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2002年12月23日(月)
■ellipsis_2_3_backup■


Ellipsisへの語用論的アプローチ


2.pragmatic ellipsis
pragmatic ellipsisとは,situationに基づき,新たな意味の補充が可能なellipsisのことである.状況(situational context)に依存することで補える要素が存在していれば,そこには,pragmatic ellipsisが生じていると言える.以前に述べられたことを繰り返さぬため(旧情報は削除する)のsyntactic ellipsisとは違い,pragmatic ellipsisでは,要素が意図的に隠されたり,受け手に対して推論を起こさせたりする.したがって,削除された部分には,特有の意味が備わっているものと考えられる.その点で,独自に意味を持ったellipsisであると言える.つまり,それは,含意(implicature)である.この章では,pragmatic ellipsisの根幹とも言える含意と推論を概観していきたい.


2.1 Implicature
   我々は,思ったことを,常に直接的に表現することはない.会話の中では,間接的に表現するもしばしばある.状況に依存することで,その発話が,言語として表出していない,もうひとつの意味を持つ場合がある.それは,つまり,含意(implicature)を持った発話だと言える.

(11)[MELBINがCALORの病弱な息子について不用意な発言をする]
MELVIN:We're all gonna die soon. I will. You will. It sure sounds like your son will.
CAROL:If you ever mention my son again, you will never be able to eat here again. Do you understand? Give me some sign you understand or leave now. Do you understand me... you crazy freak? Do you?!?    - As Good As It Gets

CAROLの発言にある,“Do you understaadnd (me) ?”に注目して欲しい.疑問形でありながら,本来の意味は,二度と言うなという「警告」である.これは,含意(implicature)と呼ばれ,言語表現としては,表出していない意味内容である.つまり,もう1つの意味は,隠されているのであり,状況から判断して,その内容を補うことが可能となる.したがって,これも一種のellipsisであると言える.この場合,先行する言語的文脈には依存しておらず,そこからの「復元」は不可能だと言える.しかしながら,その発話に何が隠されているかは,状況からして「補充」することは可能であり,最も伝えたい話し手の意図は,聞き手に解釈される.


2.2 要素の補充・認知過程
   2.1で見たように,隠された内容・補充された内容の方が重要な意味合いを持つ場合がある.つまり,会話をする際,その隠された新なる意図を補充し,認知する必要がある.その過程は,「推論」と呼ばれる.

    (12) A: That's the telephone.(Can you answer it, please? )
       B: (No, I can't answer it because) I'm in the bath.
       A: O.K. (I'll answer it) - Widdowson (1978:29)

   一般常識から考えて,「電話」と聞けば,「出る」,あるいは,「かける」というcollocationは,容易に想像できる.これに加え,電話が鳴っているという「状況」が存在しているのであるから,聞き手Bは,「電話に出てくれないか」という依頼がなされていることが理解できるはずである.しかし,Bは電話に出られないので,その理由として「風呂に入っている」ことを伝えた.
Yes/Noで回答できる内容に対して,Bのおかれた状況を説明されたのであるから,Aは,それをBの電話にでることのできない原因だと解釈する.Bは,「風呂に入っている」という情報が,Aにとって関連性のある(認知環境の改善をもたらす)情報として解釈されるものと信じて,その発話を行い,Aがその発話と「Bが風呂に入っている状態では,電話に出ることができない」という暗意された前提を結び合わせて,「私(B)は,電話に出ることができない」という暗意された結論を導き出す,と期待しているのである.Bが電話に出られないと理解したことを示す為に,Aは,「O.K.」と答えた.最後に,Aが電話に出るか,出ないかは,Aの状況次第ということになる.
このように,カッコ内に補充した answer という語が,この会話での命題(proposition)になっている.それによって,文字だけでは脈略の無いように見えるやり取りが,結束性をもった会話となり,成立しているのである.文と文の連鎖的な意味のつながりや,因果関係を考慮して,受け手は推論(inference)を起こす.そして,削除された要素を補充するのである.このように,推論を起こし,また会話を成立させる上で必要なのは,会話の当事者同士が共有しているtopicである.こうして,マクロの視点でtopicを捉え,論理的思考を行い,会話を行っているのである.なお,話し手Aは,以下のような演繹的推論1を行っていると考えられる.

(13) 
前提1:風呂に入っているのなら,電話には出られない.
前提2:風呂に入っている.
結 論:電話に出ることができない.


話し手Aは,以上のような前提から推論を起こし,「Bは電話に出ることができない」という結論を導き出している.我々は,頭の中でこうした推論過程を経て,隠されたtopicを補充し,認知しているのである.
ここで,注意しておきたいことは,含意は,話し手によってなされる行為であり,推論は,聞き手によって行われる論理的思考ということである.つまり,話し手と聞き手が,相互作用して初めて,会話が成立するのである.ある会話でellipsisが生じ,その成立過程について考察するには,統語的観点では無理であり,語用論的観点が必須になるのである.


2.3 究極のpragmatic ellipsis
受け手が,推論を起こすことで,消えた要素を補うことを見てきた.これまで見てきた事例は,言われた内容を元に,新たな意味を補充しているものだった.ここでは,「何も言わない」という,究極のellipsisを取り上げてみたい.何も言わない中にも,何らかの意味や意図は込められていると考えられる.この究極的なellipsisが起きた場合,その受け手は,必ず推論を起こすことになる.

(14)【別れ話をしている場面】
Kathleen Kelly: You don't love me.
Frank Navasky: [shakes his head 'no']
Kathleen Kelly: Me either. - You've Got Mail

愛していないことを,首を振ることにより伝達している.言葉による表現は全くないが,首を振るという行為と,別れ話の重い雰囲気を考慮すれば,そこに,“No, I don't love you.”という返答を補うことは,容易である.
しかし,これは,首を振るという仕草により,相手に意志を伝えているので,限りなく無言に近いと思われるが,やはり完全なる無言とは言えない.もう1つの例を挙げよう.

(15)【刑事に尋問されている場面】
Robinson said reluctantly, “It’s a reserved for our most important guests. Kings, prime ministers …” He hesitated. “ … Presidents. ” - Sidney Sheldon, Best Laid Plans

この場面は,ホテルの支配人であるRobinsonが,警察から聴取を受けているところである.支配人としては,VIPの客に関する情報はできるだけ明らかにしたくないという思惑がある.そのような状況で,警察に問い詰められて ‘…’というためらい現象(hesitation phenomenon)が生じている.その証拠に,reluctantlyという副詞や,hesitatedという表現が見られる.また,この場合は,(14)のように身体表現によって,意志を伝達してはいない.この‘…’という無言,または沈黙の部分から,支配人が警察の質問に対して激しく動揺し,また,出来ることなら答えたくないという支配人の気持ちが,読み取れる.つまり,数秒間の沈黙が,読み手に推論を起こさせ,登場人物の心情を伝えるに至ったのである.このように,何も言わずして,気持ちを伝えることも,可能なのである.
これまでは,話し手が「自発的に」発言しないという事例を見てきた.次に,表現の仕様がなく,「言い表すことができない」状態も存在する.言葉にできなくとも,そこで生じている沈黙というellipsisには,何らかの意味が込められているものと考えられる.

(16)Se7en

Millは,妻と妻のお腹にいた赤ん坊が,JOHN DOEにより殺されたことを知り,激高する.親族の死に対する悲しみと,目の前にいる犯人への怒りが混在している.スクリプトでは,その沈黙が,“--”によって示されている.映画では,この場面で,Millは泣き顔になりつつも,犯人にしっかりと銃を向けている.この間,彼に台詞はない.そのような複雑な心情を,言葉によって表現することが,もはや不可能なのである.むしろ,何も言わないことの方が,何よりも彼の心情を描き出しているものと考えられる.受け手は,彼のおかれた状況から,その心情を推測するのである.このように,意味を持った沈黙に対しては,語用論的な考察が不可欠であると思われる.


3.Effects of Ellipsis
ellipsisが起きれば,当然のことながら,話し言葉においては,発言する内容は少なくなり,書き言葉においては,表現される語句の数が減少する.つまり,「語の節約」が実行されているわけであるが,その節約に効果はないのだろうか.ellipsisによって削除された要素全てが,情報として必要でないという理由だけで,削除されたわけではない.効果をもたらそうとして起きたellipsisも存在する.この章では,ellipsisがもたらす,主に2つの効果を見ていくことにする.


3.1 言葉の経済性
文法的に正しい文を,全て表現することばかりが,良い言語表現ということはない.ある要素を削除し,簡潔に伝えることの方が,情報の受け手にとって有益であるケースもある.この現象は,書き言葉において,頻出している.

(17) 12 steps for E-Mail Addicts - TIME, June24, 2002

これは,雑誌の一記事に対する見出し(headline)である.ここでは,形式主語のThereと,動詞のareが欠落している.新聞や雑誌,広告においては,スペースが限られているために,意味に支障をきたさない程度に,語の削除は頻繁に行われる.こうすることで,スペースを節約し,受け手に対して,簡潔な情報を伝えることが可能になるのである.
次の例は,ある料理のレシピである.ellipsisが生じていると思われる部分は,<>で示した.


(18)URL: http://salad.allrecipes.com/AZ/AntipastoPastaSalad.asp

上に挙げたのは,ある料理のレシピである.まず,材料の記述では,主語やbe動詞の削除が,多く発生していることが分かる.続いて,手順の記述では,目的語の削除が,多く見受けられる.削除されたそれぞれの要素は,直前にある目的語なので,自明の事柄である.そういう意味では,言語的文脈からの削除と考えることもできそうである.しかし,文法的に考えれば,代名詞が抜けているものとされ,明らかに非文法的な表現とされる.しかし,それにも関わらず,語句が削除されている.つまり,そこには,状況から判断して削除された可能性が考えられるのである.
レシピには,素早く情報を与える必要性があると考えられる.なぜならば,料理をする場合,調理中に適宜参照され続けるものだからである.それに加えて,調理には,時間の制限もあり,じっくりとレシピを眺めるわけにはいかない.よって,どの材料を,どのように処理すればいいのかが,即座に分かりさえすればよいのである.特に,材料の種類が豊富なレシピであれば尚更のことである.つまり,材料をはじめとして,多くの情報を,なるべく迅速に知る必要性がある.そのことを踏まえ,このようなellipsisが生じているものと考えられる.言い換えれば,素早く知る必要があるという状況によって生じた現象と言えるであろう.


次は,話し言葉から得られたellipsisの一例である.なお,ellipsisが生じていると思われる箇所は,< >で示してある.

(19) ラジオ中継より
With his black upturned cap peak showing for all to see the advertising on the front, the double advertising, < > settles over it. He's gonna have to hit this quite hard. < > Fired it up the hill. He's got a good weight on it. Oh, very good effort! (BBC Radio 5, 17.7.98) - Mind the Gap

この例では,2つのellipsisが見られる.主語が欠落しているが,そのことにより,素早く簡潔に喋ることができ,堅苦しい表現にならず,興奮させる効果を持ち,瞬間を伝えることに寄与している.特に,後者のellipsisは,単文において主語が欠落しているので,文法的には許されない語の削除である.しかし,結果としては,受け手に対し,簡潔で生きた情報を与えるという効果をもたらしている.


3.2 リズム形成
    言葉で何かを表現する上で,その音も重要な役割を担っていると言える.聞きやすくする効果があったり,相手に印象を残したりする効果が考えられる.広告では,この類のellipsisが頻出している.

(20) RELAX <>, REINVIGORATE <>, RECHARGE<>

これは,リゾート経営を行っているHYATT社の広告に載っている宣伝文句である.これらの単語は,すべて他動詞であり,本来ならば存在していなければならない目的語が削除されている.もちろん,その目的語とは,広告の読み手であり,自明の事柄である.自明であることは,情報として必要ないと判断されたことに加え,re-で始まる語を3つ続けたことによるリズム形成のために,ellipsisが生じたものと考えられる.次の例を見てみよう.

(21)  

これは,インテル社のロゴである.この場合,もちろん,文法的には,動詞isを必要とする.しかし,リズムを生み出す(韻を踏ませる)ために,ellipsisが生じている.頭韻(alliteration)を踏み,Inという音の繰り返しにより,聞き手の耳に残る効果が期待される.日本語訳においても,「インテル,入ってる」となっており,軽快なリズムを残している.こちらでは,脚韻(rhyme)を踏ませて,受け手への印象を強める効果をもたらしている.次は,韻を踏んではいないものの,語の繰り返しにより,リズムをもたせようとした例である.

(22) 1,000 songs in your Mac.  1,000 songs in your pocket.

ここでは,There areという文頭の要素が削除されている.(20)や(21)のように,韻を踏んでいるとは言えないけれども,同型の表現を2回繰り返し,リズムを持たせようとしたものと思われる.また,購入しているわけでもないのに,既に購入したものと仮定して,yourという所有形容詞が用いられている点も,興味深い.
広告とは,物やサービスを売り込まなければならない.そして,読み手に対して,一方的に情報を与え,会話のように,相互補完的なやりとりを行うことはできない.したがって,広告の方から,読者の方へ歩み寄ろうとする.つまり,親近感の持てるような語句を用いたり,読み手に見やすく,そして聞きやすい表現を用いたりする必要が出てくる.さきほどのレシピと同様に,効果的であり,印象的であることが求められるので,非文法的な表現になろうとも,随所にellipsisが生じているのである.広告が取り巻く状況から生じたellipsisであると言えよう.





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