2007年11月05日(月)
木の葉のダンス


毎週月曜日。
アパートのお向かいにある地区センター(公民館みたいなトコ)で子育てサロンが開かれる。
午前中の2時間だけとはいえ、近隣から似たようなサイズのおちび&かあちゃんがぞくぞくと集う。
この7月から、新しくこの地区センターでもこのサロンが始まったんだけど、
そんなに広くない会場に、初日は200人以上も集まっちゃって、とんでもない状態になった。
が、開始3ヶ月。
この日は適度に人出も落ち着いて、子供らも普通に走り回ったり歩き回ったり、
おもちゃで遊んだり、ボールプールに飛び込んだり、お絵かきに興じたり・・・・
うちの子のようにおままごとの包丁を握って離さず、各地を突撃する簡易強盗も登場してみたり( ̄∇ ̄;)


それにしてもクロワさん。。。
サロンが始まった頃はまだハイハイやつかまり立ちだったんだけど、あっという間に歩けるようになって、
今や、その移動速度が日に日に速まって、あぁいう広いところに連れて行くと
「うっきゃぁ〜〜〜っっ♪♪」と、嬌声を上げて走り回るように・・・・。
何だか、自分の子なのにホントに早いよ。。。成長が。
今出来なかったことが30秒後にはできるようになっているかもしれない、刹那主義の塊と一緒にいると
毎日退屈しないというのは本当でした。


ところで。
あたくしの実家の学区内は、昔からさまざまな教育施設が充実していた。
大きな総合病院があったというのもあって、その院内にある院内学級もうちの小中学校の扱いだったし、
乳児院も学校の近くにあった。
学校の中にも、言語学級といって、言葉の発達が少し遅れ気味の子に対応したクラスが
普通学級と平行してもたれていたり、普通学級に入るのは難しいと判断された子達が通う特殊学級も
養護学校ではなくて同じ校舎内にあった。
それとは別に、障害者福祉施設として、ひまわり学園という施設もあって
ここには療育を目的とする子供たちが(親子で)通ってきている。
子供の絶対数が減ってきているので、あたくしたちが学校へいっていたときにあった言語クラスも
ここに編入されているかもしれない。就学前の子供たちも通っているようだ。

そんなさまざまな形の教育療育環境が周囲にあったし、
是も非もなく、そういうところの人たちとも交流があった。
普通学級に通っているのが普通で・・・・と、今でこそそんなことは思わないけれど、
やはり自分たちと違う何かを持っている子達を「異端」として見てしまう
ある意味残酷な素直さだけは、何故かちゃんと持っていた子供でもあったので
交流においてはやはり多少の違和感を感じていたというのが正直なところ。
特にあたくしなどは、とてもずるい子供だったので、
そういうのをおくびにも出さず、表面を上手に取り繕っているタイプだったりしたので
余計にタチが悪かったかもしれない。


なぜこんなことを唐突に思い出したかというと、この日のサロンにこの学園の先生がいらして、
子供たちの様子を見たうえで、色んなアドバイスをくださったからだ。
さまざまな個性豊かな子供たちを長年見つめ続けてきた先生は、
あたくしのようにまだ駆け出しの母親には気づけないようなポイントを上手に観察していた。
歩けるようになってまだ日が浅いクロワさんをニコニコ笑顔で見つめながら先生はこう言った。


「まぁ^^ ホントに木の葉がカラカラカラ〜と舞うように歩くのねぇ♪
元気いっぱいで、あら・・・・そう、うれしいの^^」



クロワさんは先生を見ながら、「ふふ〜♪ ふふ〜♪」と機嫌良さそうに笑って
追いかけてほしそうな表情を残して、あちこち駆け回っていた。


「あぁ、こっちを見て『共感してよ〜』って表情をちゃんとしてますね〜^^
ちゃんと相手のことを見ようとしていますよ。上手に1人で遊べていますね。
これからも毎日、いっぱい言葉をかけてあげていってくださいね^^」



プロはちゃんと見ている。
そして、子供もプロがわかるみたいだ。
クロワさんは先生が自分のそばから離れていった後も、先生のそばに自分から寄っていっては
顔を覗き込んで、微笑みかけたりするのを繰り返した。
そうか・・・・子供の気持ちがわかる人というのが、子供にはわかるんだ。
目からうろこの光景とは正にこのことだった。


それはさておき。
あたくしは、先生が言った「木の葉が舞うように歩く」という素敵な比喩が、
その後、いつまでも頭の中に残っていた。
頃も秋。
街をゆけば、街路樹が葉を落とし始める時期で、
道の上で葉が同じようにかさかさとリズミカルに舞うのも目にする。

先生は、体の発達が平均よりゆっくりの子や、自由の利かない四肢を持て余している子供たちを
常々ずっと見ていて、色んなことを思うのだろう。
うちの子は今のところ健康で、お医者や専門家にも問題の指摘をされていないので
これが当たり前のようにも思ってしまうのだけれど、
わが子が葉っぱのダンスのように、楽しそうに笑いながら駆け回るのを見ることが出来る幸せというのは
きっと、そう出来ない人からすれば本当にかけがえのないものなんだろうな・・・・ということを痛感する。

風に吹かれて、フワフワー、カサカサーと路上を行く葉っぱの自由気ままさが
今のこの子に恵まれた本当の自由気ままさであることを知らされ、
あたくしは、心の底からこの子の健康を感謝したのだった。

↑まぁ、そんだけ元気ということで


しかし、それはこの年頃の子のトレードマークらしく、
同じアパートに住む1歳児は、風邪をうつしあうが如く、同じような勲章を誰かがこさえている(笑)。
それは痛々しいのだけど、反面ほほえましくもある。
だって、みんなで葉っぱのダンスをしている証拠だから^^

あさみ


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