二者択一・・・・。
これは、元来、あたくしが最も嫌いで苦手な行動の1つである。
しかし、この「二者択一」もしくはもっと多くの中から1つを選択するという行動は、
しなくてはならない、強いられる、渋々でも最終的にはそうせざるを得ない事としても
おかしくはない。そう。幼い時から。
得意か苦手かは問われない。
苦手であれば「優柔不断」というレッテルを貼られるだけで
まぁ特に問題なく社会生活は送ることはできるが、
得意な人に比べて、リスクがあるという点は否めない。
あたくしは、そういうリスクを背負うのが真っ平だったので、
物心がついてしばらくしてから、
ギャンブル的選択の得意なキャラを確立させた。
まぁ・・・・ここにも何度か出てきているが、それが「一平」だったりするのだが。
彼は、決して優柔不断でなく、文字通り「男勝り」な決断力があり、
誰に劣ることのない咄嗟の判断力、そして、その選択の正確性に関していうなら
9割以上の威力を発揮してきたと自負することすらできる。
しかし、それは彼の個性で、彼以外のキャラになってくると
ガクンとその的中率や正確性が落ちる。
「優柔不断」というレッテルを貼られる順番は
� 碧槎勝�
��朝美
��真冬
�ぐ貶�
で、やっぱり鎧を外した素のままの自分は、ダメダメちゃんなのである。
「真冬」や「一平」で武装をすると
人の信頼を得られる。
「決断」という重要な行動を迅速に行うことのできる人間というのは
例に漏れることなく、信頼される。
「信頼」は、人間の「存在」そのものをより確かなモノにする。
自分がそこにいる・・・・この認識が希薄になってくると
鬱になったり、ひきこもりになったり、何らかの精神障害を起こすのだと
あたくしは認識している。
何だか小難しい話になって参りましたな。
まぁ、いいや。
続けます( ̄^ ̄)(続けるんかい(爆))
あたくしの中で、「一平」と「真冬」の違いというのは
そこに「女性」が在るか否かという点に加え、
より「頑固」か否かという点が挙げられる。
「真冬」は「一平」に比べて柔軟である。
女性らしさを発揮するので、考える時間は彼に比べて少々長いが
その時間に見合うだけの結果は導き出してきた。
速攻性と揺るぎなさでいえば「一平」が一番だが、
悪くいうとそこには「頑固さ」みたいなモノもつきまとうので
味方を増やすことも簡単だが、敵も作りやすい。
「優柔不断」と同じくらいにリスキーともいえる。
「では、多数決をとります。」
この科白は、あたくしの人生の中で実に何度も登場したし、
自分の口からも発せられた。
多数決で票が同数または僅差であったりする時に、
自分がその決定権を握る・・・・などという場面も、他の人に比べれば多い方だと思う。
さてここで、見ている側でイライラするパターンというのは、
なかなかそいつが決を下さないというパターンである。
「えぇ〜・・・・どうしよう(ぶりっ子風)」
「どっちがいいと思うぅ〜??(人に聞いてるらしい)」
「あぁ・・・・どうしよぉぉぉぉ〜♪(ちょいとばかし甘めの声・・・・)」
ウザい。
かつ、これほどにみっともないものはない。
本人(女性)は可愛らしさを演出しているのだろうけれど、
こっちは、忙しい時間を割いて会議に参加しているのだ。
終われば、即、帰れるのだ。
もしくは、即、次の議題や仕事に取り掛かれるのだ。
こういうヤツにだけはなってはいけない。
こんなみっともないことをしてはいけない。
他人の邪魔をするやつは、人間じゃねえ(爆)。
いつの間にか、あたくしは自分が「優柔不断」であることをすっかり忘れ、
仮面と鎧で武装することを覚え、
「決断」の際には、いかに正確に短時間で答を出すか・・・・
ということに重きを置くようになっていった。
しかし、仮面や鎧での武装は、本来の姿とは縁遠い
っていうか、正反対の「歪みの権化」でもある。
あたくしは、年を追うに連れ、
その「歪み」みたいなものを徐々に思い知らされるハメに陥っていくのである。
中学3年、15歳。
最初の大きな選択は、あたくしの本来の姿を貫き、揺るがした。
中学までは、黙っていても国や地方自治体が、学校を勝手に選んでくれて
教科書も勝手に配布され、
授業も勝手に遂行されて、それを甘んじて受諾していればよかった。
足らないと思えば、自分で自在に補足すれば良かったし、
飽和状態の時は、「努力」(ヤな言葉)で以って自分の器を大きくすれば良かった。
しかし、高等学校というのは自分で「選択」しなければならない。
自分の知的レベル、受け容れ側の校風、その他色々な要素を加味し、研究して
最終的には「行く」「行かない」という事まで決めなければならない。
それまでは良かった。
武装で以って、自分の事以外のことに対する「決断」「遂行」に関しては
誰にも劣らぬと自負していたのに、
いざ、自分の事となったら、何も出来ないというのに気づいてしまったのである。
手痛い「自覚」。・・・・しかも、遅すぎる「自立」。
そして、あたくしのとった行動は、「逃避」と「拒否」である。
進路指導で、行きたくない学校を提示されれば首を横に振り続け、
消去法であたくしの受験する高校は決まって行き、
「行く」「行かない」の意思確認はされぬまま終わっていった。
なぜなら、「武装」したあたくしに「中卒」という経歴は似合わないと
教師や親が判断したからだ。
高校3年。18歳。
あたくしは2度目の「決断」を迫られる。
今度は大学だ。
あたくしの通っていた高校は、大学・短大・専門学校などなど
次の進学に備えた教育をしていたので、
周囲の雰囲気も、それ相応のものがあった。
あたくしは、自分の行きたい所だけをピックアップして提示し
それに向かって「努力」(ヤな言葉)したわけだが、
結果オーライで、滑り止めは全部不合格だったが
第1志望の記念受験した大学だけ見事に合格してしまった。
ここも落ちた場合は、あたくしにはもう道は1つしか残されておらず、
もう、大した「武装」も必要なかったので、
あたくしも甘んじてその条件を親の前で了承した。
「高卒」という経歴で終わるはずだったのが、
何の因果か、大学に行けてしまったのである。(ホント不思議)
「選択」「決断」はまだまだ終わらない。
大学に進学してからも、本当に如何なる場所でもそれがつきまとった。
辛いと思った時は、即「逃避」だ。
それが許される環境というのもあったが、何とかなっていくものなのだと
思い違いしたまま、あたくしは大学を卒業した。
あたくしは、就職試験をいうのを受けるのを忘れていた(爆笑)。
もう、何ともならなかった。
それから、面白いように、流されるままの人生を送りつづけて、
今に至るのだ(トホホ)。
大学卒業後、1年経って某養成所に何の因果か所属を果たしたわけだが、
そこであたくしは、また手痛い「自覚」を促されてしまうのである。
退行催眠に似たトレーニングをしている時に、
あたくしは、今までにない屈辱を味わった。
稽古場で泣いてしまったのである。
理由は、本日のテーマ 「決断」「選択」に由来するのだが、
自分がいかに「優柔不断」であったかというのを、
自白しながら、涙を流してしまったのである。
コアを貫かれるような衝撃的な出来事だったので、
その時のことは今でも忘れない。
私は小さい頃から、沢山の中から何かを選ぶ時に、泣いていました。
そういうのが凄く苦手でした。
全部、自分の好きな物であると尚更で、
どれを選んだら良いか、わからなくなってしまうのです。
お菓子、ケーキ、おもちゃ、好きな物を買ってあげるから、
どれか1つを選びなさい・・・・
レストランなどに連れて行かれて、沢山のメニューの中から、1つ選びなさい・・・・
そう言われると、混乱してしまって、泣いていました。
混乱の根拠は未だにわからない。
ただ、本当に素の状態でいると、
「決断」「選択」が上手に出来ないということだけは、
15歳で自覚した・・・・ただそれだけである。
そして、それを見ないようにしてきた。これが事実である。
見ないようにしてきたので、混乱の根拠は未だに不明。
まぁ、当然のことである。
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どうしてこんな話をしているかというと・・・・・。
本日、買い物に出かけたのであるが、
そこで久々に「優柔不断」ぶりを発揮してしまったことに対する反省からである。
店員とダーリンを巻き込んで、上着を1枚買うのに、かなり迷った。
どちらも良い、どちらも欲しい。
だけど、「どちらか」なのだ。
混乱して泣くまではしなかったが、4〜5歳のあたくしなら、
このような状況下、確実に泣いていただろう。
今まで、あたくしは、ダーリンと買い物に行っても
速攻で、選択肢の中からベストと思われる物をチョイスし、
その後も、それを不満と思うこともなかった。
不確実だと思った場合は、さっさと売り場から立ち去り、
「逃避」「拒否」とはちょっと違うけれど、
ベストな「選択」を披露してきた。
それがどうだろう。
本日は、デザインが同じで色だけが違う2枚の上着の前で
あたくしは唸っていたのである。
黒と白ほどの違いがあればよいのだが、
片や黒、片や暗めのカーキ・・・・
印象は確実に違うのだが、数値に直せば「1.0」か「1.1」を選ぶようなものだ。
一番微妙で、かつあたくしにとっては最悪レベルで、大の苦手な「選択」である。
結局、最終的には店員に在庫を聞いて、
よく売れている方を選んだという、あたくし的には最悪の方法で
「決断」をした( ̄∇ ̄;)
無論、手に入れた上着そのものに、不満を抱いているわけではない。
選ばなかった方の色のほうが良かったなどという、愚かしい後悔もない。
寧ろ、自分的に気に入らないのは、その「選択方法」であった。
これに関しては、後悔してもしきれないほどに無様で惨め。
前述した
「えぇ〜・・・・どうしよう(ぶりっ子風)」
「どっちがいいと思うぅ〜??(人に聞いてるらしい)」
「あぁ・・・・どうしよぉぉぉぉ〜♪(ちょいとばかし甘めの声・・・・)」
こいつらと一緒なわけである・・・・(トホホ)
自分の嫌いな人種が、自分に重なる時ほど、無様で惨めな瞬間はない。
しかし、あたくしはそもそも、「武装」で以って、
「優柔不断」というレッテルを隠し続けてきたのである。
これは、いつの日か訪れる筈の、「歪み」に対する当然の報復である。
これからも、何年か分の報復は続くだろう。
「武装」した回数だけの報復がきっと待っているのだろう。
現在も、「武装」をすることはやめられずに続いているので、
報復を受けつつ、あたくしは「武装」を繰り返す。
きっと、一生、この輪廻から抜け出すことは出来ないのかもしれない。
抜け出すためには、コアの更に中核にある、
混乱の深淵の確実なヒットポイントを抉って、
かなりの痛みを伴なう「屈辱」と「回生」
これを掻い潜らねばならぬのだろう。
第三者の手も要る。
確信しているのは、それが、あたくしにとって必要だと「自覚」していることだ。
それが、一番辛い報復である。
何故なら・・・・。
知らなければ、この輪廻も楽しむことが出来ただろうからだ。
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追記
せめて「真冬」に武装できていたならば、今日もこんなに惑うことはなかっただろうが
人前に出る最低レベルでの武装は・・・・「朝美」
彼女は、確実に「女性」だ。
ということは・・・・。
そうです♪
本日のこの「優柔不断」は女性特有のもので、
明らかにPMSの症状(極あたくし的)に紛う事ありません。
どうりで、額が吹出物で荒れてきているはずだわ・・・・。
帰りの車の中で、妙な納得と確信を得たおバカなあたくしなのでありました。