Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2008年01月23日(水)



ポール・モチアン・トリオ2000が2年連続してリリースした『Paul Motian Trio 2000+One / On Broadway Vol. 4 or the paradox of continuity』Winter&Winter 2006、『Paul Motian Trio2000 +2 / Live at Village Vanguard, Vol.1』Winter&Winter 2007を最初の2枚に。

ポール・モチアン(ドラム1931〜)、ラリー・グレナディア(ベース1966〜)、クリス・ポッター(サックス1960〜)。
ビル・エバンス+スコット・ラファロとの伝説的なピアノ・トリオから、ポール・ブレイとのトリオ、キース・ジャレットのアメリカン・カルテットを経て、80年代になると若きジョーロ・ヴァーノとビル・フリーゼルを抜擢したトリオ(彼らはニューヨーク・ジャズ・シーンの演奏モードを変えたとさえ言われている)を始動させ、さらに菊地雅章とゲイリー・ピーコックとのトリオ“テザート・ムーン”、自己のエレクトリック・ビバップ・バンド(ここでの若手登用の炯眼もすさまじい)、と、今年77歳になるとは信じがたいジャズ界のマイスターぶりを示すポール・モチアン、その彼が99年に第1作を出していたのがこのトリオ2000で、グレナディアはすでにブラッド・メルドー、パット・メセニーとの重要な仕事を成していたにせよ、サックスのクリス・ポッターについては、よくもここまで化けたか、と、思わせる、泣く子も黙る出来。

前者、トリオ2000+One、は、このトリオにレベッカ・マーティン(ヴォーカル グレナディアの奥さん)、菊地雅章(ピアノ)のどちらかが加わったトラックにより構成された作品。選りすぐりのスタジオテイク集であり、奇跡的なものさえ感じる演奏ばかりだ。1曲目、どうしてこう何気なく吹き始めたようにしてポッターは、痺れるようにスローな、まるで寝起きのカップルの愛撫のようにたどたどしくも語ってゆくのか、演奏する4人とも「あ、これは訪れているな・・・」と感じたに違いなく、2分30秒に菊地が絶妙に受けて続ける、しばし、3分12秒のところで菊地が手放したソロのあとのポッターの受け、この受け、そして菊地とポッターの併走の夢のような時間。4・5曲目は「Never Let Me Go」を菊地からインするか、ポッターからインするかの違いで、続けて収録されて1曲にも聴こえ、どうしてそんなに物怖じせず自由なのか?ポッター、ここでの4者の演奏が一番すごいかもしれない。11曲目の「I Loves You Porgy (8:07)」は、頼むよプーさん、どんだけえー、というくらいの沈み込みと痙攣美に冒頭から。この曲、どうしたって、ジャレットが闘病後にパーソナルな愛情を綴ったグラミー賞『The Melody At Night, With You』を連想せずには聴けないだろう、彼らもまたよもやとも思う菊地の世界、菊地渾身の突き詰めた現前、世界に放つ唸り、しかしそれだけでは奇跡に一歩足りない、そこで、だ、3分42秒に入ってくる、だらけてはいるけど大きいんだおいらのちんちんはだから大きくしておくれぼくのハニー、と、まさに言わんとするポッターの登場が驚きなのだ。これは大物だ。いやー、それを受けてのこの4者のまとめかた、祝祭が入る、ミーハーだけど、おれはこのトラックを一番に買う。レベッカ・マーティンのトラックに触れないですまない、彼女の他作品は知らぬが、ここでのヴォーカルは見事にカサンドラ・ウイルソンを外強襲ハナ差まで詰め寄るもので、彼女のトラックとの相乗効果も、この盤をチーズとトマトが挟まったハンバーガーのように支えている。プーとだけのトラックで埋めなかったモチアンの創造に対するバランス感覚と読む。

アイラーをして、天才だという。天才だとしか言えないのか。ウタゴコロである。オモテに出てこれないウタゴコロを内側に秘めるテクネー、生まれ持った技法が彼のヴォイシングであり、それはコードや学理という外側からの分析定規からはこぼれ落ちる。ズレが生じる。瞬間的な運動体としての図形・ヴィジュアルな美、としか言いようがない現象に対して。放っている音自体そのもの、と、弾く者が知覚の内側で動かしている瞬時に釣り合わせている論理のようなもの(落ち着きどころ、黄金比、楕円における焦点、放物線の頂点、微細により決定する踏み越えのトリガー)。ポッターのサックスの運び。菊地雅章のピアノ。それはスイング感というものにもあてはまる。ポール・モチアンがコントロールしているスイング感。内側で成り立つスイング感。時間の伸び縮み。・・・というふうに言わんとするところは言い得ない。コトバもまたオモテの分析定規か。ではない、おれの未熟だ。

後者、トリオ2000+2、ヴィレッジ・ヴァンガードVol,1。
モチアン、グレナディア、ポッターの3人に、グレッグ・オズビー(アルト)、菊地雅章(ピアノ)。クインテットとは名乗らない5人のライブ演奏。最初に書かせてくれ、1曲目、の、モチアンの叩き、は、ポール・ニルセン・ラブだぜ!こ、これが76さいのジイさんの演奏か?
Winter & Winterレーベルの創立者ステファン・ウインター自身ががライナーを「ヴィレッジ・ヴァンガードでのポール・モチアンTrio2000+Twoによる忘れられない一週間のライブの模様を記録している。」「ウインター&ウインターはこの一週間にアルバム三枚分を録音した。」と誇らしげに記述している。ステファン・ウインターは、言うまでもなく85年にJMT(Jazz Music Today)レーベルを立ち上げ、スティーブ・コールマン、ティム・バーン、グレッグ・オズビー、カサンドラ・ウイルソン、ジャン・ポール・ブレリーらのM−BASE一派をシーンに問い、テザート・ムーン、マーク・ジョンソン、ユリ・ケイン、ジャンゴ・ベイツを手がけた、「おそらく後の歴史家は、20世紀の音楽としてジャズについて多くのページを割き、パーカーやマイルス、コルトレーンの名とともに、三人のドイツ人プロデューサーの名前を並べることだろう。アルフレッド・ライオン(ブルーノート)、マンフレット・アイヒャー(ECM)、ステファン・ウインター(JMT〜Winter & Winter)である。」という存在。
ポッター、オズビーとサックスがツインだぜ。ライブの鬼、菊地が取り乱してしまって焦ってさえいて、トラックと時間表記する?、オズビーと菊地があくまで客演扱いされてはじめて互角の創造力学関係が築かれているモチアンの狙い、繰り返す、モチアン自身の目の据わった叩き。どうするよ。
おれはもう今日は書き疲れた。

なぜ日本のジャーナリズムでポール・モチアン・トリオ2000が等閑視されているのか、と、闘病中の師匠にこぼすと、なに、背景には、Winter & Winterレーベルを日本でディストリビュートしている会社がユニバーサルでもEMIでもないことがある、ボンバだろ、ボンバの社長は雑誌媒体はアテにしていない、店頭のジャズ・ファン、耳で探すジャズ・マニアに手が届くようにしているだけ、と、それこそがジャズ的であるだろうに、と、言われる。

ちょっと。ベースのグレナディアについて書いてないな。『パット・メセニー=ブラッド・メルドー/クァルテット』




やた。品川区立品川図書館でヴィトウスの『ユニバーサル・シンコペーション2』を借りれた!メンツ的にはノーマークなのだが、ドイツ批評家大賞をとったというのでいちおう検証しておかなければならない。・・・遠くジャズから呼ぶ声が聴こえ。ジャズサイト『Jazz Tokyo』の2007年この一枚に年間ベストを発表した。多数決でいくと、マイケル・ブレッカー『聖地への旅』、藤井郷子ミンヨウ・アンサンブル『風神雷神』を検証しなければならないところであるが、聴いてない。渋谷毅の2種ピアノソロも聴いてない。どどとおる、というピアニストも聴いていない。すべからく東京都の区立図書館のみなさんの仕入れにかかっている。(E,S,Tとかバッドプラスとかつまらないことはいたいほどよくわかったのでそろそろ仕入れをやめてね。)


Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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