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■ 「セカンドシリーズを作った男たち」(中篇)
山上は変わった。誰もがそう噂した。そう、あの椎尾との打ち合わせのあの日から。
セカンドシリーズの制作開始直後、山上の信頼しているスタッフ数名が更迭され、代わりに椎尾塾から数名のスタッフが送り込まれた。彼らはいわば椎尾の代弁者だった。 ファーストシリーズで、全員が納得いくまで脚本を叩き合った制作会議。それはもう、昔日の思い出だ。どれほどいい脚本を書いても、それは椎尾の一言であっさりと覆された。シリーズは次第に、ある時は少しずつ、ある時はあからさまに、しかし確実にスタッフたちの目指していた方向とは違う方向に向かい始めた。それはつまり…原作を熟知し、また愛していたスタッフの望まない方向…原作から乖離していく方向だった。 ファンも即座に反応した。彼らは敏感だ。ある意味ではスタッフよりも。ファンは第2シリーズが椎尾の影響を強く受けていることに気付き始め…そして序々に、作品から離れていった。 それら全てを知りながら…山上は何もしなかった。ファーストシリーズでスタッフたちの間を精力的に歩き回り、激を飛ばし、発破を掛け、作品のあり方についてところ構わず激論を交わした山上は消え、代わりに椎尾と彼のスタッフの顔色を窺う山上の姿があった。 制作会議から、すぐに議論が消え、次に会話が消えた。制作会議は椎尾と彼の取り巻きが書いた脚本を追認するだけの場となった。 ファーストシリーズのコンセプトなら絶対にあり得ない会話を、主人公たちが交わす。活気というものが消え失せた現場で、作画レベルだけが一定を保っているのは奇跡的だった。
その作画レベルが確保できるのも、ファーストシリーズの栄光があってこそ。それももう、間もなく終わる。 作画を総括する助監督の鳥羽はそう思い、自嘲気味に唇を歪めた。彼は今日、脚本を巡って山上と喧嘩したばかりだった。 セカンドシリーズになって、脚本が彼の意に染まぬものになったのは仕方ない。今日までは黙って耐えてきた。しかし、ついに彼の堪忍袋の緒も切れた。 『特殊部隊である主人公たちの部隊は、大人数の敵に抗しうる力がない』 そんな台詞を敵が主人公にぶつけるシーンの作画で、鳥羽は激怒した。 「どこのバカだ、こんな台詞入れやがったのは!」 どこの誰が「殺し屋」に「浮気調査」を依頼するというのか。主人公たちは「公安警察」だ。そんなものは軍隊か警察の仕事に決まっている。 原作の思想を真っ向から否定している。この「敵の台詞」に主人公たちが反論しないこと自体、原作をいかに軽んじているかの証明ではないか。 鳥羽は監督室に乗り込んだ。山上はちょうど、椎尾塾のスタッフと打ち合わせをしている最中だった。 「監督! この脚本はなんとかならないんですか!」 山上はにへらっと笑いを浮かべた。 「どうして? いい本じゃないか」 「正気ですか?!」 椎尾の弟子が舌打ちするのをあえて無視し、机に脚本を叩きつける。 「本当に、あなたの書きたい本はこんな本なんですか! 監督!」 だが、山上はへらへらと笑いを浮かべるだけだった。 『ダメだ…こいつは』 鳥羽は直感した。もう、山上監督は終わりだ。後は、この作品がスタッフもろとも沈んでゆくのを待つしかない。鳥羽の知っている山上は死んだ…。
だから、一週間ほど経ったある日、皆が帰った後の作業ルームで、鳥羽がカップ酒をあけながら愚痴をこぼしたとしても、彼を責めるのは酷というものだろう。愚痴につき合うもう一人の助監督、草戸もいちいち肯く。 椎尾塾の連中のやり方が目に余るのは確かだ。彼らは椎尾監督の作品は一万回見たかもしれないが…原作は一度も見たことがないんじゃないだろうか、とさえ思う。もし見た上でこき下ろしているつもりなら、なおさら質が悪い。それは原作批判ではなくて、原作を愛する者への単なるいやがらせじゃないか。 そう思うからこそ草戸も相槌を打っていたが…最後にだけ、異論を挟む。 「本当に山上さんは諦めちゃったんでしょうか?」 鳥羽は吐き捨てるように答えた。 「決まってるだろうが。お前も見たろう。山上さんのあの顔を。俺たちの知ってる山上さんは死んじまったのさ」 鳥羽が自棄になるのも当然だった。彼は、制作から外されたスタッフのその後を聞き及んでいた。美少女アニメの現場に飛ばされた者がいる。いきなりシリーズ展開の山場、修羅場のスタジオに飛ばされた者もいる。 いや、それでもアニメ制作の現場に残れた者はまだ幸せだったろう。行き場をなくしてコンビニのバイトで食いつなぐもの。PCゲームの会社に移籍した者。皆、本人の希望とはまったく違う場所で不遇を囲っている。 そして、遅かれ早かれ、鳥羽自身もそうなるだろう。 「今日は鎮魂の酒でも飲むとしようや。ほら、お前も飲め!」 しかし、そこまで聞いても草戸は納得していないようだった。 「でも、山上監督は僕に…」 言いかけたとき、スタッフの一人、蓮が血相を変えて部屋に駆け込んできた。 「鳥羽さん、草戸さん。来てください! 大変なことになったんです!」 二人の助監督は、思わず顔を見合わせた。これ以上、何が起こるというのだろう。 しかし、事態は二人のまったく予想しない方向に急展開していたのだ。
2005年01月18日(火)
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