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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

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誰も信じないし神様も信じない
2001年11月30日(金)

実は世の中で一番大事なのって<まなざし>じゃないのかな。
つまり、視点がなかったら、意志も価値も何も存在しないよね。
あなたの意志は、もう一人のあなたが、あなたが何か考えているのを見ているから、存在している。
価値っていうのはもっと分かりやすくて、知っての通り絶対的なものじゃない。
誰がどこから見たかで決まるるものだ。
<まなざし>がなければ何も無いのと同じだし、「そのもの」よりも「どこから見てるか」の方が力は大きい。と思った。

浮舟(私が卒論でかく『源氏物語』のキャラクター)だって、薫から見たら人形だけど、私からみたら一人の女の子だしね。

ところで、物語だと、同じ名前で登場したからって同一キャラクターとは限らないし、違う名前で登場したからって違うキャラクターとは限らないよね。
現実ではあり得ないけど。
物語ではキャラクターがぐるぐる回ってる気がする。


卒論書かないといけないけれど、図書館に行っても関係ない本読んじゃったりしてる。


太宰の繰り返された自殺未遂は全部、狂言だったんじゃないかって言ってた。
助けられる事を見越してやってたんだろう。薬はいつも致死量には程遠い程度しか飲んでないし、首吊りだって首にちょっと傷を付けて帰って来ただけなんだ。
生活がせっぱ詰まった時に、切り抜けて、その後しばらく身内の人が優しくしてくれるのが嬉しかったんだろう。
基本は、狡猾な甘えん坊なんだ。
など。
ああ、確かにそうだ、太宰ってわりとそうだよ。むかつくよね。
「私は太宰は嫌いだ。でも、そういう弱い所が可愛い、とか、人懐っこくてサービス精神のある所がたまらない人もいて当然だと思う」
とも言ってて、まあそうなんだよな、とも思う。


澁澤龍彦が、この世に幸福なんてものはない、幸福を求めるより快楽を求めた方がいい、って言ってた。私もそう思う。
私は幸福になんかちっともなりたくないけど、快楽は欲しいしな。
「幸福論」とかなんか宗教ぽい。
人生には目標はないらしい。

浮舟は出家したけど、私は浮舟じゃないから出家はしない。
男に見切りをつけて、どうして仏に見切りをつけないんだ?
男に頼るのは止めたのに、どうして仏に頼るのは止めないんだろう。
この世に生まれて、人間らしく生きないでどうするんだ。
また傷ついたって傷つけたって、また悩んでもいいと思う。
生身の女の子で生きてくしかない。
私は、男も信じないし、仏も信じない。
誰も信じないし、神様も信じない。
自分しか信じない。


まあ、それはいいから、卒論書いてくれ、自分。




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