ーーーこれからかかれる内容は全てフィクションである。
登場する人物、団体等は実在するものをモデルにしているが
あくまでも「参考程度」であるーーーー
「天猫八部(てんびょうはちぶ):
第二集 天山童猫(てんざんどうびょう)」
TITAN2が天下一の武芸者になるべく修練を積んでいた同じ
頃、北宋の西の果て猫猫峰(びょうびょうほう)霊猫宮(りょうびょうきゅう)で
珍事が持ち上がっていた。
霊猫宮の主は俗に天山童猫といわれている女怪で、彼女は常に敵を一手でしとめる
と言われていた。その性格は酷薄、非情、冷徹にして我が儘というもっぱらの噂で
ある。そんな童猫の配下に三十六島二十六洞の豪傑たちが集っていた。
「やれやれ。童猫に今度はどんな無理難題を押し付けられることか」
「俺なんか、この前は突然「ドリアンが食べたい」って言われたから、インドネシ
アまで行って買ってきたのに「私が食べたかったのはタイのドリアン。インドネシ
ア産じゃない」って言われて、突然ドリアンを投げつけられたよ」
「それぐらいならいいじゃないか。俺は「ハム丼が食べたい」っていうから、高級
な金華ハムで特級厨士に作らせたら「山中湖の古志路のハムじゃない」って、訳の
分からないことを言われた挙げ句に、俺の太ももをハムにするって刀で斬りつけら
れたぜ」
男たちは一斉にため息をついた。
「あの童猫にどんなに腹を立てても、俺たちは決して逆らえない。猫好きの俺たち
にとって、童猫の生死符は絶対に必要なんだ」
「ああ。生死符がなければ、決して猫に触ることが出来ないからな」
「ここに来るのは忌まわしいことだが、ここに来れば…こ、子猫たちに触ることが
出来るからな」
男たちは無類の猫好きである。だが、猫好きに共通している「猫を見ると無性に触
りたくなる」という病が高じて、猫に嫌われ続けていた。愛する猫を触れないむな
しさは耐え難く、天山童猫が渡す生死符でどうにか耐えているのである。
生死符とは猫好きが猫に触れるようになるものだが、その生死符を受けると三日三
晩は猫を触り続けなければ生きるに生きられず、死ぬに死ねない苦しみを味わうこ
とになるのだ。また、一度生死符を受けた体は、生死符の中毒となり、生死符の効
力が切れると途端に苦しい禁断症状に襲われるのである。
男たちがしきりに我が身を嘆いていた時である。不意に霊猫宮の入り口が開き、一
人の男がよろめき入ってきた。
男はみすぼらしい灰色の僧服をまとっている。みたところ、少林寺の僧侶のよう
だった。
「坊主、ここがどこだか知って入ってきたのか」
恫喝されて、僧侶は慌てて合掌をする。
「ここに来るように、あるご老人に言われたのです。私の名前はボブ。天山童猫様
にお目通りしたいのですが」
男たちはボブと名乗った僧侶の指に、宝石のはまった指輪を認めて色めきだった。
「その指輪、いったいどうしたのだ」
「これはご老人に頂きまして…あの、それも童猫様にお話ししなければ」
その時、銅鑼の音が響き渡り、済んだ女の声が呼ばわった。
「童猫様のおなりじゃ。皆のもの、控えるがよい」
男たちは一斉にひざまずく。ボブはどうしたものかと逡巡していた。正面を見る
と、巨大な石舞台のようなものがあり、その中央に皇帝が座るような立派な椅子が
据えられているのが見えた。やがて猫の声が辺り一面にこだまし、小さいのやら大
きいのやら、縞やら斑やらの沢山の猫たちが舞台に現れた。猫たちがそれぞれの序
列に従って座ると、小柄な女が猫たちに続いて現れる。男たちは女が出てきた途端
に、更に深々と平伏した。
「童猫様、生死符を賜りたく参上つかまつりました」
男たちの声が、唱和する。ボブはあっけにとられて、女を見た。女は猫たちに目を
細めていたが、ふと部屋を見回すとボブと目があった。
「お前。見慣れぬ顔じゃな。どこの誰じゃ?」
さほど大声とは思えないが、内力のこもった声には逆らえない響きがあった。ボブ
は合掌すると、鄭重に頭を下げる。
「私はボブ。少林寺の僧侶でございます。故あって、童猫様にお目通りしたく参り
ました」
「少林寺?少林寺の坊主めが、何しに参った」
童猫は膝に乗ってきた一匹の猫を撫でながら問うた。
「はい。実は梢揺派のご先輩に、この指輪を授かりまして…」
そこまで言いかけた時、突然風が巻き起こった。思わず目を閉じたボブの手を、誰
かが握っている。驚き目を開けると、いつの間にか童猫がボブの手を握っていた。
赤子の時に少林寺に拾われて以来、一度も女性に触ったことのなかったボブは驚き
慌てて手を引っ込めようとする。しかし、童猫は小さな体に似合わない強力でボブ
の手をしかと放さなかった。その目は大きく見開かれ、指輪に吸い付けられてい
る。
「坊主、こ、これを、無崖子(むがいし)を殺して奪ったのか?」
そういうと、火を吹かんばかりの強烈な目をボブに向けた。ボブは慌てて首を振
る。
「と、とんでもございません。私は仏門の弟子。人を殺すなど…。これはご先輩が
私に下さったのです。私に梢揺派の掌門になれ、とおっしゃって…それで…武功を
授けて下さいました」
ボブはそこまで言うと、喉をつまらせた。
「わが派では他人に武功を授けると、命がつきてしまう。お前、無崖子のデシに
なったのじゃな。ならば何故、無崖子を師匠と呼ばぬのじゃ。命がけで武功を授け
た恩人に、その言いぐさはあるまい」
童猫は骨も折れよとばかりに、ボブの腕をきつく握りしめた。小さな体に、どうし
てこれほどの力があるのか分からず、ボブは恐ろしさに汗が出る思いだった。
ーーーーー「梢揺派掌門」に続く