さんかくのしそう

2003年07月23日(水) 見なおし

孤独について書いてから、しばらく自分のサイトにアクセスすることさえためらっていました。ここで表現する事に何の意味も見出せなかったというのが理由です。自分自身で悩み続けていたし、思う事はたくさんあったけれど、それをわざわざ日記という形でネット上で表現することに何の意味も見出せませんでした。私が求めていたのは、解決だったからです。

で、何を悩んでいたのか?と問い直すと、意外と適切なことばが浮かんできません。芥川竜之介が自殺の際にしたためた遺書の中に自殺の理由として、「将来に対する漠然とした不安。」と書いていたそうですが、まさに私の悩みも「漠然」としているのです。生きているということ自体が私にとっては非常に漠然としたことであるということが一つの原因でしょう。

生きていること自体が漠然としている。生きている実感がないということです。映画のマトリックスの世界ではないけれど、現実というものがなんだかボンヤリとしていると感じるのです。自分が向かっているパソコンの画面は現実なのか?テクテクと歩いていると見える建物や看板は現実なのか?私にはまったくもって現実として認識しきれないでいるのです。

生きているという実感を得られない。そうした漠然とした不安が覆い被さってきて息苦しい。

この感覚鈍磨の状態で、ただ植物のように「在る」ことはできます。時間通りに起床して、電車に乗って学校へ行き、時間割通りに授業を受けて、試験がくれば適当に準備をしてやり過ごす。刹那的に、帰りに友達とお茶をしながら自分が本来過ごすべき、夢のような現実について語りあう。でも、生きているとは実感できないのです。

今、私は自分の生き方そのものを根本から見なおそうとしています。


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