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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

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チェブラーシカ
2001年11月28日(水)

会社の勉強会に行く。

敬語の使い方とか、小学生みたいな事やった。
だけど、わりと「なんか変な感じだから、こっちを使う」とか、なんて言うか、言葉を選ぶ時に感覚で選ぶ人って多いんだな、と思った。
私はわりと、論理的にこっちの言葉じゃないといけない、とか考えていた。
まあ、日文だからねえ。

敬語とか、古文のしか思い付かなかったりした。
食べるの尊敬語は?なんて、「聞こし召す」しか思い付かない。


ところで、物語の中に形代が出てくるのって何でなんだろう、って根源的なとこがわかんなくなってきた。

小説の中に、「愛する(けど思いは叶わない)人に似ている人(その人の妹とか)が現れて、その人を愛し始める」っていうばかばかしい設定ってよくあると思うが、なんでなんだろ。
現実にはそんな事ってないですよね?
たぶん、そういう設定に魅力があるからだと思うのだけど、
せつないっていうか、
でもよくわかんない。
書き手の問題か。
雛形の恋愛の方が描きやすいから。
それか、
私が思うには、実像(例えば姉)と形代(妹)って同一人物なんじゃないかと思うのですけど。
姉と恋愛が成り立っちゃたら物語がドラマティックにならなくって、だから、姉が妹に移ってやっと物語が動き出す訳で。
で、妹では埋められない部分が文学的なんじゃないかなあ。

大君と浮舟の事なのだが。





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