日記×エッセイ...みち

 

 

ハーバード・グリークラブ郡山公演に行ってきました - 2017年01月21日(土)

わたしの中での始まりは、おとといの19日。

TwitterのTLでパックンの記事が流れてきたことがきっかけでした。
ハーバード・グリークラブ郡山公演があるということ、その記事を読んだ次の日20日に公演があるということをその時に知りました。

パックンの記事を読んで、それがまずうれしくて、土地のことを知ってくださっている、わかろうとしてくださっている、という感覚がしました。

わたしは小学生の頃に合唱をしていて、安積黎明高が安積女子高の時代に部員みんなで練習しに伺ったことがありました。
お姉さん方の声がすごく美しくて、ああ、わたしもがんばろう!って思ったのを覚えています。

ちょっと過去を振り返ってみたのですが、どうもわたしは、やりたいことがあってそのために、というよりも、友達と一緒にやりたいなということだったり、先生がおもしろいからその先生についていく、みたいにして始めるところがあって、中学校の合唱の先生にはわたしは特についていきたい感じがなく(一応書いておくと、先生がわるいわけではありません)、合唱はわたしはそこでやめてしまいました。けれど、歌うこと、合唱を聞くこと自体は好きなままで、自分が歌わなくなっても惹かれる種がある感じです。

ちょうど公演のある20日は日勤の日で、仕事の遅番でもなかったので行こうと思えば行ける感じでした。でも直前の情報になっちゃったので、気持ち的にはどこか迷ってて。
そして、友人を誘いました。その友人が好きそう、と思ったから誘ったのですが、ある部分で迷いから出るためにということも含まれているかもしれません。
そうしたら、仕事が終わるのが公演時間に間に合わないということで残念ながら断られました。
そうだよねー。わたしも早く仕事が終われるから行けるんだもんな。と納得し、迷いはそのまま持ち越すことになりました。

天気予報では20日辺りは冬将軍がやってくるというお知らせがあったので、雪が降ったらもっと行きたくなくなるだろうなあ、、、と思いました。暖かにして家の中にいるのが好きなので。
その時はそう思いました。

実際20日になり、開場時間の夕方に時間が近づくにつれ、行きたい気持ちはどんどん膨らんでいきました。
何かがわたしに行け!と言っているような感じ。
夕方は雪が降り始めてきていて、雪の粒も大きくて、でもわたしの予想を裏切って、行こう行こう!絶対行こう!というモードになっていました。
この辺は自分でも説明ができなくて、誘って断られた友人に「今日は仕事早退して行こうよ!」と言いたくなる謎の衝動も出ました。友人に説明ができなかったので実際は連絡しなかったのだけど、そのくらいの確信というか衝動というかがありました。行きたい、行かねば!という。

結論。
行ってよかったです!すごいよかった!
ここはどこなのかと思いました。(郡山ですよ)

中央公民館のホールでの公演だったのですが、初めの頃のわたしはこんな感じです。
まずロビーに入った時から品の良さのようなものを感じました。会場の椅子は質素だけどいい感じね、と座って、公演時間になり、進行してくれるパックンが登場して、あらシュッとしてかっこいいわねと思って。

で、クワイアの皆さんが登場。うー、イケメンばかり。いろんな人種の方々。皆、賢そうで姿勢がいい。

この時点で眼福なんですけれど、声がまた・・・。
すごく素敵でした。

ステージはとても楽しくて、演者同士、演者と観客がやりとりするような、あの感じがありました。
演者自身がとても楽しそうだし、見ていて楽しいし、参加したくなる感じ?
選曲でも冬の夜にみんなでワイワイと楽しむような内容の曲が入っていたりして、一方的ではなくやりとりを楽しむ、ということを感じました。

一部が終わって、少しの休憩があって二部へ。

二部が始まって、ライオンキングの曲を歌うのを聞いてて、この頃に自分がほぐれていることに気づきました。ほぐれてなかったんだなあということに気づきました。

ほぐれてきたところに、浸透力半端ない歌声。曲順が素晴らしいと思いました。まだ一部では受け入れ態勢じゃなかったなあって感じて。

二部では美しいPPAPも聴けました(笑)

歌声を聞いていたら、感覚として引き上げられたように感じて、「戻りたくない!」と思いました。何に対してとかではなくて、この感覚のままでいたい、と感じました。ハートを開いたあの感覚。
それをしばらく感じていて、「戻らなくていい!」と決めました。ハートを開いたこの感覚のまま進みたい!と。
戻ってしまうと思っているから戻りたくないと思うんだなあ、と思ったりしながら、そう決めました。

歌声を聴いていながら、沈黙を聴きました。
歌の終わりの瞬間に耳に入る静けさ。
曲によっては、歌の中でも聴こえてくる静けさ。
この心地よさったらないです。

地元高校生とのコラボも、何もかもが全部よかったです。
コラボで歌いだす前に、部員の方にパックンがお話を聞くことをしていたのですけど、ハーバードグリークラブの方々の厚みのある声から刺激を受けたというような内容を話していて、わたしが小学生の頃に、安積女子高のお姉さん方の声に感じたことと同じことを、その「お姉さん方」の位置にいる高校生が今感じている、そういうように感じました。なので、まるで小学生の頃の自分がそこのつながりの中に入っているように、そこに含まれているように感じました。
きっとその学生さんもご自身が与えられたと感じたものを、小学生の頃のわたしのような誰かに与えているんだな、と思いました。

すごいね。人間ってね。一人だけの存在それだけじゃない。感謝しかない感じがしました。

最後の曲がアベマリア、アンコール曲は花は咲く。
とてもよくて、アベマリアではスピリチュアルな感じというか、心が鎮まる感覚がして、花が咲くではもっとその先、みたいな感覚がしました。映画「この世界の片隅に」や「ファンタスティックビースト」を見ていて感じた時のように、花が咲くを聴いていたら、わたしのお腹はぽかぽかとしてきました。
何が共通しているのかなあ、と考えてみたのですけど、なんか、「人と、優しさをもって関わる」みたいなもののときに、わたしのお腹はぽかぽかとするみたいです。

公演が終わり、目元がうるうるしている状態なのに、終わってそれほど間をあけずに「9時になりました。9時15分に正面入り口が閉まります。」という、余韻に容赦ないアナウンスが入り笑いました。

また来てほしいです。

最後に、花は咲くの歌詞を添付します。
どんな歌詞だったかな、と読むために調べたのですが、出だしの「真っ白な雪道」に笑いました。

公演が終わってロビーに出て、そこから見える冬将軍・・・
雪が本気で吹雪いていて、これまた「ここはどこだ?」という感じに。(郡山です)
会場に来たときは地面が見えていたのに、あほかと思うほど雪がぼっさぼっさで、雪をえっさほいさと下ろしてから車に乗る、みたいな。
スノーブーツ履いて行ってよかったです・・・

この真っ白なすっごいことになってる雪道にも春風が香るんだな、と物質的に見せてもらったような気がしました。

完璧です。



【花は咲く】

真っ白な 雪道に 春風香る
私は懐かしい あの街を思い出す
叶えたい夢もあった
変わりたい自分もいた
いまはただなつかしい
あの人を思い出す
 誰かの歌が聞こえる
 誰かを励ましてる
 誰かの笑顔が見える
 悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

夜空の向こうの
朝の気配に
私は懐かしい あの日々を思い出す
傷ついて 傷つけて
報われず 泣いたりして
今はただ 愛(いと)おしい
あの人を思い出す
 誰かの想いが見える
 誰かと結ばれてる
 誰かの未来が見える
 悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために


...




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