自然体

昔は、「テレビをつけるとダラダラと見てしまう。よくないなあ。」なんて日記にも書いていたものですが、最近は、そんなこと思わなくなりました。「ダラダラ見たいからダラダラ見てるのであって、別にいいじゃないか。」と思うようになりました。これまで自分で自分を縛ってきたのかもしれません。こうやって流れのままの自分を許すようになると、不思議とあせる気持ちがなくなり、過ごしやすくなります。

科学的な話ではないのかもしれませんが、物事には必然というものがあるのではないかと思うのです。成せば成るということわざがありますが、成るように成るという言い方もあります。正反対の意味を持っていますが、実際はどちらも正しいのではないかと思います。結局、心の持ちようが、すべてを決定するわけです。こう言うと、人間は心の持ちようで人生をコントロールすることが可能なように聞こえます。しかし、未来を予想できない私たちには、成せば成るとか、成るように成るとかと信じる根拠が実際はないわけです。

水の流れが自然の気まぐれならば、人間の心の流れも自然の気まぐれだと思いませんか?大きな自然という法則の中で生かされている人間が、自分の意思ですべてをコントロールするのは無理だと思いませんか?自分の気持ちをコントロールできていると思っても、実はそれはそういう流れの中にいるのであって、自分の力ではないのかもしれません。

自然体で生きたいものです。

過去の今日
2003年10月30日(木)

日記 / issy