知らんけど

2002年07月30日(火) 心と脳

心と脳は同一か?

昨晩、NHK教育テレビで音楽療法士のことをやっていました。音楽を使って脳に障害を負った人の機能を取り戻そうとする専門家を音楽療法士と言います。アメリカでは国が定めた音楽療法士が5000人いますが、日本には法的に資格が制定されていません。また、このような音楽を使った療法を実際に行っているのは500人前後だそうです。

この番組の中で、音楽療法士の仕事を2つに大別していました。恐らく、視聴者の理解を助けるために非常に分かりやすいアプローチを取ったのだと思います。一つは、さまざまな難病や、治らない病気を患っている患者さんへの心理的なサポートとしての音楽療法。そして、もう一つは脳卒中などで脳の機能障害により、失語や痴呆的症状を示す高次脳機能障害の患者さんへの、機能回復のための音楽療法です。

番組は「心」と「脳」への2つのアプローチを取っていました。この番組を見ながら、私自身は「心」と「脳」を別で考えるなんて、どうしてだろうと思っていました。「心」という実体は無く、外部の情報を私達自身が理解できるような形に処理してくれ、私達がそれらを「思う」「感じる」「考える」などのように象徴化している。それが脳の機能であり、動かざる科学的な事実だと考えたからです。

この、番組を見たその後に、先日、創刊されたばかりの「考える人」(新潮社)という雑誌を読んでいました。その中に「小林秀雄」という作家?哲学者?の「心脳問題」に関するエッセイが載っていました。その中で、「心」は「脳」とは別の機能があるという話が出ていたのです。例えば赤い色を見たとき、私達の脳はこれまでの経験という情報を基に、「これは赤色だ。」と判断するわけです。しかし、この赤を見て「昔見た夕焼け」を思い出す、また、それにまつわる幼少期の経験が呼び出されたりするというのは、個々の主体的な感覚です。いわゆる一般的な脳の活動だけでは説明のできない機能がある。というわけです。

「私」という存在を考える際に、この心の有り無しが非常に大事な問題になるのではないか?と私は読んでいて思いました。これまでの脳科学をベースにした、単なる科学反応の結果として、私達の記憶や感覚があるのであれば、「私」という存在がなんだか非常に危ういようなものになってくる気がしたのです。

心と脳は同一なのでしょうか?


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