今回はこの全く関係のない2本立てで(爆)。何だか、いっつの間にかカウンターが25000回ってて、驚いた。昨日はPCに電源を入れていないので、あたくしが地雷を踏んだというのは有り得ない。どなたでしょう?一首、詠んで差し上げたいのに・・・・。申し出てくれれば、いつでも詠みますわ。さて。映画を見てきたんですのよ。「あずみ」。あたくしもぷよ2も上戸彩がまぁもんすごく好きなので、「シカゴ」を見るか「あずみ」を見るかで悩んだ結果、何のことない、結局「あずみ」になった(笑)。スジについては、まだまだこれからも上映が続くと思うし、そもそもスジに意味なんかないような映画なので割愛します。何が良かったかって、やっぱ、上戸の太もも。ナイス太ももです!そして、脹脛。ナイスふくらはぎです!そして、オダギリジョーのキレ具合♪ナイス赤い薔薇です!!こんな感じですね。よくある、チャンバラ時代劇なんですけど、若手俳優がガツリと顔を揃えて、殺陣で縦横無尽に突っ走るというのは、ある種、痛快でした。勿論、重鎮らしき人々もチラリとバイプレーヤーとして出てきてはいるんですけどそれは、話のスジを抑えるための一要因に過ぎなくて、あの年代の子達が、殺陣で1本の映画を成立させるという、その事実そのものがとりあえず「すげぇな・・・・」といった感じでした。無論、ツッコミどころも満載ですけれど、それを始めたらキリがないし、何にせよ、上戸にしかできないであろう「あずみ」というキャラに目をつけた監督が凄いんだから、結構満足してます。テレビで見てたら、きっと飽きるでしょう。何せ、刀一振りで、3人くらい斬っちゃうんですから( ̄∇ ̄;)そして、結構話題になっている、上戸の20人斬り。とにかく、始終バッサバッサやるような映画なので、話が面白そうだから見る・・・・という方にはあんまりオススメできません。日テレ系ドラマ「ごくせん」を見ていた人には、個人的にオススメです。あのドラマでやんちゃな高校生をやっていた小粒ちゃんたちが、結構美味しいところを持ってってます。あ・・・・マツジュンは出てないので(爆)。彼は今、小雪ちゃんのペットなので、それどころじゃないようです(爆笑)。ちなみに、おいしいオマケとして、ちらっと、りょうが出ています。本当にどうでもいい役で。ともすれば見落としがちなんだけど、おぉ・・・・こんなところにこんな人を・・・・みたいなキャスティングは面白いです。「ぼくらの七日間戦争」とか「十五少女漂流記」みたいなキャスティングに近いですが、ノリは全然違います。地上波放送を待つより、見てみたい人は劇場へ行くべきです。多分、テレビで見ていたら、30分と持たないでしょう(苦笑)。時代劇好きな年代の人も、結構ツライと思います・・・・。さて。つい最近・・・・。そろそろあたくしも切羽詰ってきて、それは相方であるぷよ2も多分、同じように思っているんだろうけれど・・・・そろそろなんじゃないかなぁ、そんなふうに思い出した。GOサインは、例えばぷよ2の就職がめでたく決定した暁であるとか、あたくしが計画外に妊娠するであるとか、まぁ色々あろうけれども、とにかく、「結婚」・・・・この二文字から目を背けて生活するのがそろそろキツくなってきた。諸先輩方からは、「そんなモノは勢いとタイミングひとつなのよ!」と言われてはいるんだけど、只今失速中のこの2人に、勢いなんか毛頭あるわけでもなく、タイミングも今ひとつ良くないような気がしているので、紙にはんこが押せない(笑)。そのうち、何となくそういう日が来るのではなかろうか・・・・?あたくしたちは、「失速コンビ」なのでこんなふうにしか考えていない(爆)。現実逃避をするわけではないが、まぁ気休めの一環として、ちょっとバカ丸出しなコトを2人で話し合っていた。「もし子供が生まれたら、以降、自分らのことを何と呼ばせたものか!?」あたくしにとっては永遠のテーマである。虐待をするわけではないが「ママ」なんて呼ぼうものなら、張り倒したくなる衝動が、こう内々にある気がしているので、とりあえずそれは却下。そして、互いに相手のことを「パパ」「ママ」と呼び合う関係も、吐き気がするので却下である。あたくしには、小さいながらの夢があって、それは自分の子供にもきちんとあたくしのことをファーストネーム(●●さん、もしくは●●様)で呼ばせることである。無論、子供がそれを嫌がったら「お母さん」と呼ばれても返事をしなければいけないのだろうけど、ファーストネームをきちんと愛情を持って使える子供にしたいな・・・・というのが、あたくしのたった一つのささやかな願いなのである。五体満足に・・・・勉強のできる子に・・・・体の強い子に・・・・人それぞれ、親は子供に対して夢を抱くものだけれど、あたくしはそれと同じように、躾の一環として親に対してもファーストネームで、敬意を表して呼べる子に育てたい・・・・そういうひん曲がった夢があるのだ。ところが、今現在・・・・。あたくしもぷよ2も互いのことを未だにハンドルネームで呼び合っている(爆)。出会いが、インターネットのチャットだったというのがその原因かと思われる。あと2〜3ヶ月もすれば、交際開始から丸3年になるというのに、いつまで経ってもこの有様なのである。ぷよ2のHNはまだ本名発祥なので、違和感がないのが救いだけれど、あたくしのHN「あさみ」は、本名とは全く関係がなく、おまけに、発祥は吉祥寺時代の源氏名というのだから、余計始末におえない( ̄∇ ̄;)そして、あたくしがぷよ2の申し出を断ったという経緯もあったのだ。何となく、本名で呼ばれるのがヤだからしばらくこのままがいい・・・・。そう主張してからそろそろ3年経ち(笑)、あたくしはその間、ずっと「あさみ」のままだったのだ(爆)。「いっそのこと女の子が生まれたら、子供に『朝美』とつけてしまえば、現状打破できるのでは?」「いや、それだと俺が戸惑う・・・・。」といった、ホントにわけのわからんことばかりを堂々巡りで話すのだ、うちらは(爆)。「うん・・・・とにかくあたしは、ファーストネーム案だけは譲れない( ̄^ ̄)」「それって、俺も本名で呼んでもいいってこと?」「ちゃんと『さん』か『様』をつけるんならね( ̄^ ̄)」「えぇ〜〜っっ!? やだよ。『様』は・・・・。(-。-) ぼそっ」「でも、どう考えたってこのまま『あさみ』は不味いかもねぇ。」「それは絶対にそうやぞ。母親に幾つも名前があったら、子供が混乱するから統一しろ。」「でも子供には、ちゃんと目上の人や友達や、自分より年下の子にも、『呼び名』に関してはしっかり叩き込みたいのよっ。呼び捨てなんてもってのほか! クレヨンしんちゃんみたいに、父親の真似して自分のことを呼び捨てにされたら、あたしは問答無用で三行半書くからねっ!」えぇ・・・・。あたくしたちはまだ結婚もしていないのに、既に三行半の条件まで提示されてしまいました( ̄∇ ̄;) どうしましょう(爆)。「ぷよ2がちゃんと、あたしのことを『(本名)さん』って呼んでくれるんだったら、そこは譲ってもいい。」「簡略化+さん付けもダメ?」「ダメ( ̄^ ̄)」「うにゅぅ〜〜〜〜」「でも、考えてみると、あたしのことを『(本名)さん』て呼んでた人って、悪しき思い出の一環かもなぁ・・・・やっぱやめよう。」「んじゃ、どうするのさ?」「そうだなぁ・・・・」と、ここであたくしは自分でも誉めちゃいたくなるような妙案を思いついた!「ねぇねぇ! 互いにさぁ、ファーストネームに『先生』ってつけるのってどうよ?」「おぉ!! それは結構いいかもしれん♪」「教育上、よろしいかと思われ♪」「うんうん♪ それだったら、ファーストネームでもいいかもしれん♪」こうすれば、あたくしはまがいなりにも・・・・稼げてはいないけれど壱アーティストでいられるし、クリエイターらしくもいられる。「先生」と呼ばれる立場にいるんだよ、本当は・・・・とぷよ2まで妙に納得してくれた。ぷよ2はというと、只今、カウンセラーの募集を必死に探している真っ只中なので、もしその努力が現実のものとなり、名実共に「カウンセラー」になれば、いっぱしの「先生」になれて、そう名乗るのも、別段咎められることでもない。畑は違えど、社会的に2人は「先生」と呼ばれるだけの何かを持っているのに気づいて、ちょこっとだけ嬉しくなった。そして、仕事を家庭の中に持ち込むというわけではないけれど、「先生」という呼び名は、文字通り、「先に生まれ、自分よりも常に先を生きている人」という意味なので親に対して使っても、特に問題はないと思ったのだ。昨今・・・・。「先生」と呼ばれる人たちにはロクな人がいない。教師、政治家、弁護士、医者、作家・・・・全員が全員ワルモノというわけではないが、「先生」と呼ばれることに気を良くして、虚勢を張ったり、威張ったりする人も少なからず存在する。本当の意味での「先生」を教えてあげるのも親の役目。そして、あたくしもぷよ2もどんな人が「本当の先生」であるのかを、今までにちゃんと見てきたつもりだ。学生時代。あたくしは割と先生には恵まれてきた方だ。好きな先生、嫌いな先生、色々いたけれど、あたくしの人生に一石を投じてくれるような人がその中に何人もいた。その人はあたくしが学生でなくなっても常に「先生」でい続け、本当の意味での「人生の先輩」として尊敬している。普段は先生と呼ばれていないけれど、あたくしが個人的に敬意を表して、「先生」と呼ぶ人もいる。例えば稽古場で、短期間だけ集中的に何かを教えてくれる人とか、特別講師みたいな形で現れた人とかに対しても、あたくしはその人が「先生」と呼ばれたがっていなくてもあたくしにとっては「先生」に違いないので、頑なにそう呼び続けた。「ホステスさんに呼ばれてるみたいでヤだよ〜。」なんて言う人もいたけれど、色んなことを教えてくれる人は、あたくしにとって皆、「先生」。だから、敬意を表してそう呼ぶ。そして、自分たちが親になった時に、そのことを教えるために、互いに「先生」と呼び合うことで、常に敬意を忘れなければ、自ずとそれが子供にも伝わっていくと信じている。「んじゃ、早速明日っから、手始めにそう呼び合うことにしよう♪」「自信はないが・・・・そう呼ぶことにしよう♪」↑所詮、こんなもんだろうと予測はしていた( ̄∇ ̄;)あてつけがましく、「教授!!」と呼んでやったりもした(爆笑)。彼があたくしのことを、「本名+先生」と呼んでくれる日は、まだまだ遠い(爆)。