思考過多の記録
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2014年03月02日(日) |
終身雇用の不条理〜再就職活動、難航を極める〜 |
2013年はじめの日記で失職したことを報告した。その後1年間、ハローワークに通い、就職情報サイトに登録しながら、僕は再就職活動を続けていた。新聞の求人欄に出ている情報も使った。そうやって一体何社に履歴書や職務経歴書等の応募書類を送ったのか、正確な数字が分からない程になった。 それでも、面接にまで至ったのは僅かに3社。それも採用には繋がらなかった。 僕が一貫して探していたのは編集職の求人である。前の会社で培ったものが少しでも生かせると考えたからだ。今は出版業界自体が右肩下がりという状況で、求人数自体も少なかったが、編集という仕事はつぶしがきかず、特に資格も持っていなかったので、とにかく編集職に応募し続けた。しかし、やはり壁は厚かった。
再就職が難しい大きな理由は、おそらく僕の年齢であろう。この4月でまた一つ歳をとる。四捨五入すればもう50である。雇う側からすれば、中途採用であれば20代後半か、いっても30代後半くらいの人間を採りたいと思うのが普通である。それまでの経験を生かしながら、新しい職場で、その職場や組織にあった働き方を短期間で身につけて即戦力になり 、将来的には会社を支える存在になってもらいたいと考えるからだ。 会社で40代後半〜50代といえば、もうベテランで管理職クラスになる。そういう人間を、途中からヒラで組織の中に入れるのは、何かと難しいしメリットがないと思われるのだろう。実際、ハローワーで情報を検索し、「年齢不問」と書かれた求人票を窓口に持っていって調べてもらうと、 「あちらは30代くらいまでを希望していますね」 などと言われてしまうケースが多くあった。 中高年の求人もなくはなかったが、その場合は大抵が「管理職候補」の募集であった。当然、前職で管理的なポストについていたことが条件になる。しかし、これも残念なことに、この歳になっているにもかかわらず、僕には管理職の経験がない。有り体に言えば、上から言われたことをこなしていくのに精一杯で、他人を指導したり管理したりすることなどとてもできなかった。ならば、せめて「自分が担当した本がベストセラーになった」といった実績があればまだアピールポイントになるのだが、それもない。 つまりは、年齢相応のセールスポイントがないのだ。だから、年齢によるマイナス要素だけが残ることになる。
新聞にどこかの大学の先生が書いていたが、「年功序列」による「終身雇用」というのはある意味差別的な制度である。その人の持っている能力に関係なく、「年齢」という属性によってその人が判断されてしまうからだ。 僕が前にいた会社も、賃金面では年功序列だった(昇進の面では、必ずしもそうではなかった)。そして、基本的には終身雇用だった。僕は組合活動をしていたということもあり、それに疑問を持ったことはなかった。賃金は「能力給」というよりも「生活給」というのが組合の考え方だった。それはある意味当然だと思った。年功賃金だから、働いている側は将来の生活設計が立てやすく、安心して働き続けることができる。成果給や能力給というのは、目先だけ考えると労働者のモチベーションを上げて仕事の生産性も上がるように見えるが、会社からの評価によっては、同じように働いていると思っても急に賃金が下がったり、時には雇用すらあやしくなったりするわけで、そんな不安定な状態で働き続けるのは、労働者としてはしんどい。そうなると、会社への忠誠心も弱くなる。結果、思ったような成果が上がらなかったりする例が結構あったのだ。だから、年功序列や終身雇用自体を否定する気持ちは今でもない。 ただし、それはあくまでも年功序列の終身雇用システムに乗っている状態での話だ。僕のように、ひとたびそのシステムからはじき出されてしまうと、再び復帰するのが事実上不可能になる。所謂「再チャレンジ」が非常に難しいのがこの終身雇用制度なのである。
前の会社に、僕より2歳くらい年上の男性のアシスタントさん(非正規雇用)がいた。ある時、会社のコスト管理が厳しくなり、その関係で各職場の非正規の人達がいっせいに雇い止めになった。辞める間際にそのアシスタントさんが漏らした一言が忘れられない。 「40後半になったら、雇ってくれる会社なんてありませんよ。だから、今の会社にしがみついてないとダメですよ」 そのアシスタントさんは、それ以前に正社員として働いていた会社が倒産し、非正規の仕事に就いていた人だ。その人の言葉なので、とても重く感じたのを憶えている。しかしその僅か3ヶ月後、僕は病気のため休職することになり、そして退職せざるを得なくなったのだ。そのアシスタントさんの言っていたことは世の中の真実なのだと、その当時も頭では理解していたつもりだった。この1年で、そのことを身をもって知ったというわけである。
今僕は、地元の自治体が民間に委託して行っている再就職事業のサービスを受けている。その中にキャリアカウンセリングがあり、月に3回程お世話になっているのだが、先日のカウンセリングの時、とうとうカウンセラーさんから、 「このまま編集でずっと探していても難しいということになれば、別の道を考えなければならない。大卒の人に言いにくいが、警備員とか、そういう仕事も考えなければならないだろう」 と「宣告」されてしまった。 今までのキャリアを全否定された瞬間だった。 つまりはそういうことである。ある程度の年齢に達して、ひとたびシステムからこぼれ落ちてしまった人間は、特にホワイトカラーの場合、もう同じ仕事では働く場所がないということなのだ。早い話が「用済み」ということである。そうなると、定年後の「第2の人生」のような仕事しか受け皿がないのだ。別に警備員という職業を下に見るつもりはないけれど、それでも何だかやるせない話ではある。 もう少し、これまでの経験を生かせる仕事がないか探してみるつもりだが、昨年1年間それを探した結果が今の状態ということであれば、カウンセラーさんが言うようにこの先もそれを続けても結果が出るとは限らない。いや、その可能性は極めて低いといわざるを得ないだろう。となってくると、ここから早くも「第2の人生」を始めなければならないという選択肢が現実味を帯びてくる。終身雇用に守られていた頃の自分には想像できなかった状況になってきた。
この分でいくと、この先の人生はあまり明るくなさそうである。こんな病気にさえならなければと今更ながらに思う。今はあまり先のことは考えたくないという気持ちだ。正直、再就職活動にも力が入らなくなった。 やはり年齢で差別される社会は辛い。それでなくても中高年は、若い人達と比べて「お荷物」扱いされることが多い。そうは言っても、若い人達は若い人達で、別の意味で辛さを感じているのだろう。年齢だけは、自分の努力ではどうにもならない。年齢のせいで自分の力を生かして仕事ができない世の中の不条理を感じる。こんな世の中が、一体いつまで続くのだろうか。暗澹たる思いがする。
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