朝8時頃着くと、母が数人と弟の傍にいた。 夜は帰ると言っていた母だが、寝ないで傍にいたようだった。
母たちはまだ食事をしていないと言うので、 私たちがいるから、と交代した。
静かだった。 写真を見て涙が出て、弟の棺をなでて涙が出て、お線香をあげて涙が出て、 夫は何も言わずにずっと私の傍にいた。
昨日も今日も、たくさんの人が来た。ほとんどは弟の会社の人たちで、働き盛りの男の人たちばかりが数百人、すごくたくさん来た印象がある。こんな男社会の中で、弟は働いていたんだ。そして、弟の子どもの幼稚園関係、同じくらいの子どもを連れで来ていた。
お花を添える準備をするから、と一度外に出る。何人かの人に声をかけられるが、言葉を出そうとすると涙がこぼれて止まらなくなってしまう。だから、ただうなずくだけ。お花を棺に添える時になって、母が私の背後から私の肩に手をかけ、やっと立っているような状態でいる。振動が伝わってくる。泣いているのだ。私は母を思いやる余裕がなく、ただ立って涙を床に落としているだけだった。再度親族がお花を添える番になり、母が棺の前で号泣する。今までほとんど泣かなかった母が、声を出して泣き崩れている。こんなに冷たくなっちゃって、と顔にふれる。私も手を伸ばし、弟の髪の毛をなでる。感触は生きてるみたいなのに、体温は氷っているように冷たい。
最後にお嫁さんが弟の顔に手をあて、おでこにキスをした。棺が閉じられた。
バスで移動して火葬場へ。最後のお別れです、と弟の顔と最後の別れ。夫は、「お前はお姉ちゃんなんだから、早くいけ。」と私の背中を押す。前に出された私を親族が先に行くよう招く。私が戻ってくると、「俺は一番最後に行くから。」とささやき、夫以外の人が全員終わってから行く。 なんだか嫌だった。ここには赤の他人もいる。同じ会社の人間というだけで、悲しみを感じるのかどうかもわからない人たち。物珍しそうにでも見ているのだろうか。私が気が狂ってしまうんじゃないかとさえ思った。同じ空間に、淡々と行事のようにこなす顔を見ると、吐き気さえする。仕方のないことなのに、余裕がないんだ。弟の棺が火の中に消えていく。お嫁さんが弟の名前を叫んで泣き崩れる。父の奥さんが泣き崩れる。
待合室へ。父は私に同じテーブルに座るよう声をかけてくれたが、夫と共に、別のテーブルに座る。父が私を気にしてくれて声をかけてくれることは、正直嬉しいことだ。何を言われたって、私の父親であることには間違いない。一緒に仕事しようなどという気持ちは、さらさらないし&家族ぐるみで付き合いたくもないが、子どもの頃の思い出は悪いものばかりでもない。むしろ、今となっては、日曜日に一緒に自転車の練習に連れてってもらったり、バイクの後ろに乗せてもらったり、父が食事している時に父の膝の上で座っていたことが思い出される。本当は会う気なんてなかったんだ。
あの時以来、全く返事はなかったし、もう向こうも連絡する気はないんだろう、と思っていた。こんな形で会うとは思わなかった。皮肉なものだ。
私が死んで、弟に会うことができるなら、弟にいろんなことを聞きたい。どうしてこうなったのか。どういう気持ちなのか。本当はどうしたかったのか。きっと、あたりさわりのないことを言うんだろうか。弟は私と違う。何も考えていないのか、ただの平和主義なのか。
父のテーブルに向かい、父の奥さんに挨拶をする。「落ちついたら、弟の話をいっぱい聞かせてください。」と伝える。
父の奥さんと私とで、一緒に弟の骨をつまむ。大きな骨だ。骨壺に入れようつまんで持ち上げる瞬間、大きな骨は崩れてしまう。泣いちゃいけない、私が泣いては駄目なんだと思っても、涙と一緒に声が出てしまう。一番最悪な瞬間だった。弟はどこかでこの光景を見ているのだろうか。
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