● おさるのひとりごと ●
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もしかしたら『ああ。おさるも新しい会社に入って日記を書く余裕が無いくらい忙しいんだろうな』な なーんて思ってる方もいらっしゃるのかもしれませんが、実は今日の夜に実家から帰って来ました。 13日(月)の夜10時半、とうとうばあさんが亡くなったのです。 初出社に備え、14日になると同時に布団に入ったところに電話の音が。 こんな時間の電話って・・・と思うとやっぱりそうでした。 諸処の状況を聞き、電話を切ってしばらくするとまた電話が。 今度は何かと思ったら『お前は来なくていい』でした。 理由は『この不景気な中でやっと仕事を見つけたのに、こういう理由だとしてももし仕事を無くしたら 今度はいつそのぐらいのレベルの仕事が見つかるかわからない。下手したら見つからないかもしれない。 これからずーっと生きてく人の生活が、亡くなった人の為に犠牲になるべきではない。』と言うのです。 とても真剣に言うので、とりあえず電話を切って、『これこれこう言われたけど私は仕事を失っても 実家に帰りたいけれどもいいか。』と旦那に相談したところ、『俺もおさると同じ考えだ』と言うので また実家に電話をして『旦那とも相談したけど、やっぱり何がどうなっても実家に帰るよ』と連絡。 でも、最後まで反対していた。なので、勝手に行く事にする。 もちろん、みすみす職を失いたくは無いので、時間的なロスは大きいけれども誠意を持って会社までは行き 電話ではなくて自分の口で事情を説明したらわかってもらえると思う。そうじゃないならそんな会社は 入れなくても構わない。そう思って眠れないまま次の日6:52のバスに乗って会社に行った。 そしたら事情をわかってくれて入社は1週間遅れになる事になった。ありがたい。 入社したら一生懸命頑張らせて戴きます。m(_ _)m 折り返し家に戻り、今度はパソコンで飛行機のチケット検索。 往復割引きでなんとか取れた。でも高いなぁ。(^^;安い時じゃない飛行機なんてそんなに乗ったこと ないです。(ビンボー人) そして実家に向かう。夕方6時頃到着。 ばあさんはもう棺に納められていた。死に化粧をしているらしいのだが、死に化粧のせいか、それとも 黄疸がきついせいなのかどことなく黄色っぽい肌色である。 先週見た時よりはむくんでるせいなのか、ちょっとふっくらしてみえた。 外孫の兄ちゃんが一目もはばからずに泣いていた。 なんとも言いがたい。 妹も職場に顔を出してすぐに来てくれたらしく、洗い物や料理の手伝い等、裏方家業に徹していて 妹が大好きな父さんは正直、ばあさんが亡くなった事よりも妹に約2年ぶりに会えた嬉しさの方が 大きいように思えた。事実、声のトーンも張りも、表情もイキイキしていて数年見た事のない様な 嬉しいオーラを全面から放出していた。 まあ、気持ちはわかるけどね。 そんなこんなでこの日から14〜17日までの4日間、まるでホームドラマの様な食事シーンだらけの 生活が始まる。作る量も半端じゃないし、食事と食事の間隔は短いし、アルコールありなので 作ってるか喰ってるか、もしくはばあさん関連の行事(通夜とか葬式とか)をしてるかのいずれかしかない 生活をしていた。おかげで今日はもう胃が痛い。そして体重計に乗ったら久々の大台突入・・・。 ああ。悲しい。非常に悲しい。 ・・・と、それはいいとして、日程的には13日死亡、14日納棺、15日火葬、16日通夜、17日葬式で 今日の18日は法要だったのだけど、飛行機の都合で参加できず。 こっちに帰って来たよ、と電話をすると『さっき法要もみんな終わってお客さん達も帰ったよ』と。
ところで、今回、宗教について、と言うかお寺の経営方針について、と言うか宗派について、と言うか とにかく疑問や不満に思う事が沢山あって、反対されるとは思うけど、個人的に宗派変え出来ないものかと 真剣に考えるようになった。 『地獄の沙汰も金次第』とはよく言ったもので、戒名とやらをつけるのに『いい戒名』にすると高いらしく お寺さんではそれを薦めるのだそうだ。 だけど、うちの両親が(金が惜しいわけじゃなく)『普通でいいです』と言うとあからさまに 不満気な態度を出したそうで母さんなんかは『あの顔は一生忘れられない』と言うぐらいだったそうだ。 そもそも、亡くなったらみな平等ではないのだろうか?それりゃあ善良な人と凶悪な人とは違ってくれないと むしろ困る様な気もするが、真っ当に生きて普通の生活送ってる人はどうなんだろう? 戒名で救われたり救われなかったりするのか? それじゃあ結局前世での財力次第ではないのか? お経では滅相な事を読経していたけれども、その教えの神髄とは一体なんなのだ? とか、真剣に考え始めてしまいました。 私はそんな墓に(お寺に)入りたくない。(ってーか、基本的には嫁に出てますけど(^^;) ちなみに旦那に言っても変な顔をされた。
そんな不満タラタラの私に対して、旦那が実家に電話して聞いてくれた。 『戒名とかなんとかはどうしてるのか』と。 そしたら旦那の実家のお寺さんでは生前の寺への貢献度や信心度で戒名を授けてるらしく、 金額も『心づもり』って感じでいくらと言う決まりなはいんだそうだ。 でも、その地方がそうなのかと言うと、そんなわけでもないらしく、去年行った旦那のお母さん方の おばあさんの葬式のお寺ではやっぱりうちの実家の方同様、料金制と言うか、そんなのが決まってる みたいだ。 でも、そんなの聞いてみないとわからないね。ほんと。 でも、聞くにしてもどう聞いたらいいんだ? お宅の寺は定額制ですか?ってわけでもないし・・・戒名や葬式に関する考え方はどうですか?になるのか? なんだかよくわからない。でも、納得したところに納まりたい。 本当は墓だ、寺だ、と言うのはあまりこだわりがない。 あくまでも残されたものが祈りの対象にするためのものの様な気がするから。 きっと、宗教や宗派なんか関係なく、魂の帰る場所はひとつだと思うから。 ・・・だとしたら私はこれにはこだわらなくていいのか? でもなんか違う気がする。 これにはもう少し時間が必要だとは思うけど。別に今決めることでもないと思うし。
さて、話は変わるが、もう後厄も残り少なくはなってきたけど、これから使う機会もあるかもしれないし そんな時に急に探す時間もないだろうと言う事で『厄年には長いものを送られると良い』というので 前々から母さんに『何か考えておいて』と言われていたのを今使ってみた。 苔瑪瑙の長い数珠を買ってもらったのだ。 もちろんばあさんの葬式も終わって帰る前の話しなのでばあさんの葬式には使ってないけど。 でも、できるならこの数珠を使う機会がありませんように・・・とは行かないと思うので なかなか使いません様に、としておこう。
今回、約2年ぶりに妹に会って、まあ、例によって会うと必ずと言っていい程『なにか』では モメたりするのだが、今回もちょっとそうで、でもいつもはそうなると私が反発と言うか逆ギレとか 怒り返す事はなかったんだけども、今回は自分でも『あ、やっちゃった』と思うぐらい不快感を前面に 出してしまった。と、言っても怒鳴ったりはしなかったんだけど。口調がちょっとキツくなっただけ。 妹も私がそう言う風にするのは『?』と思ったのか、『はぁ!?』とか言って来て 『謝る気がないのね。わかった。』とか言われたけど謝ってない。 まあ、これらは二人きりの時の話しなので、周りの人には余計な気は使われてはないと思うが。
その他、周りで煙草を吸う人が多いのと、本人手持ちぶたさなのはわかるけど旦那の煙草の量がえらい増えて 私も疲れてるせいか、それに過敏に反応するようになってあちこち痒くなったり気持ち悪くなったり 息苦しくなったりして、『お願いだから吸わないでくれ。』とか『せめて私のいない時に吸ってくれ』とか 言っても全く聞き入れてくれず、マジで倒れるかと思ったのに、本人に文句を言うと『俺だって 知らない人ばっかて手持ちぶたさなんだよ!』と怒鳴り返して来た。 だから、それはわかるけど、せめて私の体力がある時にしてよ、って感じで、前々から煙草が嫌いな 私としてはいかなる理由があれどもこんな心身ボロボロの時にいくら訴えても煙草を辞めてくれない 旦那に対してマジで『こんな思いやりのない奴とは一緒にいれん』とか思ったり。 生理痛とか他、つわりとか?なんでもそうだと思うけど、自分でその辛さを体験してないと いくらそれを訴えても『大した事ない』って思う人っているもので、『甘えだ』とか『痛がり過ぎ』とか 『じゃあお前にこの辛さを転嫁できるものならばしてみるよ。それでお前が我慢出来るなら 私も我慢してやろうじゃないか』と思う事もしばしば。 原始の時代はそんなやつはひょっとしたら淘汰されて生き残れなかったのかもしれないけど 現代社会において、生かされてしまっている。そうなるともちろん弱音ばかりを吐いてもいられないので 我慢はするけれども、我慢にも限度があるもので・・・。ああ。難しい。 そんなん言うんだったら一般社会で生活するな、って言われるかな。 ちょっと煙草ネタから話が飛びまくりましたけど。
そんなこんなで色々考えるところの多かった今週でした。
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