知らんけど

2003年02月25日(火) 太陽

月曜日から定期試験が始まりました。今のところなんとかなっています。特に試験のために勉強らしい勉強はしていませんが、前の晩か試験の直前にちょろちょろっと内容を見て解けているので大丈夫でしょう。というか、それで解けるような問題を出して試験だと言っているほうがおかしいと思うのですけどね。しかし、この定期試験はある意味私にとっては大きな再発見でした。何が再発見かというと、自分の物事に対する視点を変えていく能力がまだあるのだなということをこの定期試験を通して感じた事です。

今回、私はまったく試験の準備をしていませんでしたから、すべての試験で短期集中の準備しなければいけないのです。私は、面白いものに対する集中力は人並み以上に出るタイプで、もともと集中力は潜在的に高いのですが、なかなかこの「面白い」という条件を満たすことができないことが多いのです。そういう場合、「面白くないもの」をいかに自分にとって「面白い」ものに変えていくかということが大事になります。こうした視点の変化を心の中で行うのは、一つの能力だと言っても良いでしょう。

この定期試験のにわか集中力も、そうした視点の変化を経て起きているのです。ずっとこうした視点の変化を起こそうとしてこなかったのに、ちょっと本気になって集中力を出そうとしているのですから、自分でも驚き感心しています。定期試験というと本来はもっと早めに準備をするのでしょうけれど、こうして一夜漬け的に自分を追い込む事で自分の能力を再確認できたのもひとつの成果かもしれません。まだ試験は山ほどあるんですけどね。

世の中ではこうした視点の変化を「プラス思考」と言ったりしています。プラスとかマイナスとかというとどうしても良い悪いの判断基準に基づいているようで個人的には嫌な響きなので、私はいつもこう考えます。太陽が何かを照らすと、その裏には必ず影ができます。中国の陰陽みたいなものです。これは表裏一体で、陽があれば必ず陰があるし、陰があれば必ず陽があるのです。見方を変えると、陰がなければ陽は存在できないとも言えるし、陽がなければ陰は成り立たないとも言えます。また、どんなタイプの太陽が照らしているか?とか、自分が太陽と思うものが何か?によって陽は陰に成り得るし、陰は陽に成り得るのです。(ややこしいですが。)

物事には二面性があり、どちらを取っても意味があるという事を考えればどちらも陽に成り得るということなのです。また逆に陰にもなり得るのです。

なんかマイナス思考ばかりで嫌だなあと思っているのであれば、それは非常に良い事です。なぜなら、そのすぐ近くにはプラス思考が存在することが確実なのですから。思考をマイナスという側面から見せるような太陽を見ているからマイナスになるだけで、違う太陽を探せば良いのです。必ず、どんな方角からも太陽は指しているのですから。人間の価値観や思考の良いところは、本当の太陽みたいに一つしか地球を照らさないということがないというところなんですね。

色々な太陽を見つけられるように大きな視野で、周りをゆっくり見渡して見ましょうよ。悩んでも落ち込むでも、その近くには見えてない太陽が必ずあるのです。


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