【♯19 変わり目】 好きな人がいるのって言ってみた あなたを傷つけることをしたくないって言ってみた きらいじゃないのよって言ってみた 好きなのに こんなにも好きなのに きらいになってないのに どうして手もふらずに さよならしなければならなくなってしまったの もう顔も見たくない 声も聞きたくない 話したくない 全部・・・・うそなのに・・・・どのくらい昔かというと、あたくしが精神的にズタボロにされて、まともな精神状態では決してなく、要するに、ちゃんとした「文章」が書けなくなって、「詩」に逃げた時のことなので、丁度13〜14年前。あたくしが15歳の頃。15歳・・・・中学3年生・・・・受験生。そして・・・・作品は全部、冬のもの。お、お前・・・・( ̄∇ ̄;)受験勉強せずに、こんなことばかり書いてたのかよ( ̄∇ ̄;)15歳の自分がかましていた暴挙を振り返ると、例えばあたくしに子供がいたと仮定すると発狂しそうな出来事である。たとえ、当時いじめられていて、自分に居場所らしい居場所がなく、勉強に身が入らず、もうどうでもいいやと思い、自殺を思い立っちゃった・・・・なぁんていうバックボーンがあったからといって、あたくしは、詩を書くことに逃げていたというその真実だけが異様に浮いているような気がして、ゾッとした。腐った感情を、何とかして身体の外に吐き出さないことには、いじめを知らない人たちに対する「顔」を作ることはおろか、自分の足で立って歩けないことを、この時、既に本能的に気付いていたのかと思うとすごくゾッとする。そういう感性とか、生きていくための方法論であるとか、15歳なりに考えた究極の答えがそこに綴られていて、それが、あまりに極論過ぎて、怖いのだ。今、28歳だから、そういうことを思うのかもしれないけれど・・・・。当時の詩は、今読むと、稚拙で言葉もなってなく、文学的に良いかというと、決してそうでもなく、ただただ等身大の15歳がそこに居るだけだった。でも、居場所を失ったあたくしが、確かに「存在」していたことを証明してくれる・・・・要するに、すっぽりと抜け落ちた「時間」は何らかの形で埋められていたという事実にはかなり救いがあって、あたくしがちょっと安心したのは云うまでもない。しかし、お得意の小説でもなく、日記でもなく、こういった形でしか自分を表現できなかったのかと思うと切ない。「限界」という言葉が脳裏を過ぎる。「限界」だったのだろうか・・・・? そうでもないような気はするんだけど当時のことを思い出そうとしても、うっすらと薄霧がかかったようなふうにしか思い出せないのはコレを書いた時に、明らかに「自我」が欠落していたとしか考えられない。以後、リエやトモくんとかに救われて、あたくしはようやく普通に笑えるようになったけれど、しばらく、このノートに書き付けた詩を直視することができなかった。他にも色々あるのだけれど、恥ずかしさの限界を超えたものが多くて、おいそれと転載できない(爆)。でも、捨てることもできない。コレを捨ててしまうと、あたくしの生きてきた道の一番大事な時期の記録が全て無くなってしまう。だから、今の今まで、なるべく目を背けてはいたけれど、ちゃんと捨てずに保管しておいたのだ。ひょっとしたら、またこんなふうに「自我」を失って、詩に逃げることがあるかもしれない、だから、余ったページはその時のために残しておこう・・・・そんなふうにも考えていたりした。しかし・・・・。この詩は謎が多いのである。内容は特に捻りはないので、当時のことを思い出すには充分すぎるくらいなのだけどどうして、表題が「変わり目」なのか?ノートには41作の作品があった。どれも、題名に不詳なところはない。この、19番目のこの詩だけ、題名と内容がよくわからないのである。今なら・・・・そうだな。「うそつき」というタイトルをつけるかもしれない。だけど、思うところはある。15歳のあたくしがこの詩にこのタイトルをつけたのには、必ず意味がある。今ではもう、記憶の奥底に封印してしまったような、ちゃんとした意味が。例えば、「うそつき」と認めてしまうことが、怖かったのかもしれない。寒々しい環境の中で、知らない間に何かに対する憎悪の念が渦巻き始めていたのかもしれない。何の「変わり目」だったんだろう・・・・。心は何も変わってはいないのに、状況的にも転機を迎えていたわけではない。「変わり目」・・・・怖い言葉だなと思った。そんな言葉を選んでしまった自分は、あの時、何を考えていたのだろう。変化、変身、自分を無理矢理にでも変えなくてはならない・・・・もしそんな強迫概念が当時のあたくしに芽生えていたとしたなら、あたくしは、自殺よりももっと恐ろしいことを平気でしようとしていたことになる。↑でも、あたくしには必要なことなんだ・・・・。怖いけれど、もう少し掘り下げてみる必要がある。怖いからといって、やめるわけにはいかない。