思考過多の記録
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2015年08月04日(火) 「食べていけるようになること」は価値の低いことなのか。

 先日、ある女優さんから、その人の知り合いを紹介された。もともとは役者で、自主映画を作っていたようだが、どういう経緯か忘れたが、高名な映画監督さんと関わるようになり、そのワークショップにも出ているという。そして、これまたどういう経緯かよく分からないが、どうやら「セレブ」の仲間入りをしているようで、そうしたパーティーに参加して、有名なミュージシャンや俳優と出会ったという話を盛んにしていた。そして、その監督さんのワークショップに誘われた。
 それはいいのだが、その時に彼は僕に、現時点での目標(「夢」といったかも知れない)は何かときいた。僕は、
「脚本を書くことや、芝居で食べていけるようになることです」
と答えた。すると、彼は
「それは、監督の前では言わない方がいいですよ。『社会貢献したい』とか言った方がいいです「食べられるように」はNGです」
と「アドバイス」してくれたのだった。



 この人にとって、あるいは、その監督さんにとって、「食べる」ために表現活動をすることは、何か価値の低いことのように捉えられているようだ。しかし、本当にそうだろうか。
 芝居で食べられる、ものを書いて食べられるということは、つまりはそれに「商品」としての価値がある、ということである。言い換えれば、お金と引き替えに買ってもいいものだと、社会的に認められたということだ。お情けでお金を払うのではなく、作品そのものに価値を見出したから払う。そういう作品をたくさん生み出す、または、ひとつの作品に高い価値が認められる=たくさんお金が支払われることによって「食える」ようになるわけだ。それはとても大切なことではないだろうか。
 大前提として、人は霞を食って生きるわけにはいかない。身過ぎ世過ぎの仕事もしなくてはならないだろう。その片手間で表現活動をし、作品を生み出したところで、社会的にはそれを「本業」とは認めてもらえないに違いない。何故なら、それで「食べている」わけではないからだ。
 それで食えてはいないけれど、社会貢献はできているから、この活動(作品)には価値があるなどという論理は、芸術家ムラでは通用するかも知れないが、世間的には自己満足としか受け取られないだろう。



 売れるものと芸術的に価値が高いものが必ずしもイコールではないというのはその通りである。今は認められていないものが、時代(や場所)が変わると評価されたりすることもよくある話だ。だからといって、「売れる」ということを必要以上に低く見るのは、あまり現実が見えていないと思われても仕方がない。それこそ、自己満足・自己陶酔の世界だ。
 そして、世界を目指す、あるいは、社会貢献をするための活動に参加するのが志の高い人、単に「食べるため」「売れるため」に活動をする人は志が低い人という風に考えているらしいところも見えた。それもステレオタイプな考え方であり、「食べる」ことを低く見ていることの証左である。これも仲間内でしか通用しない論理ではないか。
 人はパンのみにて生きるにあらず。しかし、パンがなくては生きてはいけない。
 件の彼は、世界的な映画の賞(たとえばアカデミー賞)を受賞するような映画を作るのが夢だ、と言っていた。そのために、今は人脈を作るのだ、と。そして、自分が作った人脈を誇示するために、先に書いたセレブなパーティーやVIP扱いされたことなどを、ご丁寧に写真を見せながら語ってくれた。それこそが自己陶酔の姿であると僕には思えた。夢は夢として持っていてもいいが、そのためにすることがシナリオをたくさん書いて表現力を磨くことではなく、パーティーに出たり、人脈を作ったり、金の儲け方を研究したりということになっている。勿論それらも大切だが、どこか目的と手段を取り違えているように思えて仕方がない。
 地に足が着いていないというか、現実が見えていないのである。
 彼の「志」は一体どこにあるのだろうか。



 いずれにしても、対価を払って享受しよう、それだけの価値があるものだ、と認められるものを作らなければ、たとえ「芸術」と名がついても、やっている意味がないと僕は思う。それで食べていけるということは、言うほど簡単なことではない。それは身にしみて分かっている。人脈さえ作っておければいいという話ではないし、崇高な目的を持ってものを作れば人が尊敬して評価してくれるなどというのは、甘ちゃんの考えだ。
 その彼はまだ20代である。高名な監督さんやその周囲の有名な人と繋がることで、自分が大きくなったような、その人達と同等の存在になれるような錯覚に陥っている。自分の位置が見えていないだけだ。それが証拠に、彼の名前でググっても、出てくる情報はごく僅かであり、めぼしい実績といえば「20世紀少年」にエキストラで出演したことくらいである。VIP扱いされたからメジャーになる切符が手に入るわけではないことが、彼には理解できないのかも知れない。



 というわけで、僕の今の目標は、依然として
「脚本を書くことや、芝居で食べていけるようになること」
である。


hajime |MAILHomePage

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