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1977年05月30日(月) q

【32】真光嫌い!ひたすら嫌い!
※ 1986年の夏休み *

私が、なんでこんなネーム使ってるか?
それは、この次の年の夏休みには、真光にぶち込まれていたからだよ。

中学生という、多感な年頃に真光に入れられた。母がね、どうしようもなくハマちゃったから。。。家中は、そりゃ、おおモメでした。

反対派の父の暴力。怒鳴り声。母の、喧嘩腰の
発狂。毎日毎日、そんなんが続いた。
結局、私は、母の刺すようなイヤミや、世界の終末説が怖くて入信した。

でも、結局何にも変わんなかった。
それよか、事態は悪化したみたい。
母が怖くて、真光の行事に参加すれば、父にぶたれ、かばってくれる筈の母も、父の手前、一緒になって私を責めた。

当然、健全な親子関係なんか、築くことなんて出来なかった。今も。。。

今、私は真光を辞めた。必死で逃げて辞めた。
でも、PTSDという病で通院中。。。
母に話したら、きっと「曇り」だの「霊障」だのと言い。薬は「薬毒」と片付けられてしまう。だから、辛い病気だけど、一人で闘っています。

真光、どこまで、人を苦しませたら、気が済むんだろね。。。。?


++ 2003/03/07/(Fri) 18:28 ++


まちがえて送信しました↓↓↓。すみません。 No: 2294 [返信][削除]

投稿者:月夜 02/11/14 Thu 17:52:12
教団で、おかしいと思ったことは、山ほどありますが。
これも、そのうちの一つかもしれません。
私が、真光正隊員になったとき、「神様&教え主様グリーンの征服を貸与される」と聞いていましたが、結局お金を払って買わされました。貸してくれるんじゃないの?と疑問に思いました。ところが、8年後退隊するときには、隊長に「神様や教え主様にお借りしたものだから、返して下さい。」といわれました。だって、私がお金を出したものでしょ?なんで返さないといけないの?と思いました。それ以前に、幽霊隊員になっていたので、どこに制服しまったのか、憶えていませんでした。多分、あの忌まわしい制服は、私の実家のどこかにあるはずです・・・。
ところで、真光隊在住の頃、目の当たりにしたのですが、「貸与」などと言って卒隊者から返して貰った制服は、教え主様に返すどころか、道場に保管してあり在隊中にサイズが変わってしまった隊員に回していました。ここも胡散臭さのひとつです。
また、制服に対してもいわく的な部分があり、私と同期に準隊訓練を受け隊員になった友人が、制服の寸法を測ったときより太り、隊員になった時に着られなかったため「曇りの想念だから、着させていただけないのだ」といわれ、制服が入る体型になるまで業積みをせよと言われていました。彼女は必死で道場参拝、お浄めをしていました。そうまでして脅かす真光。なかなか罪が重いのでは?


うさぎ <> 9 Nov 2002 18:22:53

前、真光隊にいたんだけど。ある日、道場長と隊長が言った。「君たち真光隊は、総裁教え主様に常に従わなくてはいけない。よって、教え主様が、君等に毒入りのにぎり飯をよこしたとしても、食べなくてはいけない。また、総裁のためなら死ぬことも喜びだ。」と言っていた。日頃から「奉納奉納奉納奉納×100・・・・。」と金をむしりとっておいて挙句は「死ね」とほざく始末。初級研修じゃ「自殺したら地獄ゆき、自殺はするな」とか言ってるくせに、教え主の為なら自殺もいいなんて、矛盾してるわ。ちなみに、崇教真光でした。

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なんかへんだぞ?真光隊Vol・1 No: 2127 [返信][削除]

投稿者:うさぎ 02/11/08 Fri 20:41:19
私は、3年前まで真光隊にいましたが。
真光隊は「一般社会との調和をとりながら活動する。」とか常にいっときながら、M県の◎柱で、修練会があるとき、「学校休んでも来い!」って言われた。あと、真光隊の定例会に「部活で遅れるっ」て連絡した子が、導師に「部活なんかやめなさい。」って言われたそうです。これ以外に、わたしも8年ぶりに親戚の人に会いに九州に行こうとした際、その旅行の日程と真光の行事が重なっていたため「神様と親類どっちが大事だと思ってんの?」と散々問い詰められた。
これじゃ、一般社会と調和がとれないじゃないですか!
結局、真光優先。なんかうさんくさかった。


かつての真光青年ですが <> 17 Oct 2002 12:28:11

あのさ・・
2代教え主代理が立ったそうで、うわさでは挨拶で「人材一万人を集めて日本の変革に臨む」ようなことを言ったんだって? 一万人と聞くと御光閲を思い出すよ。

光玉氏の残した言葉の中に「世界総本山が建立した暁には少なくとも一万人の霊心体の浄まった真光隊の行進を見たい」とかいうのがあってさ。本山ができてから「救い主様の御予告で実現していないのはこれだけだ。なんとしてでもさせていただかなければ」と真光隊が必死になってさ。隊員を増やして恵珠さん総裁の代で一万人の御光閲を実現したんだよね。人集めした当時、準隊員教育室チーフが準隊員たちに言ったのが「今の真光隊員は駄目です。あの人達は(霊的に、魂が)もう駄目なんです。今準隊員のあなたたちがやっていかないと(日本は教団は)駄目なんです」だった。そして一万人の御光閲が実現したのは平成2年か3年くらいだった。正確な年月日は覚えていない。

それから歳月が経ち、平成11年か12年くらいにまた御光閲があった。このとき幹部が若い真光隊員に言ったのは「前に御光閲があったのを知っていますか。あの時は一万人という人数だけは集めましたが中身がなくてめちゃくちゃでした。今度の御光閲はそれを繰り返さないようにしないと」だった。

話を現在に戻す。また「一万人」という数字を出しているのか? どうも真光隊をはじめとする若者を意識している言葉っぽいね。「改革の原動力になるのはいつの時代も青年の熱情だ」とでもいって、あおるのかな。若者をおだて、エリート意識を植え付け、二度とない青春の時期を真光に費やさせるつもりか。そのうちにまた、「一万人の御光閲」と言い出すのではないだろうか。今やらなくてどうする。この時期に青年として生を受けているお仕組みに感謝して真光隊に志願しようと思わないのか。御光閲に参加したくないのか。等々いってまた真光隊勧誘をするのかな。そして「1回目2回目の御光閲はひどいものだった」と先人をけなし、今の君たちこそエースとおだてる。歳月が経てば、前の御光閲に参加した隊員の多くは卒隊している。悪口を言ってもそれを耳にする当事者はほとんどいない。いたとしても残っているのはみ役者だ。今の者を鼓舞するためにはどんなことだって言うだろう。歴史は繰り返されるんだ。そしてまたいずれ次の御光閲が企画され、先輩隊員は駄目だったとけなされ、今の君たちこそが時代を担う者だとおだてられ・・

この予想が外れるといいんだが、やりかねないな。


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