れなくて、北京ダックで有名なお店に行ってみることにする。
ここは、夜来たことはあるけれど、ランチに来るのは初めて。

すごく美味しかった〜。
大満足。
北京ダックと、私はフカヒレスープ、トモユキはホットアンドサワースープを注文して、
点心をいくつか頼んでも、夜に比べたらかなりリーズナブル。

「あ、トモちゃんの好きな小龍包あるよ。」

「ほんとだ〜。」

そこの小龍包とロブスターロール、海老のダンプリンは格別だった。
トモユキは、もうひとつ小龍包が食べたいといって追加注文したくらい。

菜子もずっと寝てくれたし、ゆっくりランチができて楽しかった。
中華料理のいいところは、菜子が少しくらいうるさくしても気を使わないところかな。
中国人がたくさんいて、みんなワイワイいいながら食事をしているし、
テーブルとテーブルの間にちゃんとスペースがあるから、
大きな乳母車も邪魔にならない。

トモユキはすっかり気に入ったらしく、

「ねぇ明日も来ようよー。」

なんて言っていたけど、2日連続はさすがにちょっとね・・。

でも、私も大満足。
また行こうね。


2003年05月14日(水) 初めての熱

昨日、菜子が初めて熱を出した。
トモユキは仕事で疲れているから病院行こう、とも言いにくかったんだけど、
やっぱり心配で、二人で連れて行く。

なんともなくてよかった〜。
熱さましを飲ませたら、すぐに熱は下がった。
今日はもうピンピンしているのだから、赤ちゃんって回復も早いんだなぁ。
ちょっとあわてちゃったけど、何事も経験よね。

今朝トモユキは早番だったから眠たかったみたい。
9時半に寝ちゃった・・。

今日の夕飯は中トロ!
100グラム2000円もする奴。高っ。
でも美味しかった。

ちゃんと家計簿つけなくては・・ダメダメ主婦だなぁ。私は。


みゆき |MAIL

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