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[2005年11月20日(日)] 天井裏より愛を込めて 第五話

 俺、国寺 真。

 怨霊になりそうな勢いです。









天井裏より愛を込めて
 第五話「『ヒトリノ夜』のその向こう」









「なんかさぁ。この辺って、ヤバくね?」

「あ。俺も思った。背筋に悪寒走るっつーか」

「はっはっは。テメェラ風邪でも引いてんじゃねーの?」

 そんな話をしながら通り過ぎる若者たち。俺はそれをぼんやりと見送った。



 自分の葬式から三日、俺はぼんやりと街を徘徊している。目的も理由もない。ただひとつのところにとどまりたくなかった。それだけだった。



「おやまぁ。すごい瘴気だね、これは」

 俺の視界に一人の男が目に入った。若い男だ。身長は俺よりも高いと思う。

「君、このままだと“堕”ちるよ?」

 男は俺のほうをじっと見詰めてそういった。

「お前、俺が見えるのか?」

 今まで俺のことが見えたものなどいなかった。親父も、友人も、街の辻占も、通行人も、誰も俺に見向きもしなかったというのに。

「僕は君の御同類だからさ」

「御同類?」

「幽霊、ってことさ」

 幽霊。死者の魂。死んだものの果て。死人の行き着く先。

「俺は、……」

「君は死んでいる。それは理解できてるかい?」

 覚えている。雨の日の夜、俺はアイ○を助けようとしてひき殺された。

 覚えている。葬式の日、謝りに来た女の申し訳なさそうな顔を。

 覚えている。車の助手席に乗った男の、軽薄な笑いを。

「ぐうっ!?」

 焼き焦がすような殺意。焼き尽くすような怨嗟。

 身体の内から真っ黒なものが噴き出す。誇張や比喩表現ではなく。

 闇は全てを喰らい尽くそうと、まずは目の前の男に狙いを定めたようだ。

「お、落ち着きたまえ。僕は敵じゃない」

 男の言葉にぴたりと止まる闇。

「お前は、なんだ?」

「だ、だから言ったろう。御同類だって」

「俺はいままで幽霊なんて出会わなかった」

「それは君がまだ生きた頃と同じ目で世界を見てたからさ。言い換えれば、君はより死に近くなったといえる。それよりも、これをどうにかしてくれないかい?」

 そういって男は、自分の目前まで迫った闇を指差して苦笑する。

「あ、ああ。悪い」

 俺は謝って闇をどうにかしようとする。……どうにか?

「なぁ、ひとつ聞いていいか?」

「僕にわかることなら」

「これ、なんだ?」

「な、なんだ、って君が出したんじゃないのかい?」

「いや、気が付いたら出てたし」

 俺はぽりぽりと頬を掻く。

「僕も詳しくは知らないんだけど、恐らく君の負の感情の発露、みたいなものじゃないかな?」

「負の感情? あれか? フォースのダークサイド?」

「怨霊とか、悪霊って聞いたことないかい? 多分、これがそれらの素みたいなものさ」

 ……俺の発言はきれいにスルーされた。

 そういえば幾分か気持ちがすっきりしたような気がする。

「ようするにストレスみたいなものか」

「……ストレスに他人を巻き込まないでほしいものだけどね」

 男は冷や汗を顔に張り付かせて真っ青な表情で虚ろに笑う。

「ま、悪感情は溜め込まないほうがいいってことさ。そのうち“堕”ちるよ?」

「“堕”ちる?」

 さっきも聞いたような言葉。なぜか妙に引っかかる。

「早い話が成仏できずに自縛霊と化すってことさ。転生さえ許されず、自分が何故そこにいるのかさえも思い出せないようになる。悲惨だよ? そうなってしまったら」

 男はそう言って暗く嗤う。その顔に俺は恐怖を感じずにはいられなかった。奈落に突き落とされるような、そんな笑顔。

「じゃ、僕はそろそろ行くね。君も早いところ成仏してしまったほうがいい」

 そういって男は俺に背を向ける。

「なあおい!!」

 俺は思わず呼び止めた。聞きたいことなんてなんにもないのに。

「なんだい?」

 男は振り返らずに立ち止まったまま顔だけこちらに向けた。

「助かった。ありがとう」

 そんな言葉が口をついて、言った自分自身が驚いた。男もやや驚いた顔をしたが、手を少しだけ上げるとそのまま去っていった。



「成仏、か」

 俺はその場に留まって、先ほどの男との会話を思い出していた。

 今すぐ成仏するのが恐らく一番いいのだろう。成仏した先のことはどうなるかはわからないが。

 しかし、いろいろと問題がある。

 まず第一に、どうやって成仏するのかがわからない。坊さんにお払いしてもらえばいいのだろうか?

 そして、今の俺の存在が消えてしまう。それが怖い。俺はもう一度死ななければならないのか? 一度目はあっという間に死んでいたからよかった。しかし、今度は? 一瞬で消えてしまえるとどうして言える?

 最後に、やっぱりあの男は許せない。

「跪かせて俺に許しを乞うぐらいまで嬲らなくては」

 うん、それが今の俺の行動理念だ。間違いない。

 そのとき、がさりと物音がした。野良犬か野良猫、もしくはカラスだろうか? 動物には幽霊の存在がわかるらしく、前を通り過ぎるたびに吠えられたり、警戒されたりする。実害はないのだが、なんというかうざいのだ。

 ……しかし、今回はそのどれでもなかったらしい。

「誰か、いますの?」

 周りには俺のほかに誰もいない。いや、そもそも俺は幽霊だからカウント外だ。つまりは誰もいない、ってことだ。

 振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「えっ?」

 いや、そこにいたのは一人の少女だ。

 歳は高校生ぐらいだろうか。利発そうな少女に見える。長い髪は頭の上でくくられてる。いわゆるポニーテイル。

 美少女ということを除けば、どこにでもいる普通の少女だ。唯一の特異点を除けば。

「なぜに巫女服?」

「巫女ですから」

 そういってにっこりと笑った少女は、どこからどう見ても巫女さんだった。









次回予告

 暗い話もそろそろ終わりそうな、そんな夜。

 俺の目の前に現れたのは、新米の巫女だと名乗る少女。

 俺ってば成仏されられちゃいますか?



天井裏より愛を込めて
 第六話「『ガラス玉』に映った月」





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