網目
 目を閉ぢて誰かを想ひ浮かべる時、いつも瞼の裏には其の人の姿に絡み付く黒い網目が見えた。
 眞っ黒い背景に白く浮かぶ人の姿。其の姿に覆い被さるやうに廣がる、一面の赤黒い網の觸手が見えたのだ。

 網目は常に形を變容させ、其の人の表面を這って見えた。
 其の人の姿を想ひ出さうとする度、記憶に殘る面影にも觸手はどんゝゝ絡み付いていった。
 想ひが強くなれば成る程、瞼の裏の網目は其の密度を増し、次第に視界を赤黒いもので滿たし始めた。

 瞼を伏せて想ひを巡らす度に視界に映る赤黒い筋目。
 僕は其れを、血の塊で出來た蜜瓜の皮目のやうだと面白く見てゐた。

 いつからだらうか、あの網目が薄くなり出したのは。
 いつからだらうか、あの人の姿を想ひ出せなくなったのは。
2005年03月09日(水)
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